事務職の現場職への「労働移動」の現状―1%の壁をなぜ越えられないのか 古屋星斗
現場の人手不足が深刻だという議論のなかで、しばしば「ホワイトカラー・事務職の労働移動を」という解決策が提起される。現場職、つまり医療・介護などのサービス職やものづくり現場、物流、建設関連の職種では採用難が続き、求人倍率も高い。そうしたなかで、一部の(賃金が市場メカニズムで決定しやすい)現場職において賃金上昇傾向が見られるようになってきた(古屋,2026a)。
こうした変化を受け、デジタル化やAIによって効率化が進む事務系職から、より人を必要とする現場職へ、働き手が移っていくのではないか。
本稿はこの点について、最新の大規模調査を用いて検証を行った。用いる調査はリクルートワークス研究所の全国就業実態パネル調査(JPSED2026)であり、全就業者を母集団とする職種間移動の分析を行う。また、同調査の各年統計により過去からの推移も検証する。
なお、本稿における「職種間移動」は企業の移動(転職)を経ないもの、つまり企業内の配置転換によるものを含む。これにより、転職者に限らず全就業者ベースでの職種間移動の状況を分析することが可能であり、内部労働市場が発達し企業による配置転換の影響力が大きい日本の実情を把握することができる(※1)。また、本稿での職種間移動はJPSED上の職種大分類6分類を横断する場合と定義する。これは中分類・小分類規模の職種間移動(経理から労務等)ではなく、営業から介護職、製造現場から事務職などの仕事の様相が変わるような職種間移動が、政策上の議論における「労働移動」として想定されていると考えられるためである。
事務職→現場職は増えておらず、移動規模も現場職→事務職と同規模
まず、直近の職種間での移動状況を確認する。ここでは、現場職を「サービス職」(介護サービス、生活衛生サービス、接客、自動車整備、機械保守等)および「生産工程・労務関連」(ドライバー、配達員、製造現場職、建設作業者等)として、前年からの職種間移動を見た(※2)。
2025年の1年間に、前年は事務系職だった人が現場職へ移った割合は、全就業者の1.0%であった(※3)。一方、逆方向の移動、つまり前年は現場職だった人が事務系職へ移った割合は1.1%であった(図表1)。
図表1:事務系職→現場職、現場職→事務系職の職種間移動の割合(※4)(就業者ベース)
つまり、本稿の問いでもあった事務系職から現場職への方向の大きな流れは確認できていない。むしろ2025年では現場職から事務系職への移動の方が、わずかに多い。もちろんここで最も重要なのは、深刻な現場の人手不足にもかかわらず、事務系職から現場職への規模感のある労働移動が起こっていない可能性が高い、という点である。
この傾向は2025年だけの特殊な現象ではない。過去を見ても、事務系職から現場職への移動は概ね1%前後で推移している(図表1)。逆方向の現場職から事務系職への移動も同じく1%前後であり、2024年も2023年も、両方向の移動はほぼ拮抗していた。なお、コロナ禍前の2017~2019年の水準もほぼ同水準で、コロナ禍前の方が事務系職→現場職の割合はやや高かった。
この事務系職から現場職への移動が1%程度(かつ、逆の移動も同程度ある)という傾向は図表1で確認できるように少なくとも10年弱継続しており、その規模感は極めて安定的に推移していることから、構造的な背景があるものと考えられる。その構造については後述する。
図表2で示すように、職種間の移動自体はそれなりにある。しかし、そのなかの「事務系職から現場職への労働移動」は労働市場全体の構造を変えるほどの大きな潮流にはなっておらず、毎年ごく限られた範囲で起こる入れ替わりにとどまっている。
なお、当該結果については厚生労働省,雇用動向調査の結果とも整合的である。雇用動向調査(令和6年結果)によればホワイトカラーからブルーカラーへの移動者(10.1万人)よりも、ブルーカラーからホワイトカラーへの移動者(18.9万人)の方が多い。この結果は転職者に限ったものであるが、ホワイトカラーからブルーカラーへの移動者は転職者に占める割合で2.3%にすぎない。(※5)
図表2:前年から職種間移動をした就業者の割合(職種6分類間)
2025年では、前年と同じ職種(6分類)にとどまっている人は全就業者の76.7%であった。これを職種別に見たのが図表3である。事務系職種では、前年に事務系職種だった人のうち83.4%は2025年も事務系職にとどまっており、職種中最も高い。もちろん他の職種含め一定程度の職種間移動はあるが、多くの人は同じ職種領域に残っている。本稿における職種間移動は冒頭の通り企業内の配置転換も含めているが、それを含めても多くの就業者は職種間移動をしていない。こういった状況のなかで、転職等による企業×職種を越えた労働移動となれば、その個人の負担感はいかばかりだろうか。
職種は、単に求人が多いから、待遇が良いから、あるいは社会的に必要だからという理由だけで簡単に変えられるものではない。身につけてきた経験、働く時間帯、身体的負荷、勤務地、生活との両立、そして本人が描く将来像が重なって選択されるものだからである。
また、図表4の通り事務系職からの職種間移動についても、コロナ禍以前からその移動先はそれほど変化していないことがわかる。「サービス職」「生産工程・労務関連」、つまり現場職への労働移動も増加していない。
図表3:前年と同じ職種に従事している就業者の割合(2025年、職種6分類別)
図表4:事務系職種から職種間移動(※6)
現場職への労働移動が“起こっていない”のはなぜか。3つの視点
では、なぜ現場職への移動は増えていないのだろうか。
考えうる理由の第一に、賃金の絶対値の問題がある。近年、現場職の賃金は上がり始めている。当然のことではあるが、人手不足が深刻な職種ほど賃上げ圧力が強くなっていることも確かである。大手建設会社にヒアリングをしたところ、現場職において高校卒採用を開始し、その初任給は28万円前後であるとのことだった。また、地方の中堅製造企業へのヒアリングでも、生産オペレーター職の新卒初任給を2026年卒より30万円に引き上げたという声があった(ただし、すでに月額初任給30万円という水準は大手企業ではそれほど驚きをもって受け止められる水準ではなくなっている)。
こうした現場職の上昇率は統計上でも、高まっていることが確認される。しかし、それでもまだ一般的な事務職より賃金の“絶対値”で見ると低い傾向にあることも確かである(古屋,2026a)。事務系職で最も従事者が多い「総合事務員」は2025年の年収水準が473.0万円である(2020年から+8.5%)。これは例えば塗装工・塗装職人(画工、塗装・看板制作従事者)の458.0万円(2020年から+23.9%)より高い。
賃金上昇率が高いことは将来有望であることのシグナルになるが、ほとんどの入職者は上昇率を見ていない。この瞬間の求人上の数値、賃金水準で比較をするために、賃金の“絶対値”の相対的な低さは、その仕事を十分な理由となりうる(※7)。
第二に、事務職への需要が日本の労働市場においてなお継続的に発生していることがある。AIやDXによって事務職が大きく減る、という見方は勢いを増している。確かに単純な入力作業や資料作成、定型的な処理は相当量、人手に依存する部分が減っている実感もある。しかし、企業の生産性が上がり経済活動が複雑化するほど、プロジェクトマネジメント、労務、ステークホルダー対応、データの管理、社内外の調整といった仕事の総量は増える。むしろ人手不足のなか、現場を支える管理業務の重要性が増しているという声も聞くことが多い。現場の人員配置やシフト管理、顧客対応、プロセスの調整など、現場に近いところにも事務的な仕事は広く存在している。事務職は「常に余っている」状況にはなく、企業活動を担う機能として引き続き一定の需要がある。
この点は単なる言説ではなく、統計的事実でもある。2025年の段階で事務系職は賃金上昇を続けている(図表5)。もちろん極めて上昇率が高い一部現場職と比べれば低いが、しかし、事務系職でも賃金上昇が続いていることは、少なくとも企業活動のなかで事務系職への需要がなお存在している可能性を示唆している。事務職は単純に余っている職種とは言い切れない(古屋,2026a)。
図表5:事務職系職種の年収額変化率(小分類)(一般労働者)
出典:厚生労働省,賃金構造基本統計調査を分析した古屋,2026a(図表3)より抜粋
この点は、現場職から事務系職への移動が一定数あることとも整合的である。現場で経験を積んだ人が、体力的負荷の軽減や勤務時間の安定、あるいは現場経験を活かした管理・調整業務を求めて事務系職へ移ることは今後も十分にありうる。人手不足だからといって、現場職だけが人を引き寄せるわけではない。事務系職もまた、働き手に選択され続けている事実を忘れてはならない。
これが第三の理由につながる。それはつまり、新たな働き手に高齢者や女性就業者が増えていくことで、事務系職を望む者もまた増えている可能性である。従来的な現場職の仕事、特に男性比率が著しく高かった建設や製造現場等を忌避することには、単なるイメージの問題以上に、仕事の現場が高齢者や女性といった新たな働き手にとって選択しづらいことが背景にある。これはハローワークにおける事務職求職者の75%が女性であることとも整合的であろう(古屋,2026b)。
「労働移動」のリスクを個人に押し付けないために
したがって、現場職の人手不足を、事務系職種からの「労働移動」によって解消できるという見込みは現時点では立っていないといわざるを得ず、冒頭の仮説は現時点では成立していない。職種間移動のデータが示しているのは、労働市場のなかで現場職の需要が高まっているにもかかわらず、働き手の移動は非常にゆっくりで、しかも双方向的だという現実である。
これをふまえると、企業や地域の人材戦略も変化を求められる。
企業は、現場職の求人を増やすだけでは不十分である。まずは、事務系職に比べて見劣りしない処遇を用意し、そのうえで現場職の身体的な負荷を個人の頑張りで吸収させない仕組みをつくり、現場での経験が次のキャリアにつながることを示す必要がある。
必要なのは、「事務職のひとを現場へ移す」という発想ではなく、「現場職を選んで納得できる仕事にする」ことである。賃金の絶対水準を引き上げること、身体的・時間的負荷を下げること、経験が積み上がるキャリアを設計すること、そして省力化投資によって一人ひとりの仕事の価値を高めること。現場職の魅力を高めなければ、働き手は大きく動かない。
また、労働移動というリスクや大きな負荷をいち個人に押し付けるのではなく、行政が主体となって社会全体で金銭面をはじめとした負担を支援していく仕組みは不可欠であろう。
事務系職からの労働移動が起こる社会になっているのか。その答えは、今のところNoである。
人口減少にともなう労働供給制約の時代に求められているのは、単なる「人をどこからどこへ動かすか」といったドライな議論ではない。本質的には、人が移りたいと思える仕事を社会として作れるか、なのである。
(※1)本稿の分析について、総務省,就業構造基本調査や厚生労働省,雇用動向調査を用いて類似の分析が可能だが、両調査ともに転職者を対象とした職種間移動にとどまり、日本の(内部)労働市場の特性である配置転換による職種間移動を把握できない弱点がある。また、就業構造基本調査は5年に一度であり、近年のAI等技術進展をふまえたリアルタイムの動きを把握することが難しいという点もあり、JPSED個票パネルデータによる分析を行っている。
(※2)いわゆるエッセンシャルワークの現場しごととして想起されるもののなかでは、医療関係職種(医師、看護師、保健師、薬剤師等)が入っていない。これは、医療関係職種が専門職・技術職として統計上カテゴライズされることがあるなど、分類上の問題による。
(※3)母集団(日本の就業者)構成に合わせるため、クロスセクションウェイトXA26を用いて集計している。サンプルサイズ30,610
(※4)各年次の移動において、それぞれの年の母集団構成と合わせるため、クロスセクションウェイトXAxを用いている。本稿で特に注釈なき限り同様の検証をしている。
(※5)厚生労働省,雇用動向調査,令和6年年計,第19-2表 職業(大分類)、性、前職職業(大分類)別入職者数及び構成比(就業経験有り(入職前1年以内)で調査時在籍者で前職雇用者)。職種分類は本稿分析と異なる。
(※6)前年事務系職種だった就業者について、翌年の職種別割合(事務系職種以外)。
(※7)しかし、上昇率が高いこともやはり重要な情報であり、筆者がそう痛感したのは、先述の大手建設会社の高校卒は月額初任給28万円だが4年後、つまり大学卒が入社してくるタイミングには33万円程度が見込まれるとのことだった。上昇率が高い仕事は引上げ余力が豊富にある可能性があり、それは入職後の賃金の伸びにも関係する。
古屋星斗,2026a, 「稼げる仕事」の変化(2026年版)―伸びる現業職・専門職、停滞する公定価格職種,ワークス労働市場分析 2026.4
古屋星斗,2026b,ハローワークの紹介はなぜ事務職に偏るのか―統計から考える公共職業紹介の再設計①, ワークス労働市場分析 2026.6
古屋 星斗
2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、現場職、若年人材研究を専門とする、ひととしごとの研究者。著書に「ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)、「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)、「『働き手不足1100万人』の衝撃」(プレジデント社)など。
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