AIは「魔法の杖」ではなく、組織の弱点を映し出す「鏡」である
Change Factory創業者兼代表。フランスを代表するHR×AI領域の専門家。2012年にChange Factoryを創業し、AI時代の組織変革や人材戦略を支援。LVMHをはじめ多数の企業変革に関与し、3000人以上の人事専門家を育成。2025年11月上梓の『RH & IA(※1)』など著作は10冊以上。ソルボンヌ大学などで教鞭を執る。
ジャン=ノエル・シャントルイユ氏が描くFuture of Work
- 経営者が見落としがちな5つのリスク
アルゴリズム依存、EUのAI規制、データ主権、思考力の低下など、AI活用の陰に潜むリスクを見過ごしてはならない。 - 技術導入ではなく、組織変革の手段としてのAI活用
SNCFやロレアルの成功例が示すように、AIを技術導入としてではなく、人材マネジメントと組織変革の手段として活用する。 - HRを変革の中心にする「10/20/70の法則」
AI変革が生む価値の70%は、人・組織・プロセスから生まれる。その中心的な担い手がHRである。 - AIで自動化せず、人間の能力を向上する
AIに判断を委ねて均質化するのではなく、人間の独自の判断力や創造性を高めることこそが本質である。 - 2040年のリーダー像とは
AIと人間の役割を正しく理解し、その協働をデザインできる人材がこれからの時代をリードする。
なぜフランス企業はAIを活用できていないのか
フランス国立統計経済研究所(INSEE)が公表した調査(※2)によれば、2024年にAI技術を活用しているフランス企業は、従業員10人以上の企業全体の10%にとどまり、前年の6%からは増加しているものの、グローバルな競争環境においてその水準は依然として高いとはいえない。AIを導入している企業においても、そのリソースを十分に活かしきれているとはいえない。
ビジネスにおけるデータとAIの成熟度に関する観測所が2024年に実施した企業調査(※3)では、自社データを効果的に活用できていると回答した企業は22%にとどまった。シャントルイユ氏は、この状況は、単なる技術的な遅れだけではなく、データ基盤や人材、投資余力、さらには組織変革上の課題を反映しているとみている。
問題の根本にあるのは、データという「燃料」の欠如である。質の低い情報をいくら投入しても、AIから質の高いアウトプットは生まれない。高性能なエンジンを搭載しても、燃料がなければ車を走らせることはできない。
それでも多くの企業のトップは、AIを導入すれば「何かが変わる」と期待する。シャントルイユ氏はこの姿勢を「Deploy and Pray(導入して、あとは神頼み)」と表現する。AIを導入すれば組織が変わるという幻想は、むしろ本当に着手すべき本質的な変革から目を逸らす原因になりかねない。問題はツールそのものにあるわけではない。AIは既存の組織課題を解決する魔法の杖ではなく、むしろ組織の弱点を浮き彫りにする存在だからだ。
本当の変革とは、AIの導入を契機として、採用・育成・評価という人事の仕組みを問い直すことである。AIツールの導入と組織システムの変革は、まったく異なるレイヤーの行為である。フランス企業が直面しているのは技術の遅れではない。AIを単なる効率化のツールではなく、組織変革の契機として捉える発想への転換が追いついていないのである。
静かに進む「アルゴリズム依存」の危機
AIへの関心が高まるなか、シャントルイユ氏は、技術そのものの進歩よりも、その使い方に潜むリスクを見落としてはならないと語る。特に経営者やHRが注意すべき点として、5つのリスクを挙げる。
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アルゴリズムによる静かな支配
採用や評価の現場においては、AIによるスコアリングが急速に浸透しつつある。しかし問題は、その数値が意思決定そのものになってしまうことだ。判断の根拠がブラックボックス化すればするほど、従業員のキャリアや人生への影響は大きくなるにもかかわらず、説明責任は薄れていく。 - 「AI Act」が変えるルール
EUのAI規制「AI Act」では、採用・評価・昇進など人事領域の多くが「高リスクAI」に分類される。企業には人間による厳格な監督と説明可能性の確保が義務付けられており、感情認識や生体情報を用いた監視は既に禁止されている。これを知らずに運用し、法律違反を犯している企業は少なくない。 - データ主権という構造的課題
欧州企業のAIインフラの多くは米国企業に依存している。米国の「CLOUD Act」の存在により、海外に保管されたデータであっても米当局がアクセスできるリスクは排除できない。欧州企業が米国のAIサービスを利用し続ける限り、データ主権は常に課題として残るのである。 - 「効率化」が組織の判断力を奪うリスク
AIによる自動化が進むと、企業はコスト削減のためにミドルマネジメントの削減に踏み切りがちである。しかし中間管理職は、単なる伝達役にとどまらない。現場で判断を学び、知識や経験を次世代へ継承する重要な役割を担っている。この層を失えば、組織全体の判断力が長期的に弱体化する。 - 思考を蝕む「ブレインフライ(認知能力の萎縮)」
AIへの過度な依存は、人間の思考力や判断力を徐々に退化させる可能性がある。AIの利用頻度が高い人ほど、批判的思考を外部に委ねる傾向が見られるとの指摘もある。最大のリスクは、人間がAIに置き換えられることではない。AIなしでは考えられなくなることだ。
成功する企業は何が違うのか
では、AIを単なるツールとして消費せず、組織変革の手段として活用している企業は何が違うのだろうか。フランスにも、AIを組織変革の核に据えて明確な成果を上げている企業は存在する。それらに共通するのは、AI導入を技術プロジェクトとしてではなく、人事や経営が主導する「組織変革プロジェクト」として位置づけている点である。
その成功の鍵を握るのが「ハイパーパーソナライゼーション(超個別最適化)」というアプローチである。AIを活用し、従業員一人ひとりのスキルやキャリア志向に応じて学習機会や配置を最適化する。そして、その考え方を採用・育成・配置、さらには人材流動化にまで一貫して適用している。以下の3社を具体的な先進事例として挙げる。
①SNCF(フランス国鉄)
約15万人の職員を擁するSNCFは、AIを用いた高度なスキルマッピングを導入した。社内人材の保有スキルを網羅的に可視化し、社内公募や異動と結びつけることで人材の内部流動性を高めた。最適配置の実現により、外部の派遣やコンサルティングにかかっていたコストの大幅な削減に成功した。
②ロレアル
化粧品大手のロレアルは、AIを応募者の機械的な選別(スクリーニング)ではなく、人と機会を結びつけるために活用している。あるポジションに応募した候補者が別の役割に適しているとAIが判断した場合、採用担当者はその候補者をより適切なポジションへと導く。この運用により、採用業務の効率化に加え、入社後の定着や組織とのカルチャーフィット(文化的適合性)改善につなげている。
③Caisse des Dépôts(預金供託公庫)
公的金融機関である預金供託公庫は、人材評価の解像度を徹底的に高めた。従来約150項目だったスキル定義を、AIのサポートによって約800項目にまで拡張した。これにより、職員個別の最適な育成計画を策定することが可能となり、これまで見えにくかった異なる職種間のキャリアパスも明確に可視化されるようになった。
「10/20/70の法則」―AI変革の70%は人・組織・プロセスで決まる―
ジャン=ノエル・シャントルイユ氏
シャントルイユ氏は、AI変革の成否を左右する要素を、BCGが提唱したとされる「10/20/70の法則」というフレームワークで説明する。アルゴリズム自体が生み出す価値は全体のわずか10%。それを支えるインフラとデータの質が20%。そして残る70%を占めるのは、人・組織・プロセスの変革である。どれほど優れたAIツールを導入しても、それは変革の入口に立ったにすぎない。変革の主役は、あくまで人間である。
この70%の変革を担う中心的な存在こそがHRにほかならない。シャントルイユ氏は、2040年のHRは現在とはまったく異なる領域へシフトすると予測する。AIエージェントが担う領域が大きく広がるとみられる。結果として、HRの役割は人間とAIが健全に共存・協働する組織全体のデザインと調整へと高度化する。人間が現場から消えるのではない。人間の仕事が、より高次元の判断と創造の領域へと引き上げられるのである。
では、その未来のHRに何が求められるのか。倫理的判断力、感情知性(EQ)、人間同士およびAIとの協働力、創造性、そして変革を導くリーダーシップ。これらはいずれも、技術がいかに進化しようともAIが代替できない人間固有の能力である。
しかし、こうした能力は従来の人事指標では適切に測定できない。そこでシャントルイユ氏は、新たな指標として「People Preparedness(人材準備度)」の開発を推進している。認知的柔軟性や意思決定の自律性など9つの評価次元から、組織がAI時代にどれだけ備えられているかを科学的に測定するための挑戦である。
「AIで自動化せず、人間の能力を引き上げよ」
AIは膨大なデータから最適解を提示するが、熟慮をすることはない。統計的な相関関係を見出すことは得意だが、その背景にある因果や本質を理解しているわけではない。未来を予測することはできても、その予測に基づいた責任を負うことは決してない。時間をかけて信頼関係を築くことも、痛みを伴う決断の重みを引き受けることも、AIには不可能な領域である。
シャントルイユ氏が最も問題視するのは、人間がAIに思考の主権を渡すことで、自ら考え、リスクをとって判断する力を失っていくことである。だからこそ同氏が強く提唱するのが、単なる能力の「Augmentation(増強)」にとどまらない、人間の本質的な「Élévation(向上)」という概念である。
デバイスやツールを活用し、AIが出した指示や判断に従うだけでは、それは人間の能力の補強にすぎない。人間の確固たる意図と判断力を中心に据え、それをレバレッジするためにAIを使いこなしてはじめて、人間の能力は本当の意味で高次元へと引き上げられる。
もう1つ、同氏が警戒するのが「均質化」のリスクである。AIを人間の判断に代わる意思決定者として使えば、世界中の企業の答えは必然的に似通ったものになっていく。前述の成功事例が個別最適化を実現できたのは、AIをあくまで人間の判断を拡張する手段にとどめたからにほかならない。AIは平均的な最適解を提示することには優れている。しかし、競争優位を決定づける独創性や前例のない突破口を生み出すのは、いつの時代も人間である。AIに選択を委ね続ければ、企業も個人も独自性を失い、長期的な価値を生み出す源泉そのものが枯渇していくことになる。
AI時代に本当に問われているのは、どれだけ多くの業務を自動化しコストカットできたかではない。人間の判断力、批判的思考、そして未知を学び続ける力を、AIという触媒を使ってどこまで高められるかである。より優れたアルゴリズムを持つ企業ではなく、テクノロジーを通じて人間の可能性を最大限に引き出せる組織こそが、これからの時代の真の競争優位を築いていく。シャントルイユ氏はそう確信している。
2040年に求められるリーダー像とは
未来のリーダーとはどのような姿か。それは、テクノロジーを過度に信奉して人間性を軽視するテクノフィリア(技術崇拝者)でもなければ、変化をむやみに恐れて新しい技術を拒絶するテクノフォビア(技術嫌悪者)でもない。AIに任せるべき定型業務と、自ら判断すべき非定型な領域を冷静に見極められる、バランス感覚を持った人間である。
AIの示すデータや数字を鵜呑みにせず、かといって感情的に拒絶もしない。意思決定の主権を常に自らの手に置きながら、AIとともに思考を深める。そのリーダーの役割は、組織をマイクロマネジメントして統制することではなく、人々の潜在能力を最大限に引き出すことにある。AIがどれほど高精度な予測を提示する時代になろうとも、その予測に最終的な「意味づけ」を行い、最終的な責任を負うのは人間だからである。
シャントルイユ氏が描く2040年のリーダー像とは、単にAIを使いこなすテクニシャンではない。AIという強力なツールを介して人間の能力を拡張し、組織全体の可能性を広げられる実現者である。未来の企業の命運を分けるのは技術のスペックそのものではない。テクノロジーの利便性と人間性の尊厳を、いかに高い次元で両立させられるか。そうした組織設計の考え方こそが、Future of Workにおける最大の競争力となるのである。
(※1)Diateino社より刊行
(※2)2025年10月14日に公表した「Intelligence artificielle dans les entreprises(企業におけるAI活用)」に関する統計調査。 https://www.insee.fr/fr/statistiques/8616837?sommaire=8616883&utm
(※3)2024年に339社を対象に実施した調査。主な対象はフランスのTPE(零細企業)、PME(中小企業)、ETI(従業員250~4999人規模の中堅企業)であり、従業員5000人以上の大企業は含まれていない。 https://www.observatoire-data-ia.fr/
取材・TEXT=田中美紀(客員研究員)
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