
部長の仕事とは何か? ―肩書と実態のあいだ
曖昧な部長の役割
日本の会社員にとって、「部長」という肩書は身近でありながら、その実態は意外と知られていない。課長であれば、日常的に部下のマネジメントや現場指導に当たる姿を思い浮かべられるだろう。しかし「部長」と聞いて、具体的に何をしているかを即答できる人は少ないのではないだろうか。「部長は会社で何をしているのか?」「課長との違いは何なのか?」「そもそも部長がいる意味は?」。こうした問いは長年存在していたにもかかわらず、十分に語られることはなかった。
その違和感を原動力として、「部長研究」という新しいテーマが広がってきた。本コラムでは、日本における部長の現状を整理し、彼ら・彼女らの役割や仕事の実態を考えていきたい。
ピラミッド組織のなかの部長
まず、企業の典型的なピラミッド型組織を思い描いてほしい。最下層にいるのは顧客と向き合い、製品やサービスを提供するメンバーである。その上に位置するのが課長。課長はメンバーの成果を支え、育成や管理を担う。そして第3層に立つのが部長である。部長は、複数の課を束ね、全体の方向性を描き、組織を牽引する存在とされている。
しかし、ここで疑問が生じる。部長は「戦略」や「方向性」といった高次の業務を担うと説明されるものの、その実態はきわめて曖昧であるという点だ。メンバーや課長の仕事が目に見えやすいのに対し、部長の役割は輪郭がぼやけている。もし部長が組織全体の成果を牽引できていないとすれば、部長の存在意義はどこにあるのだろうか。この問いこそが、部長研究の出発点となる。そして、この役割の曖昧さは、歴史的な経緯と近年の構造変化によって、さらに深まってきた。
部長の地位は「下がっている」のか
戦後の高度経済成長期、日本企業は急速に組織を拡大した。その際、人材の処遇のために役職が細分化され、「課長代理」「部長代理」「担当部長」などが次々と設けられた。その結果、部長に近い肩書が増え、「部長」という呼称の意味する範囲が不明瞭になった。こうして現在では、「自分は部長だ」と思っていても、実際には次長や副部長、室長、本部長といった多様な肩書の人が混在する事態が生じている。
さらに近年では、「部長の地位が下がってきている」との危惧もある。部長職が企業にとって「ご褒美ポスト」「あがりのポスト」と化し、昇進の最終地点として与えられるだけの存在になっているケースが少なくない。その結果、部長が「大課長」にとどまってしまう現象が見られる。すなわち、肩書は部長でも実際には課長レベルの業務に終始してしまい、戦略的なリーダーシップを果たせていない、というものである。リクルートワークス研究所(2024)(※1)の調査によれば、部長の約3割(27.7%)がこの「大課長」に該当することが示されている。この肩書と役割のギャップこそが、部長の存在感を弱める大きな要因となっているといえよう。
外部環境の変化 VUCA時代の部長像
こうした部長の揺らぎは、外部環境の変化とも深く関わっている。近年よく語られるキーワードに「VUCA」がある。変動性・不確実性・複雑性・曖昧性が高まるビジネス環境では、従来型の階層的組織では変化への対応が遅れるリスクが高まる。そのため企業はフラット化を進め、現場への権限委譲を強めている。
同時に、ガバナンス強化や多様な働き方の推進など、経営上の新しい要請も強まっている。こうした状況下で部長に求められるのは、従来のように「上からの意思決定を伝達する中継点」としての役割ではなく、変化に適応し、部門を横断して調整・統合する役割が求められる。
「自分を部長だと思う人」はさまざま
リクルートワークス研究所の調査(2021)(※2)によれば、「自分を部長だと思っている人」の職務実態がきわめて多様である。呼称としては「部長」が最多であるが、「担当部長」「室長」「支店長」「副部長」「次長」などさまざまな役職を含み、なかには「統括部長」「事業部長」「本部長」といった本来は部長層を超える肩書の人も、自らを「部長」と位置付けている例が確認された。
つまり、部長という言葉ひとつをとっても、その範囲や実態は企業ごと、あるいは個人ごとに揺らいでおり、「部長像」の不明瞭さを一層深めているのである。
部長は「目の前の成果」に追われている
同調査では、部長が実際に時間を費やす業務の実態も明らかになった。本社・本部スタッフ系の部長、営業・販売・SE系の部長それぞれに特徴はあるものの、共通して多くの時間を割いていたのは「業務の改善」「管轄する組織課題の整理」「他部署との案件調整」といった、目の前の課題に直接関わる仕事であった。
さらに「熱心に取り組んだ業務」を尋ねた結果も、「業務進捗のモニタリング」「業務改善」「短期目標の策定と伝達」といった即時的な対応が中心であり、将来を見据えたイノベーションや中長期的な戦略づくりには十分な力点が置かれていないことが浮き彫りになった。こうした傾向は、部長が組織のなかで「未来を描くリーダー」としてよりも、「現場を回す調整者」としての役割に傾きすぎている現状を示しているといえるだろう。
これからの部長に求められるもの
では、これからの日本企業において部長はどのような存在であるべきなのだろうか。
第1に必要なのは、「中長期的な価値創造」に向けた視点である。課長やメンバーが日々の成果創出に集中するのに対し、部長は未来に向けた仕組みづくりや新しい挑戦を仕掛ける役割を担うべきである。第2に、「越境的な調整力」である。部門間の壁を越えてリソースを束ね、組織全体を動かすためには、部長がハブとなる必要がある。そして第3に必要なのは、「人と組織を成長させる力」である。部長は単に成果を管理するのではなく、部下である課長層を育て、組織を持続的に強くする役割を果たさなければならない。
これらを実現するためには、部長自身が「大課長」から脱し、未来を構想するリーダーへと進化していく必要がある。部長という存在は、これまであまりスポットが当てられてこなかった。しかしその曖昧さを放置することは、日本企業にとって大きなリスクになりうる。部長の役割が短期の成果管理に矮小化されてしまえば、企業は中長期的な競争力を失いかねない。
部長研究は、こうした現状を問い直す試みだ。部長の仕事を可視化し、あるべき姿を再定義することは、単なる肩書の問題ではなく、日本の組織がこれからも価値を生み出し続けられるかどうかに関わる重要な課題のひとつであるといえよう。
(※1)リクルートワークス研究所(2024)「部長の役割に関する企業調査」【結果レポート】
(※2)リクルートワークス研究所(2021)「部長の役割に関する予備調査」

千野 翔平
大手情報通信会社を経て、2012年4月株式会社リクルートエージェント(現 株式会社リクルート)入社。中途斡旋事業のキャリアアドバイザー、アセスメント事業の開発・研究に従事。その後、株式会社リクルートマネジメントソリューションズに出向し、人事領域のコンサルタントを経て、2019年4月より現職。
2018年3月中央大学大学院 戦略経営研究科戦略経営専攻(経営修士)修了。