「人と仕事」の接点を再設計する ―英国労働市場の新たな挑戦―

フランチェスカ・プロフェタ(Francesca PROFETA)氏

2026年07月21日

プロフィール

Staffing Industry Analysts(SIA)のシニア・リサーチ・アナリスト。ロンドンを拠点に世界の人材マーケットや採用動向の調査・分析に携わる。特にDE&I(多様性・公平性・包摂性)やスキルベース採用研究の第一人者として知られ、欧州各国とアジア全域の労働市場に深い知見を持つ。
AIの急速な普及と大規模な雇用法制改革に揺れる英国の労働市場。20年にわたり労働市場を研究してきたプロフェタ氏が、二極化する市場とこれからのパラダイムを語る。

フランチェスカ・プロフェタ氏が描くFuture of Work

  • 英国労働市場に広がる「ミスマッチ」
    求人と人材、教育と仕事、働き方の間で複数の構造的ミスマッチが同時に進行している。
  • AIは現代のマッチメーカーになり得るか
    学歴や職歴だけでは見えない、隠れた能力を可視化することで、人と仕事の新しい接点を生み出す。
  • AI競争は「性能」から「信頼」へ
    これからの企業の競争力を左右するのは、アルゴリズムの性能ではなく透明性と説明責任である。
  • DE&Iは「理念」から「実装」へ
    公平性の担保は、単なる企業理念ではなく、AIやデータ活用の設計と監査における実務課題となった。
  • 「保護された柔軟性(Protected Flexibility)」が示す新しいモデル
    柔軟な働き方を維持しつつ労働者の保護を強化する法制度への転換が進む。

英国労働市場の転換点と二極化の実像

英国では近年まで多くの企業が深刻な人材確保の課題に直面していた。しかし、プロフェタ氏は、現在の市場環境を単純な人材不足という言葉だけでは説明できないと語る。失業率の上昇と求人件数の減少が同時に進行する一方で、特定の分野では依然として人手不足が続いており、労働市場は複雑な構造的ミスマッチの時代に突入している。

客観的な統計データがその実像を明確に示している。英国の失業率は2025年第4四半期に5.2%へと上昇し、2015年以来の高水準を記録した。一方で、2022年にピークであった求人件数は徐々に落ち着きを見せ、2025年9〜11月時点では72万9000件と過去10年で最も低い水準近くで推移している(英国国家統計局)。こうしたマクロデータは、労働市場に著しい二極化が生じていることを示している。医療、介護、ITなど、特定のスキルに対する需要が高い分野では、必要な資格や能力を備えた人材の不足が深刻化している。一方で、一般事務職やホワイトカラー職では、求職者が過剰な状態となっている。このような変化は単なる一過性の景気循環として捉えるべきではない。AIをはじめとするデジタル技術の浸透がもたらす変化がある。つまり労働市場を取り巻く構造そのものが根底から変わり始めているのである。

プロフェタ氏は、このような構造的ミスマッチの要因として、経済全体の生産性停滞を挙げている。特に深刻なのが「firm-level diffusion(企業間普及格差)」問題である。最新技術をいち早く取り入れて業務を効率化する「フロンティア企業」と、テクノロジー導入が遅れる多数の「ラガード企業」との間でス生じている生産性の格差が、国全体の生産性を押し下げる要因となっている。SIAの調査によれば、AIの導入プロセスにおいても同様のパターンが確認されている。AIの活用は、適切に進めば企業の生産性格差を縮める特効薬にもなるが、導入の成否によってはその格差をさらに広げるリスクもはらんでいる。これからのFuture of Workにおける本質的な問いは、単なる人員の過不足にどう対処するかではなく、こうしたマクロな構造変化をどのように乗り越えるかにある。

スキルベース採用への完全移行とテクノロジーの役割

二極化が加速する労働市場において、今注目されているのが「学歴や職歴という旧来の物差しでは測れないスキルの断絶」という実務問題である。企業が求める特定の専門能力と求職者が保有するスキルのずれ、急速な技術革新に伴う資格の陳腐化、さらには非伝統的なキャリアパスを歩んできた人材が評価されない市場の構造。これらが、量的ミスマッチと並ぶ大きな壁となっている。こうしたなか、企業が個人の学位や過去の経歴ではなく、実際の能力に基づいて評価と採用を行う「スキルベース採用」への移行が本格化している。急速な技術革新によって学位の賞味期限が短くなるなかで、AIは、職務履歴書からは見えにくい求職者の潜在的な能力を推定し、可視化する可能性を秘めている。

プロフェタ氏は、AIによって可視化される能力が、人材と仕事の接点を広げる可能性に注目する。英国では実際に、AIを活用して個人の潜在能力やスキルを客観的に導き出し、学歴や前職のネームバリューにとらわれないマッチングを行うプラットフォームの導入が進んでいる。たとえばEightfold AIやGloatは、社内人材の再配置や、新たなキャリア機会の提供において、非常に大きな役割を果たし始めている。

プロフェタ氏は、特に人材サービス企業が担える役割として、採用・訓練・配置を一体化して提供する「Recruit-Train-Deploy(RTD)」モデルの重要性が高まっていることを挙げる。英国国家統計局の分析によると、2026年現在、英国では若年層のニート(就学・就労・職業訓練のいずれも行っていない若者)が約13%、101万人に達しており、社会的な課題となっている。また、就労意欲を持ちながらも就業機会を見つけられない50歳以上のシニア層のキャリア問題も存在する。派遣労働者の23%を45歳以上が占める労働市場の実態において、RTDモデルのように、潜在スキルの発掘から育成、配置までを一気通貫でサポートするしくみは、市場の空白を埋めるうえで最も実践的な解決策となるだろう。しかし、AIによるマッチングや自動化の普及は、その背後にある負の側面や新たな課題も表出させている。テクノロジーの活用が一般化するにつれ、次なる焦点はガバナンスへと移りつつある。

信頼と監査が問われるAIガバナンスの時代 

現在の議論の核心は「単なる効率化や生産性向上」から「アルゴリズムの透明性と説明責任」へと大きくシフトしている。SIAのレポート「Algorithm Auditing for Staffing Firms 2025(※1)」では、今後の採用マーケットにおいて自社が活用するAIをいかに適切に監査し、その判断根拠を外部に説明できるかどうかが企業の競争軸になると指摘している。背景には、リアルなビジネス社会で発生しているAI関連インシデントの急増がある。AI Incident Database(※2)によれば、世界で報告されたAIの事故や不具合の件数は2022年の100件から2024年には223件へと倍増した。こうした事態を受けて規制当局の圧力も一段と強まっており、人材紹介や派遣、採用といった雇用に直結する領域は、欧州の「EU AI Act」において「高リスクAI」として厳格な法規制の対象に指定されている。

採用や選考の現場におけるAIバイアスは、主に4つのルートから発生することがわかっている。第1に、過去の不平等な採用データをそのまま学習してしまう「データバイアス」、第2に、ソフトウエア開発者の無意識な偏見がコードに埋め込まれる「アルゴリズムバイアス」、第3に、大学名、郵便番号や居住地域といった一見ニュートラルな情報が特定の属性を排除する代替変数として機能する「プロキシ(代理)バイアス」、そして第4に、客観的な定義の曖昧なカルチャーフィットという基準が多数派の属性を優遇してしまう「評価バイアス」である。過去にAmazonが開発した採用AIが女性候補者を一律に不利に評価していたシステム(※3)や、2024年のワシントン大学の研究で履歴書スクリーニングAIが特定の学習プロセスを経て白人に関する氏名を優遇していた実態などは、その典型例といえる。ここで特に重要なのは、データから単に性別や人種といった個人属性を削除したとしても、AIのバイアスは消えないという点である。さらに、最終的な意思決定に人間が関与する「Human-in-the-loop」というしくみを取り入れられたとしても、それが免罪符になるわけではない。なぜなら、人間のリクルーターの手元に届く前に、AIがブラックボックスの内部で候補者プールを絞り込んでいれば、人間の介在は単なる形式的な手続きにすぎなくなる。プロフェタ氏は、これからのAI時代において、人間が担うべき高付加価値的な役割とは、個々の判断をその都度行うこと以上に、その判断を下すアルゴリズムの構造そのものを厳格に監督し、ガバナンスを維持することにあると語る。

DE&Iの変容、理念から実装へのシフト

フランチェスカ・プロフェタ氏フランチェスカ・プロフェタ氏

これまで企業の経営戦略において、DE&Iは、重要なブランド価値や倫理的指標として位置付けられてきた。しかし、プロフェタ氏は、その具体的な実践方法が変化しているという。特に2025年以降の米国のように、政治的な議論の過熱や法的な不確実性を背景に、表立って「DE&I」という言葉を掲げることを避ける企業が増え始めた。しかし、これは決して公平な評価や差別のない採用に対する社会的な関心が後退したというわけではない。実態はむしろその逆であり、DE&Iのコンセプトが単なるスローガンを脱し、AI設計やデータ分析のインフラ、日々のオペレーションのしくみの内部へと深く構造化され、埋め込まれつつある。

SIAが主要な上場人材サービス企業20社の年次報告書を詳細に分析した結果、企業の経営ビジョンにおける具体的なパラダイムシフトが数値として浮かび上がった。「Diversity」という言葉の登場回数は前年比で15%減少したのに対し、「AI」という言葉は207%増加した。プロフェタ氏は、DE&Iは理念の段階を終え、アルゴリズムの設計、運用のガバナンス、客観的なデータ監査といった実務的なタスクへと移行したと指摘する。

当然ながら、AIを導入すれば自動的に多様で公平な組織が実現するわけではない。AIの判断ベースとなるのは常に過去のデータの蓄積であるため、もともと偏りのある環境から抽出されたデータを使用すれば、その歪みを正確に再現し、デジタル技術によってその被害を拡散させてしまう。したがって、重要なのはAIに選考を委ねることではなく、そのAIが「何を正しいゴールとして学習しているか」を常に人間側が可視化し、チェックし続けることである。DE&Iテクノロジーの最新動向を調査したレポート(※4)では、現在市場に流通している多様性支援ツールの効果は、依然として採用の入り口である人材の発掘や初期スクリーニングの段階に著しく偏っている。採用した人材がその後いかに組織に定着したか、昇進プロセスにおける公平性は保たれているか、あるいはキャリア形成や賃金格差の是正にテクノロジーがどう寄与しているかといった、入社後の包括的な公平性を担保するためのソフトウエアやソリューションは、まだ十分に発達しているとはいえない。

こうした現状において、リサーチ会社Gartnerが Algorithm Auditing for Staffing Firms 2025で提示した予測は示唆に富んでいる。AIの透明性、信頼性、安全性を組織的に運用できる企業は、2026年までにAIモデルの成功率やユーザーの受け入れにおいて、そうでない企業に比べて50%もの成果向上を達成するという。プロフェタ氏は、これからの時代、企業の競争優位性を決定づけるのは、アルゴリズムの処理性能そのものではなく、そのテクノロジーの運用を支える企業のガバナンス体制と社会的信頼であると説く。

「保護された柔軟性(Protected Flexibility)」という新潮流

人と仕事の関係性を再設計する動きはテクノロジーの進化にとどまらず、国家の法制度というマクロな枠組みのレベルでも急速に進行している。AIだけではない。制度そのものもまた変化しつつある。プロフェタ氏がその最前線として注目するのが、英国で推進されている「保護された柔軟性(Protected Flexibility)」への歴史的転換である。SIAが2026年春に発表した労働市場の法制度動向レポート「UK: Legal Developments Impacting the Workforce Solutions Sector 2026-27(※5)」によると、現在の英国の労働市場はかつての柔軟性重視から、働く人の権利を守る保護された柔軟性の時代へと舵を切っている。これまでの英国市場は派遣労働やギグワーク、さらには労働時間の最低保証がないゼロ時間契約(※6)などによって、極めて高い労働移動性と雇用形態の柔軟性を誇ってきた。しかし、その利便性の裏側には、個人の所得の不安定さ、社会保障の不足、そして誰が雇用責任を負うのかといったガバナンスの曖昧さといった、労働者側の多大なリスクが蓄積されていた。2025年12月に成立した、近年の英国で最大規模の法改正とされる雇用権利法(Employment Rights Act 2025)(※7)は、まさにその歪みを是正することを目的としたものである。

具体的には、2026年4月以降、すべての労働者に対して勤務初日から傷病手当(SSP)の受給権利が適用される。さらに人材サービス業界で広く利用されている「アンブレラ会社(※8)」が不適切な処理によって税金を納付しなかった場合、その中間に入る派遣会社や実際に労働者を活用する企業までが連帯してその納税責任を負うという「厳格責任(Strict Liability)」のしくみが導入された。これにより、企業にはサプライチェーン全体に対するより重い監視と説明責任が法的に義務付けられることとなった。加えて、新たに設立された「Fair Work Agency(公正労働機関)」は、これまで複数の官庁に分散していた最低賃金の取り締まりや派遣労働者保護の執行権を一本化し、個々の労働者に代わって国が直接企業に対して法的訴訟を提起できる制度を整えた。プロフェタ氏が注視するのは、英国が目指しているのは単なる「規制強化」ではなく、既に存在する法律の実効性を担保するための「執行強化」だという点である。さらに、2027年には、ゼロ時間契約や短時間契約の労働者に対して、実績に基づいた保証時間の付与やシフトの事前通知、直前の急な予定変更に対する企業側からの金銭補償を義務付ける具体的な規制の執行も予定されている。これにより、不確実性のリスクを労働者だけに押し付けることがないようにする制度の整備が進んでいる。

こうした制度改革の一方で、企業内における働き方の格差も新たな課題として浮上している。SIAのレポート「UK Internal Staff Survey 2025(※9)」によれば、企業内でのリモートワークを行う権利は、個人の経験年数(リモートワーク利用率は入社直後のスタッフが29%であるのに対し、勤続10年以上は92%)や、それぞれの職種・業種によって極めて不均衡に分配されている。しかし、育児や介護を担うケアラー、障害のある人、都市部から離れた地方の在住者、あるいは低賃金の若手労働者にとって、リモートワークができるかどうかは、単なる利便性だけでなく、労働市場に参加し続けられるか否かという、キャリアの死活問題そのものである。プロフェタ氏は、柔軟な働き方がもたらす恩恵を組織の一部の人々ではなく、いかに多様な層へ公平に行きわたらせるか、そのしくみとインフラを企業がどう設計するかは、この「保護された柔軟性」の時代が私たちに突き付ける核心的な課題であるという。

プロフェタ氏が示すFuture of Workの核心は、進化を続けるAI技術、個人のスキルベースの可視化、本格的なDE&Iの実装、そして国家の先進的な労働政策という、複数の要素を精緻に組み合わせることによって、人と仕事の関係性をいかに公正、かつ持続可能な形でつなぎ直すかという大きな挑戦にある。そして何よりも、社会的な信頼を一つひとつ積み重ねていくプロセスの中にこそ、近未来の働く社会を豊かにするための真の答えが見えてくるに違いない。

(※1)Algorithm Auditing for Staffing Firms 2025(人材サービス企業のためのアルゴリズム監査2025)。執筆者はSIAグローバルリサーチ担当エグゼクティブ・ディレクターのジョン・ナーセン氏。
(※2)AIシステムによる事故・被害事例を収集・公開する国際的なデータベース。非営利組織The Responsible AI Collaborativeが運営。
(※3)Amazonが開発した採用AIが過去の採用データを学習した結果、女性候補者を不利に評価する傾向を示し、導入が中止された事例。AIバイアスの代表例として広く引用されている。
(※4)DE&I Technology Trends 2026(DE&Iテクノロジー・トレンド2026)。執筆者はSIAシニア・リサーチ・アナリストのフランチェスカ・プロフェタ氏。
(※5)UK: Legal Developments Impacting the Workforce Solutions Sector 2026–27(英国ワークフォース・ソリューション業界に影響を与える法制度動向 2026–27)。執筆者はSIA法務・規制調査担当ディレクターのフィオナ・クーム氏。
(※6)雇用契約を結びながらも雇用主が労働時間を保証しない契約形態。労働者は必要に応じて働くが、収入が不安定になりやすいことが課題とされている。
(※7)労働党のスターマー政権が掲げた「Plan to Make Work Pay(働くことへの公正な対価プラン)」の中核をなす立法措置で、傷病手当の初日適用、ゼロ時間契約の規制、Fair Work Agency(公正労働機関)の設立など、近年の英国で最も大規模な雇用権利の拡充を定めたものとされる。なお、同法を推進したスターマー首相は2026年6月に辞意を表明したが、現時点で一部は既に施行されており、後継政権においても引き続き有効である。
(※8)給与支払い代行事業者。派遣労働者や契約労働者の雇用主となり、給与支払いや税務処理、社会保険手続きなどを代行する事業者。英国では人材サービス業界で広く利用されているが、不適切な税務処理が問題視されており、近年は規制強化が進められている。
(※9)UK Internal Staff Survey 2025(英国人材サービス企業の社内従業員調査 2025)。

取材・TEXT=村田弘美(リクルートワークス研究所グローバルセンター長)

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