第1回:マネジャーのケア行動が問われる時代——調査が示す4つの知見
なぜ今、マネジャーのケア行動なのか
「自分の仕事がカウンセラーのようになっている」——あるマネジャーの言葉が、本調査の出発点となった。部下の悩みに耳を傾け、心身の状態に気を配り、一人ひとりの事情に応じた対応を求められる。しかし、それは本当に自分の仕事なのだろうか。そして、その役割を担うことで自分自身が疲弊していないだろうか——。
こうしたカウンセラーのような役割が求められる背景には、社会的な変化がある。メンタルヘルス対応の義務化やハラスメント防止法制の整備、育児・介護休業法の改正、障害者雇用促進法の強化。法制度が整備されるにつれて、マネジャーには部下の心身の状態を把握し、個々の事情に配慮した対応が求められるようになった。同時に、人材を重視する経営の広がりとともに、部下のエンゲージメント向上やキャリア支援、心理的安全性の確保といった期待も加わる。部下をケアするニーズは、制度面からも経営面からも高まっている。
こうした部下に対するケアは、具体的にはどのような行動として現れているのだろうか。部下の個性や状況を踏まえた細やかな配慮や支援——本調査ではこれを「マネジャーのケア行動」と呼ぶ。その重要性は広く語られるようになったが、実態は必ずしも明確ではない。何をどの程度行っているのか、それがどのような効果や負担をもたらすのか。実証的なデータに基づく議論は十分とはいえなかった。
そこで、マネジャーのケア行動の実態を明らかにすることを目的として、2024年12月に「マネジャーのケア行動に関する定量調査」を実施した。従業員規模300人以上の民間企業で働くマネジメント経験5年以上のファーストラインマネジャー1,000名を対象に、ケア行動の定義と分類、実践状況、個人・組織の成果との関連、感情労働を通じたマネジャー自身への影響、そして組織における支援の実態と効果を包括的に調査した。
本連載では、この調査結果をもとに、マネジャーのケア行動をめぐる現状と課題を7回にわたって考察していく。初回となる今回は、調査から見えてきた4つの知見 を概観し、連載全体の見取り図を示したい。
知見1:8割のマネジャーがケア行動を「重要」と認識
調査からまず明らかになったのは、マネジャーのケア行動がマネジメントにおいて日常的な取り組みとして定着しているという事実である。
実に81.0%ものマネジャーが、部下の個性や状況を踏まえた細やかな配慮や支援を「重要である」と認識していた。そして、ケア行動を構成する8つの項目すべてにおいて、約7割が日常的に実践していると回答した。
過去5年間で、特に育成や評価・フィードバックといった場面でケア行動の必要性は顕著に増加している。かつてはマネジャーから部下への一方向的なコミュニケーションで済まされることも少なくなかったが、部下の個性や状況を踏まえた「対話」へと変化しつつあるのだ。
では、なぜこれほどまでにケア行動が重視されるようになったのか。その背景には、マネジャーを取り巻く環境の急速な変化がある。この点は第2回で詳しく見ていく。
知見2:ケア行動と個人・組織の成果との正の関連
第二に明らかになったのは、マネジャーのケア行動が個人と組織の双方の成果と正の関連を持つことである。
調査では、ケア行動を積極的に行うマネジャーほど、自らの業績目標を達成できていると感じ、仕事に充実感を持つ傾向が確認された。部下への関わりは負担にもなり得るが、それ以上に「自分の仕事にも良い影響がある」という構図が浮かび上がった。
さらに注目すべきは、この効果がマネジャー個人にとどまらない点である。ケア行動は、組織業績、部下の仕事の充実感、そして「互いに信頼し、意見を安心して言える」オープンな風土とも正の関連を示した。特にオープンな風土との関連が最も強かったことは示唆的である。ケア行動は、心理的安全性の高い職場環境を醸成し、組織全体のパフォーマンス向上につながる可能性があるのだ。
ケア行動と成果との関連については、第4回で詳しく検討する。
知見3:感情の扱い方とマネジャーの情緒的消耗・仕事の充実感
第三に注目すべきは、マネジャーのケア行動に伴う感情労働——仕事上で適切とされる感情を表現するために自分の感情を調整すること——の扱い方が、マネジャー自身の情緒的消耗と仕事の充実感を左右するということである。
ケア行動は感情労働の側面を持つ。調査では、この感情労働を「表層的な感情対処」と「深層的な感情対処」の2つに分けて分析した。表層的な感情対処とは本心を抑えて表面的な態度を取り繕うこと、深層的な感情対処とは相手を理解し納得して関わろうとすることである。
分析の結果、表層的な感情対処は情緒的消耗を強め、仕事の充実感を低下させる一方、深層的な感情対処は情緒的消耗との関連が限定的で、仕事の充実感を高めることが明らかになった。同じケア行動でも、どのような感情労働を伴うかによって結果は大きく異なる。この点は第5回で掘り下げる。
知見4:情緒的消耗を抑える支援ほど届いていない
第四に示されたのは、マネジャーを支える組織における支援に偏りがあるということである。
調査では、マネジャーへの支援を「対人的支援」「職務支援」「環境調整支援」「能力開発支援」の4領域に分けて実態を把握した。その結果、相談相手の確保(対人的支援)や裁量の付与(職務支援)はある程度普及している一方、業務量やリソースの調整(環境調整支援)の実施率は34.3%と低い水準にとどまった。
興味深いのは、この環境調整支援こそが、マネジャーの情緒的消耗を抑える効果を持つことが確認された点である。精神的なサポートだけでは、マネジャーの疲れは癒えない。物理的な負荷を調整する仕組みが不可欠なのだ。
組織における支援の実態と効果については、第6回で詳しく分析する。
本連載の構成
本連載は全7回で構成される。各回のテーマは以下のとおりである。
「マネジャーのケア行動に関する定量調査」連載一覧
第1回:マネジャーのケア行動が問われる時代
——調査が示す4つの知見【本稿】
第2回:マネジャーのケア行動はなぜ不可欠になったのか
——7割超が実感する環境変化と業務の質的拡大
第3回:マネジャーのケア行動はどこまで浸透しているか
——その内容と実践の現状
第4回:マネジャーのケア行動は成果につながるのか
——個人・組織への効果とバーンアウトとの関係
第5回:なぜ同じケア行動でも消耗するマネジャーとしないマネジャーがいるのか
——感情労働という分かれ道
第6回:マネジャーを誰が支えるのか
——組織における支援の実態と効果
第7回:マネジャーのケア行動を持続的なものにするために
——実践への視点と残された課題
次回は、マネジャーのケア行動がなぜこれほど重視されるようになったのか、環境変化と役割拡大のデータから見ていく。
筒井 健太郎
2009年早稲田大学法学部卒業後、東京海上日動火災保険株式会社入社。商品企画・開発、法人営業に従事。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社、そして、株式会社セルムにて組織人事コンサルタントを務めた後、2022年4月より現職。
2019年8月名古屋商科大学大学院マネジメント研究科修了。修士(経営学)。現在、立教大学大学院経営学研究科博士後期課程在籍。
Executive MBA、中小企業診断士、1級キャリアコンサルティング技能士、PCC(Professional Certified Coach)
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