現場の営業所長を立候補で登用 経営職も挑戦への意思が昇進のベースに:ヤマト運輸
ヤマト運輸は、営業所長ら現場のマネジメント職について立候補をベースに登用する制度を設けている。経営を担う本社の管理職も、役員推薦をベースとしつつ「挑戦したい」という主体的な意思のある人を、選考プロセスに乗せる仕組みだ。人事部の鶴田裕亮課長に、制度を作った経緯やその後の変遷、現在の課題などを聞いた。
自然に生まれた「手上げ」を仕組み化 社訓にも合致
鶴田氏は管理職への登用制度について「意識して手上げに変えたというより、自然発生的にできた昇進のプロセスを形にしたら手上げになった、というのが正確です」と説明する。
同社は約4000ある管理職ポストの約半数が、営業所長や営業所のマネジャーなど現場系のポジションで、歴史的にドライバーら現場職員の中から、希望者が選ばれることが多かった。この流れを「仕組み化」した結果、手上げの制度が確立された。
この制度は「社員一人ひとりが経営の視点を持ち、それぞれの立場で会社をより良く変える」ことを標榜する「ヤマトは我なり」という社訓にも通じるという。
「ドライバーら現場スタッフに、一人ひとりがヤマト運輸の代表として主体的に課題解決策を考える、という思考が根付いているからこそ、手上げの仕組みが根付き、機能しているのだと思います」
同社では現場を統括する「主管支店」が全国に89拠点あり、各主管支店が複数の営業所を束ねている。現場の課長クラスである「業務役職者」の登用に当たっては、まず営業所長が自身の補佐役として任命されている副所長や乗務職のリーダーの役割を担うグループ長を中心に挑戦する意欲や意思を確認する。その上で、主管支店の支店長が候補者との面談を通じて、選考プロセスに進ませるかどうかを判断する。
「人事評価や入社年次など選考する上での基準はありますが、基本的には人選や、何人の候補者を立てるかは、主管支店の裁量に委ねられています」
ステップアップへの意思を持つ社員が自ら手を上げて挑戦するケースもある一方で、営業所長が意欲や能力のある人に「挑戦してみないか」と声掛けし、立候補を促すケースも多いという。また、候補者がグループ長であった場合は、なるべく早いタイミングで副所長に登用する。
「グループ長から営業所長への『飛び級』はさせず、短期間でも副所長の経験を積ませます。事前に、乗務職からマネジメント職への環境変化に慣れた上で、営業所長として早期に活躍してもらうことを意図しています」
人材プールに滞留するケースも散見。登用前提の選考に変えた
同社は2021年4月、ヤマト運輸とグループ7社を統合し「ワンヤマト」の経営体制に移行した。それに伴い業務役職者の登用制度を一部見直し、2023年から運用を始めた。最も大きな変化は、選考プロセスの「入り口」を狭めたことだ。
従来の仕組みでは、主管支店で選ばれた候補者は約1年間、全6回の研修を通じてリーダーシップや労務管理、営業所運営、関連法令等のポイントなどを学んだ。受講を終えた人は部署のトップとの面談を経て「役職候補者」として、候補者のプールに認定された。
この仕組みでは、年間平均で約120人が研修に参加し、80人程度が候補者の認定を受けたという。しかし実際には、認定者全員が登用されるわけではなく、候補者プールに滞留する人材も散見され、結果的に登用待ち人材が多く生まれていた。
「本人の意思に重きを置くあまり、候補者はいてもアサインできるポジションがない、といったミスマッチが生じ、プール人材の数がポジションの数を大きく上回ってしまった。その結果、手上げから登用まで数年かかるケースもあり、その間にマネジメントへの挑戦意欲が薄まってしまう人もいました」
このため役職候補者の認定をやめて、研修受講者は原則6カ月以内に登用することを前提に、受講人数を絞り込んだ。人事部から主管支店に対しても、空きポジションが生じるタイミングで立候補者を募るよう働きかけた。
研修も、集合型から計25時間のeラーニングに変え、必要な知識や資格を取得できた人については1年を待たずに登用できるプロセスに変えた。
「管理職になる覚悟も適性もある人材を滞留させず、迅速に登用することを重視しました。従来は手上げから研修、認定を経て役職に就くため、最短でも1年半から2年ほどかかりましたが、現在は立候補から研修受講の募集頻度も年1回から四半期に1回に増やし、結果として登用までの『リードタイム』を短縮することができました」
現在の仕組みでは、研修受講者はほぼ全員が6カ月以内にポジションへ登用されており、数年単位で滞留する人もほとんどいなくなった。
「業務役職者になる年齢は概ね30代から40代が多いですが、従来はプールに滞留するなどして登用が50代になることもありました。新制度でこうしたことはなくなり、組織全体の若返りにもつながりつつあります」
経営職は意欲をベースに役員が推薦 2年間の研修を受講
本社の課長職以上、主管支店の支店長等に当たる「経営役職者」への登用は、役員推薦を軸としているが、本人の意欲を重視するという基本的な考え方は、業務役職者と共通している。
「経営は『やらされて』できる仕事ではないので、本人に意欲があることが前提です。それに加えて一定以上の成果を出しているかどうかなども見ており、最終的には所属部門の担当役員が面談して、推薦するかどうかを判断します」
推薦に当たっては、直属の上司と役員が候補者の「推薦書」を作り、本人の志向を基に、例えば「人事部内の課長職」といった形で、推薦先のポジションを記載する。
各部署から送り出された候補者は、まず1年間「リーダーシップチャレンジプログラム」という集合型研修を受ける。参加者は毎月1回、マネジメントに関するグループワークやプレゼンテーションなどに取り組み、人事部が伴走して候補者の育成を支援する。プログラム終了後、経営層が候補者と面談し、合格者は2年目の「フューチャーリーダープログラム」に進む。グループ全体でも「経営役職者」のポジションは限られており、社員規模を加味すると、合格は「狭き門」だ。
2年目のプログラムに進んだ候補者は、管理職候補者としてプールされ、ポジションがあればいつでもアサインOKの状態となる。研修開始時の経営層との面談で、登用にふさわしいと判断されたらすぐにポジションにアサインされることもあり得る。
「人事としては、自分が経営に資する人材であることを健全にアピールしてもらい、面談時の経営者からのコメントを通じて、自身の課題を認識し、更なる成長につなげてもらいたいと考えています」
不合格者には推薦した役員が「合格に至らない理由」をフィードバックする。一方で、対象者たちのモチベーション低下につながらないように配慮し、丁寧なフィードバックを実行することが次なる課題となっている。
「候補者に何が足りないかを具体的に伝達し、成長課題克服の上で、次の挑戦につなげるためには、どのようなフィードバックが適切か、まさに議論を重ねている段階です」
現場は人材の安定供給、経営職は意欲の維持が課題
業務役職者の登用に関する課題は、人材の安定的な供給だ。6カ月以内のアサインを原則とした現行制度に変えてから、人材の滞留は起きづらい半面、急にポジションが空いた時などは、後任がすぐには見つからないこともある。こうした場合に備えて、現場のトップが意欲と能力のある社員を普段から見極め、手上げを促す必要もあるという。
「すでに現場では、営業所長や主管支店長が手上げを迷っている人を把握し『やってみないか』と声を掛けている実態もあります。本人の意思と上司の見立てを組み合わせ、ポジションへのアサインを今まで以上に迅速化することが求められています」
経営職については、1年間の研修を受けたのに合格できない、2年目に残れてもなかなかアサインされないといった候補者のモチベーションの維持が課題となっている。
「ポジションに就けない期間が長くなるほど、意欲は低下してしまいます。候補者は将来、経営の中核を担う存在としての期待もあるため、登用までのリードタイム短縮、納得感のあるフィードバック、組織からの期待の伝達は、今後ますます重要になると考えています」
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子
メールマガジン登録
各種お問い合わせ