働く環境を整えて東北各県・海外から正社員を雇用、マルチタスク型で働きがいを高める――有限会社奥州秋保温泉蘭亭
フロント、客室係、厨房スタッフという役割分担のもと、多くのパートタイム従業員がサービスを支えている旅館・ホテル業界。設立30年を迎えた奥州秋保温泉蘭亭は、正社員の雇用・育成を重視し、地元宮城県をはじめ東北各県および海外からの新卒採用に継続的に取り組む。サービスの質にこだわりながらDX推進から業務効率化を図り、平均年齢30歳の多様なバックグラウンドの従業員がやりがいを持って働いている。有限会社奥州秋保温泉蘭亭の取締役である菅原幸子氏に、人材を育てながら宿泊業のオペレーションを見直す取り組みについて聞いた。

有限会社奥州秋保温泉蘭亭
取締役 菅原 幸子氏
働く環境を整え、若手を軸にした人材を育成。蘭亭らしい企業風土を育む
――初めに宿泊施設の概要を教えてください。
当社はもともと1964年から岩手県奥州市で翠明荘という温泉旅館を経営していました。その後、ダム建設で移転を余儀なくされ、1995年に宮城県仙台市の奥座敷、秋保(あきう)温泉に新たにオープンしたのが「奥州秋保温泉蘭亭」です。仙台駅から車で約40分、仙台空港から車で50分弱のアクセスの立地になります。

お子様連れのご家族や女性の一人旅も歓迎する宿として秋保の地で30年営業しています。周辺の緑地を含む敷地は1万坪以上あり、東京ドームとほぼ同じ広さです。この敷地内に2022年9月にグランピング施設「GLAMPSEASON」をオープンし、2024年6月には愛犬と一緒に泊まれる宿「R with dog」をオープンしています。RはRyokanの略です。
――従業員の体制はどのようになっていますか。
従業員は約70名で、温泉旅館としては若手が多く、平均年齢は約30歳です。宿泊施設は年中無休、24時間営業ですので、海外出身者も多い従業員がさまざまな情報を取得しやすいよう、また従業員同士のコミュニケーションを円滑にするためにもDXの推進に注力しています。

従業員の生活の質を担保するため、宿から歩いて2分の距離に完全個室の社員寮を用意しています。各部屋にバス・トイレ・キッチンがついてプライバシーが保てる環境で、休憩時間には寮の自室に帰って休むこともできます。独身の従業員が多いので、「お弁当制度」を設け、社員割引で栄養バランスを考えたお弁当を1食300円で注文できます。蘭亭館内のリラクゼーション施設を社員割引料金で利用できますし、仙台駅までの無料シャトルバスはお客様のご利用が少ない時間帯には従業員も利用できます。また、社員寮からスーパーマーケットが少し遠いため、週に1、2回会社から「買い物便」の車を出し、希望者には重量のある買い物などを代行しています。
――従業員の方々の福利厚生を充実させているのですね。
従業員の育成を兼ねて「お楽しみ会」というイベントも実施しています。毎月テーマを決めて勉強のために近隣の観光スポットを経験してもらうものです。たとえば、仙台ですと8月に「仙台七夕まつり」があり、お客様に「七夕ってどう楽しむのがオススメですか?」などと聞かれます。そのとき、「私は行ったことないのですが……」では、がっかりさせてしまいますから。仙台七夕を未経験の他県出身者や、日本のお祭りを知らない海外出身のスタッフも多いので、浴衣を着て記念写真を撮り、花火を見るなどの体験をしてもらっています。
――従業員同士のコミュニケーションや蘭亭さんらしい風土づくりを大切にされている印象です。
最近の取り組みとして、蘭亭の事務所スペースを全面改装し、フリーアドレス制を導入しました。また、2024年に犬と泊まれる宿をオープンしたこともあり、当社の従業員も犬同伴出勤OKとしています。事務所内に子どもと犬が触れ合えるスペースも設けました。従業員のお子さんや愛犬が事務所内で日常的に遊んでいる環境に、子どものいないスタッフ、犬を飼っていないスタッフに慣れてもらいたいからです。

事務所に顔を出せば、犬とはどういう習性を持つ動物なのかがわかり、子どもはどんなことに興味を持ってどのように行動するのかなどを学べます。さらには、初めて家族と離れて当社に就職したような若者は、子どもや犬の存在に癒され、寂しさをまぎらわすこともできるようです。夏休みなどにちょっとお子さんを預けたい従業員も、犬のいるこのスペースを利用しています。
――海外出身の従業員の方はどのくらいいらっしゃいますか。
従業員の約3分の1、20数名が外国人で、少しずつ増えています。彼らは文化や生活習慣が違う国の出身ですから、よくコミュニケーションをとっていないと慣れない日本で体調不良をきたす人が出てきます。暑い国から来る人が多いので、秋保の冬の寒さは身体にこたえます。できるだけ毎日言葉を交わし、体調が悪くなっていないか、それとなく気を配るようにしています。
日々コミュニケーションをとることで、体調管理だけでなく、心の中で悩みなどがあったときにすぐに話せるような関係性ができればとも思っています。食文化が違うので、日常的に野菜を食べる習慣のない人や、甘い清涼飲料ばかり飲む人もいます。従業員が健康であることが宿泊業、接客業の基本ですから、食生活もしっかり指導して、健康診断に引っかかることのないようにしています。
このような積み重ねが離職率を下げることにもつながります。身体の症状の場合は、出身国ごとに専属の通訳者を手配してニュアンスを正確に伝えてもらうこともあります。

国内外からの新卒採用に注力。コロナ禍に若手が中心になってSNSを活用し、新規サービスについて発信を重ねる
――新卒採用に注力されていると伺っていますが、国内では広域から採用されているのですか。
新卒採用は毎年5名から6名を採用しています。蘭亭は仙台の奥座敷のようなロケーションなので、仙台市内から来ていただける新卒の学生さんは高卒・大卒ともにそれほど多くはないです。その代わり宮城県内のそのほかのエリアや、青森、秋田、岩手、山形の各県からいらっしゃる方が多くなっています。皆さん、「SNSを見て、こちらで働きたいと思いました」などと言ってくださる方が多いです。
新型コロナの感染が拡大し始めた時期に、新卒採用の一期生が入社しました。非常事態宣言が出て、お客様がゼロという状況が3カ月くらい続き、新卒メンバーが中心になってYouTubeでの発信を始たのです。ちょうど新たにグランピング施設の開設を目指していましたので、「まずはお客様に来ていただこう」と自分たちなりに企画を考えました。そして、日々動けるメンバーで集まって特にリハーサルもせずに撮影し、自分たちで編集して情報発信を続けました。
施設情報の発信を積み重ねていたことが、採用広報としても役立っていたと後になって気がつきました。現在では、コロナ禍のように自由に動ける時間がなくなってきたこともあり、YouTubeをはじめ、InstagramやTikTokも含むSNSのコンテンツは、担当スタッフを置いて制作しています。
求める人材要件を海外の学校に伝え、事前に指導を受けた優秀な若者の採用に成功
――外国人従業員の採用は、どのような形で実施されているのでしょうか。
蘭亭では現在、4カ国のスタッフが正社員として勤務しています。中でも飲食や宿泊に特化した知識やマナーを教えるミャンマーの学校から新卒者を推薦してもらい、私たちが面接と試験を実施して採用に至るパターンが増えています。日本で旅館の支配人をされている知人が、「この学校から来てくれた人材は優秀だったよ」と教えてくださったのがきっかけです。
当初はあちこちの学校から人材を選考していたのですが、仕事に対する価値観や、宿泊業に携わる上で最低限必要なコミュニケーション能力やマナーなどに個人差が大きく、採用できないケースが何度かありました。そこで、当社として人材に求める要件をあらかじめリクエストし、それにしっかり応えてくれるミャンマーの学校からの人材の採用を継続的に検討するようになりました。
――どのような応募要件を定めておられるのでしょうか。
まずは日本語のレベルです。以前は日本語能力試験で「基本的な日本語を理解できる」N4レベルで採用していましたが、これをN3レベルに上げました。N3レベルは日常会話を理解でき、難しい言葉でも平易な言葉に言い換えれば理解できるレベルです。語尾を伸ばすなど日本語の話し方のクセがあれば学校で直してもらっています。
また、接客業ですので、髪型や身だしなみ……メガネはサングラスにしてはいけない、ピアスはつけないほうがいいなども教えなければなりません。笑顔のホスピタリティはもちろん、毎日お風呂に入って髪を洗い、清潔感を保つなど母国の習慣には必ずしもない部分も、学校で指導してもらっています。日本に来てからこうしたことを全て教育しようとすると、現場の負荷が大きくなり過ぎてかえって人手不足に拍車がかかるのです。
学校との良好な関係のおかげで、今ではミャンマー一期生や二期生が育って、先輩として新たに入社した後輩たちを母国語も交えてきめ細かく教えてくれるようになっています。
従業員育成とオペレーションの見直し、DX推進により、さまざまな業務を効率化
――次に、業務の効率化などオペレーションの見直しについてお聞かせください。
当社では、新卒の正社員の採用に注力し、繁忙時には担当業務を超えて助け合うマルチタスク型の勤務を導入しています。通常、旅館業界では、フロント、客室係、厨房スタッフといった職種別の採用が行われ、繁忙時のサービス低下を防ぐため高齢者を含むパート・アルバイトスタッフを数多く雇用して対応しています。明確な役割分担のもとで専門性を磨くことでサービス品質は高まる半面、業界共通の課題として、同じ業務を繰り返すことや長時間労働、不規則な勤務時間などによるモチベーションの低下から、定着率が低くなる傾向がありました。
コロナ過前後から人手不足となり、シングルタスクでは就業時間内に業務が終わらなくなっていたんですね。スタッフの年齢層も二極化し、若年層と60歳から70歳代に集中していました。これを解決しようと新卒採用に注力し、マルチタスクでの勤務を試みたのです。ところが、業務がマルチタスクになると、分業に慣れているシニア層はなぜ担当外の業務をやらなければならないのかが理解できず、身体もついてこられませんでした。その結果、シニア層スタッフは自然減となっていき、新卒の若い従業員を中心に業務を回すようになりました。

マルチタスク型の業務に携わることで、若手はこれまで以上に仕事へのモチベーションが高まり、セクションを超えて一体感を持って働けるようになったと思います。
――業務効率化の工夫を教えてください。
宿泊施設は24時間・365日営業ですから、同じセクションでも1日の勤務時間内に顔を合わさないメンバーもいるなか、お客様のご要望や忘れ物など、さまざまな引き継ぎ事項が発生します。若手中心と言っても高齢のメンバーも重要な役割を果たしていますから、情報共有をタイムリーかつ正確に行う必要があります。引き継ぎを口頭でやろうとすると、相手を探して館内を探し回ったり、相手の耳が少し遠く、伝えたつもりが正確に伝わっていなかったり、といった状況が発生します。
そこで、中小企業向けのビジネスチャット「Chatwork」を導入し、業務に関する指示やスタッフ同士のコミュニケーションには、パソコンやスマホで確認できるこのツールを活用するようになりました。若手は抵抗感なく使いこなせますし、明確に文字情報が残るので「言った・言わない」問題は解決できます。海外スタッフは漢字をひらがなに変換して読むなどもできるようになっています。

「Chatwork」を活用したことで、フロント・客室係・厨房を横断したタイムリーな情報共有ができるようになりました。また、グループチャットをカテゴリーごとに表示できますので、セクションごとや海外スタッフのグループ、あるいは会社の行事である「お楽しみ会」や、「ゴミの出し方」といった個別の業務など、さまざまなグループに分けて情報のやりとりをしています。
業務全体を見直し、サービスの質を落とさない効率化を一歩ずつ推進
――宿泊施設として業務フロー全体を見直し、オペレーションの改善も推進されていますね。
コロナ過をきっかけにさまざまな業務を見直しました。エレベーター内ではスタッフとお客様との距離が近く、密になりますので、お部屋までご案内するのはやめました。また、歯ブラシなどの備品も各部屋には置かず、フロントや各階の廊下にまとめてそろえておき、お客様に必要なものだけ持っていっていただくようにしました。浴衣もご自身に合ったサイズのものをおとりいただいています。宿泊施設としてのサービスの質は落とさずに、時流に合ったスタイルのサービスに少しずつ変えていくことで、従業員の業務負荷を軽減しています。
客室清掃のやり方も一から見直し、毎日行う清掃、週に何回か行う清掃、半年に何回か行う清掃といった形で頻度を切り分け、作業効率を上げて残業をしないで済むようにしています。また、繁忙期やオフシーズンで清掃スケジュールを見直していますし、オフシーズンには修繕修理を交えた清掃を行っています。
――勤務間のインターバルをしっかり確保して、従業員が十分休んで翌日の勤務に臨める体制も整えておられます。
22時まで勤務して翌朝6時には出勤するとか、深夜勤務の翌日の昼に出勤するなどの勤務パターンをなくすため、2019年から勤務間インターバル制度を導入し、就業規則に盛り込んでいます。現場のメンバーと話し合いを重ね、繁忙期でも実現可能な11時間のインターバル時間を設けています。
その上で、残業をしない働き方とある程度残業をする働き方があり、2タイプの働き方を組み合わせてシフトを組んでいます。国内の新卒採用メンバーは基本的に残業をしない働き方を希望しますが、海外スタッフは残業して母国の家族に少しでも多く送金したい意向があります。コロナ禍の時期、休業補償が若手従業員の場合はわずかな金額になってしまうため、なるべく働いて稼いでもらう方策を考えた末に、残業ありのシフトが生まれました。

――さまざまな業務効率化やオペレーションの刷新は、どのようなプロセスで推進されているのでしょうか。
何を始めるにしても、トップダウンではなく、現場のメンバーとよくコミュニケーションをとり、面談も重ねて決めるのが基本です。現場の声をヒアリングしつつ、所属長や総務との会議も頻度高く実施します。その上で、新しい試みはとりあえず運用してみて、きめ細かくモニタリングしながら適宜見直して推進していきます。
今は接客マナーや語学、調理や食品衛生、防災などの専門スキルの資格取得も奨励しています。新人、2年目、3年目の従業員、そして幹部メンバーを含めた従業員の状況を毎年確認しながら、必要に応じて教育し直さなければなりません。今後も継続して、従業員の成長と共に、さまざまな業務の仕組み自体もバージョンアップしていく必要があると考えています。
聞き手:坂本貴志・岩出朋子
執筆:松原寛明
メールマガジン登録
各種お問い合わせ