LinkedInを主軸に10種のツールを使いわけ、年間6000人を採用――KPMG

2025年09月30日

ジョディ・アダムス氏は、米国におけるフルタイムおよび契約社員の採用に関してソーシング戦略の設計・開発・運用を統括している。具体的には、KPMGの税務、監査、ビジネスプロセスグループを支援する3つのソーシングチームを率いている。
リンジー・ディノボ氏は、KPMGの監査部門のインターンとしてキャリアを開始し、2003年以降、新卒採用や採用戦略など、さまざまな役割を経験してきた。現在は、人材獲得(タレントアクイジション)チーム内のコンプライアンス担当として、戦略およびポリシーの全体管理を担っている。
両氏に、採用戦略、直面する課題、活用しているテクノロジーについて話を伺った。

【ポイント】

  1. LinkedInやIndeed、Avatureなどを活用し、採用ステージに応じて柔軟にツールを使い分けている。
  2. Paradoxのチャットボットを導入し、求職者からの問い合わせ対応や面接の日程調整を自動化している。
  3. AI導入時には精度や公平性を事前に評価し、DEI方針に合わないツールは導入を見送っている。

日常業務で使用するツールは最大10種類

――KPMGでは、採用活動において何種類のツールを活用していますか。

ディノボ氏:日常的に使用しているツールは、リクルーター1人あたり4~10種類です。ATS(応募者管理システム)とCRM(採用候補者管理システム)にはAvatureを導入しています。
ただし、すべての機能を使いこなしているわけではなく、当社のニーズに合わない部分は、他のツールを併用して補完しています。

LinkedInのAIエージェント「Hiring Assistant」を試験運用

――現在、採用プロセスで活用しているテクノロジーについて、具体的に教えてください。 まず、ソーシング(候補者の発掘や母集団形成)にはどの製品を利用していますか。

アダムス氏:中途採用や、パートナーやマネージングディレクターといった上級管理職の採用では、LinkedIn RecruiterとAvatureのCRMを主軸に、Indeedなどの求人求職サイトをはじめとする多様なツールを活用しています。コロナ以降は運用体制を強化し、現在はLinkedInのAIエージェント「Hiring Assistant」の試験運用も進めています。この試験運用には20名のリクルーターが参加しています。
当社では、毎月1万人以上の転職潜在層にアプローチしており、全採用ポジションの約35%をソーシングによって充足しています。
テクノロジーに加えて、従業員リファラル(知人の紹介)制度も活用しており、採用者の多くがこの制度を通じて入社しています。

ディノボ氏:ソーシングおよびスクリーニングのためのプラットフォームとして、Sniper AIの試験導入も進めています。このツールは、大量の応募者の中から、人間が見落としがちな候補者を浮上させる機能があります。製品デモでは、Avatureとスムーズに連携できるので、ツールを切り替える手間なく、候補者のスキル情報をAvature上で可視化できることを期待しています。今後は、Sniper AIを活用して過去の応募者を「再発掘」し、欠員ポジションや難易度の高いポジションの充足にも取り組んでいきたいと考えています。
そのほか、SeekOutは主に市場調査の目的で利用しています。

Brazenで新卒採用イベントをオンライン開催

――新卒採用では、どの製品を利用していますか。

ディノボ氏:新卒採用では、Brazenというオンラインイベントプラットフォームを活用し、全米規模の説明会や履歴書レビューイベントなどを実施しています。対面で接点を持ちにくい候補者にもリーチできるのが利点です。ほかのベンダーも調査していますが、現時点ではBrazenを超える製品は見つかっていません。

——新卒採用向けテクノロジーの分野で有名なBrazenを利用しているとのことですが、採用対象の大学をどのように分類していますか

アダムス氏:当社では、大学を以下の3つに分類しています。①指定校、➁完全バーチャル校、③バーチャルプラス校です。
指定校は、大規模校が中心です。定期的にキャンパスを訪問しており、採用対象となるほぼすべての専攻分野を網羅できるため、ROI(投資対効果)が高いです。
完全バーチャル校は、キャンパスは訪問せず、Brazenを活用したオンラインイベントを通じて学生にアプローチしています。
バーチャルプラス校は、小規模の大学が中心です。特定地域のオフィスにとっては非常に有望な採用対象となりますが、全社的にはROIが低いため、基本的にはオンラインで対応し、当該地域のオフィスの担当者が個別にキャンパス訪問を行う場合もあります。

LinkedInは採用成功に欠かせないツール

――気に入っている製品があれば、その理由も教えてください。

アダムス氏:もっとも活用しているのはLinkedInです。CRMよりも、LinkedInを利用している時間の方が長いほどです。人材供給パイプラインの構築に非常に効果的で、これまで以上に多くの候補者にアプローチできるようになりました。競合他社よりも幅広い人材層をリスト化できる点も大きな強みです。
ブーリアン検索や高度なフィルター機能も便利で、ソーシングの質を大きく高めてくれます。当社の採用活動にとって、LinkedInは欠かせないツールです。AIエージェントのHiring Assistantとの連携によって、候補者発掘の効率と精度が一層高まることを期待しています。

AIツール導入前の妥当性確認を必須化

――AIツールの導入に際して、何か懸念点はありましたか。

ディノボ氏:テクノロジーを導入する際には、コンプライアンス面の確認を重視しています。そのため、Sniper AIやHiring Assistantの精度や公平性については、導入前に慎重な評価を行っています。
以前、新卒採用向けのAIツールを導入しようとした際、ベンダー側の影響分析が当社の分析と一致せず、最終的に当社のDEI方針にそぐわない影響が確認されたため、導入を中止せざるを得ませんでした。こうした経験を踏まえ、現在はSniper AIを含め、選考そのものではなく「可視化」を目的としたツールの活用に重点を置いています。

チャットボットで問い合わせ対応や面接の日程調整を自動化

――アセスメントや面接には、どの製品を利用していますか。

ディノボ氏:面接の日程調整には、Paradoxのチャットボットを活用しています。ATSと連携しており、リクルーターのスクリーニングを終えた候補者に対して、面接の日程調整の案内を自動送信しています。このしくみによって、大幅な工数削減を実現できました。
また、自社のキャリアサイトにもチャットボットを組み込み、求職者からの基本的な質問に自動応答しています。今後は、求職者に対するスクリーニングの質問を自動で行う機能も追加する予定です。
アセスメントには、現在Codilityというプラットフォームの導入を検討しており、法務部門の承認を待っている状況です。
そのほか、具体的な製品は未定ですが、スクリーニング後から面接前の段階で活用できるスキルアセスメントツールの導入も検討しています。将来的には、より多面的なスキル評価を実現したいと考えています。

応募者が進捗確認できるツールを開発中

――今後の採用活動や人事業務に関して、特に注目しているテクノロジーのトレンドはありますか。

ディノボ氏:注目しているトレンドの1つは「自動化」です。特に重視しているのは、候補者とのコミュニケーションの透明性をいかに高めるかという点です。現在、Indeedに実装されているようなダッシュボード機能の開発を進めており、候補者が自分の応募状況や選考ステージをリアルタイムで確認できるようにすることを目指しています。
このような情報提供を自動化することで、選考結果の通知だけでなく、「この応募は受理されたのか」といった情報をリアルタイムで確認できるようにするほか、候補者が自ら応募を辞退できる機能も備える予定です。

もう1つの注目分野は「スキルベース採用」です。Sniper AIを活用し、履歴書からスキル情報を抽出することで、職種名にとらわれず求人とのマッチングを図る取り組みを進めています。

スキルベース採用への考え方

――スキルベース採用に注目しているとのことですが、学位不問にする、ポテンシャルや転用可能なスキルを見るなど、どのように考えていますか。

アダムス氏:当社では、肩書きだけで判断するのではなく、その人が実際に持っているスキルに注目しています。たとえば、「キャンパスリクルーター」という肩書きの人でも、「イベントプランナー」として活躍できる可能性があると考えています。このように、転用可能なスキルやポテンシャルを重視することが重要だと認識しています。
スキルベースで人材を評価していますが、特に採用難易度が高い職種では、足りないスキルがあれば、入社後に育成する「ビルド」戦略を採り入れています。一方で、即戦力が求められる職種では「バイ(即戦力採用)」戦略を採用し、90%以上のスキル一致を条件としています。
学位要件の廃止については、現在社内で議論を進めているところです。

AIによる大量応募への対応と法規制の課題

――採用活動全般で、今最も大きな課題は何ですか。

アダムス氏:会計士などのプロフェッショナル人材の採用では苦戦しています。市場全体でニーズが高く、同じ人材を複数の企業が奪い合う状況が続いています。

ディノボ氏:1つ目の課題は、AIを使って一度に大量の求人に応募する候補者が増えているため、自社に適した人材を見極めるのが難しくなっています。だからこそ、ポジションに適した人材を絞り込めるSniper AIを早期に導入したいと考えています。当面の対応としては、1人の応募者が同時に応募できる職種数に上限を設けています。

2つ目の課題は、AIやテクノロジーに関する法規制の急速な変化です。すでに進めていた施策を途中で中止せざるを得ないケースもあり、継続的な運用が難しいことです。

コンプライアンス対応ツールへの関心

――採用の未来について、特に注目しているテーマはありますか。

ディノボ氏:他社がどのようなツールを使ってコンプライアンスを遵守しているのかに注目しています。Sniper AIには、「なぜこの候補者を選んだのか」を説明する機能がありますが、人事判断に内在するリスクやバイアスを可視化・分析できるツールがあれば、ぜひ知りたいと思っています。

インタビュアー=バーブ・ルース(CareerXroads)
インタビュアー&TEXT=杉田真樹

【KPMG 企業概要】
KPMG企業概要

採用関連テクノロジーの概要

Avature
採用および人材管理プラットフォームである。CRM、ATS、キャリアサイト構築、イベント管理、ビデオ面接、オンボーディング、社内異動、パフォーマンス管理などの機能を備えている。


LinkedIn
世界200以上の国と地域に10億人以上のユーザーを有する、ビジネス特化型のSNSである。求人求職サイトとしても利用されており、2025年5月時点で掲載求人件数は1500万件を超えている。同年4月には、登録プロフィールに記載されていないスキルや潜在能力をAIが推定し、候補者を提示する機能が追加された。「LinkedIn Recruiter」は候補者の検索、連絡、管理を行うためのプラットフォームである。高度な検索機能、つながりのないユーザーへのInMail送信、採用プロセスの成果管理機能を備えている。「Hiring Assistant」は、LinkedInが2024年10月に発表したAIエージェント機能である。求人の作成、候補者発掘、メッセージのやり取りなどを半自律的に行う。


Indeed
世界60以上の国と地域で展開される求人検索エンジンである。職種や勤務地での絞り込み検索に対応し、登録レジュメを基に候補者検索が可能である。


Sniper AI
RecruitmentSmartが提供するAI搭載のソーシング&スクリーニングプラットフォームである。応募要件と候補者のスキル・経験を比較し、適合度をスコア表示するほか、スキルギャップ分析、育成提案、入社後の活躍予測機能を備えている。

Brazen
採用イベント管理プラットフォームである。求人広告やキャリアサイトに専用リンクを掲載し、求職者とチャット・音声・ビデオで直接対話できる。バーチャルキャリアフェアやウェビナーの開催、AIによる候補者マッチング、イベント効果の分析機能も備えている。


SeekOut
AIでネット上の人材データを収集するタレント検索プラットフォームである。「People Insights」機能により、職種ごとの人材分布、学歴、出身大学、企業属性などを分析できる。


Codility
エンジニア採用向けのアセスメントプラットフォームである。コーディングテストやシステム設計課題を通じて技術力を評価する「CodeLive」、「CodeCheck」、「CodeChallenge」などの機能を備え、AIによる不正検出機能も実装されている。

Pardox
採用業務に特化したチャットボットを提供するプロバイダーである。AIアシスタント「Olivia」が、求職者の問い合わせに自動応答し、経験年数や希望の職種、資格の有無などを質問してスクリーニングを行う。