第5回:なぜ同じケア行動でも消耗するマネジャーとしないマネジャーがいるのか——感情労働という分かれ道
消耗の鍵を握る「感情の扱い方」
前回、マネジャーのケア行動が個人と組織の成果と正の関連を持つ一方で、情緒的消耗とも一定の関連があることを確認した。しかし、その関係は単純ではなく、同じようにケア行動を行っていても情緒的消耗の程度には個人差がある。この違いを生み出しているのが「感情労働」である。
感情労働とは、仕事上で適切とされる感情を表現するために、自分自身の感情を調整することを指す。部下マネジメントにおいても、マネジャーは日常的に感情労働を行っている。苛立ちを感じながらも冷静に対応する、落胆しても励ましの言葉をかける、自分の意見と異なっても部下の話を傾聴する——こうした場面で、マネジャーは自らの感情をコントロールしている。
本調査では、感情労働を「表層的な感情対処」と「深層的な感情対処」の2つの側面から捉えた(図表5-1)。表層的な感情対処は「本当の気持ちを抑え、表向きは求められる態度で装う」「実際は感じていない気持ちを、表情や言葉で取り繕う」という行動である。内面の感情は変えないまま、外に表す表情や態度だけを調整する対処法である。一方、深層的な感情対処は「相手や状況に合わせて、ふさわしい感情を抱こうとする」「状況を前向きに捉え直し、自分の気持ちを切り替える」という行動を指す。外面だけでなく、内面の感情そのものを変えようとする対処法である。
【図表5-1 感情労働の分類と構成要素】
マネジャーの感情労働はどうなっているか
図表5-2に示すとおり、マネジャーは部下マネジメントにおいて日常的に感情労働を行っている。表層的な感情対処について「よくある」「いつもある」と回答した割合は35〜45%程度、深層的な感情対処でも同様の傾向が見られた。感情労働を頻繁に行っているマネジャーが4割前後存在するという事実は、マネジャーが日常的に大きな感情的負荷を抱えていることを物語っている。
【図表5-2 部下マネジメントにおける感情労働の実態】
マネジャーのバーンアウトはどうなっているか
では、こうした感情労働はマネジャーにどのような影響を与えているのか。その影響を検証するため、本調査ではバーンアウト(燃え尽き症候群)の前兆である「情緒的消耗」と、より深刻な段階である「脱人格化」を測定した(図表5-3)。情緒的消耗とは強い疲れで気持ちの余裕がなくなる状態を指し、脱人格化とは人や仕事への関心が薄れる状態である。
【図表5-3 バーンアウトの分類と構成要素】
図表5-4に示すとおり、情緒的消耗を「よくある」「いつもある」と回答したマネジャーの割合は40〜45%程度に達した。「一日の仕事が終わると『やっと終わった』と感じることがある」が46.3%、「仕事のために心にゆとりがなくなったと感じることがある」が41.6%であった。約半数のマネジャーが、日常的に強い疲れを感じている。これは看過できない数字である。一方、脱人格化は20%前後と限定的であった。多くのマネジャーが「消耗しながらも何とか踏みとどまっている」状態にあり、このままでは脱人格化へと進行するリスクを抱えている。
【図表5-4 バーンアウトの実態】
表層的な感情対処は情緒的消耗につながる
ここからが本調査の核心部分である。まず明らかになったのは、ケア行動と感情労働の関係である。図表5-5に示すパス解析の結果、マネジャーのケア行動は表層的な感情対処と深層的な感情対処の両方を増やすが、その関連の強さには違いがあった。ケア行動と表層的な感情対処の関連はβ=0.20、深層的な感情対処との関連はβ=0.37と、ほぼ2倍の強さであった。つまり、ケア行動を行う際、多くのマネジャーは表面的に取り繕うよりも、相手を理解し納得して関わろうとしている。
そのうえで重要なのは、感情労働の種類によって情緒的消耗への影響が大きく異なるという点である。表層的な感情対処が高いほど情緒的消耗が強まる(β=0.35)のに対し、深層的な感情対処と情緒的消耗の関連は限定的(β=0.10)であった。「部下の話に共感できないのに、共感しているふりをしなければならない」「納得できない要望でも、受け止めているように振る舞わなければならない」——こうした本心と行動の乖離が蓄積することで、心のエネルギーが消耗していく。一方、「最初は部下の主張に納得できなかったが、背景を聞いて理解できた」「相手の立場に立って考えると、もっともな要望だと思えた」——こうした心の動きを伴うケア行動は、消耗を招きにくい。
【図表5-5 ケア行動と情緒的消耗の関係を媒介する感情労働(パス解析)】
深層的な感情対処は仕事の充実感につながる
これらの分析から付随して明らかになったのは、感情労働が仕事の充実感にも影響を与えているという点である(図表5-6)。表層的な感情対処は仕事の充実感を低下させる(β=−0.22)一方、深層的な感情対処は仕事の充実感を高める(β=0.28)。
気持ちを抑えて表面的な対応をするほど、手応えが得られにくく「やらされ感」が残る。本心と行動の乖離は、「何のためにやっているのか分からない」という虚しさにつながりやすい。一方、相手を理解し直し、納得して関われるほど、「意味のある関わり」として手応えが残りやすい。深層的な感情対処を通じて部下の状況や気持ちを理解できたとき、マネジャーは「部下の役に立てた」「良い関わりができた」という実感を持つことができる。
【図表5-6 ケア行動と仕事の充実感の関係を媒介する感情労働(パス解析)】
ケア行動の鍵は感情労働の扱い方にある
これらの結果は、ケア行動そのものではなく、それに伴う感情労働の扱い方こそが、マネジャーの消耗と充実を分ける鍵であることを示している。表層的な感情対処を伴えば情緒的消耗が強まり仕事の充実感も低下するが、深層的な感情対処を伴えば情緒的消耗は限定的で、むしろ仕事の充実感が高まる。
では、マネジャーがケア行動を持続的に行うために、組織はどのような支援を提供すべきなのだろうか。次回は、組織における支援の実態と効果を検証する。
筒井 健太郎
2009年早稲田大学法学部卒業後、東京海上日動火災保険株式会社入社。商品企画・開発、法人営業に従事。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、そして、株式会社セルムにて組織人事コンサルタントを務めた後、2022年4月より現職。
2019年8月名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修了。修士(経営学)。現在、立教大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。
Executive MBA、中小企業診断士、1級キャリアコンサルティング技能士、PCC(Professional Certified Coach)
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