第1回 社員のライフイベント後、本人と周囲の仕事意識はどう変化するのか

2025年09月08日

共働き世帯の増加や高齢化の進行により、日本の職場では育児や介護などを担いながら働く人の更なる増加が見込まれている。こうしたなか、彼ら彼女らが長く働き続けられる職場づくりは、企業にとって重要な課題となっている。一方で、そのための支援が、本人の意欲低下や、周囲の社員の不公平感・不満といった副次的な問題を引き起こしてしまうこともある。こうした板挟みの状況に悩む企業や人事担当者は少なくない。

この連載では、育児・介護といったライフイベント期にある社員およびその周囲の社員が直面している課題を、当事者の声や定量調査の分析をもとに明らかにする。その上で、なぜこのような問題が生じているのか、また、どのような企業の取り組みがライフイベント期の社員とその周囲の双方にとって展望ある職場をつくるのかを検証する。さらに、こうした課題を解消し、企業の成長機会へと転換するためのアプローチを、先行事例とともに提示する。

ライフイベントが発生した社員とその周囲の社員を対象とする調査を実施

社員のライフイベントをめぐって、本人およびその周囲の社員にどのような変化が起きているのかを把握するため、リクルートワークス研究所では以下2つのグループを対象に、社員のライフイベント発生後に、仕事の量・質、そして仕事に対する態度(意識・行動)がどのように変化したのかを尋ねる調査を行った(図表1)。

グループの説明

図表1 調査概要

調査概要

本人グループは、育児・介護発生後にキャリアの展望が低下

本人グループにおいては、育児や介護の開始前と比較して、長期的に組織内でキャリアを形成しようとする意欲が低下する傾向が確認された。図表2は、本人グループの仕事に対する態度変化について、「ポジティブな方向に変化した人の割合(%)」から「ネガティブな方向に変化した人の割合(%)」を差し引いたDI(Diffusion Index)を用いて示している。各項目において「悪くなった」と感じた人が多いほど、DIはマイナスとなる。

図表2 育児や介護開始前と比べた、本人グループの仕事に対する態度変容育児や介護開始前と比べた、本人グループの仕事に対する態度変容(注)N=1737。育児や介護が始まる前と比べた、仕事に対する態度(意識や行動)の変化について、原則として【A】ポジティブな変化、【B】ネガティブな変化を示し、5件法で尋ねた(1.【A】に近い/2.どちらかといえば【A】に近い/3.どちらともいえない/4.どちらかといえば【B】に近い/5.【B】に近い)。調査では回答の信頼性を高める目的から一部、ポジティブとネガティブの変化を逆転させる項目を設けたが、DI作成時は方向性を揃え、ポジティブな変化を挙げた人の割合(原則として1と2の合計割合、%)から、ネガティブな変化を挙げた人の割合(原則として4と5の合計割合、%)の差分として計算した。(出所)リクルートワークス研究所「育児・介護中の社員および周囲の社員の仕事と意識調査」2025年

図表2からは、多くの項目がマイナス方向に振れていることが見て取れる。なかでもDIが低かったのは、「昇進・キャリアアップ意欲(-24.0)」「キャリアの展望(-23.0)」で、育児・介護中の社員が組織内でキャリアを築くことへの希望を持ちにくくなっている様子が窺える。「役割外貢献(-17.3)」「仕事への熱意(-16.5)」のDIも低く、日々の業務へのエンゲージメントが低下しやすい状況も示唆されている。

一方で、「定着意向(10.3)」「職場の人間関係(5.3)」「仕事のスピードと効率(4.8)」といった項目では、DIがプラスとなっており、向上の傾向が見られた。

これらの結果から見えてくるのは、本人グループは今の職場で働き続けたいという思いを持ち、周囲に感謝して効率的に働こうとする傾向にある半面、将来の展望を持ちにくく、力を発揮しづらい状況に置かれやすいという問題である。

会社への不満が高まる、周囲グループ

次に、周囲グループの社員について見ていく。図表3は、育児・介護中の同僚が働き方を調整していることによって、自身の仕事への態度がどのように変化したかを、周囲グループの社員に尋ねた結果を、DI(Diffusion Index)で示したものである。

その結果、周囲グループでは、本人グループと比較してDIがより低い項目があり、仕事に対する意識や行動がより変化しやすい状況にあることが明らかとなった。なかでも目立つのは、「会社満足(-39.0)」「職場の公平感(-35.0)」「働きやすさの感覚(-34.4)」といった項目であり、育児・介護中の同僚に対してではなく、勤務先への不信感や働き方に対する不満が高まっていることが特徴である。

加えて、周囲グループでは仕事への向き合い方にも影響が見られた。具体的には、「仕事への熱意(-26.7)」「キャリアの展望(-25.7)」「昇進・キャリアアップ意欲(-25.2)」といった項目においてもDIが大きくマイナスとなっており、従業員のパフォーマンスが阻害されかねない状況であることが見て取れる。

さらに企業にとって重要なのは、本人グループではDIがプラスであった「定着意向」や「仕事のスピードと効率」において、周囲グループではそれぞれ-19.1、-13.8とマイナスになっている点である。つまり、本人グループの定着意向や生産性向上努力と対照的に、周囲グループでは離職を考えたり、生産性が低下したりといったことが起きやすいということになる。周囲グループの社員は、組織が考える以上に現状に悩みを抱えている可能性がある。

総じてデータからは、企業が育児・介護中の社員についても、一緒に働く周囲の社員についても、仕事に熱意を持ちながら力を発揮できる環境を作れていない傾向が浮かびあがった。

図表3 同僚が働き方を調整していることによる、周囲グループの仕事に対する態度変容

同僚が働き方を調整していることによる、周囲グループの仕事に対する態度変容(注)N=1353。よく一緒に働く育児・介護中の同僚が働き方を調整していることによる、自分自身の仕事に対する態度(意識や行動)の変化について、原則として【A】ポジティブな変化、【B】ネガティブな変化を示し、5件法で尋ねた(1.【A】に近い/2.どちらかといえば【A】に近い/3.どちらともいえない/4.どちらかといえば【B】に近い/5.【B】に近い)。調査では回答の信頼性を高める目的から一部、ポジティブとネガティブの変化を逆転させる項目を設けたが、DI作成時は方向性を揃え、ポジティブな変化を挙げた人の割合(原則として1と2の合計割合、%)から、ネガティブな変化を挙げた人の割合(原則として4と5の合計割合、%)の差分として計算した。(出所)リクルートワークス研究所「育児・介護中の社員および周囲の社員の仕事と意識調査」2025年

本コラムは、Works Report「社員の人生と企業の成長をつなぐ経営 ―育児・介護中もその周囲も 社員が輝ける職場づくり―」を編集したものです。字幅の都合で割愛した内容を一部追加している個所等がありますが、基本的な内容は同一です。

石川 ルチア

デンバー大学修士課程(国際異文化コミュニケーション学)修了後、NPO勤務などを経て2014年に入所、2018年11月より現職。主な調査テーマは欧米の採用プラクティスやHRテクノロジー、コンティンジェント労働力。

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