
対話型AIで応募プロセスを効率化し、候補者との関係構築に注力――EchoStar

ローレン・ウィルソン氏は、2021年にEchoStarに入社、採用戦略、オペレーション、シェアードサービスを統括し、2025年3月に人材獲得部門イネーブルメント(※1)責任者に就任した。現在は人材アトラクション領域も担当し、採用キャンペーンやブランディングといった採用業務全般に幅広く携わっている。同氏へのインタビューでは、社内でのテクノロジー導入事例や、AI活用によるリクルーターの仕事の変化について話を伺った。
【ポイント】
- キャリアサイトに対話型AIチャットボットHumanlyを導入し、応募時のプロセスを効率化している。今後はスクリーニングやAIエージェントによる面接など活用範囲を広げることを検討している。
- 新しいツールを導入する前に、まず現状の課題を把握し、既存ベンダーの機能やツールで解決できるか検討してから導入の必要性を判断する。
- スクリーニングの自動化により、リクルーターの役割は候補者の見極めから、中長期的な関係構築へと変化している。内定後も接点を持ち続けることで、エンゲージメント向上に注力している。
採用ステージに適したツールを導入
――現在、採用活動で活用しているテクノロジーについて具体的に教えてください。
当社ではiCIMSをATS(応募者追跡システム)とCRM(採用候補者管理システム)として導入し、面接の日程調整にも活用しています。
ソーシング(候補者の発掘や母集団形成)には、LinkedInを主軸に、IndeedやGlassdoorも利用しています。現在、専任の「ソーサー」はおらず、リクルーターが採用ニーズに応じてソーシングを行っています。
また、採用支援プラットフォームのDirectEmployers Associationと提携し、特にフロントライン(現業)職の採用イベントの拡大に力を入れています。
採用マーケティングにはRadancyを利用し、ニッチな求人サイトや地域への情報配信や、キャリアサイトのコンテンツ管理などを行っています。
今後は、リファラル採用(紹介)プラットフォームのEmployeeReferrals.comを本格的に展開する予定です。
さらに、採用インテリジェンスプラットフォームのCrosschqが提供する「360 Reference Check(360度評価)」機能で、候補者の行動特性やソフトスキルを評価しています。
現在は、入社90日後のQoH(採用の質)スコアとパフォーマンス評価(PA)スコアを、入社前のアセスメントテストのスコアと照合する調査もCrosschqと共同で実施しています。これにより、各スコアの相関関係を分析し、採用の質が向上しているかどうかを調べています。
Humanlyで応募時のプロセスを効率化
――採用プロセスでAIを利用していますか?
当社のキャリアサイトには、Humanlyの対話型AIチャットボットを設置しており、求職者からの質問への回答や、サイト内のナビゲーションを自動で行っています。
現在は、求人のマッチング機能や、チャットでの応募手続きを支援する機能の拡張に取り組んでいます。HumanlyにはAIエージェントによる面接機能もあり、新卒、移民、家庭訪問サービス技術者の採用において、当社が重視するコアバリューの測定や、ビザや資格の有無の確認などのスクリーニングが可能か、試験導入を検討しています。
3種類のアセスメントを職種別に実施
――プロフェッショナル職向けに3つのアセスメントを導入されていますが、それぞれどのような目的で使い分けているのでしょうか。
まず、マネジャーとの面接後にSHLの行動特性診断テスト「OPQ (Occupational Personality Questionnaire) 」(※2)を実施し、当社の4つのコアバリューと批判的思考力を測定しています。
次に、Wonderlicで主に認知機能や知的能力を評価しています。
リーダーや管理職の選考には、批判的思考力や意思決定力を測る難度の高いテストであるWatson Glaserを使用しています。
今後は、候補者の負担を軽減するため、アセスメントの数を2つに絞ることを検討しています。
候補者向けのAI機能の導入を検討
――AIマッチングプラットフォームのMatch2に関心をお持ちとのことですが、どのような点に魅力を感じていますか。
Match2が候補者向けのAI機能を搭載している点に魅力を感じています。候補者が履歴書や希望条件などを登録すると、AIが最適な求人をリアルタイムでレコメンドしてくれます。企業側は、応募前の「潜在候補者」をCRMに取り込めるため、リクルーターがより早く候補者と接点を持つことができます。
「AIありき」でなく、既存のツールで問題解決を図る
――新しいツールを導入する際のプロセスや基準を設けていますか。
AIに惹かれて導入するのではなく、まず現状の課題を把握し、その解決にAIが本当に必要かを見極めることが重要だと考えています。
また、予算が縮小しているため、新しいツールを導入する前に、既存ベンダーの機能で解決策を探すようにしています。HumanlyやCrosschqが、追加費用なしで新機能を提供してくれることは非常に魅力的です。
――社内では、日常業務でAIをどのように活用していますか。
1年前はAI利用に制限がありましたが、現在は日常業務で自由に使える環境が整っています。当社では、IBMと連携して設計した社内研修プログラム「AIアカデミー」を立ち上げ、従業員のAI活用を促進しています。
――候補者がAIを利用していると感じたことはありますか。その際、どのような対応をされましたか。
面接で、候補者がAIを利用していると感じたことが何度かありました。そのため、当社では行動面接の研修プログラムを導入し、マネジャー向けに質問を深掘りする方法や、適切な回答を引き出すトレーニングを行っています。
また、アセスメントベンダーにも協力を依頼し、AI利用の兆候が見られないか、データ分析を依頼しています。
アセスメントツールは有効な評価手段ですが、テストが苦手でも、実務で優れた能力を発揮する人もいます。教育現場では、自宅ではなく学校で作文を書かせるといったアプローチが見られますが、私たちも従来の評価手法を見直す必要があるかもしれません。
採用活動における課題
――現在、採用活動において直面している課題は何でしょうか。
フロントライン(現業)職の採用では、マーケティング予算が削減されるなかで、出勤率など入社基準が厳格であるため、採用目標数の達成が難しくなっています。
一方、プロフェッショナル職では、適切な候補者を素早く見つけることが課題です。当社の選考プロセスは承認に時間を要するため、長いプロセスを経ても入社したいと思えるような魅力的な会社であることを示すこと、そして定着を支援することが重要です。
――これらの課題はテクノロジーで解決できると思いますか。
個人的には、予測分析に大きな可能性を感じています。アセスメントのスコアと採用後のパフォーマンスを比較するデータがあれば、マネジャーによる承認プロセスを簡略化し、より迅速な採用につなげることができると考えています。
候補者とより早く、より多くの接点を持つ
――候補者の興味をつなぎとめるために、何か取り組んでいることはありますか。
CandE調査(※3)でのフィードバックを受け、不要なプロセスを見直し、ツールの導入で自動化を進めています。これにより、リクルーターが候補者との関係構築に集中できる体制を整えています。
具体的には、応募書類には48時間以内に返信し、迅速に選考スケジュールを組むことをSLA(サービスレベル合意)(※4)としています。さらに、内定後から入社前までの期間は専門チームが担当し、福利厚生の案内や社内ニュースを定期的に発信することで、継続的に候補者との接点を持つようにしています。
また、Glassdoorの面接レビューに対応するため、入社後7日目と30日目に新入社員へのアンケートを実施しています。この取り組みにより、候補者サーベイの結果が大幅に改善し、チームの士気向上にもつながっています。
リクルーターの役割が「候補者との関係構築」へと変化
――生成AIの進化に伴い、リクルーターの役割はどう変わっていくと予測していますか。
リクルーターの役割は、「候補者を見極める」業務から、「候補者との関係構築を担う」業務へとシフトしていくと考えています。AIによるスクリーニングの自動化で、これまでリクルーターが担っていた多くの業務が削減される可能性がありますが、私はプロジェクト推進や候補者との関係構築に注力することも重要だと感じています。
私たちは今、AIの進化の波に乗っていますが、最終的には人が採用に関わることの重要性を改めて認識するときが来るのではないかと思います。
インタビュアー=クリス・ホイト(CareerXroads)/杉田真樹
TEXT=泊真樹子
【EchoStar Corporation 企業概要】
採用関連テクノロジーの概要
iCIMSCRM、ATS、採用ブランディングを統合した採用管理プラットフォームである。「iCIMS Hire」では、求人作成から、面接調整、オファー管理までを一元的に管理できる。
Crosschq
ATSと連携する採用インテリジェンスプラットフォームである。応募者数、歩留まり率、面接時間、採用経路別の内定承諾率、採用単価、定着率などを図表で可視化する機能を備える。さらに、候補者のコミュニケーション力やチームワーク力などのソフトスキルを、前職のマネジャーや同僚、本人が評価する「360度評価」機能を提供する。
DirectEmployers Association
主に連邦政府請負業を対象とした非営利・会員制の採用支援プラットフォームである。求人情報の管理、州政府の公共求人求職サイトへの自動配信、採用マーケティング機能などを提供する。
Humanly
チャット、音声、ビデオによる候補者との対話を通じて、スクリーニング、スケジュール調整、面接後のフォローをAIで自動化する対話型AI採用プラットフォームである。スクリーニングでは、AIがチャットを通じて応募者に質問を行い、適合度を判定する。
世界200以上の国と地域に10億人以上のユーザーを有する、ビジネス特化型のSNSである。求人求職サイトとしても利用されており、2025年5月時点で掲載求人件数は1500万件を超える。同年4月には、登録プロフィールに記載されていないスキルや潜在能力をAIが推定し、候補者を提示する機能が追加された。
Indeed
世界60以上の国と地域で展開されている求人検索エンジンである。職種や勤務地などによる絞り込み検索に対応しており、企業は登録レジュメを基に候補者検索を行うことができる。
Glassdoor
現従業員と元従業員が匿名で企業を評価し、求職者へ情報を提供する企業口コミサイトである。求人広告の掲載も可能である。
EmployeeReferrals.com
リファラル採用(紹介)プラットフォームである。ATSと連携し、SMSや電話などによるモバイル紹介ポータル、高度な検索ツール、SNSでの求人情報共有機能などを提供する。社内異動にも対応しており、紹介者への報酬制度なども備える。
Radancy
採用ブランド構築と採用マーケティングを支援するプラットフォームである。CMS(コンテンツ管理システム)を用いたキャリアサイトの編集・運用が可能であり、求人アラートやニュースレターのセグメント別自動配信、プログラマティック求人広告の機能を提供する。
Match2
AIを活用したマッチングプラットフォームである。求職者に最適な求人を提示し、スキルや志向に基づくパーソナライズマッチング、応募体験の向上、データ分析による採用戦略の最適化を実現する。
SHL
知的能力とパーソナリティの両面から総合的な適性を測定するアセスメントツールである。実務に即した状況判断シミュレーション、意欲や仕事上の価値観などを測る性格適性テスト、認知能力テストなどを提供する。
Wonderlic
認知能力、性格特性、モチベーションを統合的に評価するアセスメントプラットフォームである。職務適合度や入社後のパフォーマンス予測をスコアで表示する。
Watson Glaser
論理的思考を「演繹」「論理評価力」「推論」「解釈」「前提の認識」の5つの観点から分析するアセスメントプラットフォームである。
(※1)イネーブルメント(Enablement)とは、チームが成果を上げるために必要な知識・スキル・ツール・プロセスを体系的に提供する取り組みである。Salesforceなどの企業では、イネーブルメントチームが営業やカスタマーサクセスのパフォーマンス向上を支援する役割を担っており、この考え方は採用領域にも応用されている。
(※2)OPQ(Occupational Personality Questionnaire)は、1984年にSHLの創業者によって開発された行動特性検査である。職場における「行動傾向」や「好まれる行動スタイル」などを明らかにし、人材の特性を科学的に可視化する。これにより、人材のポテンシャルを測定し、適切な人材配置を行うことが可能になる。
(※3)CandE調査(Candidate Experience Benchmark Research)は、企業が採用プロセスにおける候補者の体験を評価・改善するための調査プログラムである。候補者の応募からオンボーディングまでの体験を匿名で調査し、他社との比較(ベンチマーク)を通じて課題を特定し、候補者満足度の向上を図ることができる。
(※4)SLA(Service Level Agreement;サービスレベル合意)とは、主にITサービス事業者と顧客との間で交わされる「サービスの質や対応スピード」に関する合意事項を指す。近年では、HRやリクルーティング領域にも応用されており、「期待される対応スピード」を担保するために、社内関係者間で取り交わす合意として活用されている。これは、社内オペレーションの指針や対応基準として機能している。