業務負担軽減とリスク管理を期し介護のICT化を推進 委員会における自由闊達な議論や他法人とのネットワークが秘訣――社会福祉法人橘風会(きつふうかい)
人手不足が深刻と言われる介護業界だが、近年では介護職の待遇改善が大きな課題となっており、少子高齢化が顕著な地方では、人材確保に苦戦しているのが実情だ。そうしたなか、群馬県渋川市で介護事業を展開する社会福祉法人橘風会は、この10年、職員の総数がほぼ変わらず安定的に推移。サービス拠点は増えたもののICTを活用して働きやすい環境を整備する同法人の取り組みを、総務部部長の鈴木智氏に聞いた。

社会福祉法人 橘風会
総務部部長 鈴木 智氏
センサーと見守りカメラで介護職の負担が軽減。介護記録の音声入力システムも構築中
――貴法人の事業内容を教えてください。
特別養護老人ホームをはじめ、デイサービスセンター、ケアプランセンター、地域包括支援センターの4事業所を運営し、介護と居宅介護支援、相談援助サービスを提供しています。メインの特別養護老人ホーム(以下・特養)はユニット型・従来型合わせて定員100名で、ほかにショートステイも受け入れており、群馬県北毛エリアでは比較的大きな施設です。近隣の事業者が苦戦していると聞くデイサービスも当法人では好調で、この10年でデイサービスセンターを2つに増やしました。デイサービスセンターは常に定員一杯で、新たなご利用希望をやむなくお断りする状況が続いています。直近の職員数は総勢140名で、正職員が66名、非常勤職員が74名です。そのうち約8割が介護職です。

――介護に関し、貴法人はICT化を推進していると伺いました。どんなツールを使っていますか。
きっかけは5年前、「眠りSCAN」から始まりました。これはベッドのマットレスの下に設置する薄いセンサーで、横たわる人の心拍や呼吸、寝返りといった体動を検知し、パソコン上で遠隔確認できる介護見守りシステムです。介護ロボットの補助金を使って試しに導入したところ、利用者さんの放出(機能性尿失禁)が減るなどして職員の負担軽減につながりました。そこでICT化に前向きに取り組もうという機運が高まり、現場の職員たちと話し合うなかで「インカムを入れてほしい」という声が多く上がりました。利用者さんの急な対応に人手が要るときに、現場を離れて応援を呼びに行かなければならないのがすごく時間のロスだし、利用者さんのリスクも高まるというんですね。要望に応えてインカムを入れたほか、ごく最近ですがベッドの上に設置する見守りカメラも導入しました。カメラなんかは導入するにあたっては家族の方に了解を得ないといけません。ただ、そこは目が届かないときに転落して骨折すると困るのでといったような形で説明するとほとんどのご家族は納得していただけます。

また介護記録については、現在、チャットツールを使って音声入力で記録する仕組みを構築しているところです。特養には今、外国籍の社員が6名いて、来春には8名になり、また法人としても2026年度以降、外国人採用に力を入れる方針ですので、そのための環境整備です。外国籍の方は、日本語は話せるのですが文字入力は苦手です。携帯のメモなどに母国語で記録した内容を翻訳ツールで日本語に変換し、改めてシステムに打ち込むという二重の作業をしていて、手間も時間もかかっていますので、口頭入力を可能にして負担軽減を図ろうとしています。
――インカムや見守りカメラの効果はいかがですか。
以前は職員が見当の場所にいないこともあり、内線で「どこにいるの」と探し回ることが多くありましたが、インカム導入後にはほぼなくなりました。特に施設看護師は各フロアに固定で常駐しているわけではないので、すぐに看護師に来てもらえるようになった点がよいと聞いています。
見守りカメラは今、試用期間で3カ月ほど使っていて、現場から「非常に効果がある」と好評です。そもそも見守りカメラを導入したのは、利用者さんが動いていないのに「ベッドから降りました」とアラートが鳴るなど、眠りSCANに多少の誤作動が生じるからです。カメラだと実際の利用者さんの様子をリアルタイムに目視できるため、アラートが鳴ればすぐにカメラを確認して適切に対応できます。特養の施設内はかなり広く、一番奥の部屋などは何度も往復すると肩で息をするほど。さらにカメラを設置する利用者さんは多動傾向の方が多く、もとより一日に何度もアラートが鳴るので「今回は誤作動だから行かなくても大丈夫」とわかる効果は大きいです。細かいデータはとっていませんが、一日8時間の勤務のうち何十分、全員を合わせると何時間もロスタイムを防げている感じです。
現場に役立つ情報を入手するため、社会福祉法人のネットワークも活用
――介護に役立つ機器やシステムの導入に至る経緯を詳しく教えてください。
当法人では月に一度、利用者さんの環境整備や職員の労務負担の軽減を目的に「資質向上委員会」という会合を開いています。そのなかには「排せつ委員会」や「身体拘束委員会」などがあり、タスクごとにさまざまな検討を行っています。委員長や副委員長は役職者ですが、ほかの委員は持ち回りの担当制としているので一般職員も多く、各現場の代表として参加しています。最近は議事録なんかもAIでできるので業務負荷を抑えながら運営できています。何十年も続いているせいか現場の介護職の方も緊張することなく、直属の上司もおりませんので率直に意見交換できる場になっているようです。
システム等の導入を議題にしたときも、まず彼らを通して「こんなものが欲しい」という現場の声を吸い上げました。要望に沿う商品は総務部で探しますが、導入にあたり意識しているのは、必ずデモ機を入れて試用することです。また、先行して入れられている施設さんに見学に行かせてもらったりもしていますね。これまで「よさそう」と思って導入したものが、現場では意外に使われないケースがしばしばありました。眠りSCANも一部効果は出ているものの、実際に運用するとネットワークの問題もあって誤作動が多くてまだまだ技術的には課題があることで、カメラに切り替えているというのが実情です。当初は上層部で決めていたものもあったのですが、現場の意見をあまり聞かず上層部だけで決めたものには不評が多いと気づいてからは、徹底して現場の声と使用感を大事にしています。
――「こんなものが欲しい」が具体的な商品名に結びつくには、ある程度の商品知識も必要だと思いますが、その辺りはいかがですか。
毎年、東京ビッグサイトで開かれる「国際福祉機器展」などの大きな展示会に、さまざまな部署の職員を行かせています。2025年も5名ほど行き、印象に残った商品やその感想をフィードバックしてもらって共有しました。
また高齢者福祉・介護の世界は、比較的、団体活動が盛んで、代表格の全国老施協(公益社団法人全国老人福祉施設協議会)では、都道府県にある老施協も含めて、例年さまざまなイベントを実施しています。施設の代表者は、老施協やそのほか県の社会福祉法人経営者協議会などでの会議や情報収集で、職員はボーリング大会など老施協のイベントを通して他施設の方と交流する機会が多いため、経営者間・職員間のどちらも親しくなりやすいようです。交流するなかで「こんなシステムを導入してよかった」といった話を聞き、うちでもどうか、という提案につながることがよくあります。当法人も職員を積極的にイベントに参加させ、ネットワークづくりを勧めています。
――介護業界ではそのような関係性が主流なのですか。
株式会社立の事業者だとやはり競合関係になるかと思いますが、社会福祉法人同士では、メリットのあることは共有し、共通する課題は一緒に解決していこう、という共存共栄の意識も強いです。私も異業種の出身なので、最初は「ライバルのはずなのにこんなに仲がよいなんて」と驚きました。私たち渋川エリアの法人同士で何かあれば電話で相談をしたりしますし、何でも言える関係性になると、ITに限らず、たとえばほかの施設の職員が辞めるときに誘うこともできますし、それで経営者同士の軋轢もありません。
加算を増やし経営の安定とさらなる環境整備を。職員採用は外国人や異業種に注力
――介護現場のICT化を進めるなかで売り上げはどう推移していますか。
年々増収していますが利益率は下がっています。特養では訪問診療医など医療機関との契約料、施設全体では給湯設備やエレベーターなどの保守料、また清掃も一部外注していますからその料金と、業務委託費の値上がりや人件費の高騰に介護報酬の改定が追いついていないため、相対的に利益が下がっている状況です。物価が上がるなかで、業者さんたちの値上げの要請に抵抗するのは難しくなりました。近年の介護報酬の改定は介護職員の処遇改善に関するものが多いので、増収分の大半は人件費に充てることになります。もちろん職員のためにはよいことですが、経営的にはなかなか厳しいです。
ただ改正のたびに、基本の介護報酬に上乗せされる加算の種類も新たに増えましたので、法人としてできるだけ多くの加算をとるよう努めています。介護職員や看護師、栄養士などを規定数以上に配置するともらえる加算のほか、2024年の改定ではICT推進に関する「生産性向上推進体制加算」が新設され、介護ロボットやシステム導入の追い風になっています。
――職員の数は過去10年と比べてどうですか。
全体数はそれほど変わっていませんが、外国籍の社員が増える傾向にあります。私は新卒の採用活動で大学や専門学校を定期的に訪問していますが、とにかく介護系の学部学科に日本人学生が極めて少ないんです。特に近隣の専門学校は8割方が外国人で、もはや日本人だけの雇用は難しいと実感しました。先に申し上げた通り、2026年度以降、外国人留学生はもちろん特定技能や技能実習の在留資格による採用も含めて、本格的に外国人採用に取り組む予定です。

また中途採用に関しては、介護の経験者だけにフォーカスせず、広く異業種からの採用に力を入れています。社会福祉法人の事業は景気に左右されることなく収入も安定していますし、当法人は休みもしっかりとれますので、このように「攻めた」採用活動ができるのが強みです。ICTの活用は異業種の転身組にも外国人職員にも仕事のしやすさをもたらし、利用者さんのサービス向上に資するものなので、これからも積極的に取り組んでいきます。
メールマガジン登録
各種お問い合わせ