日本の職場で「無意味な仕事」はどう経験されているのか――アンケート調査から描ける地図

濱中淳子氏 早稲田大学 教授

2026年02月18日

「ブルシット・ジョブ」から「無意味な仕事」へ

仕事というものは、いつからこんなに説明しづらくなったのだろうか。忙しい、きつい、責任が重い――かつてなら、それで話は済んでいたはずである。ところが近年、どうにもそれだけでは片づかなくなってきた。

「忙しいわけではないが、何をやっているのかわからない」
「一生懸命やっているが、意味があるのかどうか自信が持てない」

そんな声が、あちこちから聞こえてくる。

厄介なのは、これが怠け者の愚痴ではないという点だ。本人はいたって真面目で、「ちゃんとやろう」としている。むしろ、ちゃんとやろうとすればするほど、わけがわからなくなっていく。やればやるほど、手触りが消えていく。成果が見えないわけではないのに、どこか空回りしている。あるいは、成果は見えているのに、「それで何が変わったのか」と問われると、返事に詰まってしまう。

こうした言葉になりにくい違和感を、強烈な言葉で言い表したのが、米国の文化人類学者デヴィッド・グレーバーが提唱した「ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)」だった。ずいぶん乱暴な言い方だが、だからこそ、胸に刺さった人も多かったのだろう。

改めていえば、私たちの研究プロジェクトも、グレーバーの議論に触発される形で始まった。日本版のブルシット・ジョブとは、一体どのようなものなのだろうか。グレーバーの描き出した問題意識は刺激的だが、それはそのまま日本の職場に当てはまるのだろうか。そうした疑問を抱えながら、企業、大学、省庁など、様々な組織で働く人たちに話を聞き、有識者への聞き取りも重ねてきた。

ところが、話を聞けば聞くほど、「これがブルシットだ」と一言で括れる像は、どうにも見えてこない。確かに不満はある。納得できない思いもある。しかし、それは必ずしも「クソどうでもいい」と切り捨てられるものばかりではない。必要だとは思う。だが、どこか腑に落ちない。意味があるはずなのに、実感が持てない。そうした割り切れない感覚が、実際の職場にはあふれている。

むしろ印象的だったのは、その広がりである。業種や立場が違っても、似たような言葉が繰り返される一方で、同じような立場の人から、まったく異なる感覚が語られる。グレーバーの視点が照らし出した問題は重要だが、それだけでは捉えきれない何かが、日本の職場にはある。そうした経験のされ方そのものを、別の形で整理し直す必要があるのではないか――次第に、そう考えるようになった。

調査の設計

そこで、さらに手がかりを得るために、私たちはアンケート調査(「無意味な仕事の実態調査」)を行った。インタビューで感じ取った広がりを、そして識者から学んだ知見の意味を、改めて確かめたかったからである。

ただし、ここで注意したのは、「ブルシット」という言葉をそのまま調査項目に持ち込まないことだった。「クソどうでもいい仕事ですか」と聞いて、正直な答えが返ってくるとは思えない。それ以前に、現場で語られていた違和感は、そこまで単純でも、過激でもなかった。

そこで私たちは、「無意味な仕事」という表現を使うことにした。違和感や不満、割り切れなさといった感情の起点となっているであろう「無意味さ」に注目することが重要だと考えたからである。

まず尋ねたのは、「無意味な仕事」の量である。この1年間に取り組んだ仕事のうち、「取り組む意味が感じられない」「疑問を感じる」「前向きな気持ちで取り組めない」と思う業務が、全体のどれくらいを占めていたかを、0〜100%で答えてもらった。

次に、「無意味な仕事」の質に踏み込んだ。仕事をめぐる違和感を4つのタイプに分け、それぞれについてどの程度あるかを尋ねた。ここでいう「無意味な仕事」とは、「ムダな仕事」「作られた仕事」「うまく行きそうにない仕事」「報われない仕事」の4つである。――言い方はきついが、現場の感触としては外れていない。ただし、こうしたラベルだけでは答えにくい。そこで回答者には、以下のようにできるだけ具体的な例を示した表現で提示した。

【ムダな仕事】なくしたり省いたりしても問題はないのに、慣習や決まり事として行われている仕事(例:形式だけの書類作成や報告、目的が曖昧な定例会議、慣例的に行われている行事、過剰な承認・確認プロセスなど)

【作られた仕事】一見すると意味や目的がありそうだが、実現しても大した成果や価値を生まない仕事(例:実効性の乏しい施策やプロジェクト、成果につながらない改善活動、外部向けのアピールを目的とした取り組み、「やっている姿勢」を示すためだけの業務など)

【うまく行きそうにない仕事】目的や意図は理解できるが、このままの体制や状況ではうまく行きそうにない仕事(例:不適切な目標設定、精度の低い計画、役割分担の不整合、人員不足、過密なスケジュール、知識・経験・能力の欠如、高すぎる要求水準など)

【報われない仕事】仕事としての必要性は否定できないが、労力をかける意味が見出せず、やりがいが感じられない仕事(例:責任や負担に見合わない低い報酬の仕事、努力や成果が正当に評価されない業務、不本意ながら担わされている役割など)

さらに、これら4つのうち、「特に多いものはどれか」を一つだけ選んでもらう質問も加えた。4つの中の特定の一点に集中している人もいれば、そうではない人もいる。その違いを見逃さないことが重要かもしれない。

要するに、私たちは「無意味な仕事」をめぐる経験を、一枚岩で捉えるのではなく、量と質の両面から、いくつかの聞き方を組み合わせて捉えようとしたのである。

調査枠組みと対象者

こうした「無意味な仕事」をめぐる経験を中心に据えつつ、それを取り巻く条件についても、できるだけ幅広く分析できるように調査枠組みを設計した(図表1)。

図表1 調査枠組み

図表1 調査枠組み

具体的には、仕事の内容や進め方、職場の雰囲気、コミュニケーションのあり方など、業務特性ならびに職場特性に該当する「A)仕事環境」、仕事観やエンゲージメント、学習行動といった「B)回答者自身の特性」、成果認知や成長実感、満足度といった「C)アウトカム」、そして、年齢や学歴、職種、業種、役職などの「D)属性」情報である。

「無意味な仕事」をめぐる経験がどのようなものであるかは、何より仕事環境の影響を受けていると考えられる。どんな役割を担い、どんな職場に身を置いているのか。しかしながら他方で、どんな考え方で仕事に向き合っているのかといった個人の特性等も重なり合いながら、形作られていくものでもある。そして、その「無意味な仕事」をめぐる経験の先で気になるのは、「結果として、どう感じているのか」という点である。

調査対象は、首都圏および名京阪神地域に勤務する、正規雇用の民間企業勤務者である。企業規模は300人以上、自営業者は除外し、20〜60代で、就業経験が2年以上ある人に限定した。有効回答数は5000人。特定の業界や職種に偏ることなく、製造業、情報通信、金融、流通、サービスなど、比較的幅広い層を含めている。いわば、「どこにでもいる都市部の会社員」の状況を、できるだけそのまま拾い上げたデータである。

本連載では、このアンケート調査の結果を手がかりに、日本の職場を広く覆っている「無意味な仕事」をめぐる経験の実態と背景について、順に整理していく。

まず、試みたいのは、地図を描くことだ。どこに山があり、どこに谷があるのか。どこに、簡単には説明できない奇妙な地形が広がっているのか。まずは、「無意味な仕事」の全体像を、落ち着いて眺めてみたい。説明は、次回以降である。

濱中 淳子氏

早稲田大学教育・総合科学学術院・教授
東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程修了。博士(教育学)。リクルートワークス研究所、大学入試センター研究開発部、東京大学高大接続研究開発センター教授等を経て、2019年4月より現職。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房,2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書,2016年)、『大学でどう学ぶか』(ちくまプリマー新書,2025年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店,2016年)、『〈学ぶ学生〉の実像』(勁草書房,2024年)、編著に『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』(ミネルヴァ書房,2019年)など。