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第16回 AIエージェントで見直される 日本の「すり合わせ」という強み

2025年10月15日

かつての日本の自動車工場の写真かつて日本の製造業の強さとされたすり合わせ技術や暗黙知はAIの進化・浸透によりどう継承されていくのだろうか。
Photo=AFP=時事

かつて日本企業が強みとしていた組織の同質性や暗黙知は、インターネットの普及によって、成長の足枷となってしまっています。

では、AIの進化は、再びルールチェンジをもたらすのでしょうか。

最近、AIエージェントが注目されていますが、これは多様な専門性を持つ小型AIモデルを組み合わせることで、一連のタスクを自律的に実行するシステムです。生成AIのリーズニング(論理的推論)能力が進化したことで、AIエージェントの能力は劇的に向上しました。従来の生成AIとの違いは、人間が細かな指示を出さなくとも、大きなゴールを設定すれば、自ら道筋を考え、遂行できることです。

それぞれの小型AIモデルが自律的に考え、相互に連携することで、大きなゴールに向けた全体最適を実現する。これは、かつて日本の製造業が強みとしてきた「すり合わせ」に近いのではないでしょうか。

加えて、センサーデバイスなどIoT技術もめざましい進化を遂げています。熟練工の経験と感覚に裏打ちされた暗黙知は、これまで言語化・体系化が難しいとされていましたが、技術革新によって容易になるでしょう。たとえば「ネジの締め具合はこのくらい」「歯車の回転に違和感がある」という暗黙知も、センサーによって数値データとして収集・蓄積が可能になります。収集された個別の暗黙知は、生成AIによる推論によって体系化され、AIエージェントが最適な作業手順を構築します。

製造業をはじめさまざまな企業ではこの30年、業務を定型化・単純化することによって、非正規雇用やアウトソーシングを拡大し、人件費を削減してきました。しかしこのような動きは、すり合わせの技術や暗黙知という強みをそぎ落とし、結果として製造業の弱体化を招いてきたのではないでしょうか。

製造業の現場では現在も、熟練工の存在が卓越したオペレーションを支えています。このような暗黙知は、効率化重視の経営において、しばしば属人的なものと見做され、それぞれの現場に分散していました。

しかし、AI エージェントの論理的推論、センサー技術の進化によって、このような暗黙知こそが競争優位に直結する時代が再到来するはずです。

Text=渡辺裕子

プロフィール

尾原和啓氏

Obara Kazuhiro
IT批評家。京都大学大学院工学研究科応用人工知能論講座修了。マッキンゼー、NTTドコモ、リクルート、グーグル、楽天などを経て現職。共著に『アフターデジタル』『努力革命』ほか。

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