現場しごとの“選ばれ方”を問い直す―賃金、育成、制度、そしてキャリアパス

2026年07月09日

深刻化する「現場しごと」の担い手不足


医療、介護、物流、建設、保安、交通、清掃、インフラの保守。私たちの生活は、身体を動かして社会の毎日を支える多くの仕事によって成り立っている(※1)。

本研究プロジェクトでは、こうした仕事を、エッセンシャルワーク・現業職として捉える。ノンデスクワーク、ブルーカラー、生活維持サービスなど、さまざまな呼び方があるが、ここではより広く「身体を動かすことで、するしごと」として考えたい。

いま、この領域で深刻な人手不足が起きている。介護職が足りない、トラック運転者が足りない、建設技能者が足りない、警備員が足りない、整備士が足りない。こうしたニュースは、もはや珍しいものではなくなった。図表1に示したとおり、全体平均の求人倍率(「職業計」)が1.12倍のなかで、こうした仕事の求人倍率はおしなべてかなり高い水準にある。

図表1 有効求人倍率(職業別/職業計)(2025年)(倍)

図表1  有効求人倍率(職業別/職業計)(2025年)(倍)

出所:厚生労働省,一般職業紹介状況
注:介護関係職種は、「福祉施設指導専門員」「その他の社会福祉専門職業従事者」「家政婦(夫)、家事手伝い」「介護サービス職業従事者」の合計

背景にある、人口動態と世帯構造

しかし、この問題を単なる「人手不足」と呼ぶだけでは、十分ではない。なぜなら、これは景気がよくなったから一時的に人が足りない、という話ではないからだ。人口動態、世帯構造、産業構造、賃金決定、育成の仕組みが重なり合って生じている、労働市場の構造問題である。

リクルートワークス研究所が2023年に公表した『未来予測2040』では、これを「労働供給制約社会」と呼称した。同報告書では、2040年にかけて人口動態変化とともに、著しい労働需給ギャップが生じる可能性を指摘している。もはやその影響は、建設業の人手確保難に起因する再開発等の施工の遅れや、一部現業職における賃金の急速な上昇(※2)、そして“人手不足倒産”といった実社会の現象として生起している。そしてその背景として重要なのは、人口動態が労働市場に与える「奇妙な影響」が日本社会で顕在化した可能性がある、という指摘であった。

実際に、「人口が減るなら必要なサービス・労働需要も減る」、という単純な話に労働市場はなっていない。この“奇妙さ”について、高齢化と労働市場、特に高齢化が労働需要に与える影響に焦点を合わせて、本研究プロジェクトのリーダーである筆者は分析を行ってきた(※3)。背景にあると指摘してきたのは、高齢化率が25%を超えた社会で増えるのは、65歳から74歳の比較的若い高齢者ではなく、75歳以上、さらに85歳以上の人々であることだ。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、85歳以上人口が2020年の613万人から2040年には1006万人へ増えるとされ、人口が急速に減るなかでも1000万人前後でその後も推移していく(図表2)(※4)。75歳以上人口は2020年の1860万人から、2050年に2400万人を超える。高齢者のなかでも、医療、介護、見守り、移動支援などの必要性が高まりやすい高い年齢層が増えていくのである。そして、この2020年から2050年の期間に総人口は2100万人以上減少している。

図表2 人口動態の推計値(社人研推計)(万人)

図表2 人口動態の推計値(社人研推計)(万人)

高齢化による世帯規模の縮小による影響

エッセンシャルワーク・現業職の労働市場に影響するもうひとつの点として、高齢化によって同時に世帯規模が小さくなっていくことがある。人口減少が進む日本だが、世帯数は増加を続けている(図表3(※5))。2024年は過去最多の5482万世帯余りであった。これにより、1世帯当たり人員は1986年の約3.2人から2024年には約2.2人へ減少している。この世帯の増加分のほとんどは、単独世帯(一人暮らし世帯)の増加、特に65歳以上の一人暮らし世帯の増加によって説明することが可能であり、高齢化の影響が大きい。65歳以上の一人暮らし世帯は、2019年には736万世帯であったが、5年後の2024年には903万世帯へと、170万世帯増加した。

これは、同じ人数を支えるために必要な労働需要が増えることを意味する。1世帯に4人が暮らしている場合と、4世帯に1人ずつ暮らしている場合を比べれば、配達、訪問介護、地域交通、見守り、インフラ保守に必要な労働量は後者のほうが大きくなる。これは決して善悪の問題ではなく、労働需要と高齢化の関係のひとつの事実である。人口が減っても、生活を支えるために必要な労働量は人口減少のスピードほどには減らず、人口減少局面に入って久しいがむしろ需要は増加している。働き手(労働供給側)の減少のほうが先行しているという構造が、現下の好況実感に乏しい“奇妙な”働き手不足の背景にあるのだ。

図表3 世帯数、単独世帯数、65歳以上の者のいる単独世帯数(以上、千世帯)、及び世帯当たり人員数の推移(人)

図表3 世帯数、単独世帯数、65歳以上の者のいる単独世帯数(以上、千世帯)、及び世帯当たり人員数の推移(人)

注:2020年については調査未実施のため統計が存在しない

高齢化社会第2フェーズにおける、「問い」の再定義

ここで、私たちは問いを立て直す必要がある。エッセンシャルワーク・現業職は「重要なのに評価されていない」のか。もちろん、そう感じる場面は多いだろう。しかし、本研究プロジェクトが向き合いたいのは、その一歩先である。

「なぜ重要な仕事の賃金が十分に上がらないのか」

なぜ人が集まらないのか。なぜ育成が進まないのか。なぜキャリアの見通しが描きにくいのか。これは、感謝や敬意といった精神論だけでは解けない、労働市場の機能不全の問題ではないか。

実際、賃金には変化が起き始めている。2020年から2025年にかけて、役職者を除く職種別年収概算の平均は487.3万円から545.6万円へ、名目で12.0%上昇した。物価上昇を考慮すれば平均的には実質横ばいに近いが、職種別には大きな差がある。検針員やタクシー運転者、製造業の現場の仕事、整備士などでは大幅な上昇が見られる一方、介護職員、看護師、小中学校教員など、公定価格や制度的制約を受けやすい職種では、物価上昇率を下回る伸びにとどまっている(※6)。

つまり、現業職のなかで賃金上昇の二極化が始まっている。価格転嫁ができる仕事、市場価格で賃金が調整されやすい仕事では賃金が上がり始めている。一方で、介護、医療、教育、公共サービスのように、制度や公定価格に賃金原資が縛られる領域では、需給が逼迫しても賃金が十分に上がりきらない。足下では「賃金が上がる力学が働き始めた領域」と「賃金が上がりきらない制度的天井が可視化された領域」が混在している。

このままでは、何が起こるだろうか。現業職からホワイトカラーへ人が移る、という単純な話よりも先に起こることは、「より賃金が上がる現業職へ、賃金が上がりにくい現業職から人が移動する」可能性である。たとえば、介護、医療、保育、教育、公共サービスなどの担い手が、より高い賃金を提示できる物流、建設、製造、保安などへ移る。現実に起こっていることとしては、警察官がタクシー運転手となったり、介護福祉士がホテルマンとなったり、保育士がベビーシッター、学校教員が塾講師になったりという動きを聞くことは多い。限られた働き手を奪い合う構造が生まれているのだ。

日本社会の未来のために。5つの研究課題

だからこそ、私たちは「現業職の労働市場」を研究する必要がある。本研究プロジェクトの仮説は、現業職の需給ミスマッチは、労働市場の機能不全によるものだということにある。そして、その機能不全を、5つの方向から検証しようとしている。第1に、職種別賃金シミュレーションである。第2に、現業職の育成システム研究である。第3に、外国人受け入れルールの検証である。第4に、現業職のキャリアアップ研究である。第5に、諸外国における人材確保政策の整理である。

第1の賃金シミュレーションでは、職種別の労働供給曲線を疑似的に作成し、今後需要量が変化した場合に、どの程度の賃金水準が必要になるのかを検討する。これは、単に「もっと賃金を上げるべきだ」と主張するための研究ではない。どの職種で、どの地域で、どの程度の賃金がなければ人が集まらないのかを可視化し、持続可能な社会に向けた議論の土台をつくるための研究である。

第2の育成システム研究では、現業職の育成コストを誰が負担するのかを問う。事業所単体で育てるのか。業界団体が担うのか。行政が支えるのか。学校や地域が関わるのか。人が足りない社会では、育成投資を個社任せにするほど、企業は人を育てにくくなる。育てても転職されるかもしれないからである。だからこそ、業界、地域、行政、教育機関が育成コストを分担する仕組みを検討する必要がある。

第3の外国人受け入れルールの検証も不可欠である。2025年10月末時点で、日本の外国人労働者数は257万人を超え、過去最高を更新している(※7)。しかし、外国人労働者を単に「足りない分を埋める存在」として捉えることは、倫理的な観点だけでなく、労働市場全体の状況から見ても不適切である。国内の賃金が上がらない構造を温存したまま受け入れを拡大すれば、結果として現業職の魅力をさらに下げる可能性がある。どの職種で、どのような賃金・育成・キャリアの条件のもとで受け入れるのかを、労働市場全体の設計として考える必要がある。

第4のキャリア研究では、現業職をより持続可能なキャリアを築ける仕事とするための条件を探る。相対的低賃金や非正規雇用が多い仕事がある一方で、資格、経験、技能、マネジメント、テクノロジー活用によってキャリアアップできる仕事もある。現業職を、若者や転職者にとって「選ぶ価値のある仕事」にするには、どのようなキャリアの見通しが必要なのか。

第5の海外政策研究では、諸外国の人材確保政策を整理する。日本は世界に先駆けて高齢化と労働供給制約に直面している。だからこそ、日本だけの特殊な問題として論じるのではなく、海外の現業職育成の取り組み・制度や政策と比較しながら、行政、業界、教育機関、企業が果たすべき役割を模索する必要がある。

しごとの選び方・選ばれ方を再定義する

現業職をめぐって、「人が足りない」「賃金が低い」「若者が来ない」という課題意識が高まっている。しかし、状況は大きくは変わっていない。

いま議論すべきは、誰がどのくらいその仕事の対価を払うのか、どう育成コストを負担するのか、どのようなキャリアを提示するのか、という具体的な設計ではないか。

この研究の目的は、労働供給制約が進むなかで、労働需給メカニズムを検証し、しごとの選び方・選ばれ方を再定義することである。社会を支える仕事が、誰かのやりがいに依存して成り立つものになっていないだろうか。感謝されるが報われない仕事に、または、必要だが選ばれない仕事になっていないだろうか。賃金、育成、キャリア、制度を結び直し、当たり前の生活が持続できる労働市場をつくる。そのための研究を始めたい。

(※1)リクルートワークス研究所,2023,未来予測2040―労働供給制約社会がやってくる では
(※2)生活維持サービス”と定義し、高齢化の進捗により予測されるその労働供給不足に焦点を当て検討した。
(※3)古屋星斗,2026,「稼げる仕事」の変化(2026年版),リクルートワークス研究所,ワークス労働市場報告
(※4)古屋星斗,2026, 人口動態と失業率の国際比較―日本の奇妙な人手不足は「日本だけ」か,ワークス労働市場分析
(※5)国立社会保障・人口問題研究所,人口推計(令和3年度版)
(※6)厚生労働省,国民生活基礎調査
(※7)古屋星斗,2026,「稼げる仕事」の変化(2026年版),リクルートワークス研究所,ワークス労働市場報告
(※8)厚生労働省,「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和7年10月末時点)

古屋 星斗

2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、現場職、若年人材研究を専門とする、ひととしごとの研究者。著書に「ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)、「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)、「『働き手不足1100万人』の衝撃」(プレジデント社)など。

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