著者と読み直す

『ほんとうのことを書く練習』土門 蘭

検索する前に、自分はほんとうはどう思っているのか、自分に聞く

2026年10月30日

「面白かった」だけで終わらない“後を引く”本を著者と一緒に読み直します。今回は『ほんとうのことを書く練習』の著者・土門蘭氏が、「ほんとうのこと」を書くための考え方を語ります。自己理解と他者とのつながりを見つめ直す一冊です。


この本を書くことを土門蘭さんは「10秒で決めた」。編集者からの依頼には「嬉しい」「怖い」「まだ早いかも」という気持ちが同時に湧いた。背中を押したのは「怖い」という感情だった。
 
「『ほんとうのこと』を書くのが不安な人に向けて、怖さを感じた今だからこそ書けると思った」
 
「ほんとうのこと」を書くのが怖い理由について、土門さんは「他者の目線」を挙げる。私たちは気づかぬうちに、親や上司、クライアントなどの「他者」を内面化し、否定や批判を恐れている。だから自分のなかの「ほんとう」を知るには、他者の目線をいったん締め出し、「書く私」を検閲しようとする「読む私」にも退出してもらう必要があるという。訓練になるのは、「誰にも見せない日記」だ。
 
「『日記であっても、ついカッコつけてしまう』とよく聞くのですが、私は『誰も評価しないから大丈夫。ほんとうのところはどう思ってるの?』と、ひたすら自分に問いかけています。ぶっちゃけることを自分に許可してあげる。続けていると、言葉の水路の通りがよくなって、自分の感情や思考が外に出やすくなってきます」

土門さんは、日記は家族にも隠し、1冊書き終えたら可燃ゴミへ。「振り返る機能より、安心してなんでも書ける機能を優先している」という。

感情の解像度を高めただ受け入れ、寄り添う

自分への問いかけ方は、5年前、カウンセリングを受け始めてから変わった。10歳の頃から抱えてきた「死にたい」という気持ちに向き合った過程は前著『死ぬまで生きる日記』にまとめたが、感情を言語化する手法を学んだという。
 
「それまでは『なぜ死にたいと思うのだろう。この気持ちを消すにはどうしたらいい?』という課題解決型でした。でもカウンセラーさんは、『死にたいという感情についてもっと詳しく教えてください。ほかの言葉で言い換えるとしたら?』という聞き方をしてくれました。目指すのは、課題解決ではなく感情の解像度を高めること。『共感』より『理解』しようとする。そして『そうだったんだね』と受け入れ、寄り添う。その手法を学んで、自分との信頼関係が築けるようになりました」
 
本書の真骨頂は、自分のなかの「ほんとうのこと」を書いて終わり、ではない点だ。ビジネス書として、自己対話だけで終わらせてはいけない。ビジネスとは他者と関わることだから――。そんな考えから、副題を『「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』とした。
 
「『つながる』には、SNSでの発信、企画書やプレゼンなども含まれます。この本で書いた手段としての『書く』を、写真や料理、ダンスに置き換えて読んだという読者もいました。ただ、つながろうとするときに、私たちはすぐ他人がどう思っているのかを検索する癖がついています。正解は外にあると思い込んでいる。私が伝えたかったのは、検索する前に、まずはクライアントや自社のサービス・プロダクトについてほんとうはどう思っているのか、自分に聞いてみることです。そこからスタートしないと、自分が存在し働く意味すらなくなってしまう」

自分に問い、他者と交わる 往復のなかで自分の輪郭を知る

本書を読んだある経営者からは「市場のニーズや利益、コンプライアンスなど他人軸だけで決断している自分に気づいた」という声が届いた。強い自我を持っているようにみえる彼らでさえ、自分が本当に何を求めているのか、わからなくなることがあるのだと感じた。
 
「自己理解が足りないまま他者と関わると、相手に影響されてばかりになる。一方、自己対話だけを続けても、同じところをぐるぐる回って思考が狭くなります。だから、内省したら外に出て他者と関わり、そこで生まれた感情や問いをまた自分に持ち帰る。その往復があって初めて、自分の輪郭が立ち上がってくる。そのうえで自分の足元を深く掘っていくと、地下で他者とつながる水源に辿り着くと思っています」
 
本書が多くの他者の目線にさらされ「『ほんとうのこと』を書くハードルは上がった」と土門さん。それでも、自分の「ほんとう」を問い続け、書き続けることが、土門さんにとっての生きることだ。次に考えたいのは、何かを乗り越えて成長することではなく、「許す」こと。
 
「私だけでなく、日本全体が成長ストーリーでは語れなくなっていると思うんです。ダメな自分を許し、他人の期待や『べき論』に囚われずに、どう生きていくか。入口として注目しているのが『遊び』です。生産性はゼロで、誰からも求められていないけど、自分はほんとうにやりたい。そんな自由な気持ちをどう育てていくか」
 
では今の土門さんにとっての「遊び」とは?「1人カラオケ。完全に生産性ゼロです(笑)」

◆書籍紹介◆
『ほんとうのことを書く練習「わたしの言葉」で他者とつながる文章術』 土門 蘭

「ほんとうのことを書きたい、といつも思っている」。著者が2023年に出した『死ぬまで生きる日記』(生きのびるブックス)の冒頭の一文に多くの反響があった。どうすれば「ほんとうのこと」を書けるのか、みな切実に知りたがっていた。本書では、書くことを通じて自分のなかの「ほんとうのこと」を探り、それを深く掘り続けながら他者の「ほんとうのこと」とつながっていく道筋を描く。深い思索から紡ぎ出す言葉が、静かに読者を励ます。(ダイヤモンド社刊)

土門 蘭氏の写真
Domon Ran
文筆家。同志社大学文学部卒業。小説、短歌、エッセイなど文芸作品の創作と、インタビュー記事やブックライティングなどのクライアントワークの両方を生業とする。著書に『死ぬまで生きる日記』『100年後あなたもわたしもいない日に』『経営者の孤独。』『戦争と五人の女』などがある。広島県生まれ、京都府在住。

Text=石臥薫子 Photo=今村拓馬

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