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第17回 シリコンバレーに蔓延る長時間労働カルチャー

2025年12月18日

シリコンバレーに蔓延る 長時間労働カルチャーイメージ画像日本でも「働かせ改革」の声が上がり、労働時間の上限緩和について国会で議論されている。働く側にとって改善か改悪か、注視する必要がありそうだ。
Photo=ⓒIDC/amanaimages

「午前9時から午後9時まで、週6日勤務」。中国で広まった「996」ワークスタイルは、かつて過酷な働き方の象徴として国際的な批判を浴びた。労働者の健康や生活を犠牲にするこの文化は、2019年には「996.ICU(=このままでは集中治療室送りになる)」という抗議運動を生み、中国国内でも社会問題化した。 

ところが今、その「996」がシリコンバレーを中心としたテック業界で再び注目されている。Wired誌は、一部のスタートアップが「996」を称賛し、成果とスピードを優先する働き方として取り入れ始めていると報じた。AIブームの追い風もあり、投資家のプレッシャーや市場のスピード感から、経営者が若手社員に再び長時間労働を求めている。 

シリコンバレーの若手社員の声を拾ったRamp社の調査では、既に「週72時間勤務」を当然とする文化が広がりつつあるという。新入社員や移民労働者のなかには、「キャリア形成のためにはやむを得ない」と受け入れる人も少なくない。だが同時に、燃え尽きやメンタルヘルスへの不安がSNS上で語られる機会も増えている。 

シリコンバレーに根付く「grindcore culture」とは、成果や成功を至上命題とし、寝食を削って働くことを美徳とする極端な労働文化を指す。創業者がオフィスの床で寝泊まりし、エンジニアが夜通しコードを書き続けるといった「努力」が美化されてきた。この文化は「短期間で世界を変える」という理想に支えられてきたが、実際には長時間労働の常態化やメンタルヘルスの悪化を招き、労働者の持続可能性を犠牲にする側面も強い。こうした姿勢が再び強調されている背景には、シリコンバレーでのスタートアップ界隈は若者(10〜20代)が多く、SNS(特にX)で活発に発信をしていることがある。ノリとしては「テストの前に徹夜したことを自慢する高校生」に限りなく近い。要は「自社のエンジニアの徹夜自慢」を見せることで、「何か生産している雰囲気」を醸し出すことを争っている、と言っても過言ではない。 

スタートアップ周辺のカルチャーではこういうパフォーマンスの競争が(AI開発競争とともに)過激化する傾向があり、そのパフォーマンス至上主義が「正しいとされる働き方」にも影響している。 

現代において、「996」は逆行の象徴ともいえる。テクノロジーが生産性を高めるはずなのに、人間の働き方だけが旧態依然とした過酷さに戻っていき、そのことが進歩的だと美化される。若者たちにとって、それはキャリアの未来を閉ざす「新しい常識」になりかねない。 

プロフィール

竹田ダニエル氏

Takeda Daniel
カリフォルニア大学バークレー校在学中。AI倫理教育研究員。1997年生まれ。カリフォルニア州出身、在住。著書に『世界と私のA to Z』『# Z世代的価値観』。

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