リクルーティングにおけるAIの使用:課題はコンプライアンスと不正への対応

2025年11月4日〜5日にかけ、米国カリフォルニア州サンディエゴにおいて、ERE Media主催の「ERE Recruiting Innovation Summit Fall 2025」が開催された。本カンファレンスは、人材発掘を専門的に行うソーサーや採用全般に関わるリクルーター、HR担当者を対象とし、対面とオンラインのハイブリッド形式で実施された。スポンサーにはFindemやHumanlyといったAIソリューション企業19社が名を連ね、全40セッションを通じて、AIテクノロジーが採用実務にもたらす変革と課題が多角的に議論された。
本コラム(前編)では、リクルーティング全般におけるAI活用の現状と、不可避となった法的リスクへの対応に焦点を当てる。
AI時代における労働環境の変容
基調講演に登壇したオックスフォード大学のDaniel Susskind教授は「AI時代における未来の働き方」というテーマで、AIがホワイトカラーの職域に浸透する現状を「大量失業ではなく大量の配置転換」であると定義した。
基調講演「AI時代における未来の働き方」
Daniel Susskind氏(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit 2025, San Diego, CA on November 4, 2025)
Susskind氏は、かつてブルーカラーの領域に限定されていたAI活用が、現在ではホワイトカラーの分野へ急速に浸透している現状を概説した。当初、ホワイトカラーの業務はAIが代替するには複雑すぎると考えられ、特に医療分野などでは誤診のリスクが強く懸念されていた。しかし、実際にはAIが人間とは異なる独自のプロセスで診断を行うことで、誤診のリスクは低く抑えられ、運用の成功例が積み重なっている。現在、その活用範囲は皮膚がんの診断をはじめとする医療分野にとどまらず、紛争の調停、さらには建物の設計にまで拡大している。
Susskind氏の分析によれば、ホワイトカラーの業務は多数の個別のタスクで構成されており、その多くがオートメーションに適している。ただし、全業務を完全に自動化できる割合は全体の数パーセントにとどまるとの試算もあり、職務そのものが消失するのではなく、その性質が劇的に変化するだろうと予測している。したがって、真に注視すべきは大量失業ではなく、大規模な配置転換である。人間はオートメーション化が困難な創造性や倫理的判断を伴うタスクへと軸足を移し、AIを効果的に使いこなす手法を習得しなければならない。
また、リクルーティング実務における具体的なAIの浸透について、GBS WorldwideのCrystal Lay氏は講演「AIに備える人と原則」の中で補足した。同氏によれば、AIは既に企業の採用ファネルにおいて不可欠な存在となっており、求職者の7割以上が履歴書やカバーレターといった応募書類の作成にAIを利用しているという。この実態は採用側・応募者側双方がAIを前提とした新たなフェーズに突入していることを示唆している。
戦略的AI導入のためのフレームワーク
本カンファレンスのセッションの大半はAIをテーマにしたものであったが、中でもAI導入時に留意すべき具体的な論点を提示するものが注目を集めた。
パネルディスカッション「スマートな採用のための実践的AIフレームワーク」では、Jeremy Roberts氏、Jen Jones氏、Jay Olson氏の3名の実務家が登壇し、採用AIツールの活用について活発な議論を交わした。彼らは、以下の4点を共通の指針として提示していた。
- 時間創出と人間的な信頼関係の重視:AI活用による効率化の目的を、候補者との人間的な信頼関係の構築に充てること。
- プロセスの高度化:面接プロセスの効率化を図り、AIによるデータ分析からテーマを特定し、将来的なタレントマッピングの精度を向上させること。
- 法的ガバナンスの徹底:新しいツールの導入や意思決定プロセスにおいて、法的なリスクへの配慮を欠かさないこと。
- チームワークの優先:AIの利用は、チーム全体の連携と人間的な介在を優先させること。
特に「法的ガバナンス」に関しては、ワークフロー全体でコンプライアンスを担保するため、社内に「AIツール委員会」を設置すべきであると強調した。
パネルディスカッション「スマートな採用のための実践的AIフレームワーク」

左から
Jeremy Roberts氏 : Founding Customer Success Lead/Tenzo AI
Jen Jones氏 : Senior Technical Recruiter/Cedar
Jay Olson氏 : Director, Global Talent Acquisition/Medtronic
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit 2025, San Diego, CA on November 5, 2025)
一方、UMB BankのRiana Maus氏は、講演「計画的な変革:段階的アプローチで進める採用イノベーション」において、AIイニシアチブを経営陣のビジネス目標と整合させる重要性を述べた。同氏は、AIの導入を成功に導く指針として「リクルーティング・イノベーション・ロードマップ」を提示し、以下の4段階に沿った実施を推奨している。
- 小規模な着手:安全対策を確立したうえで、職務記述書の作成や面接のスケジューリングなど、低リスクかつ定型的な業務から着手する。
- 成功例を示す:特定の職種に絞ったパイロット運用を実施し、重要なメトリクスを測定しながら、戦略的分野へAIを統合する。
- 慎重な規模拡大:法務・コンプライアンス部門とのパートナーシップを確立し、データ分析に基づいて運用規模を調整する。
- 戦略的転換:エンゲージメントを自動化し、経営層の洞察と労働力戦略を予測して、組織全体の規模を調整する。
AI活用におけるコンプライアンスと不正への警鐘
本カンファレンスでは、AI導入の利便性とその課題として、コンプライアンスの遵守とAIを悪用した不正行為への対応に言及する講演が多かった。パネルディスカッション「コンプライアンスと責任を両立するAI採用戦略の構築」では、Brian Fink氏、Danielle Ochs氏、Jenny Cotie Kangas氏の3名が米国の複雑な規制環境について概説した。
特筆すべきは、連邦機関による動きの変化である。かつて雇用機会均等委員会(EEOC)や司法省がアクセシビリティや差別禁止の観点から発令していたAI関連の指導は、2024年末までに一部撤回されている。現在、AI規制の主導権は各州に移行しており、カリフォルニア州、イリノイ州、コロラド州などが独自の法規制を導入している。
とりわけ、以下のカリフォルニア州の動向は、全米に波及する可能性が高く、注視が必要である。
- 差別禁止規制(Anti-Discrimination Regulations;2025年10月1日施行):雇用主がAIツールを用いて、人種、ジェンダー、年齢、宗教、障がいなどに基づき労働者を差別することを禁止している。AIツールが第三者ベンダーの提供によるものであっても、雇用主はその責任を免れない。また、保護属性に対するプロキシ差別(統計的な相関を用いた間接的な差別)も禁止の対象となる。
- 生成AI訓練データの透明性に関する法律(California’s Generative AI Training Data Transparency Act;2026年1月1日施行):開発者に対し、モデルの訓練に使用されたデータの詳細や種類を公に開示することを義務付ける。
また、市レベルでは、ニューヨーク市の「地方自治体法144号」(New York City Local Law No. 144 of 2021)が、第三者によるバイアス監査を受けていない自動意思決定ツールの使用を既に禁止している。これらを踏まえ、雇用主が職業紹介所によるバイアス監査を受けていない自動意思決定ツールを使用することを禁止している。
パネルディスカッション「コンプライアンスと責任を両立するAI採用戦略の構築」

左から
Brian Fink氏 : Managing Partner/The ReWork Group
Danielle Ochs氏 : Equity Shareholder/Ogletree, Deakins, Nash, Smoak & Stewart, P.C.
Jenny Cotie Kangas氏 : Founder and Chief Solutions /Architect, WhiteRock Road
(Photo was taken at ERE Recruiting Innovation Summit 2025, San Diego, CA on November 5, 2025)
雇用主には、定期的なAIバイアス監査の実施、全プロセスの文書化、人間による監視の徹底が強く求められている。
一方、AIの普及は求職者側による不正行為の急増も招いている。ZapierのAnita Chandrasekhar氏は、講演「採用における不正とAIの悪用への対応」で、その深刻な実態を報告した。不正の内容は、AIによる履歴書の自動生成や経験の過剰な装飾にとどまらず、ディープフェイクを用いた面接時の身元偽装など、極めてリスクの高いものへと変化している。Chandrasekhar氏は、2028年には求職者の4人に1人が「フェイク」である可能性を指摘し、採用側はIPアドレスの不一致などの危険信号をキャッチし、採用過程の各段階において不正行為を防ぐためのガバナンスと、監視体制を強化するべきであると提起した。
TEXT=Keiko Kayla Oka(客員研究員)
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