「非正規雇用」という一括りのラベルをやめませんか

岩出 朋子

2024年10月02日

「非正規雇用」では問題が捉えにくい

総務省「労働力調査」によれば、2023年にいわゆる「非正規雇用」という呼称で働く人は2,124万人となり、役員を除く雇用者に占める非正規雇用労働者の割合は37.0%であった。今や働く人の約4割を占めるこの働き方について、不本意な働き方、不安定な雇用形態、行き止まりのキャリアといった問題が一括りで提起されることが多い。

筆者自身は大学卒業後、正社員としてキャリアをスタートしたが、その後は派遣社員や再度の正社員を経験した。さらに、アルバイトからの社員登用を経て、大学院などでの学び直しを行い今に至っている。この多様な雇用形態の経験から実感するのは、いわゆる「非正規雇用」という括りはあまりに大雑把すぎて、個々の置かれた実態を整理できないということだ。だからこそ、「非正規雇用」の問題を解決するためには、個人がなぜその働き方を選択しているのかの実情に触れ、どのような問題に直面しているのかを丁寧に紐解くことが必要だと思う。そのような作業の手始めとして、以下では「非正規雇用」を捉えることの難しさをデータに基づいて確認し、一括りのラベルではもう実態が見えないことを示したい。

同じ区分でも実態は多様

「非正規雇用」の定義とは何だろうか。政府統計での非正規雇用の定義では、労働契約期間による区別、職場での呼称による区別、労働時間による区別が併存している(神林,2017)。どの区別で捉えるかによって見える世界が変わってくる上に、同じ区別が同じ内容を示すとも限らない。

例えば、総務省「労働力調査」では、職場での呼称による区別が用いられており、公開されている統計表ではその呼称により「正規の職員・従業員」か「非正規の職員・従業員」か、「非正規の職員・従業員」ならそのうち「パート」「アルバイト」「労働者派遣事業所の派遣社員」「契約社員」「嘱託」「その他」という区分が示されている。しかし同じ呼称であっても、実際には責任の大きさや職務の範囲、労働時間などの面で、その中身が全く異なる可能性があり、さらに違う呼称であっても実態は同じということもありうる。例えば、呼称「パート・アルバイト」として働く人の週労働日数を見ると、その41.5%が週5日以上勤務であり、週労働時間では19.4%が35時間以上の勤務である。職場で「パート・アルバイト」と呼ばれる人の中に、勤務実態が正社員と変わらない人が存在する(図1)。

図1. パート・アルバイト 週の労働日数・労働時間

図1. パート・アルバイト 週の労働日数・労働時間
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2024」より筆者作成

「非正規雇用」で働く理由

働く理由も多様化しており、やはり実態の把握が難しくなっている。「非正規雇用」に関わる問題は、これまで正規雇用として働きたくても働けない者の問題が注目されることが多かった。しかし厚生労働省(2024)によれば、正規雇用として働く機会がなく、非正規雇用で働いている者(不本意非正規雇用労働者) は、(※1)2013年の342万人から2023年には196万人と年々減少し、この10年で非正規雇用全体の中で不本意非正規雇用が占める割合は19.2%から9.6%へと半減している(図2)。

図2. 不本意非正規雇用労働者の状況

図2. 不本意非正規雇用労働者の状況
出所:厚生労働省「『非正規雇用』の現状と課題」より筆者作成

リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2024」でも同様の結果を見出すことができる。「非正規雇用」として働く者のうち、その仕事に就く理由として「正規の職員・従業員の仕事がないから」をあげた者の割合は7.9%であった。最も多かった理由として「家計の補助・生活費・学費等を得たいから」が34.3%、続いて「自分の都合の良い時間に働きたいから」が27.8%であった(図3)。

難しいのは、こうした調査では働く人の本当の希望までは把握できないことだ。確かに、データからは自身のライフスタイルを軸に「非正規雇用」という働き方を選択している者が多いことが分かる。しかし、育児や介護などの制約がなければ、本当は正規雇用としての働き方を望んでいる人も少なからずいると考えられ、データ上での本意が真の本意とは限らない。このように「非正規雇用」を本意か不本意かの二極で考えることは難しくなっているのである。

図3. 正社員・役員以外の就業者仕事についた理由
 図3. 正社員・役員以外の就業者仕事についた理由
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2024」より筆者作成

法改正や多様な正社員により実態はさらに複雑に

さらには法制度の影響により、非正規雇用の実態把握を難しくする変化が生じている。2013年の労働契約法改正では、いわゆる「無期転換ルール」 (※2)が導入され、有期労働契約が通算5年を超えて更新されたときに、無期転換の申込権が発生することとなった。厚生労働省の調査 (※3)によれば、この申込権が発生した2018年度、2019年度の合算で無期転換申込権が生じた人のうち「無期転換を申込む権利を行使した人」は27.8%、「申込権を行使せず継続雇用されている人」は65.5%であった。「全国就業実態パネル調査2024」によると、無期雇用契約で働いている非正規雇用者は既に16.1%存在する。契約社員(18.9%)と嘱託(18.2%)では、5人に1人ぐらいが無期雇用契約で働いていており、この中には無期転換ルールを利用した人も一定程度含まれると考えられる(図4)。

図4. 雇用形態別の雇用契約期間の有無

図4. 雇用形態別の雇用契約期間の有無
出所:リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2024」より筆者作成


 一方、正社員においても従来想定されていた正社員の姿とは異なる働き方が増えている。勤務地や労働時間、職種を限定した「多様な正社員制度」の活用である。多様な正社員制度を就業規則等で明文化する企業の割合は、ここ数年20%以上で推移している(図5)。無期雇用契約に転換し、職務や勤務地、労働時間が限定された非正規雇用者と、職務や勤務地、労働時間が限定される正社員では、職務・勤務地変更の可能性や労働時間などの特徴だけで両者を見分けることが難しくなっている。

図5.多様な正社員制度の規定の実施状況

図5.多様な正社員制度の規定の実施状況
出所:厚生労働省「雇用均等基本調査」より筆者作成

「非正規雇用」という一括りの見直し

「非正規雇用」という言葉は既に就業者の実態を示すのに適切な言葉ではない。これまで見てきたようにその働き方が一層多様となり、一括りで実態を把握することはもはや困難だからだ。「非正規雇用」というカテゴリーで働く人を、正規雇用の機会に恵まれない者、あるいは雇用が不安定な者と単純化すれば、問題が可視化されやすいかもしれない。一方で、その内側にあるメリットや残された真の課題を見えなくする。あらためて何が問題なのかを明確にするために、今一度「非正規雇用」で働く者を丁寧に細分化して理解することが大切だ。今こそ、一括りのラベルを見直す時期なのだと思う。

(※1)総務省「労働力調査」における不本意非正規雇用労働者は、現職の雇用形態(非正規雇用)についた主な理由が「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答した者を指す。
(※2)労働契約法第18条(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)。有期労働契約が5年を超えて更新された場合、契約期間が1年のならば、5回目の更新後の1年間に、契約期間が3年ならば、1回目の更新後の3年間に無期転換の申込権が発生する。
(※3)厚生労働省「無期転換ルールに関する参考資料」p8 を参照した。https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000959396.pdf

●参考文献
神林龍(2017)『正規の世界・非正規の世界 現代日本労働経済学の基本問題』慶應義塾大学出版会
厚生労働省「雇用均等基本調査」
厚生労働省「『非正規雇用』の現状と課題」
https://www.mhlw.go.jp/content/001234734.pdf(2024年7月31日アクセス)
厚生労働省「無期転換ルールに関する参考資料」
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/000959396.pdf(2024年8月22日アクセス)
総務省「労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)平均結果」
https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/gaiyou.pdf(2024年9月27日アクセス)

岩出 朋子

大学卒業後、20代にアルバイト、派遣社員、契約社員、正社員の4つの雇用形態を経験。2004 年リクルートHR マーケティング東海(現リクルート)アルバイト入社、2005年社員登用。新卒・中途からパート・アルバイト領域までの採用支援に従事。「アルバイト経験をキャリアにする」を志に2024年4月より現職。2014年グロービス経営大学大学院経営研究科修了。2019年法政大学大学院キャリアデザイン学研究科修了。