著者と読み直す
『とびこえる教室』星野俊樹
私がどうフェミニズムに救われたかを書くことで、フェミニズムへの誤解を解きたかった
「面白かった」だけで終わらない“後を引く”本を著者と一緒に読み直します。今回は『とびこえる教室』の著者・星野俊樹氏が登場。家父長的な規範による男性の生きづらさや、無意識に声を封じる「トーンポリシング」の過ちから、教室と社会の「ふつう」を問い直します。
「何度も読み返した」「抱きしめたくなる本」「世に出してくれてありがとう」。そんな熱い共感を呼び、2025年7月の刊行以来、版を重ねている。
著者の星野俊樹さんは教員歴20年の元小学校教師。2017年から東京の私立小学校で「生と性の授業」を始め、注目を集めた。「女子力」という言葉にモヤモヤした児童のつぶやきや、「ホモ」という落書きなど、日常の出来事からジェンダーやセクシュアリティについて考えを深めていく。その実践と背景をまとめたのが本書だ。
「男らしさ」に苦しんだ生い立ちから書いた。家父長的な家庭で、小さい頃から社会で「勝者」になることを求められた。スポーツよりインドアを好むと父に「女の腐ったやつ」と言われ、成績が下がると殴られた。進学した男子校は体罰や暴力が蔓延。「男らしさ」を競い合う文化のなか、生き残るためにエキセントリックなキャラを演じ、ゲイであることもひた隠しにした。
男性にこそフェミニズムに触れてほしい
大学進学を機に、フーコーの著作やフェミニズムに出会い、自分の苦しみの原因は「無能だから」「努力不足だから」「男らしくないから」ではなく、そう思わせる社会構造にあると気づいた。自分のセクシュアリティを受け入れ、カミングアウトもした。しかし、同性愛を「治す」ため病院に連れて行こうとする父を拒否できず、「理解ある息子」であろうと従った。今となってはおぞましいそんな記憶も、包み隠さず書いた。
語ることは「自分の傷と誠実に向き合い、回復するための手段」と記した星野さん。そこには声を上げられなかった誰かの背中を押したい思いもあったという。
「抑圧や暴力にさらされた経験を持ちながら、一人で黙って背負い込んでいる人は少なくありません。私の語りが『鏡』となってそれぞれの人生を映し出す役割を果たせればと。実際、出版祝いに集まってくれた友人たちは、家庭や学校、職場で経験した、あまりにつらく20年来の付き合いでも明かしたことのなかった物語を涙ながらに語りだしました。読者の感想も、自身の生育歴をびっしりと綴ったものが多かった」
「私はフェミニズムに救われた」と言い切る星野さん。だが世の中でフェミニズムは「男と肩を並べたがる男嫌いのヒステリックな女の思想」というイメージがいまだ根強い。だから、(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している)シスジェンダー男性である自分がどう救われたのかを詳しく書くことで、フェミニズムへの誤解を解きたかったと話す。
「絶えず強さと有能さを求め続けられる社会では、男性として生きるのも本当に大変。もちろん、たくさん特権はあるけれど、傷つくことも多い。その傷に蓋をしたまま、がむしゃらに走り続けている人にこそ、フェミニズムに触れてほしい」
自分がどういうジェンダー規範に縛られてきたかに気づくことができれば、規範から距離が取れるようになる。自分自身と健全な関係を結べると、他者とも、支配や抑圧ではない健全な関係を結べて幸せになれる。「フェミニズムは社会正義やジェンダー平等を目指してはいるけれど、その前に『私もあなたもみんな幸せになろう』という思想であり運動だと思う」と星野さんは言う。
語り方を批判し声を封じるトーンポリシング
後半は、そんなフェミニズムをベースに実践してきたジェンダー教育がテーマ。ここでも葛藤や失敗を明かした。特に「取り返しのつかない過ち」と悔やんだのが、ジェンダー規範についての授業の最後に配った学級通信。「『女子力』という言葉は確かにやっかいだが、ヒステリックな態度で拒絶するのではなく、その言葉が持つ社会的な意味合いに対して自覚的でいることが一番大事だと思う」と書いた。なぜ、あのとき、女らしさを強いる規範に異議を唱えた子どもの声を「感情的なもの」と矮小化してしまったのか。
星野さんは「ビジネスで成功している父親たちに、理性的でバランスが取れた先生と評価されたい欲望があった」とし、これは「トーンポリシング」の典型例だと分析した。トーンポリシングは、内容ではなく「感情的」などと語り方を批判し声を封じる行為だ。マジョリティがマイノリティに語り方を指南する「矯正型」、マイノリティがほかのマイノリティに「マジョリティをざわつかせない語り方」を要求する「迎合型」、それらの「複合型」に分け詳しく論じた。
「読者からはもっと知りたいという声が多かった。多くの人がトーンポリシングをしていないか、されていないか気づけるようになってほしい」
タイトル『とびこえる教室』には、性別も世代も、価値観もとびこえるという意味を込めた。とびこえるには、知ることが大切だと気づかせてくれる一冊だ。
◆書籍紹介◆
『とびこえる教室』 星野 俊樹
著者は、ジェンダーやセクシュアリティに関するユニークな教育実践で知られる元小学校教師。原動力となったのは、家父長的な家庭や「男らしさ」を競い合う学校で、傷つき、生きづらさを感じてきた自身が、フェミニズムと出会い、救われた経験だった。苦悩を社会構造のなかで相対化する視点、負の感情に向き合いながら紡ぐ言葉、変容する子どもたちの姿を通じ、フェミニズムが生活で、教室でどう息づいているかを知ることができる。(時事通信社刊)

Hoshino Toshiki
慶應義塾大学総合政策学部卒業後、雑誌編集者を経て小学校教師に転身。公立小学校勤務の後、京都大学大学院教育学研究科修士課程を修了。私立小学校で教員としてのキャリアを重ね、独自に取り組んできたジェンダー平等を目指す教育実践が注目される。2025年3月末に退職し、現在は執筆や講演などを通じ幅広い発信に力を注いでいる。
Text=石臥薫子 Photo=今村拓馬
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