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転職・賃上げを阻む 企業慣行が蔓延する日本人材獲得の自由競争を促す政策対応に遅れか

2026年09月03日

7月7日に「OECD雇用見通し」2026年版が公表された。労働市場の地域間格差を特集した版で、なかでも筆者が注目したいのは人材獲得の自由競争を制限し得る企業慣行が各国でどの程度存在するのかを分析した第5章だ。

同章では、①雇い手と働き手の間で交わされる競業避止等に関する取り決めと、②雇い手同士の間でお互いの人材を転職させない、採用しない、引き抜かないといった引き抜き禁止協定、および報酬・賃金体系を擦り合わせるいわゆる労働市場における賃金カルテルの2類型に着目している。日本を含む15のOECD加盟国で企業と労働者向けにそれぞれアンケート調査を行い、その結果を分析した(※1)。

まず、①の競業避止義務条項については日本の民間部門における従業員の22〜31%(※2)が対象になっていることがわかり、調査対象国平均の20〜30%(※2)と大差なかった。競業避止義務条項は、営業秘密やインサイダー情報の漏洩を防ぐ目的で、転職先や従事できる業務を一定期間制限する。合理的に必要な範囲で課される限り日本では直ちに独占禁止法上の問題にはならないが、営業秘密を有しない従業員が対象の事例が13〜36%(※2)ほどあった。競業避止は日本を含めた大多数のOECD加盟国で現在容認されているが、法的効力のない労働契約でも労働者には委縮効果があることはよく知られているため、本来の趣旨とは異なる運用方法については今後検討の余地がある。

より憂慮すべきなのは②のほうだ。同業他社が引き抜き禁止協定や賃金カルテル、または両方を行っていると回答した企業は、日本で71%と調査対象国のなかでは最も高かった(上図参照)。競業避止を営業秘密の保護という大義名分のもと競争法上容認するのはまだ頷けるが、労働移動や報酬を意図的に抑制する②の経済合理性とは何だろうか。日本を除くG7諸国では競争法上の違法行為と位置付けられている。日本の公正取引委員会も独占禁止法上「問題となる」という見解を示しているが、想定事例集はフリーランスや派遣社員が中心で一般の従業員を対象とする企業間の取り決めへの適用は曖昧だ。

71%という数字は認識率であって実際の件数ではない。ただ、他国に比べて認識率が甚だ高いという事実に日本の政策当局者は留意すべきだろう。不作為の代償は存外大きいだろう。

※掲載内容は個人の見解によるものです。

(※1)国によっては明確に競争法で禁止されていることもあり、「同業他社で行われているか聞いたことがあるか」といった自社についての言及を避けた質問の仕方を行った。
(※2)いずれも雇用主調査の数字。22%・20%・13%は確実に対象になっている部分、31%・30%・36%は対象になっている可能性のある部分を含む。 

    プロフィール

    荒木 恵氏

    Araki Satoshi
    経済協力開発機構(OECD)にて労働政策・公衆衛生政策を担当するエコノミスト。パリ在住。一橋大学法学部卒業、ジュネーブ国際開発研究大学院(IHEID)国際経済学修士号取得。外資系投資銀行などを経て現職。

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