「無意味な仕事」との戦い方を考える
退職の挨拶は丁寧だった。引き継ぎも完璧だった。揉め事もなかった。――それなのに、翌週から職場が回らない。
あの人がいないと詰まる。いやな止まり方をする。誰が何を抱えていたのかが見えないまま、判断が遅れ、境界が荒れ、メールが増え、会議が増える。最後に残るのは、「なぜ回らなくなったのかわからない」という空気だ。音がしないのが、一番怖い。
第14回で見たのは、「静かな離脱」の可能性だった。ある程度のエンゲージメントを保ったまま疲弊が積み上がり、仕事の満足度は下がっていく。他方で、ワークライフバランスは相対的には保たれるため、外からは見えにくい。最後に落ちるのは、野心ではなく会社へのコミットメントであり、その結果、「要」となる人材が抜けていく。
では、どうすれば防げたのか。第15回では、組織の「戦い方」を考える。
組織変革は効く
まず確認しておきたい。組織変革には意味がある。
私たちの調査では、「勤務先では組織変革が進んでいる」という項目を設け、5件法で回答を求めた(「まったくそう思わない」「あまりそう思わない」「ややそう思う」「とてもそう思う」「わからない」)。回答分布は順に9.8%、33.1%、37.9%、11.5%、7.7%である。肯定的な回答である「ややそう思う」と「とてもそう思う」を合計すると49.4%となる。「わからない」の扱いには留保が必要だが、首都圏で働く企業人のおよそ半数は、勤務先が何らかの変革に取り組んでいると見ている。
この回答と「無意味な仕事」のタイプ数をクロスさせた結果が、図表1である。ここでいうタイプ数とは、これまでのコラムで用いてきた4タイプのうち、該当した数を指す。以下では、それを次の3区分で整理した。
- 少:0種類(束が立ち上がっていない)
- 中:1〜3種類(束ができ始めている)
- 多:4種類(束が最大化している)
結果は明瞭である。組織変革について「まったくそう思わない」と答えた人では、「多」が65.0%に達した。三人に二人である。これに対し、「とてもそう思う」と答えた人では、「多」は28.4%まで下がり、三人に一人を切る。改革が進むほど、無意味な仕事の「束」は最大化しにくい。両者の関係は明確であり、χ²検定でも有意であった。
図表1 組織変革の進み具合と「無意味な仕事」のタイプ数
ここでもう一度言っておきたい。組織変革は、飾りではない。「無意味な仕事」を減らす効果が見込める。だからこそ、次の問いが立ち上がる。どのような改革が効くのか。どこに手を入れると、何が変わるのか。
KX(カイシャ・トランスフォーメーション)という視点
以下では、この研究プロジェクトのリーダーである豊田義博が関わるライフシフト・ジャパンの提唱する「KX(カイシャ・トランスフォーメーション)」を手がかりに、この問いを掘り下げたい。KXは、組織変革を「会社が変える話」に閉じるのではなく、社員一人ひとりが主役として動ける組織へと重心を移す発想である。
ただし、個人が主役になるといっても、気合いで立ち上がれるわけではない。主役が立ち上がるには、職場の土壌が要る。言える空気があるか。越境が生まれる回路があるか。好奇心が出発点として扱われるか。学び直せる余地があるか。KXは、こうした前提条件にも目を向ける。
そこで第15回では、KXをスローガンとしてではなく、土壌条件に関する仮説として扱う。具体的には、次の5項目(4件法)について「あてはまる/あてはまらない」でまとめ、あてはまるを1とするダミー変数として分析に投入する。これらは、ライフシフト・ジャパンがKXを実現するための5つの視点として掲げているものである。
- 【自己解放】一人ひとりが、そのままの自分を解放している
- 【ダイバーシティ】多様な属性、多様な価値観を持った仲間に溢れている
- 【越境共創】部署、社内外の枠を超えたつながりから、共創が生まれている
- 【好奇心起点変革】一人ひとりの想いや好奇心が事業創造や組織変革の起点となっている
- 【学び】一人ひとりが学び続け、変わり続ける機会に溢れている
どれも耳あたりは良い。だが、第15回で見たいのは言葉の美しさではない。どの要素が「無意味な仕事」の束を立ち上がりにくくし、雪だるま化しにくくするのか。どこに手を入れると流れが変わるのか。そこをデータで確かめる。
分析方法は、第11回【モデル0】、第12回【モデル1】、第13回【モデル2】の延長線上に置く。目的変数は、「無意味な仕事」が何種類重なっているかによる3区分(少=0/中=1〜3/多=4)である。これに上記5項目を加えた【モデル3】を用いて、どの条件が効いているのかを確認していく。
戦い方はどう整理できるか
結果はどうだったのか。整理したものが図表2である。図を参照しながら、順に説明していこう。
図表2 【モデル3】分析結果
注1:「少」→「中」の倍平は、「中」を基準にした多項ロジット分析において、「中」一「少」の結呆得られたオッズ比を逆数にすることによって求めている。
注2:本イラストはAIを使用して作成しています。
立ち上がり――「個人」に閉じた条件が効く
まず「立ち上がり」について、有意な効果が確認されたのは【自己解放】と【学び】だった。【自己解放】がある職場では、「立ち上がり」は0.78倍起こりにくくなり、【学び】がある職場では0.71倍起こりにくい。いずれも、束ができ始める手前で、火種が燃え広がりにくい状態を作っている。ポイントは、「個人」に近い次元の2項目で、こうした効果が見られたことだろう。言える。試せる。学べる。学び直せる。こうした条件が整っていると、違和感は個人の胸の内で腐りにくい。
おそらく、無意味な仕事の束は、最初から大きいわけではない。「これ、要るのかな」「なぜこの順番なのだろう」「こうしたほうがいいのではないか」「これを知っておいたほうが、うまくいくはずだ」。最初の段階で必要なのは、正解よりも、まず言葉である。口に出せること。小さく試せること。やってみて、駄目なら戻せること。必要だと思った領域を学べること。こうした条件があると、違和感は「ため息」ではなく「問い」になる。問いになれば、束になりにくい。
もう少し具体的にいえば、【自己解放】と【学び】がある職場では、違和感を「無意味」として固定する前に、それを言語化し、整理し直す回路が残っている。手続きが増えた時、黙って抱え込むのではなく、「自分は今何に引っかかっているのか」を言葉にできる。会議が長くなった時も、「仕方ない」とのみ込む前に、何が本筋で、何が枝葉なのかを自分の中で切り分けられる。学びの機会があると、「意味がない」と断定する前に、やり方や考え方の選択肢を増やして、別の仕立て方を探せるし、やるべきこと/やらなくてよいことの境界線も引き直せる。こうして違和感が早い段階で小さく処理される。だから束になりにくい。
ただし、この段階の怖さも同時に見えてくる。個人が充実していると、何とかできてしまう。何とかできてしまうから、組織は直らない。火種は消えたように見える。だが、地面のほうは変わっていない。
雪だるま化――「影響」の次元で考えなければならない
では「雪だるま化」はどうか。
「雪だるま化」で効果が確認されたのは、【自己解放】【越境共創】【好奇心起点変革】の3項目だった。【自己解放】は、「立ち上がり」に引き続き、「雪だるま化」も0.63倍起こりにくくしていた。【越境共創】は0.78倍、【好奇心起点変革】は0.77倍である。
注目すべきなのは、【自己解放】に加えて、【越境共創】と【好奇心起点変革】が効いている点である。雪だるま化の段階では、もう個人が頑張るだけでは止まらない。必要なのは、ズレや詰まりを誰かが吸収して終わらせるのではなく、小さくても「変える」動きが起きることである。【越境共創】は、境界をまたいで新しい解き方が生まれている状態を指す。【好奇心起点変革】は、一人ひとりの想いや好奇心が、実際に仕事や組織を変える起点になっている状態を指す。つまり、雪だるま化を止めるのは、我慢でも根性でもない。変化である。小さくても変わる職場では、問題が誰か一人に積もり続けにくい。
問題が特定の誰かに偏る前に、変化が生まれている。変わることを促す環境が整っている。そこが重要なのである。
ダイバーシティが効かないという結果
図表2には、もう一つ注目すべき結果があった。【ダイバーシティ】が効いていない。「立ち上がり」でも「雪だるま化」でも、統計的に有意な効果は確認されなかった。
本来、ダイバーシティとは、同質的な集団の中に異質な要素が入り込み、前提が揺さぶられ、ズレが生まれることでもある。ズレは不快かもしれない。だが、うまく扱えれば、そこから学びや改革が立ち上がる。そう期待できる。ところが、少なくともここでは、多様性は「反応」になっていない。混ざるだけでは、何も起きない。
私事になるが、勤務先の大学で社会調査の授業を担当しており、フィールドワークの面白さを話す際に、上田紀行の『スリランカの悪魔祓い――イメージと癒しのコスモロジー』(講談社文庫、2010年)を紹介することがある。題名の力もあってか、学生の関心は高い。
上田は、スリランカでは「孤独な人に悪魔は憑く」と言われ、病に倒れた人が出ると、村人総出で悪魔祓いの儀式を行うと記している。そこで起きているのは、迷信というより、つながりの回復である。孤立がほどけ、関係が編み直される。重要なのは、その回復が静かな説得によってではなく、あえて異物としての悪魔を呼び込み、共同体の裂け目を見えるものにすることで進む点である。悪魔は単なる異常ではない。共同体が自分たちのズレを扱い直すための装置なのである。
この発想を借りれば、【ダイバーシティ】が効かなかったのは、「多様性が無力」だからではない。多様性を反応に変える回路が欠けているからだ、と読める。多様性は、それ自体では効かない。異物が置かれるだけでは、仕事は変わらない。問われているのは、その異物が「つなぎ直し」の回路に乗ることである。回路がなければ、多様性は沈む。気まずさだけが残る。
日本の職場で起きがちなのは、まさにこれではないか。言えない。越境できない。起点が立たない。だから多様性は反応にならず、風景になる。多様性が無力なのではない。無力化されている。そう言ったほうが正確だろう。
まとめ――戦い方は段階によって変わる
この連載で行ってきたのは、「無意味な仕事」を嘆くことではない。それに形を与えることだった。分布を描き、束の輪郭を捉え、詰まりの回路と接続不全を見た。その上で、最後に、どう変えるかを考えてきた。
「立ち上がり」の段階で効くのは、言えること、試せること、学び直せることである。違和感を胸の内で腐らせず、「問い」に変えられれば、束は立ち上がりにくい。だが、「雪だるま化」は別である。ここで必要なのは、誰かが抱えて回すことではない。小さくても、変える動きが生まれることである。越境が共創につながり、好奇心が起点として扱われる。そうした回路があって初めて、雪だるまは大きくなりにくい。もっとも、それは、管理や測定によって上から機械的に作れるものではない。むしろ、管理しすぎると生まれにくくなる。
ダイバーシティも、それだけでは力にならなかった。つなぎ直す仕組みがあって、初めて力になる。多様性が無力なのではない。無力化されているのである。
もちろん、ここで示したのは一つの見取り図にすぎない。別の視角から検討し、調査を重ね、分析を深めれば、異なる知見が見えてくるだろう。それでも、今の日本社会に広がりつつある「無意味な仕事」を考えるための若干の羅針盤を手渡すことができたなら、本連載は「無意味」ではなかった、ということになる。
次回は番外編として、「大学での学び」と「無意味な仕事」の関係を扱いたい。一見すると距離のある2つだが、そこには接点がある。ややアクロバティックな議論になるかもしれない。だが、そういうところでしか拾えない論点もある。
濱中 淳子氏
早稲田大学教育・総合科学学術院・教授
東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程修了。博士(教育学)。リクルートワークス研究所、大学入試センター研究開発部、東京大学高大接続研究開発センター教授等を経て、2019年4月より現職。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房,2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書,2016年)、『大学でどう学ぶか』(ちくまプリマー新書,2025年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店,2016年)、『〈学ぶ学生〉の実像』(勁草書房,2024年)、編著に『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』(ミネルヴァ書房,2019年)など。
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