ローカルから始まる。
アカデミック・リソース・ガイド(arg) 代表取締役 岡本 真
なぜ今、図書館なのか。自治体は図書館にどんな役割を期待しているのか。全国各地の図書館のプロデュースを手掛けてきた岡本真氏に聞いた。
インタビュー・構成/ジャーナリスト・浜田敬子氏
浜田:岡本さんは図書館を中心に公共施設のプロデュースを手掛けていらっしゃいます。なぜ今、図書館なのでしょう。今日お邪魔したここ足立区でもプロジェクトが始まっているんですよね。
岡本:足立区の中央図書館のリニューアルは2025年12月に始まったばかりですが、この区の面白さは図書館に「サービスデザイン課」という部署があること。数年前に弊社で、デザイン思考に基づいた図書館のサービス設計に関する研修をさせていただいたところ、専任職員を招聘して取り組まれています。老朽化した施設に手を入れておしゃれにするという話はよくあるんですが、ハードだけ変えてもその持続性はせいぜい2、3年。足立区はハードの前にソフトに手をつけたんですね。
さらに図書館職員に必ずしも司書の資格を求めないとも決め、なんらかの専門的知識がある人を、図書館ナビゲーターとして募集しました。最初にソフトに手をつけ、ソフトのなかでもサービスを作る人に注目したところにセンスのよさを感じました。
浜田:デザイン思考を取り入れたら、行政サービスはどう変わりましたか。
岡本:基本は利用者ファースト、人間中心ということに尽きます。ただ、行政は住民の家来ではない。今は明らかに行きすぎていて、職員に対するハラスメントが常態化し、若い公務員から退職の連絡をもらうことが続いています。この状態が続けば行政サービスはもたないのでは、という恐怖も感じます。職員にも我慢を強いてはいけないと思います。
浜田:これまでのプロジェクトでも、ハードより人を中心に考えていたんですか。
岡本:私がソフトウェア中心のインターネット業界出身なので、基本的にはソフト寄りに考えます。ただ一定のハードへの投資の必要性は東日本大震災で切実に感じました。図書館を中心に支援活動をしたのですが、屋根があり、風が吹き込まない場所は必要でした。ソフトがよければ、と言うのは安全圏にいる人の「寝言」だと痛感しました。
浜田:図書館も避難場所や支援物資の配布場所に使われていたんですか。
岡本:一時的に避難所になった施設もありましたが、その後は図書館らしい使われ方をしていました。私が深く関わった宮城県名取市の図書館は、5月の連休には復旧しました。建物は危険判定されて使えないので屋外図書館のような形で。親たちがさまざまな手続きで駆けずり回る間、子どもたちの拠りどころとなる場所が学校以外にあることは生活再建の点でも大きな意味があり、図書館を早く復旧させようとする自治体は多かったです。
人が顔を合わせ声を掛け合う それが図書館の本質的な役割
地域ならではの課題意識を認識し図書館として何ができるか考える
浜田:改めて図書館の役割をどう感じられましたか。
岡本:人は一時的なショック状態を抜け出したときに、知的な活動を求めるんだと感じました。図書館は「知りたい」「わかりたい」という根本的欲求を支えるものとして役に立つ。さらに友人がやっていた移動図書館を見て感じたのは、本を借りるかどうかより人が集まってくることが大事だということ。人と人とが顔を合わせて声を掛け合う。それが本質的な役割で、今図書館が注目されるのもこれがいちばん合理的な説明だと感じます。
図書館と公園は誰もが理由もなく来ていい場所なんです。図書館的には「利用目的を誰何(すいか)しない」と言うんですが、「あなたは今日なぜここに来たんですか」とは聞いてはいけないんです。思想調査にもなりかねないので。10年ほど前にある図書館が夏休みの最終日にツイッター(現・X)で、「死にたくなったら図書館においで」と呼びかけて話題になりました。図書館はその子に学校行かないの?って決して言わない。誰かも聞かない。利用者全員にそうなんです。そういう場所が今地域で重要だと再認識されているのだと思います。
浜田:とはいえ図書館を再定義、再評価する自治体ばかりではないですよね。
岡本:今では7、8割の自治体で首長も議会も図書館を、という意思を感じます。この仕事を始めた17、18年前に比べたら激変です。私はヤフー勤務時代に「Yahoo!知恵袋」を作り、少しずつ図書館に関する仕事を依頼されるようになって独立したのですが、2012年に富山市の図書館の案件を頼まれるまではほぼ仕事はありませんでした。当時はまだ、そんな金食い虫のような施設になんで投資するんだ、という考えは根強かった。でもこの十数年で図書館には人を呼び集める力があるんだ、という認識が定着してきました。
浜田:金沢の石川県立図書館など観光名所になる図書館も出てきましたよね。
岡本:アメリカではある程度の都市であれば、街を象徴するような有名な図書館があります。最初に建築などハード面が注目されても、継続して利用されるかどうかはやっぱりサービスです。
私が関わったなかで印象的なのは沖縄県の恩納村。沖縄の観光客の半数が行くというビーチリゾートの村が文化情報センターという図書館複合施設を作ったのが11年前。観光客へのサービスと村の人たちのニーズを両立させるバランスが素晴らしいです。
もともと村に図書館が欲しいという住民の要望はある程度あったのですが、「なくていい」という人もいました。ない状態が何十年と続くと、新設の際に反対運動が起きやすい。「80年生きてきて、なくても困ってない」と言われると反論できない。そういうときは、「でもお子さんやお孫さんにとって人生の選択肢が減るということではないか」とお話しするようにしています。
図書館に限らず、自治体のサービスは地域ごとにかなり違います。私は横浜で生まれ育ちましたけど、横浜市は約20万人が住む1区に1館しか図書館の分館がない。足立区は5万人に1館。東京23区と横浜市はサービスレベルで4、5倍の開きがあります。
浜田:図書館をプロデュースされる際、地域性はどこまで重視されますか。
岡本:公共図書館に関していえば、それこそが重要です。金太郎飴みたいになっても意味がない。足立区は、今の区長が大学を誘致して街を変えてきました。「街に大学生がいるようにすることで、子どもたちに対するメッセージが変わってくる」と話されていて感動しました。その土地ならではの課題意識を認識したうえで、図書館として何ができるか考えています。
一方、たとえば山口県美祢市。ここは交通の便も悪いうえにJRも廃止されます。あと数年で人口は1万人台まで減るでしょう。3自治体が合併したので旧自治体ごとに図書館があるんですが、それを充実させてももはやそこまで行けないんです。だから新しく作った図書館は小学校、中学校の図書館をどうサポートできるかと制度を設計し直す必要があります。
子どもの不登校の割合でいえば、美祢市に比べて足立区のほうが多いでしょう。そういう都市部では、生きづらさを抱える子のための居場所を作る必要がある。地域ならではの課題を受け止め住民に寄り添いながらも、図書館の普遍的な価値は知識や情報で人を助けることに尽きる。最後は「知っている」ということが人の人生を分けるので。
こういうところにこだわるのは私が氷河期世代だからです。数々の不条理と不満と鬱屈したものを抱えていますが、それでも私は同世代に比べたらめちゃくちゃ運がいいほうだと思います。
浜田:就活では70社受けられたとか。
岡本:苦労しましたが、たまたまドットコムバブルがあり、ヤフーが拾ってくれて「Yahoo!知恵袋」というサービスを作ることができました。私は国際基督教大学を1997年に卒業しました。あの大学は7割が女子学生です。私よりはるかに優秀な同世代の女性たちがぜんぜん就職が決まらず、実家に帰るのを見てきました。私が社会的に活躍できたとしても、男性というだけで下駄を履いてきたのだと思っています。
沖縄県の恩納村文化情報センター。図書館機能を持ち、海を見渡せるカウンターで本を読める(写真右上)。宮城県富谷市複合図書館「ユートミヤ」は、市立図書館、とみのわパーク、スイーツステーションの3つの施設が融合した「生涯にわたる学びと交流の拠点」として2026年5月1日にオープンした(写真左、右下)。
困っている人に寄り添うだけでなく知識や情報を授けて学んでもらう
浜田:もう1つお聞きしたいのが、指定管理者制度の是非です。2003年の地方自治法改正以降、民間事業者やNPOなど指定管理者に運営を委託する自治体が増えてきました。ただ一部では選書が酷いなどと批判されるケースもあります。
岡本:自治体の直接運営から指定管理者になってサービスが向上したところもあります。大事なのはどういう事業者を選ぶか。私はかつて足立区の指定管理者選定の委員でしたが、「こんなに分厚い提案書を出してもらうのか」と感心しました。審査会でプレゼンする人は営業担当ではなく、受託後に事実上の館長として地域に責任を持つ人というルールで、良識を感じましたね。
浜田:選考方法1つを見ても、指定管理を単にコストカットや効率化の手段として考えているのか、図書館にどんなビジョンや方針を持っているのかがわかりますね。
岡本:「今より安く」という発注をしている限り土台無理です。指定管理業者を監督する仕事は自治体からはなくならないわけで、それ以外の部分を外に出して安くなるわけがない。安くしようとすると、人件費と図書購入費を下げざるを得ません。さらに安くを突き詰め出すと、行政サービスに公金を突っ込む意味があるのかという議論になり、そもそも図書館をやめればいいという話になる。最近は随分減りましたが、制度ができたばかりの頃は安かろう悪かろうという発注をしている自治体が多かったです。
最初に図書館に指定管理を導入した自治体の1つが山梨県山中湖村ですが、非常に安く受発注したため、指定管理は「安い」という価格形成がされてしまいました。今ゆり戻しが起き、最近だと大阪府立図書館で民間事業者が辞退し、結果的に自治体直営になりました。本来図書館のような利用者への直接課金が禁じられている社会教育施設に、指定管理者制度は馴染まない。利用者に寄り添ったサービスをするほどコストが発生する。管理料は決まっているので受託者はどこかで割り切ってサービスを打ち切らざるを得ません。
浜田:図書館の司書には会計年度任用職員の人も多い。司書は女性のほうが多く、結果的には女性の低賃金、雇用不安定化にもつながっています。以前取材したある自治体の担当者は、「会計年度任用のほうが人が定期的に入れ替わっていい」ということを言っていたのですが、私は抵抗があります。
岡本:会計年度任用にするなら、プロ人材として年収1000万円払うべきです。確かに同じポジションでずっと働く「専門職の罠」という問題もありますが、氷河期世代として雇用をそこまで流動化させることが正しいとは思いません。私が多少誇りに思っているのは、自分が関わった施設では原則正規採用してもらっていることです。自分ができることはたかが知れてるけれど、同世代や次の世代の人たちが安定した雇用を得ることは大事です。
日本ではそもそも「知」に対する評価が低い。私は「Yahoo!知恵袋」を作った強い成功体験があって、知識に基づいて物事を進めることは感覚でやるよりはうまくいく確率が高いと確信しています。その知に出合える場所の1つが図書館です。困っている人に寄り添うだけでなく、知識や情報を授けて学んでもらう。そういう価値を発揮していくのが本来的な役割ではないかと思っています。
感覚より知識に基づいて進めるほうがうまくいく確率が高い
Photo=伊藤 圭
アカデミック・リソース・ガイド提供(富谷市写真)
恩納村文化情報センター提供(恩納村写真)

Profile
1997年国際基督教大学卒業後、出版社勤務を経てフリーの編集者に
1998年メールマガジン ACADEMIC RESOURCE GUIDE(ARG)創刊
1999年ヤフーに入社。Yahoo ! 知恵袋等の企画・設計や産官学連携を担当
2009年アカデミック・リソース・ガイド(arg)を設立
プロフィール
浜田敬子氏
1989年朝日新聞社に入社。2014年からAERA編集長。2017年に退社し、BusinessInsiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年よりフリーランスのジャーナリスト。2022年8月から2025年10月まで『Works』編集長。著書に『男性中心企業の終焉』(文春新書)など。
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