「働く」の論点コロナ下で、仕事のストレスは高まったか―ストレスチェックのデータを分析する― 坂本貴志

コロナ下でメンタルヘルスは悪化したのか

新型コロナウイルス感染症の感染拡大(以下、コロナ)により、仕事の仕方が大きく変わった人は少なくない。取引先や顧客との対面でのやり取りが制限され、人によってはテレワークを行うことでこれまでと仕事の仕方が大きく変わったケースもある。
これまでと異なる仕事の仕方を強いられている状況のなか、懸念されるのは社員のストレスの高まりである。仕事におけるストレスが高まれば、社員はメンタルヘルスが棄損され、日々の業務の生産性が低下する可能性がある。そしてその結果として、企業の業績にも悪影響を与えかねない。また、ストレスの高まりによるメンタルヘルスの悪化は、社員自身の心理的・身体的健康や家庭生活の豊かさなど個人の厚生にも大きな影響があると考えられる。
コロナ下において、人々の仕事におけるストレスが高まっているかどうかを調べるために、いくつか調査が行われている。しかし、コロナによる影響をみようとするのであれば、平時の状況と比べてそれがどう変化したのかを分析しないと、正確な影響は測れない。

ストレスチェックのデータで、コロナによる影響を分析

この点、平時から職場の人々のストレスを定期的に追跡しているものとして最も信頼性が高いデータは、ストレスチェックに伴うデータであろう。労働安全衛生法第66条の10に基づき、事業者はストレスチェックを実施する義務を負っている。

○労働安全衛生法(昭和四十七年法律第五十七号)
 (心理的な負担の程度を把握するための検査等)
第六十六条の十 事業者は、労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師、保健師その他の厚生労働省令で定める者(以下この条において「医師等」という。)による心理的な負担の程度を把握するための検査を行わなければならない

リクルートワークス研究所では、約2000社のストレスチェックを代行するなど日本最大級のストレスチェックサービス提供事業者である株式会社HRデータラボと共同研究を行っている。ここでは、同社が保有している企業のストレスチェックのデータを分析することで、コロナ下において、社員のストレスがどのように変動したのかを確認していこう。
今回扱うデータは、2019年4~5月と2020年4~5月にストレスチェックを実施した企業における約1800名の従業員の結果である。言うまでもなく、この1年間で社員を取り巻く職場環境が最も大きく変化したのはコロナによるものであるが、このデータは同一企業のデータであり、2019年と2020年とで社員のストレスがどのように変化したかをみることで、コロナが社員のメンタルヘルスにどういった影響を与えているかを正確に分析することができる。

対人関係に伴うストレスが減った

まず、ストレスを発生させる原因が増えたのか減ったのかを明らかにしたい。ストレスを発生させる原因とされているものは、仕事の量、仕事の質、身体的負担、対人関係、職場環境、(仕事の)コントロール度、技能の活用、(仕事の)適性度、働きがいの9つである。
2020年と2019年で、各項目ごとに原因となるストレスがどう変化しているかみたものが図表1となる。ここからわかることは、全体として仕事におけるストレスの原因は低下しているということである。
仕事の量に由来するストレスは3.02点から2.95点へと、統計的にも有意に低下した。コロナによって、その対応に多くの時間を割いている人もいるだろう。しかし、総じてみれば、経済活動が低迷するなか、多くの職場で仕事の量そのものが減少しているとみられる。
最も大きな変化があったのは、対人関係。2019年に2.83点だったものが2.71点となり、前年比▲0.12点と低下しているのである。この1年間で職場環境において最も変化したことは、コロナ下におけるテレワークの拡大だと考えられる。リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査」の臨時調査によると、201912月時点で雇用者のテレワーク時間は平均0.5時間であったが、2020629日~71日ではそれが8.0時間まで増加している。
テレワークの浸透によって、職場の人との接触が減り、結果としてそれが対人関係のストレスを低下させたのだろう。もちろん、職場の人との豊かなコミュニケーションが減ることでストレスが高まったという人もいるだろうが、職場の人間関係がストレスの大きな原因となっているという立場に立てば、テレワークの浸透には確かに職場の人間関係に伴うストレスを低下させる効果がある。

図表1 ストレスの原因項目の変化
図表1.jpg出典:ストレスチェックデータより作成
注:2019年4~5月と2020年4~5月にストレスチェックを実施した企業を対象にその変化を分析したもの

職場環境も良化

職場のストレスの原因のなかで、対人関係の次に変動が大きかったのが職場環境である。職場環境の良し悪しは、「私の職場の作業環境(騒音、照明、温度、換気など)はよくない」という設問で把握される。
テレワークの浸透で、自宅など仮の職場での業務を行う人も増えているが、こうした人たちは自分で自由に環境を調整でき、かつ同僚の視線などを気にせずにすむことなどから、比較的快適に仕事をしているのではないだろうか。また、同項目に直接反映されているわけではないかもしれないが、テレワークによって通勤時間が削減されたことの影響はおそらく大きい。人によっては片道1時間以上、往復で3時間弱の通勤時間をかけずにすむようになったという声も聞く。こうした人たちのストレスが大きく低減していることは容易に想像できる。
ストレスが高まっている要素も存在する。仕事のコントール度は3.29点から3.37点に上昇している。コントロール度は、「自分のペースで仕事ができる」や「職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる」などの設問から構成される。テレワークの浸透で自分のペースで仕事ができる人は増えていると考えられるが、コロナ下で取引先などとの仕事が上手く進まなかったり、職場の方針への働きかけが難しくなったりしているなどして、総じてみればコントロール度は低下しているのだと推察される。

コロナ下で、メンタルヘルスは総じて改善した

こうした状況のなか、労働者のストレスはどう変化したか。ストレスチェックにおいては、ストレスによって起こる心身の反応を、活気の低下、イライラ感、疲労感、不安感、抑うつ感、身体愁訴の6項目で捕捉している。
これらの項目をみてみると、やはりストレス反応も全体として低下している傾向が見て取れるのである(図表2)。
大きくストレス反応が低下したのは、イライラ感と疲労感である。それぞれ、2.74点から2.62点、3.09点から2.88点と統計的に有意な水準で低下していることがわかる。イライラ感と疲労感は、ともに仕事の量や対人関係のストレスと相関が強いストレス反応である。コロナによって、仕事の量や職場の人との接触が減ったことで、ストレスの原因が減じ、多くの人はメンタルヘルスが改善しているのだろう。
活気の低下の項目については、若干ストレス反応が高まっているが、統計的には明確な有意差はなかった。対人関係や仕事の量のストレスは減少しているものの、それによって仕事への活気が増している効果までは生まれていないということだ。

図表2 ストレスの反応項目の変化
図表2.jpg出典:ストレスチェックデータより作成

柔軟な働き方の一層の推進を

最後に、ストレスに影響を与えるそのほかの要因の変化をみると、上司、同僚、家族や友人からのサポートに関しては2019年と2020年で傾向に変化はなかった(図表3)。ここから、テレワーク下でも、多くの人が職場の人や家族から普段と変わらないサポートを得ている様子が見て取れる。一方で、仕事や生活への不満は高まった。緊急事態宣言が発令され外出が制限されたことなどで、生活における不満が高まったのかもしれない。
以上、最近の労働者のメンタルヘルスの変動をみると、コロナによってむしろストレスは減じ、メンタルヘルスは改善していることがわかった。テレワークの普及などでストレスの原因から物理的に切り離されることで、心理的な健康状態は全般的に良化しているのである。
メンタルヘルスが棄損された場合、その最悪の帰結として導かれる事象に自殺がある。この点に関しても、警察庁では日本全国の自殺者数を月別に把握して公表をしているが、たとえば2019年4月の自殺者数は1814人であったが、2020年4月のそれは1487人と大幅に減少している。緊急事態宣言下では、自殺者数もはっきりと減っていたのだ(図表4)。
このような事実を踏まえると、緊急事態宣言下で人々が不安を感じ、心身の健康状態が損なわれたという主張にはやや違和感を覚えるのである。むしろ期せずして自由な働き方が実現し、喜んでいる社員も少なくないだろう。
柔軟な働き方の実現に向けて、コロナが果たした役割は大きかった。そして、多くの知識人がコロナによる悪影響を懸念している陰で、現状の働き方に満足している社員が、実は多数存在しているのではないか。コロナ下での働き方を適切に評価し、多くの企業でコロナ後の新しい働き方が論じられることを期待したい。

図表3 ストレスに影響を与えるそのほかの要因の変化
図表3.jpg出典:ストレスチェックデータより作成

図表4 自殺者数の推移
図表4.jpg出典:警察庁より作成



坂本貴志

※本稿は筆者の個人的な見解であり、所属する組織・研究会の見解を示すものではありません。