Global View From USA
過度のAI依存をやめ、「考える工程」をヒトに残す
他者との議論を通じて考えを組み立てることは、人にしかできない。
Photo=(C)Maskot/amanaimages
アメリカで今年に入り、「Friction-maxxing(フリクション・マキシング)」という言葉が広がっている。直訳すれば「摩擦を最大化する」。あえて不便な方法を選び、時間や手間をかけることで、仕事や生活の質を取り戻そうという考え方だ。たとえば、職場ではAIによる要約を読まずに原文を読む、会議のメモを手書きする、メールより対面で話すといった行動が、例として挙げられる。効率を否定するのではなく、「考える工程」をあえて省略しないという発想なのだ。
この現象は、デジタルデトックスのブームの一部としても位置付けられがちだが、実際にはAIの発展や自動化が進むなかで、人間が「思考そのもの」を外部化し始めていることに抵抗するためのムーブメントでもある。
生成AIは文章を書き、会議を要約し、アイデアまで提案してくれる。それ自体は生産性を高めるが、便利さを追求するほど、人は考えるプロセスを経験しなくなる。BBC(※1)は、こうした現象を「認知的オフローディング(cognitive offloading)」と呼ぶ。本来脳が担っていた作業をテクノロジーに委ねることで、記憶力や集中力、判断力の低下につながる可能性があるという。
近年、企業はAI導入によって「何時間削減できたか」を競うようになった。しかし本来、仕事の価値は処理速度だけでは測れない。他者と議論しながら考えを組み立てる力は、外部に委託できないからこそ身につく能力なのではないだろうか。
一方で、このムーブメント自体は必ずしも「反AI」の文脈に属しているわけではない。AIを使う場面と自分で考える場面を意図的に分けるというもので、たとえば、議事録の作成はAIに任せても、企画書は自分で構成する。情報収集にはAIを使っても、論文や企画の骨格は自分で組み立てるなど、「ここだけは人間があえて苦労して考える」という領域を残そうとしているのである。
もちろん、この考え方には限界もある。ガーディアン(※2)は、friction-maxxingは余裕を持つ知識労働者だからこそ実践できる贅沢でもあると指摘している。シフト勤務の人や複数の仕事を掛け持ちする人にとって、不便さを選ぶ余裕はない。また、AIで数時間短縮できる業務を、あえて手作業に戻すことが社会全体として望ましいともいえない。
プロフィール
竹田ダニエル氏
ジャーナリスト、研究者。テクノロジーとカルチャーを軸に執筆・研究を行う。1997年生まれ。カリフォルニア州出身、在住。著書に『世界と私のAtoZ』『#Z世代的価値観』。
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