
プロセス全体で接点を持ち続け、関係を構築する――候補者エンゲージメント
2025年2月から3月にかけて、リクルートワークス研究所では、米国大手企業12社の採用責任者およびアナリストを対象に、「Solution Stackオンラインフォーラム調査」を実施した。これまで、採用ステージ別に「ソーシング(候補者の発掘)」「スクリーニング&アセスメント」における課題や手法を明らかにした。
今回は「候補者エンゲージメント(候補者体験の向上)」に焦点を当て、各社の戦略やテクノロジーを活用した具体的な取り組みを紹介する。
【ポイント】
- 企業は候補者エンゲージメントを優先事項として位置付けており、よりパーソナライズされたアプローチへと転換している。
- 特に離脱が多い内定後のプリボーディング期間では、定期的にナッジやリマインダーの送信を通じて、候補者とのタッチポイントを増やす取り組みが進められている。
- 選考プロセスの各段階で候補者アンケートや調査を実施し、採用における課題を多面的に把握している。
候補者エンゲージメント向上のための採用戦略
コロナ禍および「大退職時代(Great Resignation)」以降、人材獲得競争が激化するなかで、企業にとって優秀な人材を引きつけ、確保することが重要な課題となっている。従来の一律的な採用戦略から脱却し、企業はよりカスタマイズされた候補者体験の提供と関係構築を図っている。
たとえば、ある食品会社では、2025年に採用プロセス全体を対象とした「候補者コミュニケーション」をテーマとするプロジェクトを立ち上げ、候補者エンゲージメントの向上に取り組んでいる。同社は「候補者のニーズは変化しており、その変化を先取りすることが競争力の維持には不可欠である」と認識して、候補者によるリスニングセッションやアンケートを通じて、自社が提案・設計するソリューションが、候補者のニーズに合致しているか確認している。
また、職種や地域ごとの特性に応じて、候補者へのアプローチを変える企業もある。あるメーカーでは、人との直接的なコミュニケーションを重視するアジア地域において、よりパーソナライズされた面談やフォローアップを選考プロセスに組みこんでいる。さらに、医療関連企業では、看護師など採用競争が激しい職種において、リファレンスチェックやバックグラウンドチェックを行う前に条件付きで採用を行い、入社手続きと給与の支給開始を前倒しすることで、採用スピードの向上を図っている。
候補者とのコミュニケーションにSMSやチャットボットを活用
候補者とのコミュニケーションを迅速かつ円滑に進めるために、ショートメッセージ(SMS)や、テキストベースの自動対話プログラムのチャットボットなどのツールが用いられている。
2019年の調査では、候補者対応のチャットボットにParadoxが最も使用されていたが、2025年の調査では、HumanlyやHireVueなど複数のツールが採用サイトの「窓口」として導入されていた。チャットボットは24時間対応が可能であり、好きなタイミングで質問することができるため、候補者の興味・関心を維持する手段として有効である。
あるメーカーでは、採用サイトにチャットボットを導入した結果、応募手続きの完了数が増加するとともに、リクルーターが同じ質問に繰り返し対応する必要がなくなったことで、業務の効率化にもつながっているという。
チャットボットに加えて、候補者自身が面接のスケジューリングを行えるCalendlyやYelloといったスケジュール管理ツールを活用し、選考プロセスの迅速化を図っている企業もある。
内定後のエンゲージメント低下が課題
■ プリボーディング中に発生する「ゴースティング」問題
多くの企業が、内定承諾から入社日までの内定者フォローの重要性を認識している。特に、出社初日までの「プリボーディング」の期間が長期化することで、候補者とのコミュニケーションが減少し、エンゲージメントの低下を招く要因となっている。人材獲得競争が激しい医療業界では、この期間に内定者が突然連絡を絶ち、他社に流れてしまう「ゴースティング」(※1)の問題が顕在化している。
■ プリボーディング専任の支援体制を構築
こうした離脱リスクへの対策として、RPO(採用代行)企業では、オファー受諾から入社までの期間をつなぐ中間支援役「Bridge Agent(入社準備期間中の窓口)」を配置している。Bridge Agentは、候補者に対してウェルカムコールを送るほか、入社までに必要な書類や準備事項、初日の出勤時間などを案内する役割を担っている。また、メールの開封状況や返信率をトラッキングし、反応がない場合には直接電話でフォローを行う。これらの取り組みにより、候補者の離脱率が大幅に低下し、バックグラウンドチェック期間の短縮にもつながったという。
さらに、ある通信会社では専任の「プリボーディングチーム」を設置し、入社日までに期間が空く候補者に対して、入社後のスケジュール案内や会社概要、福利厚生に関する情報を自動配信するなど、入社への期待感を高める施策を実施している。プリボーディングチームは、オリエンテーションにおけるネットワーキングランチの開催や、PC・IDなどの準備も担い、内定者がスムーズに初出社を迎えられるよう支援している。
タッチポイントの継続がエンゲージメント維持の鍵
■ ナッジ機能によるコミュニケーションの活性化
候補者と定期的に接点を持ち、継続的なコミュニケーションを図ることは、入社後の定着率や従業員エンゲージメントの向上にもつながる。
ある医療関連企業では、選考の長期化による候補者の離脱が課題となっていた。そこで、優秀な候補者を確実につなぎとめる施策として、Grayscale などのコミュニケーションツールを利用して自動で「ナッジ(軽い声かけ)」を送信することで、候補者との接点を増やしている。また、選考中の候補者には最低でも週1回はリクルーターが連絡を取り、内定間近の候補者には「オファー内容の決裁待ち」「上長確認中」などの選考状況をこまめに伝えることでフォローアップを強化している。
■ 選考スケジュールの共有による透明性の確保
ある通信会社では、特にアセスメントを複数回実施する職種において、候補者に全体の選考スケジュールを初期段階で提示することで、透明性を確保している。また、リクルーターのSLA(サービスレベル合意)(※2)には、「応募から48時間以内に対応すること」を明記しており、ハイアリングマネジャーや面接官に対しても「面談後24時間以内にフィードバックを行うこと」が義務付けられている。これまで、選考プロセスにおいてフィードバックやオファー承認に時間を要していたが、このような規律を設けたことでボトルネックが大幅に改善され、候補者体験の質が向上したという。
さらに、Workdayの候補者ポータルを活用し、候補者自身が現在の選考状況を確認できる仕組みを整えている企業もある。
候補者へのフィードバックの重要性
候補者は、不採用になった場合でも、面接やアセスメント結果に関するフィードバックを求めている。選考から漏れた候補者に対しては、どの段階(スクリーニング・リクルーター面談・マネジャー面談など)で不採用となったかを通知するほか、面談後の振り返りを文書で提供する企業もある。
詳細なフィードバックの共有が難しい企業は、アセスメント結果における重要なフラグ(良い点・悪い点)や、アセスメント会社が提供する「開発レポート(Development Report)」(※3)で候補者に強みや改善点を明示して、候補者の今後の成長につながるような取り組みを検討している。
調査やアンケートを通じて候補者の「声」を把握する
候補者エンゲージメントを正確に把握するためには、アンケートや調査を実施し、候補者のリアルな声を収集することが有効である。
あるメーカーでは、候補者の選考途中における応募中断状況をトラッキングし、どのタイミングで離脱しているのかを把握している。今後は、候補者満足度を測定する指標としてNPS(ネットプロモータースコア)やSurvaleなどのサーベイツールを活用し、さまざまな角度から課題を洗い出して対策をしていくという。
また、通信会社では、候補者体験アンケートの国際的な調査プログラムであるCandE調査(Candidate Experience Benchmark Research)(※4)に参加し、候補者からのフィードバックを収集している。加えて、Glassdoorの面接レビューも参考にしながら、採用プロセスにおける課題を多面的に可視化している。ほかの医療関連企業では、CandE調査で自社のアセスメントに対する批判的なコメントを踏まえ、アセスメントテストの導入を中止する判断を下したという。
入社7日後と30日後に新入社員に対してアンケート調査を実施し、採用プロセスの各段階において、候補者の声を継続的に把握している企業もある。
過剰なほど丁寧なコミュニケーションでつながり続ける
かつて候補者エンゲージメントに影響を与える要素は、仕事内容や給与条件であった。しかし近年では、企業文化、ハイブリッド勤務、キャリア成長の機会、従業員のウェルビーイング向上への取り組みといった、より包括的な価値提案が求められている。従来の採用活動は、求人が出てから集める「リアクティブ」なマーケティング型であったが、現在の人手不足の状況下では、優秀な人材を先回りして引き付ける「プロアクティブ」なアプローチへと転換が進んでいる。
ある企業では、「選考プロセス全体を通じて候補者とつながり続けること、そして過剰と思われるほど丁寧なコミュニケーションを行うことが重要である」として、候補者エンゲージメントを最優先課題に位置付けている。
候補者は、タイムリーなフィードバックやパーソナライズされた対応を期待している。応募後にリクルーターから連絡がなく候補者が放置される「ブラックホール」や、内定後に採用担当者から連絡が途絶えるといった経験は、エンゲージメントを大きく損なう。
そのため、選考途中の候補者や内定者へのフォローアップはもちろん、不採用となった候補者に対しても、採用担当者が一人ひとりに丁寧に対応し、納得感のある形で明確に「区切り」をつけることが、候補者エンゲージメントの維持において重要な要素となる。
TEXT=泊 真樹子
製品紹介
Paradox採用業務に特化したチャットボットのプロバイダーである。AIアシスタント「Olivia」が求職者からの問い合わせに自動応答し、経験年数、希望職種、資格の有無などを質問してスクリーニングを行う。条件を満たす候補者を、面接など次のステップへと自動的に誘導する機能を備えている。
Humanly
チャット、音声、ビデオによる対話を通じて、スクリーニングや日程調整、面接後のフォローを自動化する会話型採用プラットフォームである。AIが応募者に質問を行い、適合度を判定する。
HireVue
ビデオ面接(ライブおよび録画)、アセスメント、チャットボットによる問い合わせ対応、面接のスケジューリング機能を統合したクラウド型のデジタル面接プラットフォームである。
Calendly
GoogleやOutlookのカレンダーと連携して、面接官の空き時間を自動で抽出し、候補者に共有する。候補者は空き時間を確認し、自分の都合のよい時間に面接などの予定を設定できる。
Yello
ソーシング、採用マーケティング、イベント管理、ビデオ面接や面接日時の調整などを統合した新卒採用プラットフォームである。面接日時の調整機能では、GoogleやOutlookのカレンダー上の面接官の空き時間を自動取得し、その中から候補者が面接日時を選択できる。
Grayscale
SMSを活用し、候補者とのリアルタイムなコミュニケーションを支援するプラットフォームである。問い合わせ対応、応募者への自動応答、選考ステップの案内、面接の日程調整などが可能である。返信がない場合には、最大3件までフォローアップメッセージ(ナッジ)を自動送信する機能も備えている。
Workday
人事(HCM)、財務、業務管理を統合したクラウド型プラットフォームである。従業員管理、タレントマネジメント、予算編成などを一元管理し、システム内でリアルタイムにデータの抽出・分析が可能である。蓄積されたデータを基に、従業員のキャリアパスや離職リスクの分析も行える。
Survale
キャリアサイト、応募プロセス、面接などに関する求職者のフィードバックを即時に収集・分析するサーベイプラットフォームである。企業がアンケートを作成し、ショートメッセージ、メール、Slackなどを通じて回答を収集すると、自動でレポートが生成される。キャリアサイト上にアンケート回答ボタンを設置することで、応募プロセスやサイトの使いやすさに関するフィードバックをリアルタイムで取得できる。
Glassdoor
従業員や元従業員が、給与、福利厚生、面接内容など企業に関する口コミ情報を投稿するレビューサイトである。企業の実態を把握するための参考情報として広く活用されている。
(※1)ゴースティングとは、雇用主または候補者が、応募プロセスの途中で連絡を絶ってしまうことである。Indeedが2021年に実施した調査によると、「ゴースティング」を経験したことのある採用担当者は74.9%にのぼる。
(※2)SLA(Service Level Agreement;サービスレベル合意)とは、通常ITサービス事業者と顧客との間で交わされる「サービスの質や対応スピード」に関する合意事項を指す。近年では、これをHRやリクルーティング領域に応用し、「期待される対応スピード」を担保するために、社内関係者間で取り交わす合意として活用されている。社内オペレーションの指針や対応基準として機能している。
(※3)性格適性テストや認知能力テストを提供するSHLの開発レポートでは、特定の職種で成功するための重要なスキルにおける、候補者の相対的な強みと弱みについて情報を提供する。さらに、職場で優れた成果を上げるための実践的なアドバイスと提案が含まれている。
(※4)企業が採用プロセスにおける候補者の体験を評価・改善するための調査プログラムである。候補者の応募からオンボーディングまでの体験を匿名で調査し、他社との比較(ベンチマーク)を通じて課題を特定し、候補者満足度の向上を図ることができる。