ボトルネックに着目し従業員全員で改善活動を推進。労働生産性を高める社内イノベーション・改革を実践――株式会社あぶらや燈千

2026年03月27日

ホテル・旅館業界は、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の蔓延により著しく業績を下げたものの、コロナ過明け以降は回復傾向にある。しかし、人手不足、高い離職率、価格競争、収益管理の複雑化などの課題を解決することは業界の成長と競争力を維持するために不可欠である。長野県・湯田中温泉で旅館業を営む株式会社あぶらや燈千は、労働生産性向上を目指した大胆な改革を推進。「従業員満足度」と「顧客満足度」、いずれも高い水準の実現に取り組んでいる。その具体的な施策を同社代表取締役に湯本孝之氏に聞いた。

株式会社あぶらや燈千 代表取締役 湯本 孝之氏

株式会社あぶらや燈千
代表取締役 湯本 孝之氏

休館日を年間5~6日から70~80日にし、最小人員で最大利益を目指すマルチタスクオペレーションへ

――最初に事業概要をお聞かせください。

私たちは旅館という枠にとらわれず「温泉・食・観光・おもてなし・感動」をコンセプトに「Unique experience(ここならではの魅力体験)」を世界中のお客様に発信しています。具体的には、「宿泊」「飲食」「製造」「小売り」「卸売り」「公衆浴場(日帰り温泉)」の6事業を展開しています。もともとコロナ禍前までは「あぶらや燈千」単体で「宿泊」「飲食」を提供していましたが、2022年にクラフトビールの醸造やチョコレートの製造販売を含む、「YUDANAKA BREWERY COMPLEX U(ユダナカブルワリー コンプレックスユー)」という日帰り専門の複合施設を新規で立ち上げました。この施設が「製造」「小売り」「卸売り」「日帰り温泉」を提供する形に生まれ変わったということです。従業員数は接客、調理、客室清掃、バックヤード、クラフトビール醸造、ショコラティエなどからなるスタッフが約50名。そのうち約30名が正社員で、約20名がパート・アルバイトです。

YUDANAKA BREWERY COMPLEX U(ユダナカブルワリー コンプレックスユー)の建物・室内の様子

――現在、人材の採用・定着はどのような状況でしょうか。

採用の難しさは日々実感しています。新卒で毎年3~4人採用していますが、4年目、5年目くらいに壁が来て、そこで退職されてしまうというケースが少なくありません。 今年4月に入った新入社員は3人、来年4月にまた3人入ってきますが、若手の長期定着が課題です。

――そういった中、業務のあり方も含めて思い切ったさまざまな改革を断行されていますね。

改革の一つは休館日を増やしたことです。コロナ禍前までは年間休館日が5~6日でしたが、現在は70~80日、月平均6~7日が休館日です。休館日の一日は必ず全社員ミーティングを開催し、全部署集まって経営計画の取り組みの進捗確認や部署同士の連携の課題について解決策を話し合っています。きっかけはやはり2020年のパンデミックです。毎日キャンセルの電話が来るようになって、支払いだけが増えていきました。同年5月は売り上げゼロ。一人もお客様が泊まらない1カ月間、そのときに週4回計16日間出勤してもらい、全社員参加で研修を実施しました。

具体的には、最小の人員で最大の利益を出すためのマルチタスクのオペレーションの組み替えに全員で取り組みました。普通ホテルは365日稼働してシフト制で回しますが、当時は余剰人員を抱えていられなかったので休館日を作るしかありませんでした。その後、「GO TOトラベル」施策に合わせて徐々に客足が戻り、そこで本格的にトライしたところ、予想以上にうまくいって、高い効率化を実現できました。むしろ多い人員で365日運営していたときよりも利益を出すことができました。旅館業界の人に言うと信じられないという顔をされますが。それまでのやり方が儲からないビジネスモデルになっていたのだと気づかされました。

平日の平均稼働率で人員を配置し、「一泊朝食付き」商品の導入で収益性を一気に高める

――休館日を増やしたにもかかわらず、365日運営時よりも利益が出せたのはなぜでしょうか。

我々のビジネスモデルは極端な話、土曜日しか満室にできません。そこに人員を合わせると、残り月火水木金日が人件費負けして赤字になりやすい。そこで平日の平均稼働率の人員を標準とすることにしました。これで人件費負けする平日がなくなり、赤字を解消できました。そして、土曜日や年末年始の利益がそのまま上乗せになった感じです。最近は近隣の旅館さんも、同様に休館日を作り始めています。

また、当館は32室なのですが、20室に限定して単価を高く設定すると同時に「一泊朝食付き」プランの販売を始めました。これは、旅館とビジネスホテルの「いいとこ取り」で、「一泊朝食付き」の朝食はビュッフェなので夕食スタッフは必要ありません。チェックインもマルチタスク化により、担当ではない予約・経理スタッフが受け持ちます。結果的に調理師や接客スタッフの人件費を抑え、少人数で効率的な運営を実現しました。この仕組みを導入したことで収益性は一気に高まりました。

ホテルのエントランス

――マルチタスクに関連して作成された「スキルマップ」についてお聞かせください。

先ほど言った2020年5月の16日間研修時、マルチタスクオペレーション、接客ロールプレイングなどと一緒に「スキルマップ」の作成に取り組みました。マルチタスク化でオペレーションが大きく変わり、新たにトレーニングが必要になりましたが、場当たり的な指導では、その人がどれだけのスキルを獲得したかわかりません。指導の記録として「スキルマップ」というかたちで残しておけば、その人のスキルが「見える化」できますし、フォローアップしやすくなります。スキルマップは月に1度リーダーが更新し、各従業員の習熟度を把握するようにしています。グレードごとに求められるスキル要件が明確化されていて、難度の高い業務ができるようになると、評価・報酬に反映されます。

人材スキルマップの表

改善推進のために取り入れた「ジャストインタイム方式」と「TOC研修」。キャッシュを生み出すために単価を上げて利益を最大化する

――全員参加型の経営を標榜されています。そのねらいについてお聞かせください。

社員一人ひとりに、経営というのはこういうものだとわかってほしいと考えています。そうでないと私の言っていることがみんなの自分ごとになりません。たとえば、どうして在庫を持っては駄目なのか。シールを購入するとき100枚より1000枚のほうが単価は安くなりますが、使わなければ無駄にキャッシュフローが減るだけです。経営を理解して自分たちで考え、実行し、管理すれば、自分たちの成長も感じられるはずです。

また、部門別に定性的・定量的目標を設定し、その達成のための改善活動も行っています。通常業務中は多忙のため、休館日の全員参加の研修時に集中してこれに取り組みます。業務改善、あるいは新しい商品・サービスの開発などは、従業員のモチベーション向上にもつながっていると思います。

雪原に設置された透明ドーム、クラフトビール3本の写真

改善活動を進めるにあたって、現在取り入れているのがトヨタの「ジャストインタイム方式」(※1)と「TOC研修」(※2)です。この2つを掛け合わせ改善を進めることで最適なオペレーションの実践につなげていきます。結果的に生まれた余剰時間を接客に充てることで顧客満足度を上げる、あるいは在庫を管理することでキャッシュフローを増やす等々、ボトルネックを改善し、最小人員で最大の効果を生み出す取り組みです。「ジャストインタイム方式」と「TOC研修」は最強の掛け合わせであることは、私にとっても発見でした。

――最後に今後の展望、これから何をなすべきかをお聞かせください。

人材不足は、2030年には拍車がかかってくると思います。人材確保のためには年間休日120日の実現、給料アップ等の待遇面向上を今から準備しなければ生き残れません。そのためにもさらなる社内イノベーション・改革が必要です。旅館業は労働生産性の低さが致命的な問題なので、とにかく労働生産性を上げていかねばなりません。また労働生産性を上げるためには、ただ効率化するだけでは駄目です。一般的にいって、効率化するほど顧客満足度は低下します。2つを両立する取り組みの一つが「トヨタ×TOC」による研修の実施であり、新たなオペレーションであり、単価アップです。結果的に利益が出れば設備投資や従業員ボーナス、教育研修などに再投資できます。そのためにも単価を上げて利益を最大化させることを急がないといけません。従業員もお客様も会社もみんなが幸せになるために、その原資を作る、キャッシュを生まなければ何もできません。従業員満足度と顧客満足度、それぞれを兼ね備える生産性向上に、私たちはこれからも挑戦していく考えです。

(※1)ジャストインタイム方式……「必要なものを、必要なときに、必要なだけ生産」し、徹底的に無駄を削減した、トヨタ自動車が開発した生産効率を上げる生産管理システム。
(※2)TOC研修……TOC(Theory of Constraints=制約理論)は、制約=ボトルネックに着目し、そこにリソースを集中させることで、生産性と成果を最大化するマネジメント理論。


聞き手:坂本貴志岩出朋子  
執筆:小泉隆生

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