
12種類のツールを組み合わせた“フルスタック型”のテック運用で約3万人採用――Spectrum

ジェニファー・トレイシー氏は、通信企業の Comcast などでタレントアクイジション(TA)部門のディレクターやシニアディレクターを歴任した後、2018年に Charter Communications(Spectrum ブランドを展開)へ入社。現在は同社の TA シニアディレクターとして、全社的な採用戦略を統括している。採用マーケティングやソーシャルメディア戦略を通じて、優秀な人材の獲得を推進している。同氏に対し、採用戦略、直面する課題、活用しているテクノロジーについて話を伺った。
【ポイント】
- 採用プロセスの各フェーズに対応する12種類ツールを組み合わせた、「フルスタック型」の運用体制を構築している。
- AI導入に際しては、社内の「AI Council(AI審査委員会)」による事前審査プロセスを設け、社会的影響に配慮している。
- アセスメント結果の定期的な再検証やデモグラフィック分析により、公平性の確保とバイアスの最小化を図り、「最もバイアスの少ない企業」として評価されている。
12種類のツールを駆使
――現在、採用プロセスで活用しているテクノロジーについて、具体的に教えてください。
現在、採用プロセスではさまざまなテクノロジーを活用しています。人事基幹システムには、2024年にOracle Cloudを導入しました。CRM(採用候補者管理システム)はBeameryを使用しています。
ATS(応募者追跡システム)は、以前はKenexa BrassRingを利用していましたが、現在はiCIMSに切り替えています。iCIMSの「Video Studio」機能を活用して社員インタビューの動画を求人ページに掲載したり、オンボーディング機能も積極的に活用しています。
また、母集団形成には、LinkedInを利用して、求人掲載や、候補者へのにスカウトメールの配信を行っています。バックグラウンドチェックにはHireRightを利用しています。
――スクリーニングには、どの製品を利用していますか。
AIによるスクリーニング自動化ツールのHiredScoreを導入し、昨年から本格的に稼働を開始しました。今年は、専門職採用チームでの活用を定着させています。社内リクルーターの評価とHiredScoreによるAI評価を比較した結果、92%の一致率が確認されました。この高い一致率は、HiredScoreの有効性を示しています。
――候補者エンゲージメントには、どの製品を利用していますか。
以前はピープルアナリティクスプラットフォームのPerceptyxを利用していましたが、現在はMedalliaを導入しています。候補者やハイアリングマネジャーに採用プロセスに関するアンケートを実施し、フィードバックを収集・活用しています。
――アセスメントには、どの製品を利用していますか。
アセスメントや面接の日程調整にはHireVueを利用しています。また、技術職や多言語対応が求められるポジションのアセスメントにはSHLも活用しています。
成果を上げているテクノロジー
――導入してよかった製品を教えてください。
導入してよかったと感じている製品は3つあります。1つ目はキャリアサイトの運用に利用しているRadancyです。この製品の大きなメリットは、キャリアサイトのページを自社で柔軟に編集・運用できる点です。また、給与透明化法(※)にも対応しており、法令で義務づけられている州の求人情報は、給与情報を記載しています。Radancyは、州ごとの法令に応じて自動で対応してくれるため、当社側の負担が大きく軽減されました。
2つ目は、タレントアナリティクスプラットフォームのTalentegyです。求人媒体ごとのROIを一元的にトラッキングできるツールで、求人広告配信サービスのAppcastやRadancyなどにも利用を義務づけています。応募者の流入経路は最大10クリック前まで遡って分析でき、「ChatGPT経由での応募」のような詳細な経路まで把握できます。さらに、応募者ごとの流入データを解析し、どの媒体が応募につながったかを正確に追跡できます。2024年には、候補者のタッチポイントの平均は採用全体で8回、応募前で5回でした。このような精度の高いデータは、媒体側の集計レポートよりも信頼性が高く、LinkedInのようなプラットフォームとの契約更新時の料金交渉で有利な根拠となりました。
3つ目はHireVueです。当社では、フロントライン(現場)職向けのアセスメントに「Validated Assessments」を活用しています。このツールは、採用後のパフォーマンスを予測することができます。また四半期ごとに有効性を検証し、選考プロセスにバイアスが生じていないか、また事業環境の変化に対応できているかを確認しています。採用後のパフォーマンスをある程度予測できるだけでなく、「なぜこの人を採用したのか」という採用理由を、客観的に説明するための根拠としても役立ちます。
——導入を検討している製品はありますか。
2025年に直営店舗部門でアセスメントプラットフォームのPlumの試験導入を開始しました。2026年以降は全社への展開を目指しています。
これを数千人規模のスーパーバイザー向け研修プログラムに組み込み、アセスメントの結果を基に継続的なコーチングや成長支援を提供したいと考えています。Plumの導入は、社内の人材流動性を高めるための初期の大規模な取り組みのひとつでもあります。
——採用ツールを選ぶ際やベンダーと契約する際に、どのような点を重視していますか。
基本方針として、年2回以上の大規模導入は行っていません。また、コストや時間を削減するため、ベンダー選定のコンペ(RFP)を原則として既存ベンダーに限定しています。
ツール導入のポイントは、「計画を立てたら、ぶれずに進めること」です。そして満足できなければ、躊躇なく契約を断る覚悟を持つことが重要と考えています。
AI活用と独自LLM「Spectrum GPT」
――今後の採用活動や人事業務に関して、特に注目しているテクノロジーのトレンドはありますか。
今後、AIへの投資は確実に加速していくと考えています。当社のテクノロジーチームに「AI責任者」を設置し、採用チームとも密接に連携しています。業務の効率化や成果の向上に役立つ分野には、今後もAIを積極的に取り入れていく方針です。
最近では、社内専用のLLM(大規模言語モデル)「Spectrum GPT」を開発しました。外部ベンダーから独自のLLMを提案されることもありますが、当社の原則は明確で、「自社のデータに基づいたモデルを、自社の目的のために使う」ことを重視しています。その方針に沿わないサービスは採用しません。2025年には、求人広告を400ワード未満に収めるという採用マーケティング上の目標に対応するプロンプトを備えたSpectrum GPTを導入しました。
採用の公平性への取り組み
――近年、「採用の公平性」が重要視されていますが、御社ではどのように取り組んでいますか。
昨年4月、シカゴ大学の研究者が米国の大手約100社に架空の履歴書を送り、採用における人種や性別による差別の有無を検証した調査の結果を発表しました。当社は「最もバイアスのない対応をしていた企業」の第1位に選ばれました。これは、当社の採用プロセスが丁寧に設計され、大量採用にも一貫した公平性を保てていることの証です。
選考の初期段階からアセスメントを導入し、その内容を常に検証しています。また、応募者の人種、性別、年齢などの属性ごとに、結果に偏りが出ていないかを常に確認し、公平な採用活動を徹底しています。
私が採用の公平性という課題に真剣に向き合うようになったきっかけは、数年前に、ある拠点でアジア系の応募者がほとんど選考に進んでいないことに気づいたことです。当初はリクルーターの対応に問題があるのはないかと疑いましたが、データを詳細に分析したところ、アジア系の応募者は他の層よりも応募の時期が遅い傾向があることがわかりました。このように、正確なデータがあったからこそ、真の原因を突き止めることができたのです。
AI導入における社内審査と倫理的配慮
――生成AIの活用や採用業務でのAI利用について、どのような方針をとっていますか。
当社では、AIに関わる技術を導入する際には、事前に社内のAI Council (AI審査委員会)の承認を受ける必要があります。私たちは“インターネットの利用を支える通信企業”として、社会に悪影響を及ぼすような技術は決して導入してはならないと考えています。
採用における最も大きな課題とは
――採用活動全般で、今最も大きな課題は何ですか。
現在、採用活動における最大の課題は「適切な人材を見つけること」です。労働市場では「二極化」が進んでおり、スキルや経験が豊富な専門職と、現場の第一線で働く職種に人材が集中する一方で、中堅層が不足しています。この傾向は今後も長く続くと見ています。そのため当社では、たとえフロントライン職からスタートした場合でも、中堅層へステップアップできるしくみを整えています。
――中堅層の不足の課題に対して、具体的にどのように取り組んでいますか。
高卒者へのアプローチを強化しています。当社では「社員への投資(Invest in You)」を掲げ、2023年に学習プラットフォームのGuildと提携し、従業員向けの学費支援制度を導入しました。
入社1年以上の従業員は、大学の学位や資格を無料で取得できるようになっています。高校卒業後に入社した場合でも、働きながら学びキャリアを伸ばすことが可能です。この取り組みによって、高卒者も採用対象として積極的に受け入れるようになりました。
現在は高校3年生をインターンとして受け入れ、卒業後にフルタイム雇用し、学費支援制度の対象とするモデルを10拠点以上で展開しています。今後はこの取り組みを全社のフロントライン職にも広げていく予定です。
採用の未来に向けた展望と願い
――AIの進化によって、近未来の採用活動はどのように変わっていくとみていますか。
今後、AIの活用範囲がさらに広がることを期待しています。現時点では、アセスメントを受けた従業員の長期的な成果を十分に追うことができておらず、候補者が5〜10年後にどのようなパフォーマンスを発揮するかを予測するのは難しい状況です。しかし、将来的に長期的な成果を見通せるAIモデルが完成すれば、意思決定の質を大きく高めることができると考えています。
AIと採用の未来について、私には2つの願望があります。1つ目は、応募者のうち、わずか4〜6%しか採用されない現状を変えることです。採用部門の人手不足や、応募者が多すぎるために見落とされてきた人々にも、AIを活用することで選考に参加する機会を広げられる未来が理想です。
2つ目は、AIが成熟し、たとえ人間の仕事が置き換えられることになっても、「それだけの価値があった」と納得できるような世界になってほしいと願っています。
インタビュアー=ジェリー・クリスピン(CareerXroads)
インタビュアー&TEXT=杉田真樹
【Spectrum/Charter Communications企業概要 企業概要】
採用関連テクノロジーの概要
Oracle Cloud人事情報、給与、勤怠、採用、人材開発を一元管理する人事基幹システムである。採用管理機能「Oracle Recruiting」により、求人公開から応募、選考、面接、オファー、オンボーディングまでを一元管理できる。
iCIMS
CRM、ATS、採用ブランディングを統合した採用管理プラットフォームである。「iCIMS Hire」により、求人作成、面接調整、オファー管理までを一元化する。
Kenexa BrassRing
求人公開、応募状況の管理、キャリアサイトの構築・運用などの機能を備えるATSである。
Beamery
採用、人材管理、要員計画を支援するタレントインテリジェンスプラットフォームである。「Talent CRM」では、職種や居住地に基づき特定の候補者層に新着求人を即時自動配信するほか、ニュースレターの定期配信機能も備える。
HireVue
ビデオ面接(ライブ・録画)、アセスメント、チャットボットによる問い合わせ対応や面接日時の調整機能を統合したクラウド型のデジタル面接プラットフォームである。アセスメントには、ゲーム形式、シミュレーションテスト、コーディングテストの3種類がある。
SHL
知的能力とパーソナリティの両面から総合的な適性を測定するアセスメントツールである。状況判断シミュレーション、性格適性テスト、認知能力テスト、35カ国語に対応する言語適性テストなどを提供する。
LinkedIn
世界200以上の国と地域に10億人以上のユーザーを有するビジネス特化型SNSである。求人求職サイトとしても活用されており、2025年5月時点で求人掲載件数は1500万件を超える。同年4月には、登録プロフィールに記載されていないスキルや潜在能力をAIが推定し、候補者を提示する機能が追加された。
HireRight
犯罪歴、学歴・職歴、資格、信用情報、薬物検査などの確認に対応するバックグラウンドプラットフォームである。
Talentegy
候補者体験を可視化・分析するタレントアナリティクスプラットフォームである。キャリアサイトや応募プロセスでの閲覧・クリックなどの行動を記録し、離脱ポイントの特定をサポートする。
Appcast
求人広告の配信枠を自動買付・最適化するプログラマティック求人広告プラットフォームである。
Radancy
採用ブランド構築と採用マーケティングを支援するプラットフォームである。CMSによるキャリアサイトの編集・運用、求人アラートやブランドニュースレターのセグメント別自動配信、AIによる候補者との適合度判定、プログラマティック求人広告の機能を備える。
HiredScore
スクリーニングプラットフォームである。スキル、学歴、経験に基づき、候補者の適合度をA~Dのグレードで可視化する。
Perceptyx
従業員の声を理解し、組織改善につなげるプラットフォームである。AIによる感情分析、組織課題の予測、360度評価、DEIB(多様性・公平性・包摂性・帰属意識)調査などを通じて、行動変容を促すインサイトを提供する。
Medallia
顧客や従業員の体験に関するデータをリアルタイムで収集・分析し、改善アクションにつなげるエクスペリエンス・マネジメントプラットフォームである。
Plum
性格、問題解決力、社交知性を測定するオンラインアセスメントである。社風との適合度や潜在的なリーダーシップ力も評価可能である。
(※)米国では複数の州や市が、企業に対して求人広告における給与情報の開示を義務付ける法律を制定・施行している。