無意味な仕事は、接続不全で温存される
映画『ラストマイル』は面白かった。2024年8月23日公開、脚本は野木亜紀子氏。ブラックフライデー前夜の巨大な物流倉庫が舞台である。段ボールがベルトコンベアを埋め尽くし、出荷が止まれば街が止まる——そんな「止められない現場」の緊張が描かれる。
爆弾も怖かった。だが、それと同じくらい恐ろしかったのは、「止められない」ことが前提になった運用そのものだった。だからこそ、満島ひかりさん演じる舟渡エレナの「止めませんよ、絶対」という台詞が刺さる。
接続不全という視点
ここでは、事故は起きない前提にしておこう。その代わり、次の3つが同時に起きるとしたら、どうなるだろうか。
1つめ。優先順位の「方針」が共有されない。何を先に流すのか。何を後回しにしてよいのか。現場が判断できる材料が、十分に揃わない。
2つめ。倉庫と配送業者の境界で、情報が噛み合わない。集荷の前倒し、積載制限、ルート変更。境界でズレが起きる。
3つめ。倉庫の中で、連帯が弱い。仕分け・梱包・検品・監督の間で、困りごとが共有されず、助け合いが効かない。
この3つが重っても、物流は「止まる」わけではない。回ってしまう。回せてしまう。ただしその時、現場の仕事は静かに変質する。届ける仕事が、つなぎ直す仕事、吸収する仕事、事故を避ける仕事に置き換わっていく。
この置き換わりが続くと、手元に残る感覚は2つだ。1つは「なぜ」——なぜこの優先順位なのか。なぜこうなってしまっているのか。もう1つは「やってられない」——回っているのに、意味が削れていく。嫌な感覚である。
第12回で見たのは、「回路の目詰まり」が無意味な仕事を浸潤させる、という骨格だった。【形式主義】【手戻り】【支援なき難題業務】【穴埋め】【社外対応】。仕事が前に進みにくい条件が揃うと、誰でも一度は足を取られる。そして負荷が特定の人に寄り始めると、雪だるまが完成する。
だが、ここで素朴な疑問が残る。なぜ、その詰まりは温存されるのか。
詰まりは原因だが、温存は仕組みである。第13回は、その「温存の仕組み」を確かめたい。注目したいのは、組織の接続だ。水道管でいえば、詰まりそのものだけでなく、どこで圧が落ち、どこで逆流し、どこでバイパスに逃がしているのか——配管のつなぎ目を見に行く。
今回分析に追加するのは、次の3つである。いずれも、職場に次のような状態が「みられる/みられないか」を説明要素として追加した(※)。
- 【方針共有不全】方針や優先順位が共有されていない
- 【部門間連携不全】部門間のコミュニケーションが十分ではない
- 【職場連帯不全】メンバー同士の連帯感や一体感が弱い
映画『ラストマイル』の倉庫に引きつけるなら、【方針共有不全】は「今、何を優先するか」が現場に落ちてこない状態だ。【部門間連携不全】は、倉庫と配送業者など境界が噛み合っていないこと。【職場連帯不全】は、倉庫のスタッフ同士で助け合いが働いていないことである。いずれも、詰まりを解く議題が上がりにくくなり、現場は暫定運用で回してしまうだろう。——その時「無意味な仕事」は、どう束になるのか。
分析方法と分析結果――回路の目詰まり+接続不全で説明する【モデル2】
分析は第11~12回と同じく、「無意味な仕事が何種類重なっているか」による3群(0種類/1〜3種類/4種類)を使った分析結果を示していく。
- 少:0種類(束が立ち上がっていない)
- 中:1〜3種類(束ができ始めている)
- 多:4種類(束が最大化している)
第12回の【モデル1】に、上記3項目を追加したのが【モデル2】である。見たいのはシンプルで、接続不全が「立ち上がり(少→中)」を押すのか、それとも「雪だるま化(中→多)」を押すのか、あるいは両方か、である。
一点補足しておく。ここで拾っているのは「職場がそうなっているか」だけではない。同じ職場でも、接続のズレを引き受けやすい人がいる。だからこの結果は、職場の差に加えて、誰の手元に接続の「もつれ」が現れ、誰の仕事として「無意味さの束」になりやすいのか——その偏りまで拾っている。
では、結果はどうだったか。結論からいえば、接続不全は「全部が同じように効く」わけではない。だが、方針が共有されず、境界が噛み合わず、職場の連帯が弱いほど、無意味な仕事の束は育ちやすい——その大枠はデータでも確認できた(図表1)。
図表1 【モデル2】分析結果
注1:「少」→「中」の倍率は、「中」を基準にした多項ロジット分析において、「中」→「少」の結果得られたオッズ比を逆数にすることによって求めている。
注2:本イラストはAIを使用して作成している。
まず、「立ち上がり」で効いていたのは、【方針共有不全】と【部門間連携不全】である。【方針共有不全】がみられる職場だと、「立ち上がり」が1.28倍起きやすい。【部門間連携不全】があると、「立ち上がり」が1.86倍起きやすい。
物流倉庫に置き換えるとわかりやすい。方針が共有されないとは、「今日は何を先に流すのか」「どこまで待ってよいのか」が現場に降りてこないということだ。止められない現場は、方針がないままでも動かざるを得ない。すると起きるのは、判断そのものではなく、判断の代用品である。とりあえず確認する。とりあえず照合する。とりあえず記録しておく。段ボールは動く。だが、動かしている手つきが変わる。届けるための手つきが、「間違っていないこと」を証明する手つきに寄っていく。ここで「なぜ」が芽を出す。なぜ、この優先順位なのか。なぜ、現場が埋めなければならないのか。
そして境界が噛み合わないことも、この「なぜ」を増幅させる。倉庫と配送業者の境界では、集荷の前倒し、積載制限、ルート変更が重なるほど、小さなズレが連鎖する。ズレは現場で形を持つようになる。再ラベル、積み替え、持ち帰り、再調整。仕事は回せているが、何か重い——この感覚が、無意味さの束を立ち上げる。
次に、「雪だるま化」では、3つがすべて効いていた。【方針共有不全】があると、「雪だるま化」が1.26倍起きやすい。【部門間連携不全】がみられる職場では、「雪だるま化」が1.26倍起きやすい。さらに【職場連帯不全】があると、「雪だるま化」は1.33倍起きやすい。
おそらく重要なのは、詰まりが見えた時に「直す(止める/捨てる/人や時間を足す)」という議題に上がらず、現場が、止めないために何とかする処理に向かってしまう点である。本来なら、滞留が見えた瞬間に職場で共有されるべき問いがある。「どこで滞っている?」「誰の判断が要る?」「何を止める?」「何を捨てる?」「どこに人と時間を足す?」。だが、連帯が弱いと、共有されない。相談が始まらない。分担されない。助けが来ない。それでも仕事は回り続ける。
そして現場は、回すための最適化を積み上げる。トラブルを事故にしない言い方に整える。境界の言葉を翻訳する。期限に間に合う形に組み替える。抜け漏れの穴を塞ぐ。無茶を丸める。そうした「つなぎ直し」が、仕事として成立してしまう。
では、なぜ【職場連帯不全】が、「立ち上がり」ではなく、「雪だるま化」で効くのか。
解釈を一つ挙げれば、外との境界が荒れていても、内側が生きていれば、まだ持ちこたえられるからではないか。内輪で状況を共有できる。愚痴も言える。みんなで笑ってやり過ごせる。ここが大事だ。愚痴は無駄話ではない。職場がまだ機能している時、愚痴は「優先順位を組み替える非公式の会議」になる。「今日はここを捨てよう」「あれは明日に回そう」「それ、先に一言入れておこう」。職場の連帯とは、この小さな再設計の回路でもある。
ところが内側が頼れなくなると、話が変わる。相談が成立しない。助けを頼む言葉が届かない。無理を無理と言えない。すると、仕事は個人の腕力で吸収される。しかも、その吸収役に選ばれるのは、だいたい決まっている。境界のズレを見抜ける人。関係者の間を通せる人。事故らない順番で片づけられる人。要は、「できる人」である。有能さは、勲章ではなく、引力になる。吸い寄せられる。逃げにくくなる。嫌な話だが、現場ではよく起きる。
改めてあの台詞を振り返ってみたい。エレナの「止めませんよ、絶対」には2つの顔がある。
第一は、荷物の受け取り手のことを考えている顔である。必要としている人がいる。楽しみに待っている人がいる。止めた瞬間に困る顔が見える。それは避けたい。物流に携わる人なら、至極まっとうな感覚だ。
だが、第二の顔も、第一に負けず劣らず強く存在している。止めないこと自体が使命になっていく顔である。そしてこの使命感は、組織にとって都合がいい。正しい顔ほど、怖い。
誤解を避けるために言っておきたいのは、映画で描かれているのは「意味のある仕事」だ。強調したいのは、同じ「止められない」運用が、本当は止めるという選択肢がありうる現場でも正当化されてしまう点だ。届ける仕事が、止めないためのつなぎ直しと帳尻合わせに置き換わる。そこで積み上がるのは達成感ではない。しかもやっかいなのは、それだけではない。止めない使命感は、接続不全を温存しやすくする。
次回へ
『ラストマイル』には、ブラックフライデーを前に、現場で追い詰められ、自分を壊してでもシステムを止めようとした人が出てくる。爆弾より怖いものがある、と感じさせられた。
もちろん、このコラムで扱っている「無意味な仕事」が、直ちに同じ出来事を生むと言いたいわけではない。因果はそんなに単純ではない。ただ、無意味な仕事が束になって育つ局面では、確実に起きることがある。仕事が「意味のある達成」から「止めないための吸収」へと置き換わっていくことだ。そして置き換わりが続くと、「なぜ」と「やってられない」が、じわじわと日常になる。やがて、身体より先に、気持ちのほうが折れる。
次回は、この「折れ方」に焦点を当てたい。無意味な仕事の束は、人に何をもたらすのか。転職したくなるのか。心身の不調として出るのか。仕事への距離の取り方が変わるのか。積み上がるものを、データで確かめる。
(※)なお、3つの項目の分布を示せば、次のとおり。調査では4件法で尋ねているが、分析では、肯定/否定の2つにまとめてダミー変数として用いることもあり、以下ではまとめた分布を示す
濱中 淳子氏
早稲田大学教育・総合科学学術院・教授
東京大学大学院教育学研究科総合教育科学専攻博士課程修了。博士(教育学)。リクルートワークス研究所、大学入試センター研究開発部、東京大学高大接続研究開発センター教授等を経て、2019年4月より現職。
単著に『検証・学歴の効用』(勁草書房,2013年)、『「超」進学校 開成・灘の卒業生』(ちくま新書,2016年)、『大学でどう学ぶか』(ちくまプリマー新書,2025年)、共著に『教育劣位社会』(岩波書店,2016年)、『〈学ぶ学生〉の実像』(勁草書房,2024年)、編著に『大学入試改革は高校生の学習行動を変えるか』(ミネルヴァ書房,2019年)など。
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