Global View From USA
第19回 給与半額でもリモート勤務がいい? 柔軟な働き方が報酬より重視される時代
自身の状況に応じた柔軟な働き方を選ぶ個人の意思と、オフィスでの勤務に高い価値を見出す企業の意思が秤にかけられている。
Photo= (c)Doable/orion/amanaimages
「年収12万ドル(約1850万円)でフルリモート」か、「年収24万ドル(約3700万円)で週5出社」か。年末年始、アメリカのSNSを中心にこの二択が踏み絵のように拡散した。発端はTikTok上の投稿で、Xなどにも飛び火し、コメント欄は単なる年収比較を超え、働き方や人生設計をめぐる価値観の応酬の場となった。Business Insiderが実施した読者投票結果では、わずかに「12万ドルのフルリモート」が半数を上回ったという。この拮抗は、アメリカ社会がいまだ「どの働き方が合理的か」という合意に到達していない現実を示している。賃金はわかりやすい価値指標だが、通勤に費やす時間、勤務地に影響される居住コスト、心身への負荷といった要素は、給与明細には表れない。議論の核心にあるのは、経済学でいう「仕事のアメニティ」、すなわち非金銭的な便益である。リモートワークがもたらすのは、居住地の選択肢の拡がり、育児や介護と仕事の組み合わせ、体調や障がいに合わせた勤務など、生活全体を再設計できる余地である。一方、出社には、対面での協働や偶発的な学習、昇進や評価につながりやすい可視性といった利点がある。また、住宅取得、医療費、学費、老後資金といった人生の安全網に直結する倍の年収も魅力的だ。特に生活費の高い都市圏では、柔軟性よりもまず収入を優先せざるを得ない人も多い。この二択は、価値観の対立というより、家族構成、健康状態、移民ステータス、職種といった前提条件の違いを浮かび上がらせる。
近年、企業側は生産性や企業文化を理由にRTO(出社回帰)を進めているが、労働者側はリモートやハイブリッドを「交渉可能な条件」として捉え始めている。低い賃金でも柔軟な働き方を選ぶ人が一定数存在することは、働き方そのものが報酬の一部として価格づけられていることを意味する。
この議論がアメリカでここまで燃える背景には、「人生における仕事の意味」「通勤や仕事のストレスは対価に見合うのか」という問いが、いまだ整理されていない現実がある。リモートにもフル出社にも長短があるが、ある程度の「自由」は特定の人々にとってはキャリアを成立させるための前提条件である。その「自由」が貴重になってきた今、働き方をめぐる議論の出発点が再定義されつつある。
プロフィール
竹田ダニエル氏
ジャーナリスト、研究者。テクノロジーとカルチャーを軸に執筆・研究を行う。1997年生まれ。カリフォルニア州出身、在住。著書に『世界と私のAtoZ』『#Z世代的価値観』。
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