ローカルから始まる。

ニュース「奈良」の声代表 浅野善一

2026年03月26日

新聞やテレビなど報道を支えてきたメディアの危機が叫ばれて久しい。全国紙では地方の取材網が縮小され、地域紙やコミュニティ放送局の休刊や閉鎖が相次ぐなか、存在感を示すのが、各地に生まれている地域密着のハイパーローカルメディアだ。

1〜2人という小規模な編集部で、その地域の課題を徹底して掘り起こす。茨城県つくば市の「NEWSつくば」や高知県の「News Kochi」がその代表だが、その形はメディアの未来の希望となるのか。奈良県のウェブローカルメディア「ニュース『奈良の声』」を発行する浅野善一氏に聞いた。
聞き手・構成=浜田敬子氏

浜田:浅野さんはもともと奈良新聞の記者ですが、なぜ独立して「ニュース『奈良の声』」(以下、「奈良の声」)というローカルメディアを作られたんですか?

浅野:奈良新聞で23年間報道に関わってきたのですが、後半の12年間は記者ではなくずっとデスク職でした。いずれ記者に復帰できるだろうと思っていたのですが、48歳で営業職への異動を告げられ、その内示の翌日に辞表を出しました。

浜田:辞めるときに既にメディアを作りたいと思っていたんですか。

浅野:
その時点ではまだ。フリーランスになって少しでも収入を得られたらいいな、そのPRになればぐらいの気持ちで、2010年5月にニュースサイトを始めました。ただ退社する少し前に、アメリカでプロパブリカという調査報道に特化したウェブメディアが、発足まもなくでピュリッツァー賞を受賞して、あ、ウェブメディアにはこういう可能性があるんだなということは、なんとなく頭にはありました。

浜田:
「奈良の声」は最初からこういうメディアにしたいという形は見えていたんですか。

浅野:
長年の報道の経験が生きる地域メディアしか考えられませんでしたが、スタッフは私と妻の2人だけで各地域に取材網があるわけでもない。全国紙や奈良新聞と同じことはできないので、地域に埋もれた問題を独自取材で掘り下げるということを掲げて始めました。

浜田:
新聞記者の経験は今どう生きていますか。

浅野:
奈良新聞で20年以上報道に携わっていなければ、「奈良の声」はできなかったと思います。新聞社で毎日取材して記事を書く経験は今、とても生きています。たとえばさまざまな情報提供があるなか、その事案だけ、一自治体の問題としてだけ書くのではなく、他の自治体もすべて取材したうえで比較する。これはやはり経験から学んだことです。あと自分の主張ではなく、取材して事実を書くということも記者としての経験が生きています。


埋もれている地域の事実を掘り起こす調査報道の価値

生活保護に関する報道で大きな反響 行政も動いた

浜田:地域の問題の独自取材となると、まさに調査報道ですよね。調査報道こそがメディアの価値だと私は思うのですが、一方でお金がかかります。浅野さんはなぜ調査報道にこだわるのですか。

浅野:
まだ誰も知らない埋もれている地域の事実を掘り起こすことには価値があるからです。広告に頼っているわけでもないので、広告主を気にする必要もない。更新頻度も決めていないので、自分たちでできる範囲でやろうと。サイトのデザインやメンテナンスなども自分でやっているので、かかる経費といえば取材に行く交通費ぐらいです。立ち上げ費用も1万4000円ほどで、ホームページを作成できるソフトを買って自分で作りました。

浜田:
それでもしばらくはアルバイトとの両立生活だったんですよね。

浅野:
お昼過ぎ頃までメディアの仕事をして、夕方から夜にかけてショッピングモールの駐車場でカートを集めるアルバイトをしていました。時給800円ぐらいでした。

浜田:
どこのメディアも大きく儲けることを目的にはしていないけれど、ある程度の規模のメディアでは社員の人件費負担だけでも大きく、今や取材体制を維持することも難しくなっています。それで、支局をはじめとする地方の取材網などメディアにとって最も価値のある部分をコストとしてカットする。そうなると、会見のニュースなどどの社も同じような内容になりがちです。本来のメディアの役割が果たせなくなる負のスパイラルに陥っていると感じます。

浅野:
そうですね。そういう点で規模の小さいウェブメディアは維持コストもそれほどかからないので、取材に時間もかけられる。「奈良の声」を始めたときには、まだ伝統的なメディアの影響力が失われつつあるという意識はなかったんです。地域に埋もれている課題って一気に明らかになるわけではない。地道に取材することで少しずつ明らかになっていく。そうすると、私たちのようなメディアでも報じた責任感とか使命感がやっぱり出てくるんです。

浜田:最初から反響は大きかったんですか。

浅野:
最初の10年はそれほどなかったです。でも、生活保護に関する報道などでは反響がありました。生活保護には要介護の人や障害者など外出できない人に対して冬季加算の上積み制度があるんですが、奈良県では本人が申告しないと利用できない仕組みになっているという情報提供があったんです。でも他県では、行政側がその人の状態を把握していて自動的に上積みされている。そこで奈良県内の自治体に取材して、いずれの自治体でも申請しないと利用できないことを記事にしたところ、奈良市と奈良県は申請がなくても上積みされるように変わったんです。

浜田:
それこそメディアの力ですね。「奈良の声」で面白いと思ったのが、「改善につながった報道」「他紙に先駆けた報道」などのコーナーです。

浅野:
どういう報道に力を入れているか知ってもらいたいのと、報道で地域の課題が改善されるなら寄付しようと思ってもらえるかなと。

浜田:
運営の継続が厳しいときもあったんですか。

浅野:2016年から3年半は食品製造会社で1日8時間週5日、パートとして働いていた時期もあったんですが、その期間は取材時間がほとんど取れなくて、ニュースの更新頻度もぐんと下がってしまったんです。そのときはもう継続は無理かもしれないと思いました。週のうち2日を取材に充てるつもりが、フルタイムの仕事に引きずられてなかなか思ったように取材ができなかったんです。

2020年にこのままじゃダメだとなって思い切ってパートを辞め、もう一度力を入れました。そのときに遅まきながらニュースプラットフォームのスマートニュースにも掲載してもらうようにしたり、読者にメルマガを送るようにしたり……いろいろチャレンジしました。第2の創刊という感じでしょうか。

ニュース「奈良の声」のトップページ等。

ニュース「奈良の声」のトップページ(写真左)。奈良県域水道一体化を考える一連の記事のなかで使用した水源・大滝ダムの写真=2023年4月、奈良県川上村(写真右上)。奈良県によって歩道が撤去された奈良市道の車道を歩く人を捉えた記事写真=2015年5月、奈良市(写真右下)。

大手メディアの「空白地帯」をローカルメディアが担う

浜田:読者はどんな人が多いんですか。

浅野:
30〜50代ぐらいが多く、奈良県外の人も結構いるんです。大阪で読まれているのは、奈良の人が大阪に通勤していて勤め先で読んでいるのかもしれません。

浜田:
どんなテーマに関心が高いんですか。

浅野:
行政に対する不満の情報提供が多いです。たとえば連帯保証人を見つけられず県営住宅から退去を命じられた当事者の人から情報提供があったり、議会を見ていて課題だと感じたことを連絡してくる人もいます。

浜田:
地域にとっては重要な課題なのに、なぜ全国紙や地元紙は報じないんだろうということもありますか。

浅野:
「奈良の声」を始めた頃、公共事業の用地を先行取得する奈良市土地開発公社がかなり高い価格で用地を買収し、借金が膨れ上がっていたんです。公社は結局解散するんですが、その借金を奈良市が肩代わりしました。解散にあたって第三者委員会がまとめた報告書を読むと、議員の圧力で高い価格で買ったことが書かれていました。でも詳細はない。これだけの疑惑があるのに、新聞もテレビも突っ込んで報じなかったんです。明らかにしようと思うと、情報公開請求などもしなければならず、面倒だと感じたのかもしれません。

浜田:
アメリカではこの10年で地方紙が経営難のため相次いで撤退し、その地域は「ニュース砂漠」とも表現されます。一方で、ジェンダー専門、LGBTQ専門といった特定分野の報道に力を入れる非営利メディアが次々と生まれています。先日読んだ記事には受刑者が作るメディアの話があり、プロではない人たちが本当に自分たちに必要な情報を発信していくことに未来も感じました。

日本では、浅野さんの「奈良の声」をはじめ、調査報道大賞を受賞した「屋久島ポスト」やドキュメンタリー映画にもなった能登の手書きメディア「紡ぐ」など、超ローカルメディアが生まれ地道に地域の課題について報じ続けています。経営が厳しくなっている全国紙、地方紙が記者や地方の取材網を減らしている「空白地」を埋めることを、ローカルメディアは期待されているとも思います。

浅野:
大手メディアがカバーしきれない地域、分野、課題については、小さなメディアが担える部分はあり、非営利メディアが果たせる役割は一定程度あると思います。ただ、うちも含め収益面・運営面が確立してこそ一人前というような言われ方をされることもあります。それでも、それぞれができる範囲でジャーナリズム活動を続けることが大切だと思っています。

浜田:
「一人前ではない」と、具体的に言われたのですか。

浅野:
「屋久島ポスト」の方がネット番組に出演したときに、一緒に出演していた複数のコメンテーターが「持続可能性は?」と繰り返し尋ねていて、私はそうした見方に違和感を覚えました。その人たちもローカルメディアの活動の価値は認めていたのですが。

浜田:
私はメディア、特にジャーナリズムは一種の民主主義のコストだと思っているんです。自分たちの地域や社会にある課題を可視化させることで改善につながったり、選挙時に投票の判断材料になるような情報を提供することで意思決定を手助けしたりという意味で。地域のメディアが細ると、地方行政で不正があっても報じられなくなる。結果的にその不利益を被るのは住民の人たちではないかと思います。

ただ、そのコストを誰が払うのかという点が難しくなっています。かつては購読料という形で新聞を支えてくれていた人たちが、ネットメディアやSNSで無料でさまざまな情報を得ることができると、たとえその情報が精査されていないものでも無料のほうがいい、となってしまう。一方で、既存メディアが購読料を払いたいと思ってもらえる報道をしているか、という問題もあると思っています。

浅野:
アメリカでは非営利のメディアに対して助成機関があるんですよね。文化も違うので、同じようなことを日本で期待するのは難しいとは思いますが、このコストを誰が負担するのかという問題は非常に難しいですね。

浜田:
「奈良の声」は寄付で運営されていますが、定期的に寄付をしてくれる人はどのぐらいいるんですか。

浅野:
マンスリー会員は5人です。額は小さくてもいいんです。そういう人がもう少し増えてくれれば。でも奈良県の人口は130万人で、市場という言い方は適当ではないですが小さい。そうなると寄付にしても限界があるので、どこまで寄付で成り立たせられるかは厳しいなと思っています。今後運営を安定させていくためにどうすればいいのかは模索中です。

今後は、市民が議会などをもっと傍聴してメディアと連携するような形が取れないかなども考えています。私たちだけがメディアを作るのでなく、市民と一緒になって活動すれば、行政への監視はもっと機能するのではないかと。そういう形がもしかしたら未来のメディアの形なのかもしれません。


市民と一緒に活動すれば行政への監視がもっと機能する

Photo=MIKIKO

「ニュース『奈良の声』」を発行する 浅野善一氏の写真

Profile

1985年 山形大学卒業後、県外人材も採用していた奈良新聞社に入社
2010年 奈良新聞社を2009年に退社後、ニュースサイト「奈良の声」を立ち上げ
2022年 ジャーナリズム支援市民基金のジャーナリズムY賞を受賞
2025年 日隅一雄・情報流通促進基金の情報流通促進賞を受賞。これまで15年間で1200本以上の記事を発信している

プロフィール

浜田敬子氏

Hamada Keiko
1989年朝日新聞社に入社。2014年からAERA編集長。2017年に退社し、BusinessInsiderの日本版を統括編集長として立ち上げる。2020年よりフリーランスのジャーナリスト。2022年8月から2025年10月まで『Works』編集長。著書に『男性中心企業の終焉』(文春新書)など。