「働く」の論点コロナショック下で、雇用調整はどの程度行われたか―リーマンショックと比較して― 坂本貴志

GDPと雇用者数は急減

コロナ禍による緊急事態宣言の発出などによって、日本経済は急速な調整を余儀なくされている。本稿では、いわゆるコロナショックによる経済の縮小が雇用情勢に与えている影響を概観し、その先行きを考えてみたい。
経済の状況を確認するためにGDPの推移を追えば、実質GDP2019年第4四半期における548.7兆円から、2020年第2四半期の時点では500.4兆円にまで、第3四半期時点でも526.8兆円と減少した。その後、第4四半期時点では541.6兆円まで回復してきているが、経済の落ち込みの程度を見ると、今回のコロナショックは2008年前後に起こったリーマンショックに相当する規模の景気後退となっている。
一方、雇用者数の推移を見ると、こちらもコロナショックによって大きく減少していることがわかる。総務省「労働力調査(基本集計)」によると、2019年第4四半期の時点で雇用者数は6028万人であった。それが、緊急事態宣言下の2020年第2四半期には5927万人にまで減少しており、雇用者数の減少幅は一時的に100万人を超える規模となった。

図表1 実質GDPと雇用者数の推移図表1.jpg出典:内閣府「国民経済計算」、総務省「労働力調査(基本集計)」より作成
注:数値はいずれも季節調整値

コロナショックはリーマンショックと同程度のショック

実質GDPと雇用者数について、リーマンショックと比較することで今回のコロナショックの特徴を分析してみよう。
この2つのショック時における実質GDPの経過を見たものが図表2となる。このグラフは、実質GDPについて、基準点から経過した四半期ごとの変化を見たものとなる。リーマンショック下の実質GDPの変化は、ピークであった2008年第2四半期を基準に算出しており、コロナショックによる変化は、新型コロナウィルスの感染拡大が始まる前の2019年第4四半期を基準としている。
これを見ると、この2つのショックで影響を被った業種などは明らかに異なるのだが、ショックの規模という観点で見れば同等に近いものといえる。実際に、コロナショックでは基準時点から2四半期を経過した時点で失われた実質GDP48.4兆円となっている一方で、リーマンショックは波及にもう少し時間がかかっているが3四半期経過した時点で43.8兆円の減少となっている。

図表2 実質GDPの基準点からの変動図表2.jpg出典:内閣府「国民経済計算」より作成
注:数値はいずれも季節調整値

雇用者数は早期に大きく減少している

雇用者数の変動を見ても、やはりかなり影響が出ていることがわかる。先述の通り、コロナショックで失われた雇用の数は基準時点から2四半期経過時点(2020年第2四半期)で101.3万人となっている。一方、リーマンショックでは4四半期経過時点が雇用喪失のピークで79.3万人の減少になっているから、雇用者数への影響という意味では今回のショックの方が規模が大きい。
また、今回のショックでは雇用者数に対しては、比較的早期にかつ深く影響が出ているのだが、そこからの回復は現時点でリーマンショックに比べてかなり早い。2020年第4四半期の雇用者数は基準時点から44.7万人の減少となっていて、すでに失われた雇用の半分が回復している(図表3)。
これは、経済が早期に回復しているからである。図表2を見ると、4四半期経過時点(2020年第4四半期)でGDPが基準時点の水準に向かって戻っているのがわかる。雇用への影響は経済への影響に遅れることが常であるが、今回のショックでは経済の変動と比較的感応的に雇用調整が行われていることも特徴といえる。
先のことをいえば、2021年の年明け以降、緊急事態宣言が再び発出されたことから、経済は再び縮小局面を迎える可能性もあるが、現在のところコロナショック下の経済は、リーマンショックに比べると立ち直りは早いといえる。

図表3 雇用者数の基準点からの変動図表3.jpg出典:総務省「労働力調査(基本集計)」より作成
注:数値はいずれも季節調整値

正規雇用者と派遣労働者の雇用減が目立ったリーマンショック

リーマンショックと比較したとき、今回のコロナショックが雇用に与えている影響を見れば、回復は早いものの、決して小さいものではなかった。
しかし、世の中の論調を見ると、これらの経済のショックが雇用に与えている影響に関して、過去と比べて今回は比較的冷静に捉えられているようにも見える。これはなぜだろうか。続いて、コロナショックとリーマンショックの間の差異を探っていこう。
失業率に関しては、リーマンショック時よりも明らかに影響が小さい(図表4)。これは、コロナショックによる雇用調整で職を追われた人たちの一定数が労働市場から退出してしまっているからである。もちろん、どうしても働きたいにもかかわらず職がなくてあきらめてしまったという人もいるだろうが、コロナ禍のなかで無理に仕事を探すのはやめようと考える人も多いはずである。
雇用形態別の雇用者数を見ると、今回のショックとリーマンショック時の雇用情勢への影響の差はさらにはっきりと浮かび上がる。
2008年第2四半期を基準にどのような雇用形態につく人の職が失われたかを見たものが図表5であるが、ここからわかる通り、リーマンショック時に雇用調整の対象となったのは主に正規雇用者と派遣労働者であった。パート・アルバイトに関しては、同ショックの直後には雇用が減少したが、すぐに回復し、景気後退直後の雇用回復に大きく貢献していた。

図表4 失業率の基準点からの変動図表4.jpg出典:総務省「労働力調査(基本集計)」より作成
注:数値はいずれも季節調整値

図表5 リーマンショックにおける雇用者数減少の内訳図表5.jpg出典:総務省「労働力調査(詳細集計)」より作成
注:数値はいずれも季節調整値。労働力調査(詳細集計)による集計であるため、労働力調査(基本集計)による集計とは数値は一致しない

コロナショック下では、パート・アルバイトが減少

一方で、今回のコロナショックによる雇用への影響を見ると、その大部分がパート・アルバイトの減少となって表れている。そして、これとは対照的に正規雇用者はむしろ増えていることも見てとれる。
コロナショックでパート・アルバイトが大きな影響を受け、正規雇用はほとんど影響が出ていないのにはいくつか理由があるだろう。
その理由として、第一に、今回のショックでダメージを受けた業種が飲食・宿泊業などパート・アルバイトの雇用を多く抱えている業種が多かったことがあげられる。実際に、営業自粛に追い込まれた飲食業や宿泊客が急減した宿泊業の多くの店舗ではパート・アルバイトの稼働を大きく減らしている。
第二に、経済への悪影響が比較的短期にとどまるのではないかという期待があると考えられる。経済に悪影響を与えているのは感染症の拡大であることはわかっており、それさえ収まれば経済は回復し、再び元の水準に戻る。このため、廃業に至る水準まで経営が追い込まれている事業所はともかくとして、正規雇用者を解雇してまで雇用を調整しようという企業は少ないのではないか。
第三にあげられるのは、人手不足の深刻化による影響である。コロナショック直前までは、中小企業や特定の業種で深刻な人手不足に陥っていた企業が多くあった。このような状況下において、短期的な経済の変動に応じて雇用を調整してしまうと、経済が回復した後の経営に甚大な影響を与えてしまうことが危惧されるので、やはり経営者としては正規雇用者の人員整理までは踏み切れないのが現状だろう。

図表6 コロナショックにおける雇用者数減少の内訳図表6.jpg出典:総務省「労働力調査(詳細集計)」より作成
注:数値はいずれも季節調整値。労働力調査(詳細集計)による集計であるため、労働力調査(基本集計)による集計とは数値は一致しない。

リーマンショック時とは構造が大きく異なる

家計において主たる稼ぎを稼ぐ正規雇用者の雇用が失われている状況と、女性や高齢者など主に家計の補助のために収入を得ているパート・アルバイトの雇用が失われている状況には、大きな構造の違いがある。リーマンショック時とコロナショック時の雇用への影響をみれば、量的には同等と言えるが質的には違うことがわかる。
近年大きく進んだ女性や高齢者の労働参加は、日本の経済変動への耐性の強化につながったとも考えることもできる。コロナ禍における雇用調整はまだ予断が許さない状況ではあるが、今後もリーマンショックのような深刻な事態に陥る可能性はそう高くはないだろう。
その一方で、パート・アルバイトで世帯の主な生計を立てている人も少なからずおり、こうした人たちへの政策的な対応は急務である。コロナショックによるパート・アルバイトの雇用喪失が将来の経済に与える影響に関しては、引き続き注視していかなければならない。経済活動が回復するときに、今回のショックで雇用を失われた人が元通り戻ってくるのかも今後の重要な課題となる。
少子高齢化が急速に進む日本において、パート・アルバイトなど短時間労働者の労働参加が、経済活動の維持・回復に向けて重要であることは論をまたない。こうした人たちが労働意欲を失わずに労働市場にとどまり続けてもらえる環境をいかに作り出すかは、コロナショック後の経済を考えるうえで必要な論点の1つになる。


坂本貴志

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。