無意味な仕事は「回路の目詰まり」によって浸潤する
たとえ話から始めよう。水道管を想像してほしい。
途中にフィルターやメーターが何段も追加され、通るたびに確認が要る――「通過手続き」が増殖している。結果として流量は落ち、必要なところに届くまでに時間がかかる。さらに逆止弁が壊れていれば、せっかく流れたはずの水が戻り、逆流が起きる。口径に合わない固形物が引っかかっているのに、押し流す圧(ポンプ)がなければ、流れは止まりかけ、詰まりは固定化する――。
こうした状況の中で、現場が「何とか水を通そう」と仕事をしている時、そこに、「ムダな仕事」「作られた仕事」「うまく行きそうにない仕事」「報われない仕事」といった経験が立ち上がる。容易に想像がつくのではないだろうか。「水を届ける仕事」が、「通すための確認」や「逆流処理」や「詰まりの応急処置」に置き換わっていく。今回は、その話である。
地図から回路へ
これまでのコラムを振り返ると、第9回 で「ブルシット・ジョブ」ではなく、日本の職場で経験される「無意味な仕事」という言葉を置いた。第10回 では、無意味な仕事が、違和感の束になって立ち上がることを確かめた。第11回 は、束の立ち上がりや雪だるま化といった地形の上に、年齢・職種・企業規模・担当案件・役職といった基本情報を重ね、「誰の話か」という輪郭を描いた。
この第12回からは、地図を片手に、なぜ無意味な仕事が増えていくのかを見に行く。まず注目するのは、そう思わざるを得なくする仕事の回り方――回路の目詰まりの問題である。
詰まりは「忙しさ」とは別物だ。忙しいのは、水を多く流さなければならない場合のことだ。しかし詰まりは、流れを細らせ、逆流させ、目的地までの到達を「割に合わなく」する。すると現場では、目的を達成する仕事が、詰まりを処理する仕事に置き換わっていく。確認する、記録する、迂回させる、応急処置する、逆流を処理する――そうした「置き換わり」が束になって経験される時、人はそれを「無意味」と呼ぶ。
今回扱うのは、職場に次のような状態が「みられる/みられない」か、である。いずれも、仕事の回路を詰まらせ、目的達成の仕事を「処理」や「確認」に置き換えやすくするものだと考えられる。
- 【形式主義】あなたの職場では、形式的な資料作成や会議対応に多くの時間が費やされている
- 【手戻り】あなたの職場では、不十分な業務設計や指示による手戻りが多い
- 【支援なき難題業務】あなたの職場では、支援が不十分なまま難度の高い業務が任されることが多い
- 【穴埋め】あなたの職場では、穴埋めのために担当外の業務を任されることが多い
- 【社外対応】あなたの職場では、顧客要求や外部要請(CSR・コンプライアンス等)による負荷が大きい
水道管の比喩でいえば、【形式主義】は「途中にフィルターやメーターが何段も追加され、通るたびに確認が要る」状態だ。流すための仕組みが、いつのまにか「通ったことを確認する」仕組みに厚く置き換わる。こうした通過手続きは、一度増え始めると減りにくい。
【手戻り】は、逆止弁の不具合による逆流である。一旦流れたはずのものが戻り、処理し直さなければならない。前に進んだ感触が消えていく。
【支援なき難題業務】は、口径に合わない固形物が引っかかっているのに、押し流す圧(ポンプ)がない状態だ。引っかかった一点を起点に、周辺の処理が増え、詰まりは固定化する。
【穴埋め】は、「別の支線のトラブルを、特定の管(担当者)が引き受けて流す」状態に近い。臨時のバイパスのはずが常態化し、その管は「便利な逃げ道」として使われ続ける。ここには、偏りが生まれやすい。
【社外対応】は、「水がきちんと流れていることを対外的に示す」ために、出口側の測定・検査・報告が増殖する状態だ。外に示すためのデータ取り、説明のための記録、提出物、対外文書。水を届ける仕事が、届けていることを示す仕事に押されていく。
問題は単純だ。これらが揃うほど、実態として「無意味な仕事」は増えるのか。そして増えるとして、それは「立ち上がり」なのか「雪だるま化」なのか。
分析方法と分析結果――回路の特徴で説明する【モデル1】
ここからは、第11回と同様、「無意味な仕事が何種類重なっているか」による3群(0種類/1〜3種類/4種類)を使った分析結果を示していく。
- 少:0種類(束が立ち上がっていない)
- 中:1〜3種類(束ができ始めている)
- 多:4種類(束が最大化している)
第11回の【モデル0】では、年齢・職種・企業規模・担当案件・役職を入れて、「誰がどこに立っているか」を見た。この第12回は、そこに回路の特徴である5つの項目を、説明要素として追加した(【モデル1】)(※) 。
ここで一点、読み方に関する注意を挟んでおきたい。今回の設問は「あなたの職場の仕事の進め方について、次のようなことがどの程度みられるか」を尋ねたが、実は2つの読みがありうる。一つは、職場全体の状態として「みられる」という意味。もう一つは、回答者がその詰まりに近い位置にいて「みえる(=自分のところに来る)」という意味である。
同じ職場でも、詰まりがみえる配置があり、みえない配置がある。そして詰まりがみえる人は、しばしば詰まりを引き受ける側にいる。アンケートは「職場にそういう現象があるか」を聞いた。けれども同時に、「そういう現象が自分の仕事として立ち上がってくる位置にいるか」を、かなりの程度含み込んでいる。したがって、ここで見えているのは単なる職場差だけではない。詰まりが、誰のところで「無意味な仕事」として経験されやすいかの分布でもある。
では、データは何を語ったのか。図表1に示した結果とともに、さきほどの水道管の比喩に引きつけて読み直してみよう。結論から言えば、回路の詰まりは、「無意味な仕事」という経験として、段階的に積み重なっていく。
図表1 【モデル1】分析結果
注1:「少」→「中」の倍率は、「中」を基準にした多項ロジット分析において、「中」→「少」の結果得られたオッズ比を逆数にすることによって求めている。
注2:本イラストはAIを使用して作成している。
まず効いているのは、【形式主義】【手戻り】【支援なき難題業務】の3つだ。データ上も、この3つがある職場ほど、無意味な仕事が「ゼロのまま」では済みにくい(【形式主義】は1.85倍、【手戻り】は1.34倍、【支援なき難題業務】は1.45倍「立ち上がり」やすい)。
水道管に置き換えれば話は単純だ。フィルターやメーターが多段化し、通るたびに確認が要る。逆止弁が壊れていて、流れたはずの水が戻る。口径に合わない固形物が引っかかっているのに、押し流す圧(ポンプ)が足りない――この3点が揃えば、水は「まったく出ない」わけではない。水は出る。届く。だが、細い。遅い。不安定だ。その上、それを支える確認や処理に手を取られる。だから、労を割いた割に、思っていたほど届かない。届き方が、割に合わない。ここが、無意味な仕事という経験の入口になる。
届き方が割に合わないと、現場はどうするか。目的地に水を届けることより、「通ったことを確認する」「戻ってきたものを処理する」「引っかかりの周辺を応急処置する」ことに注力する――そういう動きに出るのではないか。目的に向けた仕事が、詰まり対応へと置き換わっていく。この置き換わりが繰り返されると、経験としては「ムダ」「作られた」「うまく行きそうにない」「報われない」といった無意味さが、束になって立ち上がってくる。
そして詰まりが長引き、無意味さの束が大きくなる局面で、ここに【穴埋め】と【社外対応】が足し合わさるとどうだろうか。【形式主義】【手戻り】【支援なき難題業務】とともに「雪だるま化」が加速される(【形式主義】は1.49倍、【手戻り】は1.62倍、【支援なき難題業務】は1.50倍、【穴埋め】は1.28倍、【社外対応】は1.23倍「雪だるま化」が生じやすい)。
【穴埋め】は、本来ならある支線で処理されるべきトラブルを、別の管が引き受けて流す状態である。つまり、本来処理されるはずだった側(元の支線)が、「雪だるま化」を含め、かなり危ない状態に陥っているということだ。
ただ、【穴埋め】は、引き受けた側の「雪だるま化」にもつながる点は看過できないだろう。臨時のバイパスのはずが、いつのまにか「便利な逃げ道」になる。詰まりが起きるたびにその管へ迂回させれば、とりあえず水は出る。けれどもその結果、回路は直らないまま残る。詰まりをほどくための手を打たないまま、バイパスに頼る運用が定着し、負担はバイパスを回せる「いつもの人」に寄っていく。無意味な仕事がここでも積もり始める、という仮説が立つ。
【社外対応】は作用点が少し違う。こちらは、水がきちんと流れていることを外に示すために、出口側の測定・検査・報告が増えていく状態である。外部への説明は必要だ。求められることも増えた。ただ、とかく詰まりがある中で説明するとなると、「示す仕事」の難易度は高くなる。結果、この示す仕事は、説明が通る人、事故らない人に集まりやすい。
要するに、回路の詰まりは、3つの形(通過手続きの増殖/逆流/圧不足)で無意味さを積み上げ、そこにバイパス(穴埋め)と外への証明(社外対応)が重なると、無意味な仕事は束として完成し、しかも一部の人に偏って積もっていく。チェック項目や説明の機会が増える局面では、確認と説明の仕事も増えやすく、その処理が「できる人」に寄りやすい。優秀さは、時に罰になる。今回のデータは、その見取り図を示している。
次回へ
ここまでで見えたのは、無意味な仕事が増える時、そこには「回路の詰まり」があり、その詰まりが雪だるま化する局面で「偏り」が立ち上がる、という骨格である。詰まりをほどく代わりに、詰まりを吸収する人を内部で宛がい、その人に処理が寄っていく。能力があることが、負担の引力になる。
この構図は、民間企業に限らない。本プロジェクトでは、官僚や大学教員への聞き取りも進めている。場が違っても、「詰まり」が「特定の人の負担」に変換される回路は驚くほど似ている。例えば、大学教員からは次のような語りが出てきた。
「ルールとか締め切り、なぜか守らない人っていますよね。急に無茶なことを言い出したりする。教員にも職員にも学生にも……。そしてこうした『無茶』が起こるたびに、なぜか私が対応することが多くて、ひどい時は私が謝罪文を書いて、相手と交渉して、何とか場を収めている……そういうことに振り回されていると、正直、何なんだろうって思ってしまいます」
ここで語られているのは、単なる愚痴ではない。「水を届ける仕事」が、「通すための確認」や「逆流処理」や「詰まりの応急処置」に置き換わっていく。その置き換わりが、特定の人のところで「仕事」として成立してしまうという現象である。場を収める、翻訳する、謝る、交渉する――それがないと回路が回らない。だから、寄せてしまう。寄せた結果、無意味な仕事は偏って積もる。
それにしても、なぜ詰まりは温存されるのか。なぜ組織は、詰まりをほどく方向に設計を変えず、詰まりを吸収する人を作り出してしまうのか。次回(第13回)はこの問いを念頭に、「組織の接続」に目を向ける。方針や優先順位が共有されず、部門間のコミュニケーションが噛み合わず、職場の連帯感が弱い。そうした接続不全があるほど、詰まりは「現場の工夫」で吸収され、設計変更の議題に上がりにくい。回路が詰まったまま回ってしまう。その仕組みを、同じデータで確かめたい。
(※)なお、5つの項目の分布を示せば、次のとおり。調査では4件法で尋ねているが、分析では、肯定/否定の2つにまとめてダミー変数として用いることもあり、以下ではまとめた分布を示す。
濱中 淳子氏
早稲田大学教育・総合科学学術院・教授
東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程修了。博士(教育学)。リクルートワークス研究所、大学入試センター研究開発部、東京大学高大接続研究開発センター教授等を経て、2019年4月より現職。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房,2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書,2016年)、『大学でどう学ぶか』(ちくまプリマー新書,2025年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店,2016年)、『〈学ぶ学生〉の実像』(勁草書房,2024年)、編著に『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』(ミネルヴァ書房,2019年)など。
メールマガジン登録
各種お問い合わせ