Global View From Work Tech World第4回 カルチャーフィットとエンゲージメントがスキル習得以上に重要視される理由

経済同友会が5月に公表した「日本企業のイノベーション創出に向けた経営者への提言」で、「イノベーション創出のための方策にかかる課題とその対応方針」として挙げたのは以下の5点。

1. 自社の存在意義・理念等の徹底・浸透
2. ダイバーシティ&インクルージョンの推進
3. 「知の深化」・「知の探索」
4. 新規事業の募集・提案
5. オープンイノベーション(産学連携等)の推進

画期的なのは、「自社の存在意義・理念等の徹底・浸透」が最初に挙げられている点です。ここを定義しないまま、新規事業やオープンイノベーション、D&I推進の旗振りをしても瓦解しかねません。

自社の存在意義とは、つくりたい未来を明らかにすることです。不確実な未来に適応するには、組織の多様性が欠かせません。多様な人材が交わり、知の探索を通じて、新規事業やイノベーションが創発される。本来、この順番であるはずが、手段が目的化している会社も多いように思います。

リスキリングも同様です。未来から逆算して、やるべき仕事を明確化し、人材要件をブレイクダウンする。起点が曖昧なままでは、人材要件の解像度も上がらず、疲弊するばかりです。

そもそもリスキリングに注力するのは、組織の生産性を向上するためです。短期的には、即戦力人材の採用・配置は有力な選択肢ですが、長期的により大きなインパクトをもたらすのは、社内人材のリスキリングです。成果の最大化には、カルチャーフィットとエンゲージメントこそ重要で、その形成には、スキル習得以上に多くの時間を必要とするためです。

1990年代、HRテックの主流だった、ERPパッケージは、企業のヒト・モノ・カネを一元管理する考え方で、業務に必要なスキルを分解し、過不足なくマッチングすることが大きな目的でした。2000年代前半以降、スキルマッチングありきの人事管理からの脱却が進み、カルチャーサーベイやエンゲージメントサーベイを通じた業務支援サービスが増加しました。

最近では、個人のウェルビーイングやワークライフバランスが成果に寄与することがわかり、ウェルビーイング・テックとHRテックの融合が進んでいます。

個人の能力は、機械部品のようにパーツで調達するものではなく、カルチャーフィットやエンゲージメントを高めてこそ発揮されるもの。自社の存在意義に立ち戻ることで、自社のカルチャーが生まれ、エンゲージメントが育まれるのです。

w180_tech_main.jpg日本企業は新卒一括採用や研修によってカルチャーフィットを図ろうとしてきたが、自社の存在意義を明確にすることがカルチャーの醸成には重要だという。
Photo= 時事

Text=渡辺裕子

尾原和啓氏
Obara Kazuhiro
IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。著書に『ザ・プラットフォーム』『アフターデジタル(共著)』ほか。

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