「立候補制度」でマネジメントを選出 内発的動機を尊重し能力を引き出す:星野リゾート
星野リゾートは総支配人などのマネジメント層について、年次を問わず誰でも手挙げできる「立候補制度」でアサインする制度を設けている。人事グループキャリアデザインユニットのユニットディレクター、鈴木麻里江氏に制度の狙いや効果を聞いた。
「完璧な人材はいない」ことを前提にアサイン
同社が立候補制度を始めたのは、2003年ごろからだ。星野佳路代表が地方の一温泉旅館の経営から運営会社として全国展開へと舵を切った時期で、「人事制度も旧態依然とした形から脱却し、より適材適所で人材をアサインする必要性が高まっていました」と、鈴木氏は説明する。
しかし星野代表が、ミッション・ビジョンに共感する若手人材をマネジメントに登用すると、周囲からは「ひいき」だといった不満が出た。
「年功でも抜擢でも不満が出るのは、突き詰めれば完璧な素質やスキル、経験を持つ人などいないからです。『完璧な人材はいない』ことを前提に、人材の欠点を理解し意欲をくみ取る仕組みとして作られたのが、立候補制度でした」
現在の星野リゾートは、圧倒的非日常を提供する「星のや」、ご当地の魅力を発信する温泉旅館「界」、自然を体験するリゾート「リゾナーレ」などさまざまな宿泊施設を展開している。大規模施設には総支配人と、施設内に複数存在するユニットをマネジメントするユニットディレクター、そしてプレイヤーがいる。小規模施設にユニットディレクターはおらず、総支配人がプレイヤーを差配する。人事などの間接部門は、部門長に当たるグループディレクター、課長級に相当するユニットディレクター、プレイヤーという構成だ。
立候補の対象となるのは、総支配人とグループディレクター、ユニットディレクターという、いわゆる管理職ポジションだ。組織に必要な新たなポジションを提案、立候補する人も少数ながらいるという。マネジメントのポストは年俸制で、同じ総支配人でも施設規模や運営の難易度などに応じて、幅広いレンジが設定されている。
希望者は年次などに関係なく誰でも、年2回の「立候補プレゼン大会」にエントリーできる。空いたポストの募集が行われるのではなく、埋まっているポストへの応募も可能だ。
「『下剋上』と言われることもありますが、私たちはそうは捉えていません。外部環境が変化し続ける中、今いる人材が常にベストとは限りません。変化に対応し、組織全体のフォーメーションも考えて人材をアサインしようとしています」
立候補者は大会で25分ほどのプレゼンテーションと質疑応答を行い、オンラインも含め、視聴した社員が内容を評価する。人事グループのディレクターと、各施設で運営をサポートする「オペレーションマネジメントグループ」のディレクターが、プレゼン内容と社員の評価結果、日々のパフォーマンスや経験などをトータルで判断し、アサインするかどうかを判断する。
プレゼンでは、希望するポストの機能を高め企業成長を達成するためには何をすべきか、という戦略を示すことが求められる。
「主として総支配人は、ステークホルダーへの対応や広報活動を通じて社会的な存在感を高め、ユニットディレクターは現場のオペレーションを担うチームの力を引き出す役割があります。ポストの機能を理解し、職場の質を高めるためには何をすべきかを示すのです」
入社3年目で総支配人に 「生え抜き」の管理職も増加
2024年は年2回で計100名を超える社員が手を挙げ、そのうちの約半数がキャリアチェンジの機会を得た。結果にかかわらず、立候補者全員に対してプレゼンのアンケート結果を渡し、上長がプレゼンについてのフィードバックを行っている。マネジメントを担うのは時期尚早だがポテンシャルはある、といった候補者については必要な経験を積ませるため、変則的にマネジメントの補佐役にアサインしたり、所属施設での業務変更や、場合によっては、他施設、他部署への異動を打診したりすることもある。総支配人に代わってさまざまなマネジメント業務を担当する「マネジメントチーム」を設置している施設もあり、プレイヤーの立場のままでこうしたチームに入ってもらうこともある。
また、立候補者が条件を満たしているものの、既存の人材にもそのポストに残ってほしい場合などには、立候補者に別の施設のポストを提案する場合もある。
「会社と個人がフェアな関係でいることが大前提なので、会社側も異動先の提案や細かい業務変更などを通じて、社員の手挙げに報いる努力を怠ってはいけないと考えています」
立候補制度を通じて、新卒入社3年目に総支配人となる、といった事例も生まれ、マネジメントになるまでの期間短縮にもつながりつつある。かつてマネジメント層の多くは、社外で経験を積んだキャリア採用者だったが、現場で「星野リゾートらしい」サービスを経験してきた新卒入社の着任も増えた。
ただ社内では、マネジメントになることを「出世」や「昇進」とは捉えていないという。
「上下ではなくフラットな組織文化の中に『総支配人』『ディレクター』という役割があり、タイミングと条件の合った人が担うというのが、基本的な考え方です。ポストを外れることも『降格』ではなく、本人が『充電期間に入る』ことや『役割変更』を選択するという捉え方をしています」
「プッシュ型」のキャリア提案も検討 「個」の力をマネジメントが引き出す
同社は、「キャリア自律」が社会で叫ばれるようになるかなり前から、立候補制度だけでなく公募を実施するなどして、本人主導のキャリア形成を目指してきた。人事部門では、入社直後から社員にキャリアについて考えるシートを提出してもらい、その後も希望者のキャリア相談に応じている。また現場でも総支配人などが年2回、面談でキャリアの展望をヒアリングするなど「さまざまな切り口で、頻度高くキャリアを考える機会を提供しています」。
人事制度や人材育成に通底するのは、「内発的動機」こそが社員の活躍する原動力だという考え方だ。社内ビジネススクール「麓村(ろくそん)塾」も、業務扱いではなく時間外に自主的に取り組む建付けになっており「会社にやらされているのではなく、社員本人の『やりたい』気持ちを起点にすることが、学びへの意欲を高めると考えています」。
麓村塾では、日々の業務に直結するスキルやマネジメントスキルを習得でき、参加者同士が好事例や失敗などのナレッジをシェアする場でもある。プログラムのほとんどを社内で作り、職場での実践やスキルアップに直結した内容にしていることも、学びへの意欲につながっているという。
「学んだスキルをどう生かそうか、他の施設の事例をいかに自分の職場にアジャストしようか、と考えることが仕事のやりがいや面白さにもつながります」
鈴木氏は今後の課題として「マネジメントがプレイヤーの『個』の力と意欲を引き出すスキルを、さらに高める必要がある」と強調した。企業成長とともに、社員数もかつての数百人規模から約5000人規模へと増え、手を打たなければ会社側と社員個人との関わりが薄まることは避けられないためだ。
「必要なマネジメントのポストも増えているので、より多くの手挙げを後押しし、着任までのスピードをさらに速める必要もあります」
このため立候補制度の追加施策として、人事などのメンバーが立候補者のプレゼンの準備に伴走するプログラムも実施している。プレゼンテーションスキルが不十分なプレイヤーのスキル習得をサポートし、立候補への挑戦を支援することが狙いだ。
社員の中には積極的に手を挙げるタイプでなく、立候補をためらう人も一定数存在する。こうした人材については、意思表示を待つだけでなく人事や総支配人が挑戦を促すこともある。マネジメントに長けた総支配人は、面談や日常業務を通じてプレイヤーの心の奥底にある「挑戦したい気持ち」を刺激し続け、立候補に結びつけている。こうした総支配人のいる施設からは、一度に3、4人の立候補者が出ることもあるという。
「人事やマネジメントの提案が、本人の気づかなかった内発的動機を刺激することもあります。プッシュ型の提案をマネジメントの属人的な能力に任せず、仕組み化できないかと考えています」
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子
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