「無意味な仕事」の地図――分布として眺める経験の地形
「地図を広げる」という作業
前回は、グレーバーの「ブルシット・ジョブ」を、日本の職場の経験を説明するラベルとして直に貼ることは避けるべきだと述べた。理由は単純である。言葉が強すぎると、経験の微妙な差異がこぼれ落ちる。日本の職場で積み重ねられてきた、曖昧で言葉にしにくい感覚ほど、そうなりやすい。
そこで、私たちは「無意味な仕事」という言葉を使うことにした。「これはおかしい」と胸を張って言うほどの確信には至らない。だが、「問題はない」と言い切るには引っかかりが多すぎる――この宙づりの感覚を、できるだけ広く受け止めるための器である。
第2回では、この器の形を素描してみたい。中身を断じる前に、輪郭をなぞる。評価も原因探しも今は保留する。地図を広げよう。
「無意味な仕事」は、どのくらい広がっているのか
はじめに確かめたいのは、「無意味な仕事」が日常の中でどの程度の分量を占めているか、という点である。
私たちの調査では、過去1年間の仕事全体を振り返ってもらい、「取り組む意味が感じられない」「疑問を感じる」「前向きな気持ちで取り組めない」と感じられた業務が、全体のどれくらいを占めていたかを0〜100%で答えてもらった。ここで見たいのは、仕事を一つずつ仕分けることではない。違和感を伴う業務が、仕事経験にどれだけ入り込んでいるか、である。
結論を先に言っておこう。無意味さは「薄く広がる」のではなく、「段差で現れる」。
図表1は、その答えを山の形で示したものだ。0%付近に山があり、50%付近にも別の山がある。つまり、「まったくない」と言い切る人がいる一方で、「半分程度は無意味な仕事だ」と受け止めている人も少なくない。違和感や疑問は、少しずつ増えるというより、混じり方そのものに段差がある――そんな地形として現れる。
図表1 「無意味な仕事」占有比率別に見た分布
分布の全体像を見取りやすくするために、ここでは補助線として「15%」と「50%」という基準値を置いてみたい。厳密な境界というより、地図を読みやすくするための目盛りである。15%未満なら「周辺に混じっている」、15〜50%未満なら「無視できない割合で入り込んでいる」、50%以上なら「中心に食い込んでいる」といえるだろう。
図表2からは、回答者が「低(15%未満)」「中(15〜50%未満)」「高(50%以上)」とおおむね三等分されることがわかる。きれいに割れる。少し整いすぎているかもしれない。だが、この「3分の1ずつ」という見取り図は共有しやすく、以後の議論の土台としては十分に使える。
図表2 分類別に見た回答者の分布
どのタイプの「無意味な仕事」が経験されているのか
次に「質」の側面を見る。前回も述べたように、私たちの調査では、「無意味な仕事」を次の4つに分け、状況を答えてもらった。選択肢には4件法(「ほとんどない」〜「とても多い」)を用いている。
【ムダな仕事】なくしたり省いたりしても問題はないのに、慣習や決まり事として行われている仕事(例:形式だけの書類作成や報告、目的が曖昧な定例会議、慣例的に行われている行事、過剰な承認・確認プロセスなど)
【作られた仕事】一見すると意味や目的がありそうだが、実現しても大した成果や価値を生まない仕事(例:実効性の乏しい施策やプロジェクト、成果につながらない改善活動、外部向けのアピールを目的とした取り組み、「やっている姿勢」を示すためだけの業務など)
【うまく行きそうにない仕事】目的や意図は理解できるが、このままの体制や状況ではうまく行きそうにない仕事(例:不適切な目標設定、精度の低い計画、役割分担の不整合、人員不足、過密なスケジュール、知識・経験・能力の欠如、高すぎる要求水準など)
【報われない仕事】仕事としての必要性は否定できないが、労力をかける意味が見出せず、やりがいが感じられない仕事(例:責任や負担に見合わない低い報酬の仕事、努力や成果が正当に評価されない業務、不本意ながら担わされている役割など)
改めていえば、この区分はプロジェクト当初から完成していたわけではない。聞き取りの中で繰り返し立ち上がってきた違和感を突き合わせていくうちに、どうも「無意味な仕事」はこの4つの顔をしているらしい――そう見えてきたことを受けて設定した。
犯人は一人ではない――4つとも、同程度に出る
図表3を見ると、特定の1種類だけが突出するわけではないことがわかる。4つはいずれも、同じ程度の厚みで現れる。ここで押さえたいのは序列ではない。「ムダな仕事」「作られた仕事」「うまく行きそうにない仕事」「報われない仕事」――違和感の種類は違っていても、どれも同じくらいの頻度で仕事経験の中に顔を出している。
図表3 「無意味な仕事」4タイプの経験頻度(4件法)の分布
この「同じぐらい」という感触は、「特に多いものはどれか」を一つだけ選んでもらう質問からも確認できる。図表4は、「先ほどの4つの仕事タイプのうち、あなたの仕事の中で特に多いものを1つお選びください」への回答分布を示したものだ。特に多いものがない場合に備えて、「5 あてはまるものはない」も設定しておいた。
最も割合が大きかったのは「うまく行きそうにない仕事」(20.7%)で、「作られた仕事」(18.2%)、「ムダな仕事」(16.7%)と続き、最も小さかったのは「報われない仕事」(15.8%)だった。ただ、この差を強調すべきかどうかは判断が分かれるだろう。最大と最小の差は4.9ポイントにすぎないからである。
図表4 特に多い「無意味な仕事」別に見た回答者の分布
そして、この「決定打になりにくい」という見方は、図表5を見ると、さらに確信に変わる。ここでは4件法の回答に戻り、4つのタイプのうち肯定的な回答(「ある/とても多い」)がいくつ立ち上がっているか――その数(タイプ数)で回答者を整理した。
図表5 経験している「無意味な仕事」タイプ合計別に見た回答者の分布
ここで目を引くのは、真ん中よりも両端に厚みがあることだ。肯定的な回答が一つも立ち上がっていない人が一定数いる一方で、4つすべてに肯定的な回答をしている人も多い。つまり、「どれか一つだけ」というより、「ほとんど立ち上がらない」か「まとめて立ち上がる」か――無意味だという感触は、束として経験される場面が少なくない。
考えてみれば、「違和感のタイプ数」という指標は注目すべきものだと思う。タイプ数が増えるほど、当人にとって状況を説明することが難しくなるからである。一つなら、まだ自分の違和感を「これだ」と指さしやすい。ところが、二つ三つと重なると論点が分岐し、どこから話せばよいかが定まりにくくなる。そして4つが同時に立ち上がると、「何が問題かはっきりしないが、とにかくしんどい」という状態に寄っていく。
大事なのは、個々の種類というより、違和感が「束になる」という経験のされ方ではないか。説明が整わない。整わないまま、月末がまた来る。
連鎖としての「束」――タイプ数が累積する仮説
ポイントは、仕事経験の中で違和感が立ち上がる時の同時性である。違和感が単独で完結するというより、複数が重なって立ち上がる場面が少なくない、という点である。
仮説としていえば、その重なりは「同じ土壌から同時に」というより、一つが次を呼び込み、タイプ数が累積していく連鎖として生じやすい。例えば「ムダな仕事」が温存されると、現場は手続きの処理に追われ、実効性より体裁が優先されやすくなる。その延長で「作られた仕事」が増え、さらに余力や調整の回路が細ると、「うまく行きそうにない仕事」が日常化する。そこで踏ん張っても見返りや評価が伴わなければ、その負担は「報われない仕事」として沈殿する。
ただ、連鎖の起点は一つに限られない。例えば、人員不足や役割の不整合、計画の粗さなどから「うまく行きそうにない仕事」が先に立ち上がる場合もある。目標に届かないことが見えてくると、遅れを埋めるための二重報告や過剰な確認、場当たり的な会議が増え、「ムダな仕事」が膨らむ。同時に、外向けには進捗を示す必要が出てきて、実質より「やっている感」を優先した「作られた仕事」が乗ってくる。そうして負荷だけが積み上がれば、その支えはやはり「報われない仕事」として経験されやすい。
もちろん、連鎖はいつも最後まで進むわけではない。途中で止まることもある。だからこそ、違和感が0で止まるのか、4種類まで一気に立ち上がるのか、1〜3種類で踏みとどまるのか――連鎖の進み方(止まり方)を分ける条件を、次回以降で確かめていきたい。
「タイプ数」を分析の軸に据える
ここで、これからの分析方針を明示しておきたい。本連載では、「無意味な仕事」がどこでどう形作られていくのかを見ていくが、分析の軸としては「タイプ数」を据える。仕事全体における「無意味な仕事」の比率を軽視するためではない。それも大事だ。
ただ、例えば1つのタイプの「無意味な仕事」が8割を占める状況より、4つのタイプの「無意味な仕事」が5割を占める状況のほうが、より悩ましいといえるのではないか。違和感が分散し、説明も対処も難しくなる。そして、その背景を探る課題が、よりはっきり前景化してくると考えられるからだ。
次回は、この「タイプ数」の地図に、年齢、職種、役職、企業規模、そして「どんな案件を担っているか」といった情報を重ねてみる。すると、「無意味な仕事」が どこで/誰のものとして まとまりやすいのかが見えてくるはずだ。分布を、人の顔が見える見取り図に変えていこう。
濱中 淳子氏
東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程修了。博士(教育学)。リクルートワークス研究所、大学入試センター研究開発部、東京大学高大接続研究開発センター教授等を経て、2019年4月より現職。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房,2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書,2016年)、『大学でどう学ぶか』(ちくまプリマー新書,2025年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店,2016年)、『〈学ぶ学生〉の実像』(勁草書房,2024年)、編著に『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』(ミネルヴァ書房,2019年)など。
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