第2回:マネジャーのケア行動はなぜ不可欠になったのか——7割超が実感する環境変化と業務の質的拡大
変わり続けるマネジャーを取り巻く環境
マネジャーを取り巻く環境は、過去5年間で急速に、そして多面的に変化している。調査が示す数字は、その変化の大きさを物語っている。
図表2-1に示すとおり、マネジメント経験5年以上のマネジャーに過去5年間の変化を尋ねたところ、事業面の環境変化を見ると、「コンプライアンス・ガバナンスの厳格化への対応」が増えたと回答したマネジャーは73.0%に達し、最も高い数値を示した。企業統治への社会的要請の高まりを受け、現場レベルでもコンプライアンス意識の徹底やリスク管理体制の強化が求められている。続いて「AIやデジタル技術の導入・活用への対応」が68.4%と高く、テクノロジーの急速な進化がマネジャーの業務に直接的な影響を与えていることがうかがえる。
一方、人材面の環境変化も同時に進行している。「人手不足と採用難への対応」が61.8%、「メンタルヘルスやウェルビーイングへの取り組み」が60.0%、「働き方の多様化への対応」が57.4%、「個々のキャリア志向への対応」が44.0%となった。これらはいずれも、画一的な管理では対応できない変化である。人手不足の中で限られた人員をやりくりし、メンタルヘルスに配慮しながら、リモートワークや時短勤務といった多様な働き方に対応する。部下一人ひとりの状況や希望に目を配る「個別対応」がより求められるようになっている。
【図表2-1 環境要因別:対応機会の増減内訳(過去5年間)】
注目すべきは、事業面と人材面の環境変化が同時に進行している点である。マネジャーは「コンプライアンス強化」と「人手不足対応」、「デジタル化推進」と「メンタルヘルス配慮」といった、性質の異なる課題に同時に取り組まなければならない。これは単なる業務量の増加ではなく、求められる役割の質的な拡張を意味している。
増大するマネジメント業務の時間と労力
こうした環境変化は、マネジメント業務の拡大に直結している。図表2-2に示すとおり、過去5年間で時間と労力が増えた業務として、「業務プロセスを改善する」が54.8%、「業務遂行を支援・管理する」が54.5%、「リスクを予防・管理する」が54.0%と、複数の項目が過半数を超えた。これらは組織の「守り」と「効率化」に関わる業務である。コンプライアンス対応やデジタル化といった事業環境の変化に対応するため、マネジャーは業務プロセスの見直しやリスク管理に多くの時間と労力を割くようになっている。
同時に、「部下の育成・能力開発を行う」が53.9%、「部下の評価・フィードバックを行う」が50.3%と、部下への「個別対応」に関わる業務も増加している。人手不足の中で一人ひとりの能力を最大限に引き出すこと、多様な働き方やキャリア志向に応じた育成や評価を行うことが、これまで以上に求められるようになっている。
【図表2-2 業務項目別:時間・労力の増減内訳(過去5年間)】
連動する環境変化とマネジメント業務
さらに調査では、環境変化とマネジメント業務の変化に明確な相関があることが確認された。図表2-3に示すとおり、メンタルヘルスへの対応が増えた職場では、育成・能力開発や評価・フィードバックの業務も増えている。部下の心身の状態に配慮しながら、その人に合った育成やフィードバックを行う必要があるからだろう。キャリア志向への対応が増えた職場では、理念・ビジョンの共有も増加している。個々のキャリア志向を組織の方向性と接続させる対話が求められているのかもしれない。
【図表2-3 環境変化とマネジメント業務の変化の結びつき(相関分析)】
プレイングマネジャーに求められる役割の質的拡大
ここで留意すべきは、こうしたマネジメント業務の質的変化が、多くのマネジャーが「プレイングマネジャー」として自らも実務を担う中で生じているという点である。部下のマネジメントに専念できる環境にあるマネジャーは少数派であり、多くは自らの担当業務をこなしながら、チームを率いている。
プレイヤー業務とマネジメント業務を両立させることの難しさは、これまでも繰り返し指摘されてきた。しかし、今日においてはマネジメント業務そのものの難度が格段に増している。コンプライアンス対応、デジタル化推進、業務プロセス改善といった組織全体に関わる業務と、育成、評価、キャリア支援、メンタルヘルス配慮といった部下個人に向き合う業務の双方が、これまで以上の質と量で求められるようになった。
その結果、プレイヤー業務との両立の困難さは、かつてないほど高まっている。限られた時間の中で、自らの実務をこなしながら、高度化するマネジメント業務にも対応しなければならない。この構造的な課題こそが、現代のマネジャーが直面している最大の問題である。
マネジャーのケア行動が不可欠な時代へ
ここまで見てきた環境変化と業務の拡大は、一つの共通した方向を指し示している。マネジャーに求められるマネジメントの質が、「一律の管理」から「個別の対応」へと根本的にシフトしているということである。
人手不足と採用難への対応が増えたと回答したマネジャーは61.8%に達した。限られた人員の力を最大限に引き出し、定着させなければならない環境では、一人ひとりの強みや事情を無視した画一的な管理は機能しにくい。同時に、働き方の多様化(対応が「増えた」57.4%)やキャリア志向の多様化(同44.0%)により、部下の置かれた状況そのものが一様ではなくなっている。同じ指示を出しても、受け止め方や実行の条件は人によって異なる。
さらに、育成・能力開発(同53.9%)や評価・フィードバック(同50.3%)といった対人的な業務の比重が高まる中で、マネジャーの日常業務そのものが「部下個人と向き合う時間」へと変わりつつある。業務プロセスの改善やリスク管理においても、部下の協力を引き出しながら進める必要があり、個々の理解を得るための丁寧な対応が欠かせなくなっている。
つまり、環境変化がマネジメントの「個別化」を不可避にし、その具体的な実践がケア行動にほかならない。マネジャーのケア行動は、個人の心がけや善意ではなく、変化した環境に対応するための不可欠なマネジメント手法として位置づけられるようになっているのである。
次回は、マネジャーのケア行動の具体的な中身と、それがどの程度実践されているかを詳しく見ていく。
筒井 健太郎
2009年早稲田大学法学部卒業後、東京海上日動火災保険株式会社入社。商品企画・開発、法人営業に従事。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、そして、株式会社セルムにて組織人事コンサルタントを務めた後、2022年4月より現職。
2019年8月名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修了。修士(経営学)。現在、立教大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。
Executive MBA、中小企業診断士、1級キャリアコンサルティング技能士、PCC(Professional Certified Coach)
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