世界の最新雇用トレンド顧客離れを危惧する人材サービス業界。求職者のデジタル人材化で付加価値を高める

2020年12月2 ~ 3日の2日間、「2020エグゼクティブフォーラム欧州」がオンラインで開催された。Staffing Industry Analysts(以下SIA)が人材サービス会社のエグゼクティブを対象に開催するコンファレンスで、基調講演とパネルディスカッションの全9講演が配信された。内容は、過去1年間の調査から概観する人材サービス業界の潮流、2020年の働きがいのある人材サービス会社(英国&アイルランド地域)の発表、ニューノーマルにおける雇用法、ダイバーシティ&インクルージョンなどである。本コラムでは、このうち2つのセッションを紹介する。1つ目は、2020年上半期の人材サービス市場の概観、2つ目は、大手人材サービス企業のエグゼクティブ3名が業界におけるディスラプションを語ったセッションである。

人材サービス業界の懸念事項はパンデミックとダイレクトソーシング

基調講演「Turning up the Upturn」では、ジョン・ナーセン氏(SIAグローバルリサーチ部門長)が第2四半期時点での世界経済を概観し、人材サービス業界の現況を報告した。欧州・中東・アフリカ地域(以下EMEA)は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響を大きく受けており、上場企業34社の収益は、前年同期比で19.9%下落した。The Adecco Groupは28%減、Randstadは25%減と、大手企業では収益の下落幅は大きく、2008~2009年の経済危機と同程度であった。ただ、人材サービス業界では前回の経済危機ではコスト削減を最優先して“守り“に徹したが、今回はマーケティングに力を注いだり、新しい部門や地域に販路を拡大したりなど、”攻め“の動きが見られた。

他にも懸念がある。個人が短期契約で働くときに、勤務先企業と直接雇用契約を結ぶか、人材派遣会社を利用する。SIAが北米の臨時労働者に労働契約の志向について調査したところ、「人材派遣会社を介した契約をしたい」人は38%、「企業と直接契約したい」人は34%とほぼ同等であり、人材派遣会社を介すメリットを感じていないようだ(図表1)。fig1.jpg

fig2.jpg企業側はどうだろうか。SIAがEMEAの顧客企業を対象にした調査では、「ダイレクトソーシングを実施している」企業が35%、「2年以内にダイレクトソーシングの導入を検討している」企業が35%と、7割超の企業が人材サービスを利用せずに、直接人材を探す方向へと進んでいる(図表2)。今後は、新たな人材を社外から探すよりも、社内での募集や退職した元社員の再雇用など、内部調達が増える、というのがSIAの見解である。

人材サービス業界の大きなチャンス、リスキリング

一方、パンデミックによって新たに生まれた好機もあるという。自動化、オフィススペースの削減、リモートワーク、リスキリング(※1)は以前から進んでいたが、ロックダウンによって加速した。仕事の大きな変化に対応するための、リスキリングとアップスキリング(※2)は、これからのキーワードとなるだろう。例えばAmazonでは、2019年に従業員10万人を対象にリスキリングを開始した。倉庫の担当者がローレベルのプログラマーになるなど、リスキリングによって非デジタル人材がデジタルな職種へと転換している。

ナーセン氏は「人材サービス業界にとって、リスキリングは大きな事業機会となる。流れが変化するとき、人材サービス業界が手助けできる部分は大きい」という。求職者をリスキリングしてデジタル人材化してから、顧客企業へ紹介するのである。The Adecco Groupはすでに臨時労働者のリスキリングによるデジタル人材化に着手している。2018年にコーディングブートキャンプを発足し、3,500万ユーロの投資を行った。また、LinkedInは2015年にオンライン学習コンテンツプロバイダのLyndaを買収し、翌年LinkedIn Learningを開始した。SIAは、「今後買収を含めて教育分野(リスキリング)への投資が増えていく」と推察する。

セッションでは、人材サービス業界でM&Aが活発になっており、欧州への進出を見据えている日本企業が増加傾向にあると指摘した。人材サービス会社の時価総額上位20社のうち日本企業は6社が入っている(図表3)。日本企業は、欧州におけるダイレクトソーシングの高まりやリスキリングの必要性を念頭に置いた事業展開が重要になるだろう。

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人材サービス業界におけるディスラプションとは

大手人材サービス会社のエグゼクティブによる基調パネル「Where to Next」では、ManpowerGroupの会長兼CEOのヨーナス・プライジング氏、The Adecco Groupのアメリカ地域CEO兼Pontoon Solutions CEOのコリン・リポッシュ氏、SThree CEOのマーク・ドーマン氏の3人が、コロナ禍以降の人材サービス業界について見解を述べた。

W750px.jpg左上段から時計回りに、SIA社長エーシン氏、SThreeドーマン氏、ManpowerGroupプライジング氏、The Adecco Groupリポッシュ氏

-2021年はどのような年になるのだろうか。

リポッシュ氏 「2021年のワードはアジリティ(俊敏性)とリバース(再生、生まれ変わること)になる。テクノロジーが世界を変え、人々の考え方が変わった。企業は人々を統率する新しい方法を考え、顧客企業の変革を伴走するために自らを再想像する。また、長期ビジョンと極短期のビジョンを持ち、いつでも方向転換できる柔軟性が必要になった」

ドーマン氏 「2021年は2020年よりはよくなるが、全員ではなく、不均衡がでてくるだろう。勝者と敗者ができて、真ん中はあまりいない、バーベルの形のようになる。勝者になる企業は、デジタルトランスフォーメーションを適切に行って価値を高める企業だ。単にテクノロジーを使うのではなく、テクノロジーを活用して価値を高める企業。テクノロジーを活用する必要があるという点では、人材サービス業界も例外ではない。ただ、顧客企業に紹介した人材が定着して活躍するのは、スキル要件とのマッチングよりも、企業文化との適合によるところが大きい。企業文化とのマッチングはいまだに人間の介在を必要とする部分だ」

プライジング氏 「テクノロジーが進展しても、人材サービス企業は顧客企業のために優秀な人材を獲得する、人的資源のソリューションを提供する、という価値提案はずっと変わっていないし今後も変わらない。変化するのは、価値を提供する方法である。定型的な業務は大幅に自動化されるだろう。採用担当者は人材エージェントに変わる。人材エージェントの主な仕事は、候補者に素晴らしい体験をさせること、キャリア選択の相談に乗ることである。顧客企業に対しても、労働力を補強するためにはどのような人材を採用するのが最適かという相談に乗る。つまり、採用担当者に必要なスキルセットが大きく変わる。候補者は、求職活動においてもAmazonやUberの注文のようにデジタルな環境での体験を期待する。この点は、人材サービス業界にとって大きなディスラプションである。私たちはB-to-Bの業界だが、B-to-Cのスキルを持たなければ、人材の期待に応えられずにサービスが利用されなくなる」

TEXT=石川ルチア

※1 リスキリングとは、人材が新しい職種、特にデジタル職種に転換するために行うスキルの再開発。
※2 アップスキリングとは、今の職業でスキル、専門知識や経験をさらに豊かにすること。スキルアップ。