産業革命前に学ぶ、AI時代の「人間中心」の働き方への回帰
労働系コンサルティング会社Work That Works創業者兼CEO。Future of Work分野の国際的なオピニオンリーダー。デロイト、マンパワー・フランスを経て、2005年から2024年まで世界雇用連合(WEC)のマネジング・ディレクターとして、国際機関に対する民間人材サービス業界の政策提言活動を主導。
デニス・ペネル氏が描くFuture of Work
- 産業革命前の労働モデルへの回帰
自営的な働き方や企業による生活支援など、産業革命前の労働モデルが再評価されている。 - 仕事中心社会から人間中心社会へ
生活を仕事に合わせる時代は終わり、個人の価値観や生活に仕事を合わせるという個人主義の高まりが、労働のあり方を根本から変えている。 - AIがもたらす「労働の過密化」というリスク
AIが生む本当のリスクは、雇用の喪失ではなく、効率化によって生まれた時間をさらなる業務で埋める「労働の過密化」にある。 - 企業は再び地域社会の担い手になる
保育施設や通勤バスの整備など、企業が地域課題の解決を担う動きが広がっている。企業の役割は、経済活動を超えて、地域社会へと拡大しつつある。 - 人材サービスは「B2C2B」モデルへ進化する
人材不足が常態化するなか、人材サービスのビジネスモデルそのものが、企業起点から個人起点のエージェント型へ移行する。
産業革命前の働き方に未来を読み解くカギがある
「Future of Workを語るとき、未来の働き方が産業革命前と多くの点で重なっていることに気づく」と、ペネル氏は言う。産業革命前は、自営的・地域密着型の働き方が広く見られた。農繁期は農業、冬は木工や機織りで生計を立てるなど、仕事は生活に組み込まれ、人々は地域社会に根を張っていた。産業革命によって人々は農村から都市部の工場へ移ったが、都市部の住宅供給は需要に追いつかず、雇用主は労働者を確保するために社宅を整備した。雇用主が住居や生活基盤まで提供することで、労働者の生活全般を管理・保護する構造が生まれた。これが「パターナリズム(家父長主義)」、すなわち企業が従業員の生活を支える関係の始まりである。
現代にもそれと通じる動きが見られる。人材確保を目的に社宅を整備したり、保育施設を設けたりする企業が近年また増えている。ペネル氏はこうした動きを現代版パターナリズムと捉えている。そこには、単なる福利厚生にとどまらず、効率や利益だけでは測れない「人間」としての生活全体を支え、もう一度労働の中心に据え直そうとする発想がある。
仕事中心社会の終焉
ペネル氏がFuture of Workの議論で最も過小評価されている潮流として挙げるのが、個人主義の高まりである。これは自己中心的な傾向を指すのではなく、働く個人が自分自身の価値観や生活を起点に働き方を選ぶようになったという、意識の転換である。労働の重要性は変わらないものの、個人が「いつ、どこで、誰と働くか」を選ぶ時代が到来し、仕事は人生のすべてではなくなった。仕事は人生の一要素にすぎず、唯一の要素ではない。
しかし、この変化は世代間の誤解も生む。「若者は働きたがらない」というシニア世代からの声がその典型だが、若者は働きたくないわけではなく、親世代のような働き方を求めていないだけである。仕事に人生を捧げてきた親の背中を見て育った若い世代は、「報われない献身」を望まない。ペネル氏は、それは怠惰ではなく、合理的な判断と捉えている。
世代間の誤解を解くための方法として、若手がシニア層のメンターとなる「逆メンタリング」や、若手社員が経営陣と同じ議題を議論する「シャドー経営会議(※1)」が奨励される。いずれも、世代を対立軸として捉えるのではなく、互いの強みを活かし合う発想から生まれた取り組みである。重要なのは、異なる世代がどうともに働くかである。
AIによる「労働の過密化」というリスク
個人主義の高まりと並行して、労働市場にはAIの台頭というもう1つの大きな変化が押し寄せている。果たしてAIは雇用を奪うのか。歴史的な視点から見ると、産業革命は雇用を破壊しながらもそれ以上に多くの雇用を生み出してきた。AIが台頭する現在も同様に、世界全体の就業機会は損なわれていない。
ただし、AIには1つの大きな違いがある。それは「速度」である。これまでの技術革新は社会に定着するまで20〜40年を要したが、AIは数カ月単位で進化し、世界中に驚異的な速さで普及している。この速度は脅威である一方、働き方を変える大きな可能性も秘めている。報告書作成やデータ入力など、価値を生まない事務作業をAIが代替することで、人々の負担は確実に軽減される。人間関係の構築や協働の深化に、より多くの時間を充てられるようになる。
しかし本当の問いは、「解放された時間をどう使うのか」である。そのまま追加業務に転換されると、労働の「過密化」「加速化」「断片化」がさらに加速するという悪循環を生み、バーンアウトの増加、すなわち働く人々の心身の疲弊へとつながる。これは技術の問題ではなく、現場のマネジメントおよび組織運営の問題である。現場の実態を見ず、生まれた余白を即座に埋めようとする姿勢こそ改める必要がある。AIがもたらす恩恵を活かせるかどうかは、組織のマネジメントの質が決定づけるのである。
症状ではなく病の根本に対処せよ
デニス・ペネル氏
マネジメントや組織運営の質とは、何を意味するのか。ペネル氏のメッセージは明快である。マッサージチェアや卓球台で従業員の不満は解消できない。必要なのは仕事そのものの設計を見直すことである。医者でいえば、症状を抑える薬ではなく、病の根本に対処することである。バーンアウトの原因の多くは、際限なく積み重なるタスク、機能しない業務フロー、過剰なルールといった仕事の進め方そのものにある。
その解決策としてペネル氏が提唱するのが「ウォーキング・リーダーシップ」である。マネジャーやリーダー自らが現場に足を運び、従業員が実際にどのように業務を進めているのかを理解することである。どの業務が滞り、どのルールが現場の負担になり、何が生産性を妨げているのか。現場の実態を把握し、障害を取り除くことこそがリーダーの役割である。
こうした現場主義のアプローチが必要とされる背景には、組織内の矛盾(injonction paradoxale)もある。「自律的であれ」と言われながらも細かいルールに縛られる現状は、従業員の不満を生む。この矛盾を解くモデルとして、ペネル氏はミシュランが導入した「枠付けられた自律性(autonomie cadrée)」を例として挙げる。企業の価値観という枠組みの中であれば、従業員が自らの判断で意思決定できるという考え方だ。自律性とは自由放任ではなく、明確な枠組みと責任の中にこそ生まれるものだとペネル氏は言う。
企業は再び地域社会の担い手になる
労働市場はグローバル化が進んだ現在でも、本質的には地域ごとの市場である。ペネル氏はその例として、ベルギーの状況を取り上げる。
ベルギーは2030年までに就業率80%という目標を掲げているが、現状は70%にとどまっており、国内でも地域によって大きく異なる。サービス業やハイテク産業が集積するフランドル地域はほぼ完全雇用(失業率4〜5%)に近い一方、ブリュッセルでは需要と供給のスキルミスマッチという構造的問題が失業率を押し上げており、ワロン地域でも旧来型産業からの転換が遅れている。
こうした地域の課題を埋めるために、企業自らが取り組む動きが広がっている。保育所がなく働きに出られない、交通手段がなく通勤できない、そうした障壁に対し、企業が保育施設を整備したり、通勤バスを運行したりするケースが増えている。「本業ではない」と感じる経営者もいるかもしれない。しかしペネル氏は、それが長期的に自社の競争力を高めることにつながると説く。
人材サービスは「B2C2B」へ進化する
企業の役割が拡大するなか、人材サービスにも大きな変化が起きている。AIでCV(職務経歴書)を求人内容に最適化することが容易になり、書類選考時のマッチング率は大きく上昇した。一見効率化が進んだようだが、実際には判断すべき候補者が増え、選考はより複雑になった。
ペネル氏は、人材サービスのビジネスモデルが「B2B(企業起点)」から「B2C2B(個人起点)(※2)」へ転換する必要性を説く。人材が希少化する時代には、企業を基に人材を探す従来型から、まず個人との関係を築き、その人に合った機会を企業へと結びつける発想への転換が求められる。スポーツ選手のエージェントのように、個人がキャリアを支援する専門家と契約する形が一般化する可能性もある。
産業革命前の自営的な働き方、企業による生活基盤の支援、個人を起点とする人材サービス。形こそ異なるが、根底にあるのは「人間を労働の中心に据える」という発想である。AIがどれほど進化しても、労働の未来を決めるのは技術ではない。未来とは新しいものを作ることではなく、現代の効率至上主義が見失っていた、人間中心の原則を再発見することである。
(※1)若手社員が経営陣と同じ経営課題を議論し、提言を行う取り組み。
(※2)個人(C=Consumer)との関係を築いたうえで、その人材を企業(B)に紹介するモデルを指す。人材の希少化が進む時代において、企業側ではなく人材側を起点とする新しいアプローチである。
取材・TEXT=田中美紀(客員研究員)
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