高校生の就職になにが起こったのか
9月から10月は、実は高校卒で就職する若者たちの就職活動のシーズンである。9月16日が高校卒就職の採用活動解禁日であり、この日に一斉に企業が面接を行う。その後、結果によっては2社目、3社目と面接を受ける生徒たちもいる(高校卒就職においては、基本的に同時に採用選考を受けられる企業が1社のみであるという「申し合わせ」があるため、内定が出なかった場合にはじめて次の会社の面接を受ける生徒が多い)。
さて、筆者は高校生の就職の状況を見守っている研究者のひとりであり、これまで様々な問題提起や解決策の提唱を行ってきた。そのうえで、この数年の高校卒就職に大きな変調が起こっており、ここまでほとんど取り上げられていないという現状を踏まえ、今回は広く議論を行うための整理として本稿の筆をとった。
結論から言えば、これまで9割近くを占めてきた高校卒就職におけるハローワーク・学校による斡旋率が急速に低下しているのである。順に述べよう。
空前の売り手市場と化す高校卒採用
すでにご存じの方も多いと思うが、目下、高校卒採用は歴史的な求人倍率となっている。直近2024年3月卒の求人倍率は全体で3.98倍であり、これは「1人の高校生を4社が取り合っている」状況である。また、バブル期を超えた過去最高値である。なお、これは全体平均であり、工業高校では20倍や30倍といった倍率を聞くことも珍しくない。筆者は定期的にいくつかの工業高校と就職状況について意見交換をしているが、ここ数年は耳を疑うような学校への求人数となっている。
企業の求人数に目を向ければ、2024年卒への48.2万件という求人数は、1999年卒以降の最高値であった2020年卒の48.4万人とほぼ同水準である。しかし、高校生で就職を希望する生徒が減少した(2020年卒16.6万人→2024年卒12.0万人)ために、採用難の状況が加速したのだ。
なお、2025年卒ではさらに求人倍率は高まっている。7月末時点のデータではあるが、2024年卒よりも高い水準(3.52倍→3.70倍)となっており、求人倍率の過去最高値をさらに更新することは確実な状況である。
図表1 高校卒の求人数(左軸:人)、求人倍率(右軸:倍)
なぜ、ハローワークと高校の斡旋率は急減したのか
こうした状況に対して、非常に奇妙なことが起こっている。これまで9割近くの高校卒就職者の就職活動ルートであったハローワークと高校の斡旋率が急減しているのだ(図表2)。
この斡旋率の低下については2021年の段階で、筆者は予測し懸念を提示している。筆者が懸念したのは「過去に景況感が急速に悪化し求人数が減少した際(リーマンショック時)、斡旋率が低下したことがあり、コロナショックでも同様のことが起こるのではないか」というものであった。
この筆者の懸念は、結果を見れば妥当な“未来予測”であった。その後、2023年卒に至ってなんと55.8%という確認できる限りの過去最低水準のハローワーク・高校の斡旋率となってしまったからである。しかし、その背景にあるものは全く変わったと言わざるを得ない。求人数は明確に改善傾向にあるにもかかわらず、斡旋率だけが低下してしまったのだ。
図表2 ハローワークまたは学校を通じて就職した者の割合
なにが原因か。その仮説
本件については大きな疑問がある。過去類例がない低下幅でありかつ、過去最低水準となっているが、なぜこれほど低下したのかが判然としないのだ。
現場で高校生の就職を支援している教職員に聞いても、多くの教職員が「なぜ低下しているのかわからない」という回答である。筆者も高校卒就職における決定的な変化を体感しておらず、統計の定義の変更等、統計上の問題ではないかとも感じるほどだが、文部科学省・学校基本調査を見る限りそのような変更点は確認できない。
この疑問について仮説として、なぜ高校卒就職におけるハローワーク・学校斡旋が急減しているのかを整理する。
- 民間就職支援サービスの発展
大学卒就職と比較すればプレイヤーはまだごく少数ではあるが、なかには高校卒就職支援を主力事業として新規に上場した企業(※2)も出現している。ほかにも、小規模ではあるが個別に生徒の就職をサポートするサービスも登場しており、そうした民間就職支援が伸長したことが理由ではないかという仮説である。
採用市場における初任給引上げ傾向なども顕在化しており、より良い条件の求人が増加していることは、こうしたサービスを求職者が活用したいと思わせるインセンティブとなる。 - 就職活動のDXを行うサービスの浸透
進路指導部・就職指導部等の教職員の支援を目的とした、求人票のデータ化サービスをスタートアップ企業(※3)が開発しており、ここ数年で急速な浸透を見せている。2021年12月のサービス正式スタート以来、導入校数は2024年3月時点で1000校を突破しており、これは全日制・定時制・通信制を合わせた日本全国の高校数約5500校の20%近くとなっている(※4)。さらに言えば、全日制における1校あたりの就職者数が年間5名以上の高校は2000校あまりであり(2020年時点で2387校)、就職希望者がほとんどいない、いわゆる「進学校」を除外すれば相当数の高校の就職指導の現場に導入されたプラットフォームが数年で登場したこととなる。
このサービスは直接の就職斡旋を行っているわけではないが、求人票の登録数は2024年度に70万件を超えている。これは重大な事実である。なぜならばハローワークが受け付けた求人票は46.5万件であるためだ。もちろん、ハローワークと異なり求人の重複が起こっている可能性は一定程度存在するが、それでもこの事実は高校卒就職の世界にハローワーク以上の選択肢を生徒に提示できるプラットフォームが成立したことを意味する。
筆者が言いたいのは、このプラットフォームで情報を得た生徒が個別に企業に接触して内定を得ている(大学生・専門学校生等と同様のプロセス)ケースが増えている場合に、統計的にはハローワーク斡旋率の低下という結果になるだろうということである(あくまで可能性の問題だが)。 -
縁故採用の増加
もともと持続的に1割程度が縁故採用であったのが高校卒の就職であり、統計的にはハローワーク・学校による斡旋以外は「縁故採用」とされてきた。確かに、縁故採用は企業にとって高校生の有力な採用手段であった。しかし、不況期であればまだしも、これほど採用競争が高まっている時代に縁故採用による就職先決定を、保護者がこれまで以上に推奨するとは考えづらく、統計的な大きな変動を説明することは難しい。
いずれにせよ、本稿の執筆時点では原因を正確に特定することは難しい。先述したとおり、統計上の問題である可能性すらある。まずは問題提起として整理した。
筆者のもとには、「高校生の採用を新たに開始しようと思っていますが……」という企業経営者や人事の方からの相談が増加している。その主な原因は、大学生が採用できないからである。しかし高校卒の採用は、大学生の採用とはまた全く違った大きな変化の真っ只中にある。この変化を活かして、若者たちのためにより良い環境が生まれていくことがなにより重要だ。
高校生たちが就職活動を通じて有益な経験を得て、豊かな職業人生の第一歩を踏み出すために、さらになにが必要なのか。ここ数年広がってきた議論を絶やしてはならない。
(※1)「職業安定所又は学校を通じて就職した者計」を「就職者数計」で除した数値
(※2)株式会社ジンジブ
(※3)株式会社スタジアムが開発、現在ハンディ株式会社が運営する「Handy進路指導室」
(※4)同社のプレスリリースによれば、2024年6月時点で1300校以上、全国の高校の23%が導入とされる
古屋 星斗
2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。
2017年より現職。労働市場について分析するとともに、若年人材研究を専門とし、次世代社会のキャリア形成を研究する。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。