公募による課長級登用を休止:A社
A社は2020年4月1日着任に向けて、課長級ポストを他部署からの公募で登用する制度を始めたが、充足率の低迷などから現在は休止している。人事戦略を担うB部長に、制度導入から休止に至った経緯を聞いた。
充足率6割に留まる「厳しい結果」 職種で人気にばらつきも
同社は2020年、ジョブ型人事制度の導入と同時に、課長級に当たる「ライン長」の一部を公募で登用する「ライン長人財公募」を開始した。きっかけは、ライン長に昇進する人の40%を若手・女性から登用する、というガイドラインを打ち出したことだったという。
B氏は「ガイドラインの導入に当たり、ポストが空いても部署内に後任候補者がいないケースと、空きポストがなく候補者が昇進の機会を得られないケースの両方が想定されました。このため、空きポストと部外の候補者をマッチングするために公募を始めました」と説明する。
同社の非管理職グレードは、入社数年目までの若手がメインの「グレード1」と、20代後半から50代まで幅広い社員が含まれる「グレード2」に分かれており、ライン長公募の対象となるのは「グレード2」の社員だ。初年度である2020年度は四半期に1度、それ以降は半期に1度のペースで計11回実施され、2024年4月着任の人事異動を最後に休止された。
公募に当たっては、人事部門が各部署からポストを募って社内に公開し、社員のエントリーを受け付ける。エントリーした人に対しては、書類選考と1回の面接で合否を決定した。
4年間で計47のポストが公募され、応募者の総数は181人。1回の公募で平均4~5つのポストの募集があり、応募者の倍率は3.8倍となった計算だ。ただ実際に異動が実現したのはこのうち29人で、合格率は16%、ポストの充足率は61.7%だった。
「後任者不足の解消、昇進機会の提供という目的を達成できたとは言えず、厳しい結果だったと捉えています」
中には、1つのポストに複数の応募者がいたものの全員不合格となったケースもあり「母集団の質が期待値に達していなかったと考えられます」。また営業や事業戦略などの職種は応募が低調で、「応募者ゼロ」のポストがある一方、総務系の職種はエントリーが多いなど、職種によるばらつきも見られた。B氏は「総務系ポストへの応募者の中には、総務でキャリアを高めたいという意欲を持つ人だけでなく、専門スキルが求められる事業部門に比べて参入障壁が低そうだ、という消極的な動機の人も一定数いたのではないか」と推測する。
さらに制度導入のきっかけとなった「登用者の40%を若手・女性にする」というガイドラインについても、女性と若手が自然に昇進するようになったことから、撤廃された。充足率の低迷などに加え、公募を実施する必然性も薄れたことから、休止の決断に至ったという。
公募登用者は成果が低い、部下のエンゲージメントも低下
職種によるばらつきやガイドラインの撤廃なども休止の理由ではあるが、最も大きな理由は登用者の着任後のパフォーマンスが、社命による昇進者や既存のライン長に比べて振るわなかったことだった。
同社が2020年に導入した人事評価制度は、仕事の成果など業績に焦点を合わせた「成果評価」と職種共通のポータブルスキルと職種固有の専門スキルの項目からなる「能力評価」によって構成される。公募によるライン長は「成果評価」「能力評価」のいずれも、公募以外のプロセスでライン長になった人に比べて低い傾向が見られた。
さらに公募による新任ライン長が着任した部署は、部下のエンゲージメントが2四半期連続で低下した。前任の職場でもライン長だった人や、社命による昇進者が着任した部署では、部下のエンゲージメントに変化は見られなかった。
B氏は「他部署から昇進する『斜め上』の異動では、過去に得た専門性を発揮しづらく、能力評価が低くなった結果、成果や部下のエンゲージメントの低下を招いた可能性もあります」と分析する。
公募のエントリー要件があまり高くなかったことも、一因として考えられるという。2020年度から2023年度までは、グレード2でTOEICの点数が基準を上回っていれば、誰でも手上げが可能だった。2024年4月着任分の選考では、人事評価の基準も設けられたが、ボリュームゾーンに入っていればクリアできる水準だった。
ポストと母集団、双方の質が高まらない
公募に出されたポストの大半は、前述したように欠員補充が中心で、部外から優秀な人材を集めるという戦略的な観点は希薄だった。こうした背景には、在職者のいるポストに対して本人を異動させてまで公募を出すのはためらわれる、という温情的な組織風土もあった。
欠員補充以外で公募に出されるのは、新規事業の立ち上げなどに伴い新設される場合だが会社としてポスト数を抑制しているため、ポストを新設しづらい状況である。かつてはポスト数の抑制がなかったため、管理職比率が40%を超えてしまった。2020年の人事制度改革では、こうした過去の反省を踏まえて管理職比率の上限を23%に定め、非ラインの管理職も「グレード2」に移行。これによって各職場の管理職比率は20%程度に下がったが、その後再びじりじりと上昇し、上限に近づきつつある。
「上司の多くは、限られたポストには自分で育てた優秀な部下を充てようとします。その結果、公募に出されるのは部内で埋まらないポストに限られがちで、応募者にとっても魅力的とは言い難い面がありました」
さらにB氏は「手上げを通じてダイナミックに部署を移る風土が未成熟だった」ために、母集団の質も高まりづらかったと考えている。
「近年は社員のキャリア自律を促してはいるものの、十分浸透したとは言えません。このため自らキャリアを築こうとして公募に挑戦するより、今の環境に不満を抱く人が、部外に活路を求めてエントリーするケースが多くなってしまいました」
「グレード2」の社員は月1回の1on1と年1回のキャリアプラン申告で、上司と面談しキャリアについて話し合う機会が設けられている。しかし多くの場合、ライン長職と専門職のどちらを目指すのか、といった大まかなコミュニケーションに留まるという。
「本人も上司もどのようなスキルや能力を身につければ、目指すポストへの昇進に必要な評価要件を満たせるかを把握できていないことが多い。このため面談も、社員がキャリア構築に必要なスキルを習得する、という動機づけの場として機能していない面があります」。
スキルアップのツールとして、各職種に必要な能力やスキルなどを分かりやすく紹介した「ジョブポータル」などもリリースされているが、現時点ではキャリアビルドに活用されているとは言えず、「社員のキャリア選択のタイミングと、学びを連動させることが課題です」。
「ポストの質も母集団の質も高められなかったことが、充足率の低さにつながった」と、B氏は反省を口にする。一方で、新規サービスの立ち上げなど、今までにない事業を遂行できる人材を外から求めたい、といった純粋な動機があり、求める要件も明確化されたポストについては、適任者がアサインされ有効に機能しているという。外部人材を求める必然性を備えた公募と、欠員補充のための公募で成否が分かれたという点も、示唆に富むと言えそうだ。
聞き手:千野翔平
執筆:有馬知子
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