介護職の負担となる「長時間労働」「腰痛」「メンタル不調」のトリプルゼロを達成 業務ルールの策定とロボット活用で速やかな改革を実現する――社会福祉法人 あいの土山福祉会

2026年01月16日

滋賀県で介護事業を展開する社会福祉法人あいの土山福祉会は、介護業界トップクラスの「働き方改革先進法人」として名高い。職員一人あたりの年間残業時間数5分未満(※1)、離職率3~4%の実績はもとより、入職待機者が引きも切らないという驚きの事実が「働く人に選ばれる法人」であることを物語っている。理事長兼施設長の廣岡隆之氏に法人の取り組みとそのポイント、今後の課題などを聞いた。

廣岡隆之氏の写真

社会福祉法人 あいの土山福祉会
理事長 兼 施設長 廣岡 隆之氏

「入職待ち母集団」が100名超。人材確保に困らず、この5年で従業員が倍増

――貴法人の事業内容を教えてください。

甲賀市と守山市を拠点に3つの特別養護老人ホームを運営し、施設介護をはじめ、それぞれにデイサービスやショートステイを併設、また地域包括支援センターやケアプランセンターの運営、在宅サービスなども提供しています。従業員数は約200名で、2年前に守山市に新しい特養をオープンしたこともあり、この5年で倍増しています。そのうち正職員が7割、男女比は3対7で女性のほうが多いです。従業員数は今後も増やしていきたいと思っています。

施設の外観

――介護業界は人手不足と言われていますが、貴法人は順調に採用できていますか。

おかげさまで当法人の施設で働きたいという人が多く、これまでエントリーされたなかでそのときは採用に至らなかった方々を、合意の上で「入職待機者」としてお待ちいただいている状況です。法人の採用活動は年度により異なりますが、基本的には計画採用よりも誰かが辞めたら補充する形が多いため、欠員が出ると待機いただいている方々に声をかけて採用しています。待機者数は100名を超えています。特に人気の高い守山拠点は看護師だけでも40名以上、介護職は30名から40名くらい常時待機しています。

――驚きました。なぜそれほど貴法人を選ばれる人が多いのですか。

率直に申し上げると、介護の仕事はまだまだつらいことが多く、近年では外国人を雇用する施設も増えて日本人スタッフの業務負荷は高まる一方です。当法人では十数年程前から「つらいこと」の軽減に取り組み、また今のところ従業員は全員日本人ですので、介護業界の趨勢からすると異色の存在として注目されやすいのかもしれません。取り組みの内容や成果は法人単位、あるいは施設ごとに、介護の研究大会や事例発表会などを通して積極的に発信してきましたので、介護業界では割に名の知られた法人になりました。今では職員対象の研修会などに行くと、「エーデル土山(同法人の特養)にはどうしたら入れるのか」「ぜひとも働きたいのに求人が全然出ない」などと質問攻めになるほどです。取り組みが公的な表彰を多数受けたりしたこともあり(※2)、介護未経験者にも広くアピールできていると思います。

利用者と桜のシーン

“トリプルゼロ”を目指し、スタッフの業務を可視化してルールを徹底

――業務負荷を軽減する取り組みについて具体的に教えてください。

きっかけは2011年前後に離職率が4割を超えたことです。なぜこんなに高いのだろうと危機感を抱き、人材確保対策のプロジェクトチームを作ってまずは離職要因を徹底的に探りました。ヒアリングなどの結果わかったのは、賃金面ももちろん大事ですが、業務面――「つらいこと」のほうが離職のトリガーになるということです。なかでも「長時間労働」「腰痛」「メンタル不調」の3つが主要因と明らかになったため、「トリプルゼロ」を合い言葉に軽減策に取り組みました。

当時は職員の長時間労働が常態化していました。「残業当たり前」の風土を打破するため、トップメッセージを発出した上で全職員に全ての業務を洗い出してもらい、簡単なチェックリストを作ると、介護職に関しては「介護じゃない業務」がいかに多いか、如実に可視化されました。利用者さん相手の介護業務はサービスの低下につながるので簡単には削れませんが、「じゃない業務」なら短縮、あるいはいっそなくしてしまおうと。手っ取り早いのは朝礼や会議などで、ほとんどを廃止しました。どうしても必要な会合も時間をぐっと短縮し、時間内に終わるよう意識改革を促しました。

また介護職は介護記録を書かなければなりません。これも人によってはパソコン入力が苦手だったり詳しく書き過ぎたりして長時間労働の要因になっていたのですが、職員に仕事のやり方を変えてもらうのではなく徹底したルール化を図りました。記録業務に時間を費やし過ぎないように必ず記録しなければいけない最低限の内容やボリュームを整理すると共に、入力は特定のリーダースタッフが担当する、といったことです。そのほか「朝残業」も規制しました。真面目な職員ほど自主的に早く出勤し、情報収集や事務所の清掃をする傾向があるのですが、これが美徳とされると全員30分前出勤が当たり前、という同調圧力になってしまいます。早く出勤する必要があるのはこれこれのケースのみ、と定めました。こうしたルール化は、今では当法人の特徴になっています。

――ルールはどうやって順守させるのですか。

図表やイラストを使ってルールをわかりやすく説明した小冊子を作成し、全職員に配布しています。いわゆるルールブックのようなもので、「WLB(ワークライフバランス)のしおり」「モラルハラスメント防止ブック」など、テーマごとに何種類も作っています。先程も朝残業の例を挙げましたが、やはりルール化されていないと人間関係でモヤモヤしたり揉めたりすることが多く、それが不要な残業につながったりメンタルの不調を招いたりします。たとえば介護現場でよく見られるケースではスタッフの妊娠に伴う業務分担です。ほかのスタッフが不公平感を持たないよう、あらかじめ「妊娠中は夜勤と入浴介助は免除」とルール化することで無用なトラブルがなくなりました。

ルールブックの表紙

ただしルールブックを渡し、全体会議やメールを介して周知するだけではなかなか理解が広まりません。自分事として受けとめにくいので読まないし、聞かないんですね。試行錯誤の結果、スタッフ一人ひとりに法人の方針とそれに基づくルールをしっかりと伝えることが重要だと認識し、「トーキング」という個人面談を設けました。これは職員とその上司が毎月一対一で話し合う場で、テーマはルールの理解・周知徹底にとどまらずさまざまです。人間関係の悩み事も多く、迅速に対応しています。

スタッフの様子

電動リフトを導入し「抱える介助」を一切禁止。腰痛対策が定着率向上に貢献

――徹底したルール化とその運用が、長時間労働やメンタル不調の軽減につながるんですね。腰痛に関してはいかがですか。

介護職にとって腰痛は職業病のようなもので、当時は腰痛が理由で辞める職員もものすごく多かったんです。ベッドから車椅子への移乗、車椅子から入浴設備への移動と、利用者さんを抱える介助は負荷がダイレクトに腰から下にかかります。もともと私も介護に従事していたので腰痛のつらさは身に染みていました。改善策を探るなかでヨーロッパやオーストラリアでは電動リフトを使わない「抱える介助」が法律で規制されていると知り、それなら私たちも手っ取り早く電動リフトを導入しようと即決しました。当初は主に移乗用リフトを使っていましたが、居室や浴室の天井に据え付ける天井走行リフトのほうが職員の負担も少ないので、最近では天井走行リフトにシフトしています。サクラベル守山(守山拠点の特養)のように今後施設を新築する場合は、あらかじめ建設費の中にリフト代も組み入れて、全室リフト付きという形でオープンする予定です。

――リフトの活用は順調に進んだのですか。

電動リフトを使用している様子

利用者さんの移乗には、実は人力より電動リフトのほうが時間を要するため、任意にすると使わないスタッフもいます。そこでこれに関しても「人力での持ち上げによる介助は一切禁止」などルール化し、リフトを使わざるを得ない状況にして、かつ徹底指導することにより定着しました。今では「リフトが足りない」「この利用者さんにも必要」などと現場からひっきりなしに要請が来るほど、なくてはならない設備になっています。スタッフの身体がつらいと心も疲弊します。また、蓄積されたストレスは人間関係の軋轢やサービスの低下にもつながります。このため、リフトの導入は身体負担の軽減にとどまらない波及効果があったと実感しています。

――導入コストのほうもだいぶかかるのでは。

天井走行リフトの写真

天井走行リフトは1室100万円ほどかかり、サクラベル守山では7割くらいの居室に完備していますので約5000万円ほどです。もう一つの新設特養リトルブックは9割の居室に完備しました。もちろん補助金も利用していますが、全額出るわけではないので結構な投資額です。しかしスタッフの身体と心を守り、近年の高い定着率の結果として採用コストを抑制できている実績があります。こういった点を鑑みると、投資対効果を考えても十分ペイできていると受けとめています。そもそもICTを導入したとしても数千万円単位の費用がかかりますね。どちらがスタッフの定着率アップに貢献しているかというと、断然リフトだと思います。

少数精鋭・トップダウンのプロジェクトチームが改革を迅速に進める

――近年の介護現場ではICT化が進んでいますが、貴法人としてはどう考えていますか。

私たちも自動窓拭きロボットや、人による体位交換がいらない自動体圧分散式エアーマットなど、スタッフの負担を軽減するICTの導入には積極的です。ただスタッフの関与が必要な機器については、現場の声を聞いて慎重に判断しています。たとえば見守りセンサーなど利用者さんの動きをアラートで知せる機器などは、前の施設を辞めてうちに来たスタッフによると「警報が鳴るたびに走り回って大変だった」そうです。転職者の前職の施設はICTを導入している職場も多いのですが、総じてみるとそれほど効果的ではなかったという声も聞きます。

私が思うにシステム化ももちろん重要なのですが、その前にタスクをルール化するなど業務体制をいかにして見直すかといったところから進めないといけないと思うんですね。たとえば介護記録にしても、当法人ではルール化するだけで記録にかかる時間、ひいては残業時間が劇的に減りました。本当にそんな記録が必要なのかという視点が欠落しているまま、ただICTツールを導入しても、高齢のスタッフは敬遠するし、音声入力は使う必要がないしで宝の持ち腐れになってしまいます。業務を抜本的に見直しても必要である場合にICT機器の導入を考えるといった形で、トレンドだけに流されないよう気をつけています。

窓拭きロボット(右)と自動体圧力分散式エアーマットのリモコン(右)の写真※左側:窓拭きロボット、右側:自動体圧力分散式エアーマットのリモコン

――利用者のご家族とのコミュニケーションにも工夫をされていますね。

当施設では、センサー機器をあえて使用していません。動きを察知するたびに職員が駆けつける環境は、利用者にとっても職員にとっても過度なストレスになるからです。その代わり、ご家族には「ご本人が自由に動ける環境を優先するため、転倒や骨折のリスクはゼロにできない」ということを入居前に徹底して説明し、ご理解をいただいています。

もし「絶対に転倒させたくない」というご要望であれば、身体拘束や常時監視が必要となり、介護保険施設の基準では対応が困難であることを極論としてお伝えします。何でも「やります」と言うのではなく、職員を守るためにも「できること、できないこと」を明確にし、あくまで契約に基づいたサービスであることを理解していただく。この納得が得られない場合は、ほかの施設を検討していただくことも辞さない姿勢です。

こうしたコミュニケーションを、生活相談員を通じて継続的に行うことで、実際に転倒事故が起きた際もご家族から責められるようなことはほとんどありません。私自身が生活相談員に対し、伝え方や考え方を徹底的にレクチャーし、指導を行うことで、職員が心の余裕を持ってケアに当たれる体制を築いています。

――お話を伺っていろいろな点で方針が明確、また決断が迅速だと感じました。司令塔となる人材確保対策のプロジェクトチームはどのように運営されていますか。

メンバーは私と管理職2名、労務担当の事務職員の合計4名のみで、少数精鋭体制を意識しています。基本的には毎月1回、1時間程度集まって、離職防止策や効果的な採用方法などを話し合っていますが、ここでも何が必要かを意識して無駄を削ぎ落としています。議事録も簡潔に決定事項しか記さず、「決まったことを誰がいつまでに実行する」「その結果どうなったかを検証し改善する」といったPDCAサイクルを回すことに集中しています。やるべきことがどんどん変わっていきますので、規定の改正などは必ず権限を持つ者を入れ、速やかに遂行しています。

大きな特色は、トップダウンで行うと決めていること。以前はボトムアップを意識し、一般職員まで広く現場の意見を取り入れようとしましたが、なかなか合意形成ができませんし、話し合いに時間を費やす間にもどんどん人が辞めていきました。外部のコンサルタントも昔は招いていましたが、離職率が高止まりしたままでまったく効果が出ないので打ち切りました。そうしたことを経て、現在は執行室制度としてプロジェクトチームを置き、トップの自分たちがしっかり考えるというスタイルが根付いています。トーキングなどで吸い上げた人間関係の悩みなども、職員同士で解決させるのは難しいとわかったため、シフト変更や人事異動をしたり、規定に沿ってハラスメント行為者の懲罰を行ったりと、きっちり介入するようにしています。

スタッフと話し合っている様子

――最後に、今後の課題を教えてください。

ルール化などの取り組みを始めてから離職率は3~4%で推移していましたが、2024年に限り久方ぶりに10%を超えてしまいました。離職理由にはこれまであまり見られなかった「賃金の安さ」を挙げている方も目立ちました。当法人の給与は飛び抜けて高いわけではありませんがそれなりの水準で、管理職を目指す人が少なくなった昨今は、役職者を手厚くするなどメリハリのある給与体系です。しかしそれでは満足できない人も増えたということで、2024年から2025年にかけてベアアップを行うと共に、引き続き見直していく予定です。トリプルゼロの軽減など働きやすい環境整備だけでは定着が難しい時代になったのかもしれません。前向きに考えると当法人の取り組むべき課題が次のフェーズに移ったということです。他業界からの人材獲得も含め、さらに視点を広げて戦略を練っていきます。

聞き手:坂本貴志岩出朋子
執筆:稲田真木子

(※1)出典:厚生労働省滋賀労働局・平成30年発表 
(※2)経済産業省・健康経営優良法人認定、第10回日本でいちばん大切にしたい会社大賞、厚生労働省・イクボスアワードグランプリ、厚労労働省・高齢者雇用開発コンテスト優秀賞など多数

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