職場のハラスメントを解析する(JPSED分析報告書2020)

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はじめに:ハラスメントのメカニズムを解き明かす

坂本貴志(研究員/アナリスト)


パワハラ防止法施行

2020年6月、改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が施行された。同法はパワーハラスメントを「優越的な関係を背景とした、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、職業環境を害するもの」と定義したうえで、防止のための措置を事業主に義務付けている。

その前提として、何がハラスメントに当たり、何が当たらないのかという問題がある。この点に関しても、厚生労働大臣が策定した指針のなかで、代表的な行動の類型を提示してその具体的行為の明確化を図っている。

この指針では、例えば、脅迫や侮辱など精神的な攻撃について、必要以上に長時間の厳しい叱責を繰り返し行うことはハラスメントに当たるが、遅刻を再三注意しても改善されないときに強く注意することはそれに当たらないとするなど、その具体的行為の例示が行われている。


ハラスメントが企業経営のリスクに

このように政府がハラスメントの防止に関する取り組みを強化している背景には、世の中の関心の高まりがある。2017年から2018年にかけて、海外に端を発した、セクシャルハラスメントを告発するMe too運動が日本でも広がり、あるいは、著名企業や官公庁におけるハラスメントの事例が明るみに出るなど、ハラスメントは許されないという風潮が当たり前になりつつある。

企業の現場でも、人事はハラスメントへの対応に腐心している。社内でのハラスメントが明るみに出てしまうと、その企業の評判は失墜する。入社志望者は減るかもしれないし、製品の不買運動でも起きたら、株価にも影響を与えかねない。ハラスメントの発生が、企業経営にとって極めて重大なレピュテーションリスクとなっているのだ。

こうした現状にあって、企業も手をこまねいているわけではない。実際に、多くの企業がハラスメントを発生させないよう、社内への周知・啓発に努めている。それでも発生したと思われる場合、それがハラスメントに当たるのかを適切に判断する体制を整え、該当する場合は行為者を厳罰に処せるように就業規則を改正するなど、周到な手を打っている企業は多い。

しかし、政府が音頭をとり、企業がこうした努力を行っているにもかかわらず、ハラスメントは決して減少していない。都道府県労働局によれば、ハラスメントに関する相談件数はむしろ年々増えてしまってさえいる。


ハラスメントの判定は難しい

この問題を考えるとき、おそらく多くの人がこんな疑問を抱くのではないだろうか。そもそもハラスメントとは何なのかと。

特定の行為がハラスメントに当たるかどうかは、具体的な行為だけでは判断できない。言葉にすれば同じ行為であっても受け手が不快に感じなければ、ハラスメントとして表面化することはない。ある行為がハラスメントに当たるかどうかというのは、当事者間の関係を含め、その時々の状況によって変わるのだ。

そこに、この問題を難しくさせている根本的な原因があると思われる。

ハラスメントという事象を、特定の行為を社員が不快に感じた時点でそう認定するのか、それとも行為を構成する客観的・具体的な要件があったうえで、それに該当すると、ハラスメントが発生しているとみるのか。この点、先述した政府の対策や司法における判断、企業内での対応が主眼にしているのは、後者である。ハラスメントに相当する具体的な行為が世の中にあり、それが発生すればハラスメントが成立するという立場である。

しかし、果たしてハラスメントは、ある具体的な行為とイコールのものなのだろうか。また、特定の行為者とその対象者との間にのみ存在する問題なのだろうか。現在主流となっているハラスメントに関する議論を解きほぐしていくと、多くの疑問が浮かび上がってくるのだ。


実害だけではなく、見聞きも重要

本報告書で活用する「全国就業実態パネル調査(JPSED」においては、ハラスメントの具体的な行為は問わず、個人の受け止め方によって決まる、としている。さらに、自らのハラスメント「被害」の事実だけではなく、「見聞き」したという事実も聴取している。

そういうと、「問題ない行為に過剰反応する人にまで対応しなくてはならないのか」という疑問を抱く人事がいるかもしれない。しかし、たとえそうだとしても、ハラスメントを感じた時点で、その人の気分が害され、仕事の生産性が下がってしまうのであれば、それはやはり看過できない問題なのである。

社員がハラスメントを感じることが問題なのだとしたら、そう感じさせる構造的な要因が何かを探る必要がある。ハラスメントは当事者間の問題と捉えがちだが、それだけでは片付かない厄介なものだ。ハラスメントを感じさせてしまう組織構造があるのなら、それを前提とした対策を考えていかなければならないだろう。

● ● ●

リクルートワークス研究所では、全国の15歳以上のおよそ5万人の同一人物を対象に、2016年から毎年継続して「全国就業実態パネル調査(JPSED)」を実施している。今回はこの大規模なサンプルを活用し、ハラスメントという現象の詳細を解き明かしていく。

本レポートの構成は以下の通りとなる。

Part1ではハラスメントの実態を分析する。どういった人がハラスメントを行い、それを誰が受けているのか、その背景には何があるのかといったことを確認する。

Part2ではハラスメントを見聞きしたと感じた人がいる職場において、職場のパフォーマンスがどう変化するのかを分析する。部下への厳しい指導は業績達成のために不可欠であるという考え方は根強い。その結果なのか、ハラスメントが発生している職場というのは往々にしてパフォーマンスが高い。ハラスメントとパフォーマンスにはどういう因果関係があるのかを、定量分析によって明らかにする。

Part3ではどういった職場がハラスメントを引き起こすのかを明らかにする。マネジメントがうまく機能していない職場でハラスメントが起こりがち、というのはおそらく事実だ。しかし、その責任を上司という個人に帰す前に、その企業がもつ組織構造や組織文化がどのように影響しているのか、そのメカニズムを解明していきたい。

全員がハラスメントなど感じず、高いパフォーマンスを発揮できる職場はどうしたら実現できるのか。皆さんとともに探っていきたい。

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坂本貴志(研究員/アナリスト)

近年、ハラスメントに対する世の中の関心が急速に高まっている。
その一方で、ハラスメントの当事者はどんな人で、どんなハラスメントが起こっているのかという実情は、必ずしも明らかではない。
ここでは、そうしたハラスメントの実態を明らかにしていく。

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見聞きする人が増加
メディアの影響も想定される

まずはハラスメントの発生状況を把握していこう。全国就業実態パネル調査では、職場でハラスメントを見聞きした人の割合を経年で把握しているが、その比率は一貫して上昇している(図表1-1)(脚注1) 。

【図表1-1】ハラスメントを見聞きしたことがあるか
【図表1-1】ハラスメントを見聞きしたことがあるか

注:対象は雇用者に限定。

ハラスメントを見聞きした人の比率は2015年の16.5%から2017年に17.2%まで微増した後、2018年には20.2%まで増え、その後も2019年に20.7%と上昇を続けている。ここ数年でハラスメントを見聞きした人がはっきりと増えているのだ。

インターネットやメディアの影響も大きい。職場におけるハラスメント問題が頻繁に取り上げられ、衆目を集めた結果、以前だったらそうは感じなかった行為をハラスメントと受け止める人が増えた可能性がある。

6人に1人の雇用者がハラスメントを受けている

ハラスメントを見聞きしただけでなく、自身がハラスメントを受けたと感じている人はどの程度いるのか(脚注2)。

全国就業実態パネル調査では、自身がハラスメントを受けたかどうかを聞く設問(脚注3)を設けている。同設問を用い、まずは就業形態ごとのハラスメントの発生割合(脚注4)をみてみよう(図表1-2)

【図表1-2】就業形態別ハラスメントの発生割合
【図表1-2】就業形態別ハラスメントの発生割合

注:調査では回答者の心情に配慮し「答えたくない」を選択肢として用意しており、「答えたくない」を選んだ人は集計対象外としている。例えば、雇用者のうち、ハラスメントを受けたかどうかの問いに対し、「はい」と答えた人が15.6%、「いいえ」と答えた人が79.4%、「答えたくない」と答えた人は4.9%であった。この場合、ハラスメントを受けたと感じた人の割合は、分母に「答えたくない」を含めずに算出したため、15.7/{(15.779.4)/100}=16.4%となる。

雇用者のうちハラスメントを受けた人の割合は16.4%となる。これは、雇用者のうち6人に1人がハラスメントを受けているということになる。自営業主や役員にもハラスメントを受けた人はいるが、その発生メカニズムが根本的に異なると予想される。それらのハラスメントも重要な問題ではあるが、この報告書では以下、就業者のうち大多数を占める雇用者に関するハラスメント状況を分析していく。

上司によるパワーハラスメントがすべてではない

ハラスメントを受けた場合、その内容はどのようなものか。ハラスメントの種類を「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」「そのほかのハラスメント(脚注5)」の3種類に分けて集計すると、「パワーハラスメント」が全体の85.0%を占めた(図表1-3、脚注6)。

【図表1-3】ハラスメントの種類(複数回答)
【図表1-3】ハラスメントの種類(複数回答)

注:対象は雇用者かつハラスメントを受けたと回答した人に限定。

パワーハラスメント以外では、「そのほかのハラスメント」が18.2%、「セクシャルハラスメント」が12.7%である。ただ、その多くは同時にパワーハラスメントも受けていることが判明した。
さらに、ハラスメントの行為者が誰かと問うたところ、4人に3人が上司と答えた(図表1-4)。その上司からのハラスメントの種類を調べると、パワーハラスメントが90.4%だった。つまり、ハラスメントを受けた人の69.5%(76.9×90.4)が上司からのパワーハラスメントを受けていることになる。

【図表1-4】誰からハラスメントを受けたか(複数回答)
【図表1-4】誰からハラスメントを受けたか(複数回答)

注:対象は雇用者かつハラスメントを受けたと回答した人に限定。

そのように、職場におけるハラスメントの中核は上司によるパワーハラスメントなのだが、そのほかの関係者によるハラスメントの存在も一定数確認できたことも注目に値する。ハラスメントの行為者をみると、上司に次いで多いのが同僚(27.8%)で、次が顧客・取引先など(8.4%)なのである。

法令上、パワーハラスメントとは被害者よりも優越的な立場にある者が行うものとされる。しかし、われわれの調査結果からは、必ずしもすべてのハラスメントが優越的な立場にある者から行われているわけではないことがうかがえるのである。ハラスメントを明確に定義することは非常に難しいのだ。

受けやすいのは女性
受けにくいのは高齢者

上記の分析から、ハラスメントの加害者は誰かということがわかった。他方、ハラスメントを受けやすい人も存在するはずだ。それはどういった人なのか。

属性ごとにハラスメントの発生割合をみると、ハラスメントを受けたと答える人には一定の特徴があることがわかる(図表1-5-1および2)。そこで、ハラスメントを受けたかどうかを被説明変数、その人の属性を説明変数として回帰分析を行ったところ、特定の属性とハラスメントの有無が相関していることが判明した。

【図表1-5-1】属性別のハラスメントの発生割合 (1) ※クリックで拡大します
【図表1-5-1】属性別のハラスメントの発生割合 (1) 

注:対象は雇用者に限定。 さまざまな要因をコントロールした回帰分析を行ったうえで、特定の属性でハラスメントが有意に起こりやすいか、または起こりにくいかを検証している。は基準となる属性に対して有意にハラスメントを受ける割合が高い属性、は基準となる属性に対して有意にハラスメントを受ける割合が低い属性、は基準となる比較して統計的にはハラスメントを受ける割合が変わらない属性を表している。基準となる属性には*を付している。例えば、性別をみると、男性を基準にした場合、女性は有意にハラスメントを受けやすいということがわかる。

まず性別をみると、女性の方が男性よりも有意にハラスメントを受けやすい。セクシャルハラスメントなど、女性が受けやすいハラスメント類型があることも関係しているが、パワーハラスメントに限定してもなお女性の方が受けやすい。

年齢別にみると、ハラスメントを受けた割合は40代、50代で高いが、60歳以上になると、その割合が大きく減少する。高齢になれば職場に合わないと感じた時点で引退するといった選択肢もとりうるため、被害者はすでに職場から退出しているということなのかもしれない。

また、回帰分析の結果、30代から50代において、年齢によるハラスメントの有無の差は有意にはなっていない。つまり、年齢の違いはハラスメントの受けやすさにはあまり影響しない、ということである。ここから、年齢と相関するそのほかの要因が、ハラスメントの受けやすさに影響を与えていることが予想される。

人間関係の結節点にいる中間管理職は受けやすい

その要因として考えられるのは役職である。役職に関していえば、係長級・課長級の中間管理職がハラスメントを受ける確率が有意に高い。つまり、30代から50代でハラスメントを受ける割合が高いのは、これらの年齢には中間管理職の人が多いからだと考えられる。

中間管理職はハラスメントの加害者とみなされがちだが、一方で、ハラスメントの被害者でもあるのだ。

さらに分析を進め、従業員規模別にみていくと、中小企業では課長級、大企業では係長級が最もハラスメントを受けやすくなっている。中間管理職がハラスメントを受けやすい理由の一つに、多くの人と接するポジションであることが挙げられる。上司である高位の役職者や部下とのやり取りのほか、所属部署以外の人と調整を行うこともよくある。役職のない人と比べ、必要となるコミュニケーションの量は段違いに多い。

さらに、課長や係長の場合、仕事の責任は重くなるものの、部長や役員のような大きな権限はなく、社内における相対的な立場は決して強くない。

最近の日本企業では、若手などの無役職者に対するハラスメント防止策は徹底されているが、中間管理職については配慮が十分ではないため、結果として、四方八方からハラスメントの集中砲火を浴びてしまっている可能性がある。

非正規社員より正社員の方がハラスメントを受けやすい

さらに、雇用形態別の分析結果も、ハラスメントの実態についての気づきを与えてくれる。すなわち、正規雇用者(正社員)ほどハラスメントを受けやすく、非正規雇用者(非正規社員)は受けにくいという結果となっているのである。

なぜ、正社員ほどハラスメントを受けやすいのかを考えれば、それは正社員の方が責任が重く、上からのプレッシャーも強く、達成するには他者の協働や関与を不可欠とする、より複雑で困難な仕事をしているからではないだろうか。別の言葉でいえば、「組織に深く根ざして仕事をしている」ということだ。

一方で、非正規社員は仕事の責任と範囲が限定されており、かつどういった職場で働くかを比較的柔軟に選べるケースが多い。極端にいえば、合わない職場に配属されてしまった場合は、転職してほかの職場に移ればよい。

特に、パート・アルバイトのハラスメント発生割合が12.8%と低いのはこうした要因が影響しているものと推察される。

転職経験の回数が影響
価値観の衝突が原因か

さらに、ハラスメントの有無に影響を与えていたのは、転職経験の有無だった。各属性をコントロールした回帰分析の結果、転職回数が0回の人を基準にしたときに転職回数1回以上のすべてのカテゴリーでハラスメントの発生割合が有意に高くなった。

【図表1-5-2】属性別のハラスメントの発生割合 (2)

注:対象は雇用者に限定。 さまざまな要因をコントロールした回帰分析を行ったうえで、特定の属性でハラスメントが有意に起こりやすいか、または起こりにくいかを検証している。は基準となる属性に対して有意にハラスメントを受ける割合が高い属性、は基準となる属性と比較して統計的にはハラスメントを受ける割合が変わらない属性を表している。基準となる属性には*を付している。

また、転職回数がハラスメントの発生確率に及ぼす影響度合いを表す係数は、0回から5回以上にかけて段階的に値が大きくなる結果となり、転職回数がハラスメントの発生確率に明らかに影響を及ぼしているのである。

この原因として想起されるのは、ハラスメント的行為に敏感な人が結果として多くの転職を行っているというものである。ただその一方で、転職者ほどハラスメントに敏感という因果もあるはずだ。実際、ある会社に長く在籍している人にとっては当たり前だと感じる仕事のやり方が、転職者にとっては違和感を覚えることもある。

例えば、顧客に提出する資料づくりで完璧を期すために上司が部下に長時間労働を強いるケースを想定したとき、生え抜きの人はそれを当たり前だと捉える一方で、転職間もない人は、そこまでして頑張る必要があるかと疑問を感じ、上司の言動をパワーハラスメントだと認識するかもしれない。

こうした職場の特性がハラスメントの有無に与える影響はPart3で分析するが、各自異なる仕事に対する価値観が衝突したときにハラスメントが起こる可能性があるということだ。

こうしたことを踏まえると、ハラスメントを単に不道徳な行為とみなしたり、受け手の過剰反応だと捉えたりすることは一面的な見方であることがわかる。多様な個人が働いているなかで、それぞれの価値観をどうすり合わせていくか。ここに、ハラスメント対策の要諦があるのではないだろうか。

● ● ●

ここまでの分析でわかることは、ハラスメントが発生するメカニズムは複雑であるということだ。上司が度を越した指導を行ったときだけではなく、職場で働く人は、さまざまな場面で、ハラスメントを感知する可能性がある。そして、特定の行為をハラスメントと感じるかどうかは、職場を取り巻く環境やその人のバックグラウンドなどによって変動する。そこにハラスメント問題を考えるときの難しさがあるといえるだろう。

(脚注1)設問文は「昨年1年間、あなたの職場について、次のことがどれくらいあてはまりますか。―─パワハラ・セクハラを受けたという話を見聞きしたことがあった」、選択肢は「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」「どちらともいえない」「どちらかというとあてはまらない」「あてはまらない」の5件法としている。
(脚注2)全国就業実態パネル調査では、ハラスメントを見聞きしたかどうかを毎年聞いている。一方で、ハラスメントを実際に受けたかどうかは、2020年の調査でのみ聴取している。
(脚注3)設問文は「あなた自身は昨年1年間に職場でハラスメントを受けたと感じたことがありますか」。
(脚注4)本報告書における分析は、あくまでもハラスメントを見聞きしたと思っている人やハラスメントを受けたと感じた人に関する分析である。これらを便宜的にハラスメントを見聞きした、あるいは、ハラスメントを受けたと表現しているが、厳密にはそれが本当にハラスメントに当たる行為であったのかはわからない。あくまでハラスメントの受け手による主観的な見地から、ハラスメントの発生割合などを算出していることに注意したい。
(脚注5) ここでいう「そのほかのハラスメント」は、パワーハラスメントとセクシャルハラスメント以外のハラスメントのことであり、妊娠・出産等に関するハラスメント、育児休業等に関するハラスメントなども含まれる。
(脚注6) ハラスメントの内容に関する設問は複数回答で聴取している。このため、すべての回答の総和は100%にはならない。

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全国就業実態パネル調査を使い、ハラスメントを見聞きした人の多寡という切り口から、発生しやすい業種や職種について分析してみた。

まずは業種である。医療・福祉と公務がそれぞれ見聞きした人の割合が26.2%と26.0%と高い水準となった。医療・福祉は人の命に関わる責任の重い仕事だ。また患者や介護者など、顧客の要求が過剰となり、ハラスメントにつながる可能性が高いということだろう。公務については、保守的な風土が関連していると思われる。メディアなどでも公務員のハラスメントはよく取り上げられる。

【図表A】業種別のハラスメントを見聞きした割合  ※クリックで拡大します
【図表A】業種別のハラスメントを見聞きした割合 

注:分析対象は2065歳の雇用者に限定した。

次に職種についてみてみよう。保安・警備職が31.9%と、ハラスメントの見聞きが最も多い。屋外で多様な人と関わること、危険を伴ったり、突発的なトラブルが頻発したりする夜間の仕事が多いことなどが影響していると思われる。

管理職と営業職も、それぞれ25.9%、25.4%と高い水準だ。管理職についてはハラスメントを受けている人が多いというPart1の結果とも整合的だ。営業職についても、上司から課される達成不可能なノルマや顧客からの過大な要求がハラスメントに結びついている可能性がある。

一方で、サービス職と生産工程・労務職はそれぞれ20.2%、20.3%と、相対的に少ない結果となった。これらは一人で完結する要素が多いため、ハラスメントが起きにくいと予想される。

【図表B】職種別のハラスメントを見聞きした割合  ※クリックで拡大します
【図表B】職種別のハラスメントを見聞きした割合

注:分析対象は2065歳の雇用者に限定した。


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孫亜文(研究員/アナリスト)

Part1では、ハラスメントの基本的な実態を確認した。
ここではその影響について探ってみたい。具体的には20~65歳の雇用者を対象に、
ハラスメントを受けたと感じている本人、またハラスメントを職場で見聞きしたと
感じている人が所属する職場のパフォーマンスに与える影響を分析していく。

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ハラスメントの受け手は仕事満足感が低い

これまでのハラスメントに関する多くの研究は、その受け手がネガティブな影響を受けることを明らかにしてきた(脚注1)。ここではまず、そうしたハラスメントの受け手の心的状況を確認してみよう。図表2-1は、2019年にハラスメントを受けた人と受けなかった人について、幸福感、生活満足感および仕事満足感を比較したものである。ハラスメントを受けた人の方が受けていない人よりも、不幸と感じる割合は高く、生活や仕事に満足していない割合も高い。

【図表2-1】ハラスメントを受けたかどうかと幸福感・生活満足感・仕事満足感  ※クリックで拡大します
【図表2-1】ハラスメントを受けたかどうかと幸福感・生活満足感・仕事満足感 

1.2065歳の雇用者に限定している。 
2.「昨年1年間、あなたはどの程度幸せでしたか」という設問に対して、「5点」「4点」と回答した場合を「幸福だと感じていた」、「3点」を「どちらともいえない」、「2点」「1点」を「不幸だと感じていた」としている。「昨年1年間のあなたの生活全般について、どの程度満足していましたか」という設問に対して、「満足していた」「まあ満足していた」と回答した場合を「生活に満足していた」、「どちらともいえない」を「どちらともいえない」、「どちらかといえば不満であった」「不満であった」を「生活に満足していなかった」としている。「(昨年1年間の)仕事そのものに満足していた」という設問に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した場合を「仕事に満足していた」、「どちらともいえない」を「どちらともいえない」、「どちらかといえばあてはまらない」「あてはまらない」を「仕事に満足していなかった」としている。

なかでも仕事に満足していない割合は42.7%であり、ハラスメントを受けていない人のそれより20%ポイント以上高い。ハラスメントを受けると、ストレスが嵩じてネガティブな感情が発生する。その結果、仕事に対するモチベーションが下がると予想できる。

次に、転職意向についてみてみると、ハラスメントを受けた人のうち、現在、もしくはいずれ転職しようと考えている意向者の割合は62.6%にのぼる(図表2-2) 。そのうち、実際に転職活動をしている人の割合は、14.4%である。

【図表2-2】ハラスメントを受けたかどうかと転職意向  ※クリックで拡大します
【図表2-2】ハラスメントを受けたかどうかと転職意向 

1.2065歳の雇用者に限定している。 
2.「あなたは今後、転職(会社や団体を変わること)や就職することを考えていますか」という設問に対して、「現在転職や就職をしたいと考えており、転職・就職活動をしている」と回答した場合を「転職意向あり・活動あり」、「現在転職や就職をしたいと考えているが、転職・就職活動はしていない」を「転職意向あり・活動なし」、「いずれ転職や就職をしたいと思っている」を「いずれ転職意向あり」、「転職や就職をするつもりはない」を「転職意向なし」としている。

一方、ハラスメントを受けなかった人では、転職意向のある人は40.5%にとどまり、実際に転職活動をしている人は、5.9%しかいない。なかにはハラスメントを受ける前から転職を考えていた人もいるだろうが、ハラスメントを受けるような環境下で働いていれば、転職意向が高まって当然だ。

見聞きしただけでも仕事満足感は下がる

では、ハラスメントは周囲にどんな影響を及ぼすのだろうか。

他人がハラスメントに遭っている現場に居合わせたり、その存在を後で聞いたりすることは、自らがハラスメントを受けることと比べると、影響は小さいと考えられる。しかし、ハラスメントを見たり聞いたりして心理状態が不安定になった人たちが働く職場においては、ネガティブな影響をお互いに与え合う「負のピア効果(脚注2)」が発生する可能性がある。その結果、仕事満足感が低下すれば、職場のパフォーマンスにも悪影響を及ぼすはずだ。この仮説を、以下、データを用いて検証していきたい。

ハラスメントを見聞きした人の、その後の仕事満足感、生活満足感および幸福感はどうなるのだろうか。全国就業実態パネル調査の直近2年間のデータを用いて分析してみた。

図表2-3は、2018年にハラスメントを見聞きしたことが、翌2019年における仕事に満足する確率、生活に満足する確率、幸福だと感じる確率に与える影響を表したものである。また、メンタルヘルスへの影響として、2019年に高ストレス者(脚注3)になる確率への影響もみてみた。

【図表2-3】仕事満足感、生活満足感、幸福感、メンタルヘルスへの影響(%ポイント)
【図表2-3】仕事満足感、生活満足感、幸福感、メンタルヘルスへの影響(%ポイント)

.2018年および2019年の2065歳の雇用者に限定している。 
2.統計的有意性については、***1% 有意、**5% 有意、*10% 有意を表している。 
.個人の属性(性別、年齢層、最終学歴)と働き方(雇用形態、労働時間、勤続年数、業種、職種、従業員規模、役職)の影響を考慮している。 
.結果の読み方は以下の通りである。例えば2019年に仕事に満足する確率では、「2018年にハラスメントを見聞きしなかった場合に比べて、2018年にハラスメントを見聞きすると、2019年に仕事に満足する確率は1.7% ポイント減少する」と読む。また、「2018年に仕事に満足しており、かつハラスメントを見聞きした場合は、2019年に仕事に満足する確率は、上記の1.7%ポイントに加え、さらに4.5% ポイント減少する」と読む。

ハラスメントを見聞きしたことが仕事満足感に与える影響をみてみると、翌年に仕事に満足する確率は1.7%ポイント低くなった。ハラスメントを見聞きした時点(2018 年)で仕事に満足していた人だと、さらに4.5%ポイント、つまり合計6.2%ポイント低くなる。

生活に満足する確率では、1.5%ポイント低下する。ハラスメントを見聞きした時点で生活に満足していた人だと、さらに3.5%ポイント、合計5.0%ポイント低くなる。一方、幸福だと感じる確率はマイナス0.3%と、さしたる影響がみられなかったが、ハラスメントを見聞きした時点で幸福だと感じていた人については、さらに4.9%ポイント低くなる結果となった。

ハラスメントを見聞きしたことがメンタルヘルスに与える影響については、ハラスメントを見聞きした人の方が、見聞きしなかった人よりも、1年後に高ストレス者になる確率は4.9%ポイント高い。

ハラスメントは、受け手にとどまらず、周囲の人の仕事満足感を下げ、心理状態を不健康にすることがわかる。ハラスメントは、当事者だけではなく、見聞きした人をも通じて、職場のストレスを高めているのだ。

見聞きすると転職意向が高まる

ハラスメントを見聞きするだけでも、仕事満足感が下がることを確認したが、転職意向にはどのような影響を与えるのだろうか。

図表2-4は、ハラスメントを見聞きしたことが、翌年の転職に与える影響を見たものである。ハラスメントを見聞きした人では、そうではない人よりも、翌年に転職活動をする確率は4.2%ポイント高い。実際に転職する確率では、2.7%ポイント高くなる。そもそも働くことをやめる確率についても、0.9%ポイント高まる。

【図表2-4】転職活動、転職有無、就業有無への影響(%ポイント)
【図表2-4】転職活動、転職有無、就業有無への影響(%ポイント)

対象者、統計的有意性、制御変数、結果の読み方は、図表2-3注釈の通りである。

いずれも数値はそれほど大きくないが、塵も積もれば山となるように、ハラスメントが長引けば、影響が増大することは容易に想定できる。ハラスメントは、企業の人材流出の一因となっている可能性がある。

職場のパフォーマンスにどんな影響を与えるのか

ハラスメントがある職場では、その受け手のみならず、見聞きした人の職務満足感が低下し、転職意向者や転職者が増えるのであれば、次に予想されるのは、職場のパフォーマンスの低下だ。

分析を行うと、ハラスメントを見聞きした人がいる場合、翌年のその職場のパフォーマンスが高い確率は、そうではない場合よりも1.4%ポイント高まる、という結果が出た(図表2-5)

【図表2-5】職場のパフォーマンスへの影響(%ポイント)
【図表2-5】職場のパフォーマンスへの影響(%ポイント)

1.対象者、統計的有意性、制御変数、結果の読み方は、図表2-3注釈の通りである。 
2.「職場の業績・パフォーマンスが出ている」という項目に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と答えた人を1として、それ以外を0の2値変数としている。

しかし、もともとパフォーマンスが高い業務に携わっている職場でハラスメントが起こった場合などは、必ずしもハラスメントによって職場のパフォーマンスが高まったわけではないだろう。ハラスメントの発生と職場のパフォーマンスとの関係は丁寧に分析する必要がある。ハラスメントがあるということが、それと相関の高い、職場のパフォーマンスを高めるほかの要素の代理変数となっている可能性が十分に考えられるからである。その仮説を検討するために、職場のパフォーマンスが高いことと、ハラスメントを見聞きしたこと、およびその人の業務量と職務特性(脚注3)との相関関係をみてみよう。

図表2-6は、職場のパフォーマンスが高いことと、ハラスメントを見聞きしたこと、およびその人の職場の業務量(「処理しきれないほどの仕事であふれていた」という過多状態)と職務特性の相関係数である。

【図表2-6】相関係数
【図表2-6】相関係数

.2018年および2019年の2065歳の雇用者に限定している。 
. 統計的有意性については、***1% 有意、**5% 有意、*10%有意を表している。

まず、職場のパフォーマンスと相関が高いのは職務特性であることがわかる。特に「単調ではなく、さまざまな仕事」と「社内外の他人に影響を与える仕事」は、ハラスメントを見聞きすることとの相関も高い。

さらに、ハラスメントを見聞きすることと最も相関が高いのは、業務量であることがわかる。

つまり、ハラスメントが見聞きされる職場では、各自の業務量は多く、仕事の複雑性が高く、責任が重いということがいえる。そのような職場では職場のパフォーマンスが高まる可能性も大きいだろう。

では、業務量と職務特性の影響を考慮したうえで、改めて、ハラスメントを見聞きしたことが職場のパフォーマンスに与える影響をみてみよう(図表2-7)

【図表2-7】職場のパフォーマンスへの影響(%ポイント)※クリックで拡大します【図表2-7】職場のパフォーマンスへの影響(%ポイント)

1.対象者、統計的有意性、制御変数、結果の読み方は、図表2-3注釈のとおりである。 
2.業務量と職務特性の各項目に対して、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と答えた人を1として、それ以外を0の2値変数としている。

すると、影響を考慮する前(図表2-5)では+1.4%ポイントと出ていた、ハラスメントを見聞きしたことによる職場のパフォーマンス向上への正の効果が消える。業務量と職務特性のそれぞれの影響を考慮した場合では、有意ではないものの、数値のみをみれば、正の効果から負の効果へと転じている。双方を考慮した場合は、有意に負の効果となった。

職務特性については、いずれも職場のパフォーマンスを高める効果が確認できる。特にハラスメントを見聞きしたこととの相関が比較的高い「単調ではなく、さまざまな仕事を担当した」と「社内外の他人に影響を与える仕事に従事していた」については、職場のパフォーマンスを高める影響も比較的大きい。つまり、職務の複雑性が高く、責任の重い仕事に就くと、高いパフォーマンスを出せるが、同時にハラスメントも起こりやすいと考えられるのだ。また、たとえ高いパフォーマンスを上げている職場だとしても、ハラスメントが起こっていれば、その分、パフォーマンスは下がっているはずだ。高いパフォーマンスを上げるためにハラスメントから目を背けることは、被害者はもちろん、職場や企業のためにならない。

Partにおける分析によって、ハラスメントの影響といえば受けた本人だけを意識しがちであるが、周囲や職場に対してもネガティブな影響を与えることがわかった。

ハラスメントを根絶するには、それが職場全体の問題であることを認識し、対策を講じる必要がある。

そして、本調査で対象としているのは、あくまで主観的にハラスメントを見聞きしたと感じている人だということを、改めて強調したい。つまり、職場内でハラスメントがあったと、メンバーの誰かが感じた時点で、パフォーマンスは下がってしまうのだ。職場のパフォーマンスを高めるうえで注力すべきは、どの行為がハラスメントに当たり、どれは当たらないかと精査することではなく、メンバーがハラスメントを感じるような事態の発生を防ぐことなのである。

(脚注1)津野香奈美(2016)「職場のいじめ・パワーハラスメントの規定要因と健康影響・組織への影響に関する最新知見」では、2014 年から2016年の間の職場のハラスメント関連の論文をレビューしており、ハラスメントの受け手の精神および健康に対し、ネガティブな影響を長期的に与えることを示している。
(脚注2)同僚(peer)同士が仕事を通じてお互いに高め合い、それによって個々の成長も図られる。これをピア効果という。負のピア効果とは、お互いに悪影響を及ぼし合うことであり、その結果、職場の雰囲気が悪くなったり、仕事の生産性が低下したりする。
(脚注3)ここでいう「高ストレス者」の定義を述べる。まず、厚生労働省のストレスチェックテストの項目に準拠した8つの設問「頭痛やめまいがする」「背中・腰・肩が痛む」「動悸や息切れがする」「ひどく疲れている」「気がはりつめている」「ゆううつだ」「食欲がない」「よく眠れない」に対して、「いつもあった」を5点、「しばしばあった」を4 点、「少しあった」を3点、「ほとんどなかった」を2点、「全くなかった」を1点として、合計点(840点)を算出した。次に、厚生労働省「数値基準に基づいて『高ストレス者』を選定する方法」を参考に、全国就業実態パネル調査における高ストレス者の選定基準値(25. 66点)を算出し、合計点が基準値以上の場合を「高ストレス者である」、未満の場合を「高ストレス者ではない」としている。
(脚注4)ここでの職務特性とは、「単調ではなく、さまざまな仕事を担当した」「業務全体を理解して仕事をしていた」「社内外の他人に影響を与える仕事に従事していた」「自分で仕事のやり方を決めることができた」「自分の働きに対する正当な評価を得ていた」であり、心理学者のリチャード・ハックマンと経営学者のグレッグ・オルダムが考案したハックマン= オルダム・モデルに基づいている。

Part3.JPG茂木洋之(研究員・アナリスト)

ここでは、数あるハラスメントのうち、
職場で最も多いパワーハラスメント(以下、パワハラ)に焦点をあて、
どのような職場環境でそれが起きやすいのかを探っていく。
また企業が取り組むパワハラ防止策の効果も検証しながら、
パワハラを防ぐ方法についても考察する。

レポートのPDF版はこちら

パワハラは一種の非生産的職務行動

最初に、パワハラを引き起こす職場環境について考察しよう。

今回の全国就業実態パネル調査では、ヒアリングや先行研究に基づき、パワハラが起きやすい職場環境や状態を、職務性質、組織構造、組織文化(風土)、評価、人材育成という5つの側面から測定する質問を29項目設定した(図表3-1)

【図表3-1】パワハラが起きやすい職場環境を測定する5分野29項目
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【図表3-1】パワハラが起きやすい職場環境を測定する5分野29項目

人的資源管理論の分野では、Counterproductive Work BehaviorCWB、非生産的職務行動)と呼ばれる概念がある。これは遅刻や仕事をさぼること、職場内の物品の窃盗や勤務中のネットサーフィンなど、文字通りの非生産的な職務行動を指す。内容は多岐にわたり、bullying and swearing at colleagues(同僚へのいじめや罵倒)といった行為も含まれることから、パワハラはCWBの一種と解釈できる(脚注1)。

一連の先行研究によると、パワハラは本人の性格に起因すると同時に、近年はマネジメントの問題としても捉えられている。例えば、「報酬の公平感」がこれらの行動を減少させることが報告されている。

今回は先行研究にならい、パワハラをマネジメントの問題、さらには組織の問題として捉えるために、上述した5つの側面を設定した。これを用い、パワハラを見聞きしている人がどのような職場にいるのかを計量分析によって明らかにした(脚注2)。その結果をまとめたのが図表3-2、3-3、3-5である。

責任が重い仕事でパワハラは起きやすい

まずは職務性質についてみていきたい(図表3-2)。A 列は職務性質がパワハラの見聞きに与える影響を、B 列は各項目に該当する職場で働く雇用者の割合を表す。「(1)ノルマの達成など、プレッシャーがかかる仕事」で、パワハラを見聞きする確率が9.4%ポイント高い(脚注3)。これはPart2でみたように、責任が重く業務量が多い仕事ほどハラスメントを見聞きする場合が多い、という結果と符合する。

【図表3-2】職務性質がパワハラの見聞きに与える影響(A列)と
各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B列)
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【図表3-2】職務性質がパワハラの見聞きに与える影響(A列)と 各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B列)

最小二乗法(OLS)で分析した。係数は限界効果を表す。標準誤差は頑健な標準誤差で推定。サンプルサイズは22,052人。分析対象は20?65歳の雇用者に限定した。 統計的有意性については、***が1% 有意、**が5% 有意、*が10% 有意を表している。 3.年齢、企業規模、性別、学歴、雇用形態などをコントロールしている。そのうえで、上の5つのカテゴリーを一つずつ入れて分析している。図表3-3、3-5も同様。 
結果の読み方は以下の通りで、「ノルマの達成など、プレッシャーがかかる仕事である場合、ノルマの達成など、プレッシャーがかかる仕事ではない場合と比較して、パワハラを見聞きする確率が9.4%ポイント高まる」と読む。 選択肢は「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」「どちらともいえない」「どちらかというとあてはまらない」「あてはまらない」の5件法で、「あてはまる」「どちらかというとあてはまる」と回答した人の割合を集計している。

「(2)難しい要求をしてくる顧客が多い」職場でも、パワハラが10.3%ポイント増加する。この職場には二つのタイプがあると考えられる。

一つは顧客がパワハラをしている可能性である。もう一つは顧客から難しい要求を突きつけられる結果、社員同士がお互いに要求し合うアウトプットの水準が高くなってしまい、時にそれが行き過ぎてパワハラと呼べるレベルになってしまうケースである。対処方法はどちらのタイプかで異なる。

前者であれば顧客への適切な対応が必要だし、後者であれば業務の調整が重要になる。

また、「(3)人の命や、多くの人の利害に関わることのある仕事」でもパワハラを見聞きする確率が5.0%ポイント高まるという結果が出た。これは11ページのコラムでみたように、医療・福祉業でハラスメントが多い結果と符合する。

続いて組織構造と組織文化(風土)について考察する(図表3-3)。A 列は組織構造や組織文化がパワハラの見聞きに与える影響を、B 列は各項目に該当する職場で働く雇用者の割合を表す。

【図表3-3】組織構造、組織文化(風土)がパワハラの見聞きに与える影響(A列)と、
各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B列)※クリックで拡大します
【図表3-3】組織構造、組織文化(風土)がパワハラの見聞きに与える影響(A列)と、 各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B列)

バランスのよい職場ではパワハラは減る

「(5)男性・女性の社員がバランスよく職場にいる」、「(6)若手・中堅・ベテランの社員がバランスよく職場にいる」と、そうではない職場と比べ、パワハラがそれぞれ4.6%ポイント、5.8%ポイント減少する結果となった。メンバーの性別や年齢のバランスとパワハラが密接に関係しているということだろう(脚注4)。この調査はサンプルサイズの大きいデータを使用しているため、この傾向は一部の職場の話ではなく、日本の平均的な職場で一般的に観察できることが確認できる。

一方、「(11)部署の異動や転勤、出向など人事異動が多い」職場は、パワハラを見聞きする割合が9.7%ポイント高い結果となった。頻繁に人事異動などが実施されるような日本的雇用慣行の組織で、やはりパワハラが起きているということだろう。

それは、「(18)朝礼がある」職場ではパワハラが5.8%ポイント増加するという結果にも表れている。

また組織文化について、「(16)業務外の職場でのイベント参加(飲み会など)を断りにくい雰囲気がある」職場ではパワハラが16.0%ポイント増加するという結果が出た。これは29項目のなかで一番大きな数値となっている。飲み会を断りにくい職場は上下関係が厳しく、プライベートにも無遠慮に関与してくるイメージがある。パワハラの発生は職場の雰囲気と密接に結びついているということだ(脚注5)。

上意下達型の職場からパワハラが生まれる

組織構造の項目に戻ると、「(4)経営ボードの意思決定について、その背景や意図を伝える仕組みがある」と、パワハラを見聞きする確率が3.5%ポイント減少する結果となっている。

これは職場内コミュニケーションの重要性を示唆する。組織の意思決定に社員が唯々諾々と従う組織ではパワハラが起きやすいということだろう。意思決定した理由を丁寧に伝えることが肝要なのだ。

先にみたように、人事異動が多い職場ではパワハラが多い。人事異動にも少なからずメリットはあるし、異動がやむを得ない場合もあるだろう。社員の理解を求めようとせず、一方的な通告で終わらせることが問題なのだ。それは、「(8)組織の意思決定は、上意下達(トップダウン)で行われる」とパワハラの見聞きが10.8%ポイント増加するという結果とも一致している。

さらに職場状況をみると、「(8)組織の意思決定は、上意下達(トップダウン)で行われる」職場で働く雇用者の割合は40.8%と、全29項目のうち3番目に高い結果となった(図表3-3、B 列)。

逆に同じ図表で「(4)経営ボードの意思決定について、その背景や意図を伝える仕組みがある」職場で働く雇用者の割合は14.5%と、全29項目のうち4番目に低い。組織の考えを社員にきちんと伝達できている企業は少数だといえる。

心理的安全性の確保とパワハラの関係

さらに組織文化(風土)についてみていく(図表3-3)。「(15)他者の反応におびえたり恥ずかしさを感じることなく、安心して発言や行動ができる」職場において、パワハラが11.2%ポイント減少していた。これは全29項目のうち、2番目に変化の大きい数値であり、インパクトがある。

そのような状態は、アメリカの経営学者エイミー・エドモンドソンが提唱し、チームの生産性や業績を向上させる概念としてGoogleで取り入れられ有名になった、心理的安全性(が確保された状態)と同義である。ここでは、心理的安全性の確保は、生産性や業績にプラスになるだけではなく、パワハラを減らす効果もあるという結果になった。

心理的安全性が確保されていない職場では、当然の帰結として職場のコミュニケーションが不足することとなる。互いの価値観を尊重し、物事の中身だけでなく、理由や背景も丁寧に説明すればパワハラとはならない可能性が高い。

心理的安全性が確保されていなければ自分の価値観を人に伝えることが難しく、コミュニケーションロスが発生してしまう。お互いが安心して自分の意見を主張できるような環境づくりが重要といえる。

この心理的安全性が確保されている職場で働く雇用者の割合は、33.1%という結果となった(図表3-3、B)。これが多いか少ないかは判断が難しいが、その確保を目指し、改善できる職場は少なくないはずである。

テレワーク下のマネジメントは改善が必要

ここで、コロナ禍によりテレワークに従事する人が急増するなか、悩ましい結果を紹介する。同じ組織文化(風土)について、「職場での業務に関するやり取りは対面よりもメールなどで行われることが多い」場合にパワハラが3.2%ポイント増加するのだ(図表3-3)。

内閣府が2020年5月から6月にかけて実施した調査によると、テレワークをしている人の割合は34.6%となっている(脚注6)。

テレワークにより対面でのやり取りは減少している。そこで注意したいのは、いわゆる「テレハラ・リモハラ」(脚注7)だ。対面であれば、相手の表情を見ながら状況に応じたコミュニケーションが可能だが、メールのみや、オンラインのビデオ会議だと、一方通行の「命令」になってしまい、強圧的な印象を相手に与えてしまう可能性がある。

実際、テレワークとパワハラの間に関係はあるのだろうか。テレワークの実施度合いとパワハラを受けたか否かの相関を調べてみたところ、テレワークをしており、なおかつパワハラを受けた人の割合は19.0%だったが、テレワークをしていない人の場合、パワハラを受けた人の割合は14.0%だった(図表3-4、脚注8)。

【図表3-4】パワハラを受けた人の割合(テレワーク実施別)
【図表3-4】パワハラを受けた人の割合(テレワーク実施別)

  1. 1.週のテレワーク実施時間が0時間より多い人をテレワーク実施者としている。 
    .分析対象は2065歳の雇用者に限定した。

テレワーク従事者の方がパワハラを受けている可能性が高いわけだが、この結果が示すのは、現状においてはテレワークの適切な運用がなされていない、ということだろう。

コロナ禍の終息は見通しが立たず、テレワークの必要性は今後さらに高まることが予想される。テレワークは適切に運用できなければ、結果としてコミュニケーションが不足し、パワハラを発生させる要因ともなりうる。定期的に対面でのやり取りを設けたり、上司から部下への指示の文言が高圧的になっていないかをチェックするといった工夫が必要だ。

さらにはテレワークが急速に普及し始めた今、テレワーク下におけるマネジメントを進化させていかなければならない。

弊害も考慮しつつ
多面評価を有効活用すべき

ここまでは、どういう職場でパワハラが起きているのかという疑問に対して、職務性質、組織構造、組織文化(風土)という側面から考察した。ここからは、その防止策を示唆する項目をみていきたい。

評価に関する項目もハラスメントの発生に一定の影響を与えていた(図表3-5、脚注9・10)。

「(20)人事評価において、年齢や勤続年数より成果が重視される」「(21)KPIなどで成果を管理されている」場合、パワハラを増やすという結果が出た。過度な成果主義やノルマはパワハラを助長する可能性が高いのだろうが、一方で、こうも考えられる。成果主義やノルマがパワハラを直接生んでいるのではなく、その結果として業務量が増え、過度の負荷がかかったときに、パワハラが増えるのではないかと。一概に成果主義やノルマを排せばいいという問題ではないはずである。

【図表3-5】評価、人材育成がパワハラの見聞きに与える影響(A 列)と、
各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B 列)※クリックで拡大します
【図表3-5】評価、人材育成がパワハラの見聞きに与える影響(A 列)と、 各項目に該当する職場で働く雇用者の割合(B 列)

また、「(21)KPIなどで成果を管理されて」おり、なおかつパワハラが少ない職場の特徴として、ここでも心理的安全性の確保が重要であることがわかった(脚注11)KPIなどの評価指標の運用とパワハラの減少が両立できる方法を探るべきだ。

さらに、「(22)360度評価など社員を多面的に評価する仕組みがある」と、パワハラが3.8%ポイント減少する。耳の痛い内容も含め、上下左右からの忌憚のない人物評価という意味をもつ360度評価が導入されている職場では、確かにパワハラは起きにくいだろう。

多面的評価システムがある職場で働く雇用者は10.1%にとどまっている(図表3-5B 列)。今後、積極的に取り入れていくべきだが、評価者が匿名の場合、360度評価そのものがお互いの悪口を言い合う場になってしまう可能性がある。

また、自分に対する他人の評価を知り、思いのほか低いことにショックを受けるかもしれない。心理的安全性が確保されていない場合や相互信頼の文化がない場合はハラスメントが発生しかねない。活用には慎重さが求められる。

パワハラの実態把握はその抑制に役立つ

ここまで、パワハラがどんな職場で多発しているのかをみてきた。続いて、企業が講じる8つのパワハラ施策の効果を分析しよう(図表3-6)。A列は施策がパワハラの見聞きに与える影響を、B 列は各施策を導入している職場で働く雇用者の割合を表す。

【図表3-6】パワハラ施策がパワハラの見聞きに与える影響(A 列)と
各施策を導入している職場で働く雇用者の割合(B 列) ※クリックで拡大します
【図表3-6】パワハラ施策がパワハラの見聞きに与える影響(A 列)と 各施策を導入している職場で働く雇用者の割合(B 列)

1.OLSで分析した。係数は限界効果を表す。標準誤差は頑健な標準誤差で推定。サンプルサイズは22,052人。分析対象は20~65歳の雇用者に限定した。 
2.統計的有意性については、***が1% 有意、**が5% 有意、*が10% 有意を表している。
3.年齢、企業規模、性別、学歴、雇用形態、職場環境などをコントロールしている。 
4.結果の読み方は以下の通りで、「アンケートなどで、社内のハラスメントの実態把握がされている場合、アンケートなどで、社内のハラスメントの実態把握がされていない場合と比較して、パワハラを見聞きする確率が6.1%ポイント低下する」と読む。 
5.選択肢は「はい」「いいえ」「わからない」の3択で、「はい」と回答した人の割合を集計している。

まず「(B)ハラスメントに関するオンライン以外の研修を受講している」「(C)社内にハラスメントの相談窓口がある」「(D)社内以外で、例えば会社が外部委託で設けている相談窓口がある」「(F)管理職向けにハラスメントについての講演や研修会が実施されている」に関しては、導入するとパワハラが増えるという意外な結果となった。

これらは、パワハラが横行している職場で導入されている、という逆の因果関係が存在している可能性がある。これらの施策を導入しても、なおパワハラを減らすことは難しいと解釈するべきだろう。パワハラについて学んだことで、職場で起きている現象が「パワハラ」と認識されやすくなるため、結果的にパワハラが増えるという図式も考えられる。

着目すべきことに、「(G)アンケートなどで、社内のハラスメントの実態把握がされている」と、パワハラの見聞きが6.1%ポイント減少する。これは先ほどの360度評価の実施がパワハラの抑制につながるという結果とも整合的だと解釈できる。

パワハラの行為者が無自覚の場合もある。パワハラをしているという自覚が行為者になければ、なくすことは不可能だ。その場合は社内アンケートなどによる調査が必要になる。パワハラがあったとわかれば、人事が対策をとることが可能だが、認識されなければ、そもそも不可能である。一方で、図表3-6B 列)にある通り、アンケートなどが実施されている職場で働く雇用者は17.7%にとどまる。

パワハラ防止の鍵はトップの意識変革

パワハラをなくすにはほかに何が必要だろうか。「(H)会社の役員がハラスメントの防止を訴えるなど、トップがハラスメントに関わるポリシーを発信している」も、1.7%ポイント、パワハラを減らす結果となった。効果はそれほど大きくはないが、マイナスの相関が出ている数少ない項目であることからも、重要だといえる。パワハラの撲滅にはトップの意識変革が欠かせないというわけだ。

一方、図表3-7にあるように、上司からパワハラを受けたと感じた人はその相手として代表取締役・役員・顧問を挙げたケースが22.8%と最も高いことから、経営トップ層の意識と理解は大いに不足していることがわかる。トップがパワハラをしている組織で、部下にパワハラを禁じても納得するはずがない。まずは経営トップがパワハラを経営課題と認識し、意識・行動変革を行うことが必要だ。

【図表3-7】上司からパワハラを受けたと感じた場合、相手の役職
【図表3-7】上司からパワハラを受けたと感じた場合、相手の役職

1.複数の上司からパワハラを受けたと感じた場合は、最もパワハラをしている上司の役職を回答。 
2.分析対象は2065歳の雇用者に限定した。

パワハラと指導は紙一重
評価の納得性確保を

最後に、自分がパワハラを受けていると感じている人を取り上げる。自分が正当な評価を受けているか否か、ということがパワハラの認識にどのような影響を及ぼしているのかを分析した。

正当な評価を受けていると感じた人が、仮に感じなかった場合、「パワハラを受けている」と感じる確率が5.6%ポイント上昇する、という統計的に有意な結果が出た(脚注12)。納得できる評価を受けている場合、パワハラに対する許容度が上がるのかもしれない。

ある企業をヒアリングしたところ、パワハラに関する窓口への問い合わせが増える時期が1年に2回あるという。一つは長期休暇の前だ。日頃の不満や鬱憤を吐き出してから、気持ちよく休暇に入りたい、という意識が働くのだという。

もう一つは、年間の評価が決まり、本人に伝えられた直後だ。パワハラと厳しい指導の線引きが難しいことは周知の通りだが、本人がどちらと受け取るかは、本人が下された評価に納得できるか否かが鍵を握る。納得できない評価を下されると、それまでに受けてきた厳しい指導がただの「しごき」と感じられ、それがパワハラである、という認識につながる可能性がある。

一方で納得のいく評価だと感じられると、同じ厳しい指導であってもパワハラとは感じない、というわけだ。

先の図表3-5で、「(25)評価の結果を本人にフィードバックする仕組みがある」職場ではパワハラの見聞きが3.0%ポイント低下する、という結果が出ていることからも、本人が評価に納得できるか否かがパワハラの増減に重要な影響を及ぼすことが予想できる。上司には、評価を納得させるための部下への丁寧な説明と指導が日頃から求められる。

過度の成果追求と
上意下達がパワハラの温床

Part2では、パワハラが職場に対して多様な弊害を及ぼすことがわかった。このPart3では、大規模データを使用した計量分析により、パワハラが発生する実態を、職場環境という視点から探ってみた。その結果、「このような環境ではパワハラが発生しがちだ」という法則めいたものが確かに存在することがわかった(図表3-8)。

【図表3-8】パワハラの発生要因と抑制要因
【図表3-8】パワハラの発生要因と抑制要因

図表3-23-33-5より各要因を再構築した。色のついた太字はプラスマイナス10%ポイント以上の影響がある項目である。

まず、仕事に対する成果を過度に追求する職場ではパワハラが明らかに発生しやすい。もちろん、成果の追求が悪というわけではないが、結果としてパワハラが発生し、それが職場のパフォーマンスを押し下げるとしたら、本末転倒である。業績だけではなく、その言動が周囲に与える影響も含めて本人を評価してはどうだろう。そのことが、結果として全体の業績を高める手段になるのだ。

上意下達の組織文化もパワハラの温床になりうる。それは一糸乱れぬ強力な組織をつくり上げ、高いパフォーマンスに結びつく半面、従業員に一方的な価値観を押し付け、個を圧殺してしまう危険性がある。

一方で、社員が安心して発言できる組織風土をもつ職場、組織のメンバーに多様性がある職場では、パワハラが発生しにくい。こうした組織づくりは一朝一夕にはいかないが、長期的な課題として取り組む必要があるだろう。

さらに、ここまで述べてきたことを振り返りながら、図表3-5、同3-6より、パワハラ防止策になりそうな4項目を以下に挙げておく。

① 360度評価など社員を多面的に評価する仕組みがある。
② 評価の結果を本人に的確にフィードバックする仕組みがある。
③ 会社の役員がハラスメントの防止を訴えるなど、トップがハラスメントに関わるポリシーを発信する。
④ アンケートなどで、社内のハラスメントの実態を把握する。

パワハラは行為者本人の性格や行動特性に起因する場合も確かに多いが、それだけではない。組織文化、コミュニケーション、さらにはトップの問題として捉えなければ、その根絶は難しいだろう。

(脚注1)先行研究としては、Chang, K. & Smithikrai, C.(2010). Counterproductive behaviour at work : an investigation into reduction strategies. The InternationalJournal of Human Resource Management , 21(8), 1272-1288を参照。
(脚注2)分析内容については推定結果の脚注を参照。
(脚注3)「ノルマの達成など、プレッシャーがかからない仕事」と比較した場合である。以下同様。
(脚注4)ほかにも、「(7)外国人や障がい者社員など多様な人が働いている」職場ではパワハラが増加するという結果が出た。こ
れは多様性が原因というより、人手不足を埋め合わせる目的で外国人を採る職場が多く、そういった職場は雰囲気がもともとよくない可能性がある。
(脚注5)この傾向は、「(13)社員同士が競い合っている」職場ではパワハラが増加し、「(14)仲間と協力して仕事をしている」職場ではパワハラが減少するという結果からも確認できる。

おわりに:組織の力でハラスメントを抑制する

坂本貴志(研究員/アナリスト)

感じただけで悪影響が及ぶ

ここまでの分析結果からわかったことは何だろうか。

まず指摘したいのは、ハラスメントが職場に及ぼす悪影響である。

Part2で、社員がハラスメントを受けたと感じたり、見聞きしたりした場合、本人にどのような影響が及ぶのかを探った。その結果は、ストレスの高まりと転職意向の上昇である。

そして、そうしたマイナスの影響が積み重なり、職場全体のパフォーマンスも下がってしまうことが明らかになった。職場で高いパフォーマンスを出している人がハラスメントを行うというケースは多々あり、それこそがハラスメントが見逃されやすい要因にもなっているが、そうした状況に手をこまねいていては駄目なのだ。

強調したいのは、本人がハラスメントと感じた時点で、影響が表れるということだ。ある特定の行為がハラスメントの客観的な要件を満たしていなかったとしても、受けた本人がハラスメントと感じた時点で、本人および職場のパフォーマンスに悪影響が生じる。

さらに、自らが当事者ではなく、見聞きしただけでも、その人のストレスが高まり、職場全体の業績低下がもたらされる。職場のハラスメントは当事者間のみの問題にとどまらないのである。

ハラスメントは組織の問題である

Part1で分析したハラスメントを受けやすい人の傾向やPart3で分析したハラスメントが起きやすい組織の特徴から、ハラスメントの発生メカニズムが明らかになった。

Part1では、非正規社員より正社員の方がハラスメントを受ける人の割合が多いことがわかった。正社員の多くは組織に深く根ざして仕事をしている。だからこそ、ハラスメントの被害を受けやすい。

中途入社者ほどハラスメントを感じやすいことも注目される。長く在籍している人にとっては当たり前なものとなっている行為に対し、外から来た転職者が違和感を覚えてしまうからだ。

ハラスメントを受けた人にどのような種類のハラスメントを受けたかを聞いたところ、85.0%はパワハラであった。ハラスメントの大半を占めるパワハラがどういった職場で起こるのかを分析したのがPart3である。分析の結果わかったことは、成果の過度な追求や、上意下達の組織文化がパワハラを引き起こすということである。

さらに、パワハラの抑制策として、トップ自らが防止のための強いメッセージを発信するとともに、組織の多様性を重視し、納得性の高い評価制度を構築し運用するなど、マネジメントの工夫も必要なことが確認された。もちろん、行き過ぎた成果主義が存在するなら、改めなければならない。

今のところ、多くの企業でハラスメントがコンプライアンスの問題として捉えられているが、決してその領域にとどまらない。「はじめに」で書いたように、ハラスメントは企業経営のリスクであり、すなわち組織の問題なのである。

組織の多様性を高める

職場のすべての人がハラスメントを感じず、安心して仕事に向かえるようにするにはどうしたらいいのだろうか。今回の分析結果が示唆する答えは、以下の通りである。

まず、組織の多様性を確保することが大切だ。男性および女性社員、さらには若手・中堅・ベテラン社員が、それぞれバランスよく職場に在籍していることがハラスメントを抑制する要因となる。

さまざまな属性の人が職場にいれば、偏った価値観に基づく行為が行われた場合、「それはおかしい」という声が上がりやすい。中途入社者がハラスメントを受けやすいというのも同様の側面から捉えられる。新卒で入った生え抜きが多数を占める職場では、中途入社者の声が届きにくくなってしまい、ハラスメントの発生を抑制することが難しくなる。

組織の多様性を高めることができれば、日々のコミュニケーションのなかでおのずと各人の価値観がすり合わされる。すると、ハラスメントに対する自浄作用が機能し、結果的に職場のパフォーマンスが高まるだろう。

社員に本音を話してもらおう

さらに、上意下達ではなく下意上達を心がけることも重要である。つまり、社員が自由に発言できる組織風土をつくる。そのうえで、社員同士、あるいは上司部下同士が互いの価値観をすり合わせるためのコミュニケーションを頻繁に図ることが重要になる。

中途入社者の価値観と、長期在職者の仕事に対する価値観が衝突したときにハラスメントが起こってしまうとすれば、衝突する前に違和感を素直に話してもらえばいい。そうした環境づくりを愚直に追求していかなければならないのではないか。

もちろん、それは簡単なことではない。意見を発したとしても、その内容によって不利益を被ると思えてしまえば、その時点で多くの社員は口を閉ざしてしまう。発言内容がいかなるものであっても、自身に不利益が及ばない……そうした確信が得られて初めて人は重い口を開こうとする。

「物言えば唇寒し」にならない、自由闊達な職場をつくるための一朝一夕の解決策は存在しない。社員との間で小さな信頼を積み上げていくしかないのである。時には、日々思っていること、感じていることを同じ職場の社員同士、もしくは職場を異にする同じ会社の社員同士が話し合う機会を提供するなど、地道な取り組みも有効だろう。

ハラスメントは社員の生産性を低下させ人材の流出にもつながる。そう考えると、企業と社員が強固な信頼関係で結ばれ、それによってハラスメントを撲滅することができれば、企業のパフォーマンスは向上するはずだ。重要な経営課題として、生産性向上に結びつく働き方改革の一環として、ハラスメント対策に真摯に取り組む企業が増えることを望みたい。

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