人事戦略を実現する世界の「タレントマネジメントテクノロジー」2023-2024入社手続きを自動化し、新入社員の定着を促す──オンボーディングプラットフォーム

オンボーディングの代表的なサービス「オンボーディング」とは、新入社員を組織に早くなじませるためのプロセスを指し、オリエンテーションをはじめ、会社の文化、ビジョン、バリューなどについて学ぶ活動を含む(SHRM:米国人材マネジメント協会)。オンボーディングにかける期間は、1~2日の短期間から1年と長期の企業もある。
米国企業では、内定辞退や新入社員の早期離職が大きな課題となっている。2023年5月にGartnerが求職者3500人に実施した調査によると、「過去1年間で入社前に内定を辞退した」と回答した人は50%であった。また米国では、離職の22%は入社後45日以内に発生するといわれている(Wynhurst Group調べ)。内定辞退や早期離職は、採用や育成コストの増加など多くの損失をもたらすため、企業はそれを防止し、新入社員を定着させるために独自のオンボーディングプログラムを構築している。
SHRMによると、米国企業のオンボーディングプログラムは主に下記の内容で構成されている。

図 米国企業のオンボーディングプログラム構成
米国企業のオンボーディングプログラム

出所:SHRM “Toolkit - Understanding Employee Onboarding”を基に筆者作成

タレントマネジメントテクノロジーマップにあるオンボーディングプラットフォームは、入社手続きの効率化や新入社員のエンゲージメント向上を図るSaaSサービスである。機能は下記の3つに大別される。

  1. 入社手続きのデジタル化
    入社書類(雇用契約書、源泉徴収票のForm W-2、就労資格確認書のForm I-9、コンプライアンス誓約書、競業禁止誓約書、緊急連絡先、給与振込申請書など)の作成やアップロードをシステム上で行う。新入社員はPCやアプリから必要書類の確認や電子署名、提出を行う。

  2. 定型業務の自動化
    入社手続きに伴う定型業務のフローをシステムで作成すると、入社2週間前、1週間前など事前に設定したタイミングで業務が自動で実行される。たとえば入社書類の提出依頼、自己紹介文や個人情報(住所、氏名、家族など)の入力、研修資料の閲覧といったタスクを、システムが自動的に新入社員に依頼する。また従業員ハンドブックや新入社員を歓迎するビデオ、会社紹介の動画、オンボーディングプロセスについてのアンケートなどを配信する。マネジャーにはバディ(教育担当)の選任、IT担当者にはPCの支給や社内システムへのアクセス権限付与の依頼などを自動送信する。人事はシステムで進捗を確認できる。

  3. 新入社員のエンゲージメント向上
    バディとのマッチングや、会社や企業文化についての理解を深めるクイズ、同じチームで働く同僚を紹介するビデオの配信など、新入社員のエンゲージメントを高める機能がある。

人事にとってのメリット

人事業務の効率化
何度も繰り返す定型業務のフローを自動化することで、タスクがスケジュールどおりに実行され、作業の効率化や人的ミスの削減ができる。また人的リソースの不足を補うことができる。

早期戦力化
入社手続きが自動化によって簡略化されるため、新入社員は従業員とのコミュニケーションや研修などに時間を割くことができる。入社前に会社や企業文化についての理解を深めることで、新入社員が早い段階で会社や仕事になじみ、実力を発揮できるようになる。

定着率の向上
Harvard Business Reviewによると、オンボーディングプログラムを導入している企業では、新入社員の定着率が最大50%向上しているという。特にリモートワークを導入する企業では、新入社員が入社初日からリモートワークとなり、ほかの従業員と対面で接する機会が少ない。オンボーディングプラットフォームを活用することで新入社員のエンゲージメントが高まり、定着率の向上につながる。

オンボーディングプロセスの標準化
新入社員の受け入れに必要なタスクを指定し、マネジャーに依頼することで、配属先の部署やチームによってバラツキがあるオンボーディングプロセスを統一し、効果を高めることができる。

各事業者のサービス概要

各事業者のサービス概要は下記のとおりである。多くのサービス事業者は人事向けシステムの1つとしてオンボーディングサービス(ツール)を提供している。

  • ApplicantStack、Freshworks、Grove HR、Rippling、Kallidus(旧Sapling)、Oorwin:入社書類の提出や個人情報の入力依頼、リマインダーの通知、社内システムのアクセス権限の付与などさまざまな業務フローを自動化し、進捗を管理する機能を備える。
  • Ease:福利厚生管理プラットフォーム。人事はForm W-2や給与振込申請書などの入社書類をアップロードし、新入社員に内容の確認と電子署名を依頼し、一元管理できる。
  • Workbright:オンボーディングプラットフォームおよびATS(応募者追跡システム)。新入社員は免許や資格証明書などの入社書類をアプリで提出することができる。OCR(光学文字認識)機能により、書類をカメラで撮影し、アップロードできる。
  • Trainual:研修コンテンツの管理プラットフォーム。人事は会社やチームメンバーの紹介、社内規定、ブランドガイドラインに関する資料、SOP(標準作業手順書)、研修教材の作成や配信を行うことができる。
  • Bob:HCM(人事管理プラットフォーム)。人事は社内のコミュニケーションサイト経由で新入社員に企業文化を紹介する動画や、入社後に同じチームで働く同僚や上級管理職を紹介するメッセージを送信したり、新入社員の顔写真を掲載したりできる。

サービス例

1. Enboarder

従業員同士のつながりを促進するヒューマンコネクションプラットフォーム。人事は
テンプレートを基に、ドラッグ&ドロップなど直感的な操作でオンボーディングに関する業務フローを作成できる。新入社員には、入社書類の提出依頼、CEOや同僚からの歓迎ビデオや企業文化を紹介する動画、会社や業界に関するクイズなどを配信する。また、オリエンテーションや研修の満足度を測るアンケートを配信して、eNPSスコアをダッシュボードで確認するアナリティクス機能もある。マネジャーには「ナッジ」機能でバディの選任、歓迎チームランチの設定、入社30・60・90日目のチェックインの実施などを促し、オンボーディングで何をすればいいかわからない、業務が忙しくて新入社員のフォローを忘れてしまうといった課題を解決する。従業員には、バディに選任されたことを通知し、自己紹介ビデオの録画を依頼する。
顧客はDeloitte、ING、Grab、McDonald’s、Philips、Zapier、Hugo Boss、Eventbriteなど。

2. Talmundo

オンボーディングおよびオフボーディング(退職)の管理プラットフォーム。人事は、導入研修の資料やクイズ、社内用語集といった新入社員向けコンテンツを作成できる。また、業務フローの自動化機能を活用して、従業員が自身の仕事内容や働き方などについて語る動画やオンボーディングプロセスに関する新入社員の満足度を測るアンケートの配信などを行うことができる。国や拠点別に新入社員の人数や満足度を比較するアナリティクス機能もある。
新入社員はPCやアプリからマイページにログインし、自己紹介文や家族情報の入力、研修資料の閲覧といった入社に必要なタスクを確認して、手続きを完了する。また、バーチャルオフィスツアーやCEO・CHROからの歓迎ビデオの視聴、アンケートへの回答を行う。従業員向け駐車場の場所や福利厚生制度など、会社に関する疑問をチャットボットに質問することもできる。
顧客はStryker、ManpowerGroup、Bacardi、BNP Paribas Fortis、LexisNexis、Johns Hopkins Universityなど。

ビジネスモデル(課金形態)

企業がサービス事業者にシステム利用料を支払う
企業がサービス事業者にオンボーディングを管理するシステムの利用料を支払う。一部のサービス事業者は、従業員数に応じて数種類の料金プランを設けている。月間利用料金は300ドル前後からである。

オンボーディングプラットフォームのビジネスモデル図

今後の展望

従業員オンボーディングソフトウエアの市場規模は拡大している。Absolute Markets Insightsの2019年の試算によると、世界の従業員オンボーディングソフトウエアの市場規模は2018年時点で7億7260万ドルであったが、年平均成長率(CAGR)12%高まり、2027年には21億9020万ドルに達すると予測されている。
米国ではパンデミック以降の「Great Resignation(大退職時代)」に自主退職する人が急増した。この影響で企業の採用活動が活発化し、オンボーディングプラットフォームの需要が増加した。米国労働省の求人労働異動調査(JOLTS)によると、2023年9月時点(最新)の自主退職率は2.3%で、大退職時代の頃よりは低下しているが、依然として高い水準であり、今後もオンボーディングプラットフォームに対する企業のニーズは高いと考えられる。
SHRMの2022年「Talent Access Report」によると、米国企業の採用単価は1人当たり4683ドルである。企業は人材の早期離職による損失を防ぐために、ITツールの活用も含めた効果的なオンボーディング施策を導入する必要がある。

グローバルセンター
杉田真樹(リサーチャー)