Global View From Work Tech World第5回 人材争奪戦で日本が生き残るには 人材への先行投資を

政府が2023年6月に発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」では、職種別の内外賃金差が示されました。米国は日本の1.5倍、シンガポールは1.6倍(全職種合計)。ITやデータアナリティクスなど高いスキルを要求される分野では、さらに格差は顕著です。

改訂版ではマークアップ(付加利益)という言葉が登場します。もとは原価に対する利益を指す会計用語ですが、政府は高騰するコストの価格転嫁を通じて利益を確保し、賃金と物価を上昇させる意味で使っており、鍵は付加価値の創出です。

米国の代表的な株価指数であるS&P500。以前GAFAMの5社を除く495社はTOPIXと大差ないという意味で、S&P495という言葉がバズりました。それだけGAFAMの存在が圧倒的。それは付加価値が仕組みで創出されるが故に結果として労働生産性も高くなるからなのです。

ITビジネスの本質は、一度プログラムを書けば自動的に価値を生み出すことです。この蓄積によって圧倒的な優位性を築いたのがAmazonで、慣性によって持続的に回転することから、フライホイール効果と呼ばれます。

IT活用によって高収益を確保し、同時に労働分配率を上げることで優秀な人材を採用できた結果、さらに付加価値が向上し、賃金が上昇する好循環が生まれます。日本のITによる労働生産性は決して低くないものの、過剰なコンプライアンスや煩雑なプロセスによって相殺されています。

AIの進化によって言語の壁は消えつつあり、プログラミング言語を必要としないノーコード開発の普及によって、開発効率は30~40%増になるといわれます。労働生産性と賃金の海外との格差は、今後も拡大する一方でしょう。

これまで日本企業は人件費の安い海外に業務委託してきましたが、賃金格差が拡大し円安が進めば、海外企業が日本でオフショア開発する未来も現実的です。これは必ずしも悲観的な側面だけではなく、高技能の労働者は日本にいながら海外企業と好条件で契約できるメリットもある。同時に日本の円安・物価安は、食事・治安など生活水準の高さと相まって、国際的な人材獲得競争における優位性にもつながります。

ただ、売上分配率で賃金を決定してきた日本企業は、成長領域においては人材への先行投資に発想を切り替えなければ、収益と賃金の好循環は実現できません。成長領域への国家戦略としての人材投資と、社会保障としてのリスキリング投資は分けて考えるべきでしょう。

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Text=渡辺裕子

尾原和啓氏
Obara Kazuhiro
IT批評家。1970年生まれ。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。著書に『ザ・プラットフォーム』『アフターデジタル(共著)』ほか。

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