ミドルスキル人材の処遇改善が前提 まずは未充足の職域や地域の特定を——関西学院大学 井口泰氏
多くの地方で人口流出と高齢化が進み、エッセンシャルワーカーの確保が課題となっている。外国人労働者政策を長く研究する関西学院大学経済学部・大学院経済学研究科名誉教授の井口泰氏は、各地域がサービス供給体制を構築するためには、必要な人材(エッセンシャルワーカー)を、各地域内だけでなく広域で確保することが不可欠であり、その一環として外国人材を受け入れ育成する視点が重要だと語った。
エッセンシャルワーカーの人手不足 ミドルスキル人材の育成と処遇改善が前提
――日本の外国人労働者受け入れについて、どのような考えをお持ちでしょうか。
日本はこれまで、どの分野(職域・地域)にどれだけの人材が不足しているのかを明確にしないまま、外国人労働者の受け入れを推し進めてきました。歴史を振り返ると、1980年代前半、南米から日系人労働者が来日し、製造現場を中心に働くようになりました。当時は日系人労働者の大半が正社員、常用雇用者でしたが、1990年代半ば以降にどんどん請負労働者へ、さらに派遣労働者へと置き換えられていきました。外国人労働者は、日本の製造業の空洞化を食い止めるため一定の役割を果たした一方、本人たちの処遇や生活は決してよくならなかった経緯があります。
それ以降、主に地方で若年人材の流出が加速し、サービス業を含めた地場産業の担い手が不足するようになりました。しかし、長年サービスの領域に外国人労働者を受け入れる政策はほとんどなく、今日のエッセンシャルワーカーの深刻な人手不足を招いたと思います。
――なぜサービスの領域に外国人労働者を迎える政策が、後手に回ったのでしょう。
バス・トラック運転手や理髪師、医療・介護労働者、自動車整備士、電気工、配管工をはじめとするエッセンシャルワーカーの多くは、一定期間の専門教育や実務経験を基礎として公的資格を取得する必要があり、いわば、高度人材と不熟練労働者の中間に位置する「ミドルスキル」が求められます。しかし外国人をミドルスキルワーカーに育成するという視点は、2019年に特定技能制度が創設されるまでほとんどありませんでした。
製造業の技能労働者は、現場のOJTによって育成されることが一般的ですが、ミドルスキルの習得には、日本語能力に加えて、専門教育の受講費用や学習時間が必要です。政府や企業が、時間やコストをかけて外国人人材を育てることを怠ってきたツケが、いままさに回ってきたともいえます。
一方で、エッセンシャルワーカーの処遇改善や賃金の引き上げは後手に回っています。特に近年、社会のデジタル化に伴い自動車整備においても半導体やセンサーの知識が必要になるなど、求められるスキルが高度化しているにもかかわらず、報酬や社会的な評価は追いついていません。費用や時間をかけてようやくその職業に就いても、処遇や賃金、社会的地位が低いままでは、日本人の担い手も減るのは当たり前です。その結果、多くの地域で運転手不足のために公共交通機関で減便が発生したり、技術者不足で電気機器の設置や自動車の修理ができなくなったりと市民生活に悪影響が及び、状況はすでに危機的だと思います。
サービス供給体制を変革 それでも足りない時に外国人労働者を受け入れる
――エッセンシャルワーカー不足の解決策として、どのようなものが考えられるでしょう。
エッセンシャルワーカーが知識やスキルに見合った評価や報酬を得られるようにして、職業としての魅力を高めることが大前提です。しかし地域で人口減少が進んで、サービスの市場規模が縮小すると、サービスに対して高い報酬を払うことができなくなり、従来通り、各地域に十分な人材を配置するのは難しくなります。このためサービス提供に必要な人材を集約し、必要人数を抑える取り組みもあわせて求められます。複数の都道府県が連携して「ドクターヘリ」の運行を進めているように、広域でネットワークをつくってエッセンシャルワーカーを融通し合う工夫も必要です。そうすれば、地域の限られたリソースを効率的に使えるようになり、人材育成や処遇改善の進展が期待できます。
自治体間には、「LGWAN」という情報交換のための専用ネットワークが整備されています。こうしたデジタルのシステムを活用して、エッセンシャルワーカーが不足した近隣自治体へ人材を融通することも可能だと思われます。広域連携によるサービス提供体制を構築しつつも、それでも足りない職域・地域について外国人労働者を受け入れ、育成するという順序で考えるべきでしょう。
――まずは、サービス供給体制をどうするかを考える。そのうえでどうしても足りない部分に外国人労働者を限定的に受け入れる。その役割を主体的に担うのは、自治体でしょうか。
本来はそうですが、多くの自治体は深刻な人手不足で、職員が新たな業務を担う余力は乏しいのが現状です。たとえば、法務省の2027年度予算の概算要求にも、多文化共生担当の自治体職員を新規雇用・育成する費用までは計上されていません。どの職域・地域にどれだけの外国人労働者が必要かを把握するためのデジタルツールも、単独で整備できる自治体は少ないと思います。
また実際に外国人を受け入れる際には、スキルと求人のマッチングだけではなく住まいの確保、子どもの学校の手配、労働者本人の日本語習得など、生活全般を支援する必要もあります。サービス供給体制を構築し、外国人労働者を受け入れる枠組みを考え、かつ受け入れた人の生活を包括的にサポートする、というプロセスをひとつの自治体で行うのは限界があります。
――自治体の力に限界があるとすれば、どのような形が考えられますか。
たとえば2001年に創設された外国人集住都市会議を前身とする、現在の「多文化共生都市会議」は、自治体同士が外国人政策に関する情報・ノウハウを共有する場となっています。自治体が単独で取り組むのは難しくとも、複数の自治体が連携することで、必要な機能を備えることは可能でしょうし、投じる予算額も抑えられるはずです。
また住民基本台帳のシステムは、日本人だけでなく在留外国人を含めた、自治体間をまたいだ情報ネットワークになっています。このデータシステムに、外国籍住民の持つスキルや在留資格、日本語講習の受講履歴などの項目を追加できれば、外国人労働者のさまざまなニーズに対応しやすくなるのではないかと思います。日本語学習の受講歴が一定期間に達したら、在留資格の変更や更新に有利に働くといった仕組みができれば、語学習得のインセンティブも高まるでしょう。
未充足続く職域、地域をリスト化 統計見直しデータ把握を
――他国では外国人の受け入れに際し、受け入れ必要数(ボトルネック)を明確化するため労働市場テストを実施している国もあります。
労働市場テストは、一定量の求人についてどれだけの間、未充足の状態が続いているかを把握できる仕組みがあって初めて有効に機能します。一定期間、求人・求職の充足状況を迅速に把握するためには、行政に膨大な作業が生じます。また公的な職業あっせん機関による需給マッチングが、労働市場において高いシェアを占める国・地域であれば、誤差の少ないデータを得られるでしょうが、民間事業者のシェアが高い場合、実態把握は難しいと考えられます。日本のハローワークが扱う求人の比率は、不況の時期には高まりますが、それでも全体の20%程度と見られます。このため日本で労働市場テストを実施しても、精度の高い結果を得るのは難しいと考えられるのです。一方で、スウェーデンやデンマークは労働市場テストに替わる仕組みとして「ショーテージリスト(欠員リスト)」を導入しています。これは一定期間以上、未充足が続いている職種や地域をリスト化し、労働市場でボトルネックとなっている人数を特定し、そこに外国人労働者の受け入れを認めるという方法です。これによって労働市場テストを行わなくても、国内労働者の雇用を、国外から受け入れる労働者よりも優先することができると考えられてきました。
――日本でショーテージリストをつくることは可能でしょうか。
ショーテージリストをつくるには、長期の未充足求人が発生している職域・地域をデータで特定する必要があります。具体的にはハローワークが扱った求人・求職者数を集計する「職業安定業務統計」と、外国人労働者の雇用状況を把握する「外国人雇用状況報告(雇用保険のシステムを活用している)」を連動させ、同一の求人が長期に未充足だった期間を把握したうえで、外国人を雇用できるようにすることが考えられます。ただ、現在はハローワークに新規に届けられた求人は、3カ月間未充足の状態が続くと「新規求人」扱いになってしまい、何カ月間未充足だったのか把握できないので、職業安定業務統計の仕組み自体を変える必要があります。
労働市場のボトルネックは、エッセンシャルワーカーの人材不足と表裏一体の関係にあります。ある地域でバス輸送を成立させるには運転手が何人必要で、それに対して何人不足しているのかを把握することで、外国人労働者を育成して必要な人数を補うという選択肢を、客観的に議論できるようになります。まずは多文化共生都市会議などの自治体連合のネットワークを通じて、自治体が必要なノウハウやデジタルツールを共有し、労働市場のボトルネックを把握することから始めなければいけません。取り組みがスタートすれば次第に経験が蓄積され、うまく回るようになるのではないかと期待しています。
◆井口泰氏
関西学院大学名誉教授(労働経済専攻)
1976年、一橋大学経済学部卒業後、労働省入省。1995年に労働省を退職し、関西学院大学経済学部助教授に就任。1997年に同教授。1999年に博士(経済学)取得。2005~2010年、内閣府・規制改革会議専門委員(海外人材担当)を務める。主な著書に『世代間利害の経済学』(八千代出版、2011年)、『外国人労働者新時代』(ちくま新書、2001年)、『国際的な人の移動と労働市場』(日本労働研究機構、1997年)など。
聞き手:坂本貴志
執筆:有馬知子
修正:井口泰
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