キャリア論の「ハト派」と「タカ派」―持続性と発展性の哲学 古屋星斗

2026年09月29日

2つの方向

「無理をしなくてよい。仕事は人生の一部にすぎない」というメッセージと、「動き、学び続け、機会をつかめ」というメッセージが、キャリア論を説く本棚に隣り合わせに並んでいる。両方とも、社会人のライフキャリアを良くしようとしている。しかし、すすめている方向はかなり違う。

経済政策や外交政策の言葉を借りれば、キャリア論にもハト派とタカ派があるのだ。暫定的に定義すれば、キャリア論のハト派は、生活や健康、仕事以外の役割を損なわず、自分に合った状態を持続することに価値を置く。タカ派は、能力や役割、選択肢を広げ、自分の可能性を発展させることに価値を置く。違いは、どれほど激しく行動するかではなく、キャリアの先に何を目指すかにある。

もちろん、どちらが正しいかではない。注目したいのは、こうした「キャリアを語る議論」の背後に、どのような人間観と「良い仕事と生活」の哲学が置かれているかである。ハト派は怠惰の理論であるとか、タカ派は“社畜”の理論だ、といった意味でないことは言うまでもない。理論を活用する目的に注目すれば、ハト派は、有限な時間、体力、注意力をどこに配分するかというある種の持続性の思想である。タカ派は、組織内での昇進に限らず、自分の可能性や選択肢を広げるある種の発展性の思想である。

この「どんなライフキャリアのありかたを大切にしようとしているのか」という点から、キャリア理論・キャリア研究の再整理を試みよう。なお、本稿における「キャリア論」は学術的・研究的な背景をもつものを中心としつつも、キャリアに関して巷間を賑わせた言説的なものも含んでいる。

リクルートワークス研究所にも両派がある

まず、わが身を振り返ってみれば、私たちリクルートワークス研究所の研究にも両派が存在している。例えば、「新しいキャリア論」プロジェクト(2024年)(※1)は、ハト派的といえるかもしれない。同プロジェクトの報告書では、従来のキャリア論が一部の「意欲的にキャリアを築く人」にしか届いていない、という反省から出発したと記されている。「やってみたいことがない」「無理なく働きたい」「仕事の外に大切な役割がある」といった状況を、未熟さや変わるべき状況として切り捨てず、正面から扱う(※2)。

一方、例えば「スモールステップ」(古屋,2020(※3))の考え方は、タカ派と捉えられる。転職や起業のような大きな決断ではなく、やりたいことを人に話す、誘われた場に行く、疑問をすぐに聞く、頼まれた機会を引き受ける、といった小さな行動を重視する。要求水準は低いが、キャリアの発展性に軸足を置く点は明確である。未来は考えているだけでは変わらず、小さく動くことで反応が返り、学びが生まれ、次の選択肢が広がるという考え方で、アプローチは穏健だが明確なタカ派であろう。

また、リクルートワークス研究所ホームページのコラムから発出された「自律を求める社会の罠」(橋本,2023(※4))では、自律やWill-Can-Mustといった個人の可能性を高めるために開発された概念や仕組みを過剰に求めることが、かえって個人を追い詰める可能性を指摘する。キャリアは他者との対話や置かれた文脈のなかで形成されるとしており、発展性を軸とするキャリア論の副作用に目配せしようとする言説として注目できる。

日本のキャリア論における両派

さて、2000年頃以降、日本で広く語られてきた「キャリア自律」論はタカ派に位置付けられよう。配転命令権などの組織側が強く社員のキャリアを左右する権能をもっていた状況が変容しようとしていた。その変わりゆく環境のなかで、個人が継続的な学習と能動的な行動を重ね、自らキャリアを構築することを重視する(※5)。

海外で生まれ、日本でも広まる「プロティアン・キャリア」(※6)論もある。組織内の昇進ではなく、本人の価値観に基づく心理的成功を重視し、自己主導性と価値志向性を個人に求める点でタカ派の発展性と親和性がある(※7)。ここであらためて思うのは、キャリア論的タカ派は必ずしも出世主義ではないということだ。自分なりの成功を実現するために、自分を更新し続けよという思想であるからだ。昭和型の昇進志向とキャリア論的タカ派は全く異なるものだという点は注意が必要だろう。

他方、日本で提唱されたハト派のキャリア論の例として、高橋俊介氏の「スローキャリア」がある。スローキャリアは、すべての働く人が昇進や高収入を目指すわけではないという前提に立ち、地位や収入、企業の有名さなどによる“キャリアアップ”よりも、仕事のやりがい、自分らしさ、家族や友人との時間などを含む、人生全体の充実を重視する考え方である(※8)。これは、日々の仕事には前向きに向き合いつつも、上昇や拡大をキャリアの唯一の目標にはしない考え方と言える。自分にとって満足できる仕事と生活を持続させることを重視する。

こうした両派の接点に位置するのが、金井壽宏氏の「節目ではキャリアをデザインし、それ以外はドリフト(漂流)してもよい」という考え方(「キャリア・ドリフト」)である。大きな前提としては自らのキャリアを長期的に形成していく発展性に依拠しており、節目では大きな方向を主体的に意味付け、それ以外の時期には偶然や目の前の仕事に開かれてドリフトする(※9)。“目標を明確にして自らを更新し続けないこと”に発展性における意味を与えた点で、キャリア・ドリフトは発展性に余白を認める考え方といえよう。

世界の潮流

合わせて、世界のキャリアに関するオピニオンや研究の潮流を見ていこう。
「Quiet Quitting」、いわゆる「静かな退職」は、昨今日本でも大きな話題となっている概念だ(※10)。もちろんこれは、実際に退職することではない。与えられた職務の範囲を超えて働きすぎず、仕事との境界を引き直す態度である。これは典型的なキャリア論的ハト派なスタンスだと感じる人が多いだろう。なお、個人の姿勢の問題というより、職場への心理的離脱やマネジメントの問題の表れと捉えるオピニオンも多く、単なるエンゲージメント低下を指摘する場合にも使われる点には注意が必要だろう。

2010年代にアメリカのオフィスワーカーの若者を中心に流行した「YOLO」、特にコロナ禍に、つらい職を離れて起業や創作、生活の充実を優先する動きを『YOLO economy』と呼んだ(※11)ものもキャリアに関する主要言説の1つと位置付けられる。「You Only Live Once(人生は一度きり)」という考え方は、将来のために現在を仕事で犠牲にしないという価値観で持続に軸足がありハト派的と評価できる。ただ、YOLOを掲げて安定した職を離れたり、事業を始めたりする行動が見られ、むしろラディカルなキャリア的アクションにつながってきたことにも注意が必要だ。ハト派の価値観が、行動しないことや受動的な態度を促すわけではない。

この点で興味深いのが「FIRE」である。高い貯蓄率や支出抑制、長期的な資産形成を徹底する姿はラディカルな行動で、ある種“タカ派的”に見える。しかし、その最終目的は、雇用労働への依存を減らし、働き方と時間を自ら選択できる状態を早期に得ることにある(※12)。手段は極めてストイックだが、何を「良いキャリア」とみなしているかという基準では、FIREはハト派であると評価できよう。

クランボルツの「計画的偶発性理論」は、「偶然を大切に」というそのおおらかさはハト派的にも見える。しかし、その中心にあるのは、偶然を待つのではなく、探索活動によって予期しない機会が生まれる可能性を高め、学習機会としてキャリアに取り込む(※13)という、発展性である。計画外にあることも発展性につながるという意味で純粋なタカ派であると考えられよう。

こうして概観していくと、「サステイナブル・キャリア論」は、“中道”といえるかもしれない。サステイナブル・キャリア論は、健康・幸福・生産性の長期的な鼎立を、個人・文脈・時間の相互作用から捉える(※14)。この健康・幸福・生産性を、長期にわたって実現すべきキャリアの成果として並列に置いていることに注目したい。生活や健康の維持だけでも、能力や生産性の発展だけでもない。持続性と発展性の双方を「良いキャリア」の構成要素とする点で、本稿の整理では中道、あるいは両派の“連立政権”といえるかもしれない。この持続性と発展性を同時に扱う点に、新時代のキャリア理論と言われる、サステイナブル・キャリア論の新しさがある。

どちらにも危うさがあり、素晴らしさがある

こうした整理が重要なのは、キャリア論が助言の姿を取りながら、しばしば(意識せずとも)価値観を押しつけることになりやすいからである。
キャリア論的タカ派の弱点は、その用いられ方によっては、雇用状況や健康、機会格差などといった構造の問題が十分考慮されないまま、個人の責任、特に個人の意欲不足の問題に焦点が絞られやすいことにある。動けない人に「動け」「何者かになれ」と言えば、助言は暴力になりうる。維持すること、戻ること、変わらないことも、人生には必要である。

しかし、ハト派にも構造的な弱点がある。「ありのままでよい」「そのままでよい」は救いになる一方、仮に収入や関係資本、選択肢が静かに細っていく局面を肯定しすぎる用いられ方をするならば、より豊かになる道を看過させてしまうかもしれない。環境は変わる以上、現状維持のためには小さなアップデートが要る。「頑張らない権利」を守ることと、将来の可能性を閉じないことは、両立しうる。

必要なのは局面ごとの「政権交代」

したがって、キャリア論に必要なのは、ハト対タカのどちらが正しいかの最終決着ではないのだ。どの局面で、何を大切にし、何を変えるのかを考えることである。
例えば、子育てや介護、病気といったブランクからの回復期にはハトの持続性が必要かもしれない。比較的仕事に集中できる時期にはタカが大切かもしれない。同じ人のなかでも必要性はシフトする。
つまり、キャリア論を読むときには、「この論は何を良いものと考えているのか」「今の自分にとってどちらを優先すべき局面なのか」と問うべきである。発展だけを促す理論も、休息だけを促す理論も、長い人生のすべてを支えるには足りないのだ。
必要なのは、ハトのように守るべきものを守る時間と、タカのように一歩を踏み出す時間を、本人が選べることである。キャリア論の活用に求められるのは、絶対の唯一解による「安定政権」ではなく、局面に応じた「政権交代」なのだ。

参考:キャリア論のロングリスト

以下は、コラムの検討材料として作成したリストである。太字は稿に登場したもの。
なお、表中には学術的に確立された理論ではなく、キャリアに関して近年用いられている言説や概念も含まれる。また、これは各理論の提唱者による公式な分類ではない。本稿における基準による位置付けを記載した試行的なものである。
本稿記載の通り、状況を改善するために求める行動の性質や目的を実現するための手段は分類基準としていない。

参考:キャリア論のロングリスト

(※1)リクルートワークス研究所,2024,新しいキャリア論ハンドブック
古屋星斗,2023,なぜ今「新しいキャリア論」が必要か―私たちの反省と立脚点
(※2)ただし、完全な現状肯定ではない。同プロジェクトでは、変化の時代に自分なりの判断をするための「補助線」を示そうとしている。したがって、何もしなくてよいというより、「成長」を唯一の尺度とせず、持続性と発展性の両面を肯定した能動的なハト派である
(※3)「行動から考える新時代の若者キャリア論プロジェクト」におけるレポート
古屋星斗,2020,「スモールステップ」が若手のキャリアを変えていく,Works Review2020 
(※4)橋本賢二,2023,自律を求める社会の罠―キャリア形成の“Will, Can, Must”に縛られない方法
https://www.works-i.com/column/works04/detail063.html
(※5)花田光世・宮地夕紀子, 2003,キャリア自律を考える―日本におけるキャリア自律の展開
https://www.keiomcc.com/img/magazine/report_20040210crl.pdf
(※6)Hall, D. T., 2004, “The Protean Career: A Quarter-Century Journey,” Journal of Vocational Behavior, 65(1), 1–13
(※7)ただし、キャリアの成功は個人の価値によるものとするため、価値によっては、純粋なタカ派とは言い切れない部分がある
(※8)高橋俊介,2004,「スローキャリア―上昇志向が強くない人のための生き方論」,PHP研究所
(※9)金井壽宏,2002,「働くひとのためのキャリア・デザイン」,PHP新書
(※10)Harter, J. ,2023, “Is Quiet Quitting Real?”, Gallup
https://www.gallup.com/workplace/398306/work-from-home-statistics.aspx
(※11)Roose, K., 2021, “Welcome to the YOLO Economy,” The New York Times
https://www.nytimes.com/2021/04/21/technology/welcome-to-the-yolo-economy.html
(※12)Khan, A. W. & Pandey, J., 2023, “Exploring FIRE for Financial Independence, Retire Early: A Netnography Approach,” Journal of Consumer Marketing, 40(6), 775–784
(※13)Mitchell, K. E., Levin, A. S. & Krumboltz, J. D., 1999, “Planned Happenstance: Constructing Unexpected Career Opportunities,” Journal of Counseling & Development, 77(2), 115–124
(※14)De Vos, A., Van der Heijden, B. I. J. M. & Akkermans, J., 2020, “Sustainable Careers: Towards a Conceptual Model,” Journal of Vocational Behavior, 117, 103196
(※15)Schein, E. H., 1990, “Career Anchors and Job/Role Planning: The Links Between Career Pathing and Career Development,” MIT Sloan Working Paper No.3192-90
(※16)Savickas, M. L. & Porfeli, E. J., 2012, “Career Adapt-Abilities Scale: Construction, Reliability, and Measurement Equivalence across 13 Countries,” Journal of Vocational Behavior, 80(3), 661–673
(※17)Sullivan, S. E. & Arthur, M. B., 2006, “The Evolution of the Boundaryless Career Concept: Examining Physical and Psychological Mobility,” Journal of Vocational Behavior, 69(1), 19–29
(※18)Duffy, R. D., Blustein, D. L., Diemer, M. A. & Autin, K. L., 2016, “The Psychology of Working Theory,” Journal of Counseling Psychology, 63(2), 127–148
(※19)Kennedy, E. H., Krahn, H. & Krogman, N. T., 2013, “Downshifting: An Exploration of Motivations, Quality of Life, and Environmental Practices,” Sociological Forum, 28(4)

古屋 星斗

2011年一橋大学大学院 社会学研究科総合社会科学専攻修了。同年、経済産業省に入省。産業人材政策、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、現場職、若年人材研究を専門とする、ひととしごとの研究者。著書に「ゆるい職場-若者の不安の知られざる理由」(中央公論新社)、「なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか」(日本経済新聞出版)、「『働き手不足1100万人』の衝撃」(プレジデント社)など。