世界経済フォーラムが読み解く、2030年の労働市場とは

World Economic Forum(WEF)

2026年06月03日

プロフィール

ティル・レオポルド(Till Leopold)氏
WEFの「労働・賃金・雇用創出」部門責任者。AIや自動化がグローバルな雇用構造に与える影響を分析する第一人者である。『The Future of Jobs Report』制作を主導し、技術革新と地政学的変動が労働市場にもたらす課題への提言を続けている。

ニール・アリソン(Neil Allison)氏
WEFの「教育・スキル・⼈材育成」部⾨を統括。官⺠連携による「Reskilling Revolution」や、世界共通のスキル標準「Global Skills Taxonomy」の構築を主導する。変化する労働需要に対応した次世代の⼈材育成戦略を推進している。
テクノロジー、地政学、⼈⼝動態など、複層的な要因が絡み合う2030年の労働市場を、WEFの専門家はどう読み解くのか。

WEFが描くFuture of Work

  • 技術と地政学の統合
    AI進化に加え、サプライチェーンや貿易摩擦等の地政学的要因が労働市場の最⼤変数となる。
  • コパイロット型シナリオ
    AIは⼈間の代替ではなく、判断を補完する「コパイロット(副操縦⼠)」として浸透する。
  • 若年層の雇⽤ギャップ
    発展途上国における8億⼈分の雇⽤不⾜と、先進国でのエントリーレベル職種の消失への懸念。
  • スキルの短命化
    2030年までに労働者のスキル構成は39%変化し、従来の教育モデルは限界を迎える。
  • グリーン移⾏とエネルギー安全保障
    脱炭素は政治⽬標から、雇⽤成⻑を左右する経済的⽣存戦略へと変容する。

AIが揺さぶる「仕事の未来」

WEFが「テクノロジーと仕事の未来」というテーマを掲げたのは2016年のことである。以来約10年、議論はロボティクスやブロックチェーンに移り変わり、現在は⽣成AIがその中⼼となっている。アリソン⽒は、この議論はこれまでになく「精緻化」していると指摘する。

かつて技術的失業の懸念は主に現場職(ブルーカラー)に向けられていた。しかし現在、AIの影響を受けているのはホワイトカラーや研究職といった知識労働の領域である。

同⽒は、現在の議論が知識労働に偏重している可能性を認めつつも、テクノロジー、地政学、⼈⼝動態が複雑に絡み合う『The Future of Jobs Report 2025(※1)』の視点こそが、現代の労働市場を理解するうえで不可⽋であると説く。

新たな変数「地政学」とグリーン移⾏の正体

労働市場に決定的な影響を与える新たな要素として浮上したのが「地政学(※2)」である。ウクライナ情勢や、サプライチェーンの分断、貿易摩擦はもはや政治の域を超え、雇⽤の現場を直接揺さぶっている。2020年版までのレポートでは企業の関⼼は低かったが、2025年版では技術⾰新と並ぶ最重要テーマへと躍進した。AIの開発拠点をめぐる国家間競争は、労働者の移動やスキルの需要を規定する新たな境界線となっている。

同時にグリーン移⾏の性質も変容した。かつての「脱炭素」という理想像は、今や「エネルギー安全保障」という現実的な経済戦略へと姿を変えている。AIの急速な普及に伴う膨⼤な電⼒需要を背景に、再⽣可能エネルギーへの移⾏に成功した国とそうでない国との間で、雇⽤成⻑の明暗が分かれるというレオポルド⽒の予測は極めて⽰唆に富む。

「AIに仕事を奪われる」は、本当なのか?

ティル・レオポルド氏 とニール・アリソン氏 ティル・レオポルド氏(左)とニール・アリソン氏(右)

欧州諸国では2070年までに労働力が約20%縮小するという予測がある(※3)。そのなかで、問うべきは「AIに仕事を奪われるか」ではなく、「退職者を補うスピードで自動化を進められるか」であるとレオポルド氏は語る。

アリソン氏は、⽇本のように⼈⼝減少に先⾏して向き合ってきた国の経験は、⾃動化がいかに労働⼒不⾜を補完し得るかを⽰す重要な先例になると語る。労働⼒の国際的移動が政治的に困難な状況下では、AIを「コパイロット(副操縦士)」として位置づけるシナリオが最も現実的である。AIが⼈間の判断を補完し、⽣産性を底上げする。この「共同作業」の成否が、マクロ経済の維持を左右することになるという。

崩れゆくキャリアの起点、若者雇用の深刻な需給ギャップ

深刻な課題は、労働市場の両端に現れている。世界銀行の試算(※4)によれば、発展途上国では今後10〜15年の間に12億人の若者が労働市場に参入するが、創出される雇用は約4億人分にとどまる。この「8億人のギャップ」は技術だけでは解決できない構造的な問題であり、雇用創出のペースはまだ不十分だとレオポルド氏は指摘する。

さらに先進国では、AIの普及により、これまで若手が担ってきたエントリーレベルの業務が消失しはじめている。「学んで就職する」という従来のキャリアパスが機能不全に陥るリスクがあるなか、企業が目先の効率化を優先しエントリー職を削減すれば、将来の人材不足という大きな代償を払うことになるだろうと同氏は説明する。教育機関にも、AIを活用しながらより高度な判断力を備えた人材を新卒段階から輩出するという難題が突きつけられている。

スキルの「期限」と「継続学習」への転換

スキルの価値は短命化している。2030年までに労働者のスキル構成の約39%が変化するという予測は、5年制の教育課程を終える頃には、入学時の知識の半分近くが陳腐化していることを意味する。人生の前半に教育を集中させる従来モデルはもはや機能しておらず、生涯にわたって学びを統合する「継続学習」への転換は不可避であるとレオポルド氏は指摘する。

求められるのは、コラボレーション力・批判的思考力・AIと人間の判断を組み合わせる能力だとアリソン氏は述べる。さらに、現場職(ブルーカラー)においてもAIは有力なツールになるという点である。熟練工がAIによって能力を拡張される「次のフロンティア」が開かれつつある。ヒューマンスキル、デジタルスキル、そして職種固有スキルの三位一体をいかに構築するかが、これからの時代に求められる条件であり、賃⾦プレミアムを獲得する鍵となる。

「共通言語を作る」、スキルの可視化と協働の仕組み

WEFのオフィスWEFのオフィス

WEFは、これらの課題解決に向けて「Global Skills Taxonomy(世界共通のスキル標準)」や「Reskilling Revolution」を推進している。職種ではなく「持っているスキル」で人材を評価する仕組みの構築である。

しかし、現実はまだ険しい。米国での調査(※5)によれば、スキルベース採用の実装は限定的であり、学位の壁を越えて新たな職に就く例はまだ少ない。求められるスキルやキャリアパスの情報が、それを最も必要とする労働者や学生に届いていないという「情報の断絶」をどう解消するか。データを活用したスキルの可視化こそが、2030年の労働市場を切り拓く最後の鍵となるであろう。

(※1)世界1000社以上の視点を集約し、技術・地政学・⼈⼝動態・グリーン移⾏が2030年までの労働市場に与える影響を分析したレポート。https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/
(※2)単なる軍事問題ではなく、サプライチェーン分断や技術覇権競争など、政治が経済に干渉する「地経学」的要素を含む概念。
(※3)欧州委員会共同研究センター(JRC)の調査によると、参加率が現状のまま推移した場合、EUの労働力は2070年までに20.2%縮小すると予測分析されている。https://joint-research-centre.ec.europa.eu/jrc-news-and-updates/tackling-eus-shrinking-workforce-better-education-more-women-jobs-skilled-migration-2025-06-11_en
(※4)世界銀行は、途上国の若者12億人に対し、創出される雇用が4億人にとどまる深刻な不足を指摘している。世界銀行のバンガ総裁は世銀・国際通貨基金春季⁠会合(2026年)を前に、途上国における大幅な雇用不足について警鐘を鳴らした。https://live.worldbank.org/en/event/2024/annual-meetings-creating-jobs-for-young-people
(※5)Burning Glass InstituteとHarvard Business Schoolが共同で発表した報告書「Skills-Based Hiring: The Long Road from Pronouncements to Practice」によると、学位不問の採用拡大の実態はまだ道半ばである。https://www.burningglassinstitute.org/research/skills-based-hiring-2024

取材・TEXT=田中美紀(客員研究員)

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