「家族」と「仕事」を巡る3つの問題
10年で「家族」と「仕事」のかたちは変化し、単身正社員の増加や片働きを選択する有配偶者の減少、そしてより近年の正社員同士で共働きをする有配偶者の増加などの傾向が見られる。一見すれば、選択肢は広がり、私たちはより自由になったように見える。だが、「家族」と「仕事」をさまざまな角度から重ね合わせていった結果、浮かび上がったのは、個人の意思で決めているはずの選択が、見えない壁に阻まれているという事実である。

「二重の足かせ社会」という問題
このような状況の背後には、「家族」と「仕事」を巡って生じている、経済や社会の持続可能性を損なう3つの問題が存在している(図表1)。
その1つ目は、「家族」と「仕事」が相互に個人の選択を制約し合う「二重の足かせ社会」である。その典型は、「家族」の事情が女性のキャリアの選択肢を狭める状況だ。以下で述べる事実は、今後のコラムで詳しく扱うが、子どもの数が増えると、女性が仕事のレベルアップや昇進・昇格を経験する確率は低下するほか、家族形成がキャリアに影響しにくい男性との間で差が広がる構図は依然として強固である。
一方、男性にも「家族」の事情による「仕事」への制約がある。男性には今なお「主に家族を養う」役割が期待され、子どもが増えることが、柔軟なキャリア選択に対する壁となる状況が生じている。さらに、男性が介護を担う場合、転職希望や自発的転職の確率が高まっている。この背景には、職場が男性の家庭役割を十分想定せず、介護のために残業ができなかったり、早退したりすることへの理解不足が、就業先変更の必要性を高めていると考えられる。
反対に、「仕事」の事情が家族の選択を左右する場面も少なくない。男性では、正社員であることや年収の高さが結婚確率を高めている。裏を返せば、雇用の安定度や収入が低い場合に配偶者を持ちにくい状況は続いている。女性では、労働時間が長いと結婚確率が低下し、短いと上昇する。フルタイムで働く女性にとって、家族形成による収入減やキャリアダウンへの懸念が、配偶者を持つかどうかの決断に影響している可能性がある。このほか、正社員であることは男女双方で子どもを持つ確率を高めている。しかし、正社員同士の共働きでは第1子出産年齢が高くなる傾向があり、さらに子どもを持つと可処分時間が平均より大幅に短くなることから、希望する数の子どもを持ちにくい状況にある。
「二重の足かせ」は、個人の希望の実現を阻むだけではない。配偶者や子どもの持ちにくさ、キャリアの追求のしにくさ、柔軟なキャリア選択の難しさがもたらすのは、少子化の進行、労働力の低活用、適材適所の困難化であり、それらはいずれも日本社会や経済の活力を損ない続ける問題である。データはその状況を如実に表している。
図表1 「家族」と「仕事」を巡って生じている3つの問題

「ずるいずるい社会」の形成
「家族」と「仕事」を巡る2つ目の問題は、生き方や暮らしの基盤、直面する課題が多様化するなかで、異なる立場や選択への共感が難しくなり、他者への寛容さを持ちにくくなる「ずるいずるい社会」が広がることである。家族構成や働き方が異なれば、手にできる資源も、負担が集中する局面も違う。時間が足りない人もいれば、所得が足りない人もいる。豊かなつながりを持つ人もいれば、孤立を抱える人もいる。本来なら、そうした違いを前提に支え合う仕組みを整える必要がある。しかし経済成長の実感が薄れ、将来の生活向上への見通しも立ちにくい今日、他者の困難に目を向ける余裕は小さくなりがちだ。その結果、「恵まれている部分」だけが切り取られ、「あの人はずるい」という言説が生まれやすくなる。例えば単身正社員は、ともすれば安定した雇用と身軽さを持つ存在に見えるかもしれない。しかし、単身正社員は平均労働時間が長く、睡眠時間が短い傾向にあり、支え合える人間関係を持つ人の割合も低い傾向にある。表面的なメリットの背後にある課題は、丁寧に読み解かなければ見えてこない。
問題を複雑にしているのは、社会の持続可能性を高めるための制度や支援が、運用のあり方によっては不公平感や不寛容さを増幅してしまうことである。職場では育児や介護と仕事を両立する人が増え、企業も支援を拡充してきた。しかしその対応が現場のやりくりに止まり、業務プロセスや組織文化の見直し、全社員の働きやすさを高める取り組みを伴わない場合、ほかの社員への負荷が増し、不満や軋轢が大きくなる。支援そのものが問題なのではない。働く人の多様なニーズが尊重されないまま一部への対応を重ねることが、分断を生みやすくしている。
こうした状況は、不満に訴える言説を広げやすくし、本来は社会の公平性や持続可能性を高める制度への信頼を損ないかねない。国際的な世論調査企業であるイプソスの「平等指数2024」によれば、日本で「平等を推進する取り組みはやりすぎだ」と考える人が18%、特にZ世代の男性では30%に達している(図表2)。平等を巡る施策に違和感や反発を抱く層が決して少なくないことを示す数字である。今必要なのは、多様な「家族」と「仕事」の選択を横断的に捉え、それぞれの強みと課題をデータに基づいて可視化することである。強みと負担の実態が共有されてこそ、「ずるい」を超えた冷静な議論が可能になる。
図表2 平等を推進する試みは「やりすぎだ」と答えた日本人の割合

「関係縮小化社会」の進行
3つ目の問題は、人と人との関係が希薄化し、つながりが持つ機能が社会全体で弱まる「関係縮小化社会」の進行である。人はつながりを通じ、有形無形の支えを得ている。これらは意識されにくいが、心身の健康や生活の安定に深く関わり、幸福感にも関係する。同時に、つながりは個人のキャリアを支える資源でもある。仕事でともに働く人からの助言や支援で成長が促されることもあれば、たまに会うような緩やかな関係が新たな就業機会に関わる有望な情報をもたらすこともある。このほか拠り所となる人間関係が、新しい試みに踏み出す力を高めるという指摘もある。
しかし、つながりを巡る状況は人によって異なる。特に単身者では、困った際に頼れる相手や、仕事・キャリアについて相談できる相手を持たない人の割合が高く、その傾向は男性で顕著である。日本では単身化が急速に進んでいるが、このままでは社会全体のつながりの希薄化が進み、人間関係がもたらすさまざまな支えを得にくい人が増えかねない。家族のかたちにかかわらず、自分にとって望ましいつながりを持ちやすい社会を築く必要がある。
単身者がつながりを持ちにくい背景には、日本で人間関係が「家族」と「仕事」に集中してきた構造がある。国際比較調査によれば、日本はアメリカ、フランス、中国、デンマークに比べ、普段付き合いのある人間関係が少なく、さらにその相手が家族・親族や仕事に集中する傾向がある(図表3)。そのため、親や兄弟などの親族が近隣におらず、新たに家族を持たない場合に、人間関係の主要な柱の一つが失われやすい構造にある。
孤立を防ぐため、職場の人間関係の再構築を支援する、あるいは家族形成を促すという方法もあるかもしれない。しかし、職場ではかつてのような密接な人間関係を構築する機会は減っており、また必ずしも全員が家族形成を希望するとは限らない。まずは、「家族」と「仕事」以外のつながりを社会に増やし、個人が選択できるようにすることが、「関係縮小化社会」に対抗していく上での優先課題となる。
図表3 交流のある人間関係の種類

(出所)リクルートワークス研究所「五か国リレーション調査」(2020)
これら3つの問題が放置されることは、労働力不足と高齢化が同時に進行する日本において、経済や社会の活力がさらに削がれ続けることを意味する。そこで次回以降のコラムでは、複数のアプローチで、これら3つの問題の解決に資する要因を探る。
この記事は、研究報告書「家族×仕事 10年の追跡調査が示す、変わる個人・変われない構造」の内容をもとに、再構成したものです。詳細は報告書をご覧ください。
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