
ハイブリッド型採用の未来:AIと人間の協働

「ERE Recruiting Innovation Summit」のセッションのテーマは、「AI時代の採用戦略と未来」「ソーシング技術とツールの進化」「採用とソーシングの未来と今後の課題」「DEIの現状と未来」「Z世代の採用」など、多岐にわたっていた。
今回は、これらのセッションの中から、特に注目すべき内容を紹介する。
Amazonに学ぶ技術系人材の採用戦略
Amazon Web Services(以下、AWS)でソフトウエアエンジニアやセキュリティエンジニアなどの技術職の採用を担当するKareem Goddard氏は、「人材獲得競争に勝つために:採用担当者の現実と提言」というテーマで講演を行った。
近年、技術者人材の採用は、専門性の高いスキルセットの必要性や人材獲得競争の激化により、ますます困難になっている。採用担当者には、高度なツールの活用だけでなく、戦略的かつ人間的なアプローチが求められている。Goddard氏は、他社との差別化を図りながら、優秀な人材を惹きつけるためのエンゲージメント戦略について、具体的な事例を交えて紹介した。
AIは確かに採用活動におけるゲームチェンジャーではあるが、万能ではない。重要なのは、AIツールを日常業務にどう組み込み、効果的に活用するかである。ジョブディスクリプションやスカウトメッセージの作成など、候補者との関係性構築に資する業務にAIを活用することで、隠れた優秀な人材の発見につながると強調した。
Goddard氏が対象とするエンジニアは、非常に高いスキルと豊富な経験を持ち、他社の選考も通過する可能性が高い。
こうした人材は画一的な対応を嫌う傾向があるため、職位や職種に応じた約7種類のテンプレートを基にパーソナライズしたメッセージを送るなど、信頼関係の構築を重視している。
AWSでは、選考プロセスにおいてスピードを重視しており、電話面接の後に、複数の面接官と1日に連続して対面面接を行う「ループ面接」(※)を導入している。他社よりも面接回数を減らすことで、効率的で候補者にとって負担の少ないプロセスを実現している。
さらに、面接の流れを事前に明確に伝えることで信頼関係を築き、候補者の準備を支援しながら、役割や成長機会への理解を深め、入社意欲を高める工夫を行っている。
優秀な人材は、複数の選考を同時に進めているため、全ての会話において「ソフトクロージング(柔らかく関心や意向を確認しながら対話を進める手法)」を意識しているという。候補者に「他社の魅力」や「当社ポジションとの比較」を尋ねることで、採用側がどう対応すべきかを考え、オファー受諾率の向上につなげている。
講演の終盤では、技術系人材のソーシングにおいて特に効果的な取り組みが紹介された。
- 転職潜在層や「銀メダリスト」と継続的に接点を持つ。
- SNS掲示板の「Reddit」を活用する。
- ターゲット人材が集まるイベントやコミュニティ(例:Pythonブートキャンプ)に積極的に参加する。
- 求人公開前から候補者にアプローチする。
特に「銀メダリスト」(最終選考まで進んだが採用に至らなかった候補者)との再接触は、採用につながる可能性が高いとし、「また機会があれば」で終わらせない姿勢の重要性を強調した。また、今すぐ転職を考えていない潜在層に対しても、定期的に接点を持ち続けることが将来の採用成功につながると述べている。
一般的にLinkedInが使われるソーシングにおいて、Goddard氏はRedditを活用するというユニークな手法を採っている。クラウドセキュリティエンジニアやネットワークセキュリティエンジニアなど、LinkedInに登録していない技術系人材も多く、職種名や技術用語で検索し、関連スレッドから専門性の高いユーザーを見つけてアプローチする。Reddit経由の連絡は予想外であるため、意外と反応が良いことも多いという。
Goddard氏が特に重視するのは、求人公開前から候補者にアプローチし、採用パイプラインを構築しておくことである。事前準備があることで、募集開始時には既に候補者が揃っており、採用活動をスムーズかつ戦略的に進めることが可能になると述べた。
未来予測 2030年までに起こりうる採用とAIの変化
2030年までの採用とAIの変化:3つの波 Upwage CEO Diana Tsai氏による未来予測 |
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AIが煩雑な業務を代替し、採用担当者が戦略的業務に集中できるように
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複数のAIが協調・競争するマルチエージェントシステム(MAS)が主流に
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「思いやり」と「尊厳」を重視し、雇用の継続を支援
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*Tsai氏の講演内容を基に著者作成
次のセッションでは、エージェント型AI面接ツールを提供するUpwageのCEO兼共同創業者であるDiana Tsai氏が、「2030年の採用:求人サイトは不要。人間のスーパーリクルーターとAIエージェントだけ」というテーマで講演を行った。
Upwageは、これまでに7000以上のAIエージェントを開発し、小売、医療、物流など多様な職種・職位において、20万件以上のAI面接を実施してきた。講演では、この研究成果と同社独自のプラットフォームを基に、AIによって2030年までに訪れる採用の変化を「3つの波」として提示した。
第1の波:解放(2025~27年)
このフェーズでは、AIが書類選考、面接のスケジューリング、大量面接対応などの業務を代替することで、採用担当者が煩雑な作業から解放される。これにより、優秀な人材の選考や社内応募者への丁寧かつ質の高い対応、ハイアリングマネジャーとの連携など、より戦略的な業務に集中できるようになる。
候補者側の利便性も向上し、夜間や週末など自分の都合に合わせてAI面接を受けることが可能となる。実際、Upwageの調査では応募者の32%が夜11時以降や週末に面接を受けているという。
AIは単に処理速度を高めるだけではなく、より多くの人が利用できるように設計されており、人間が「人間らしさ」を取り戻すための支援となる。
第2の波:AIがチームになる(2028~29年)
このフェーズでは、AIはツールから「チーム」へと進化する。複数のAIが協調・競争しながらタスクを遂行する「マルチエージェントシステム(MAS)」が主流となる。
- 常時人材市場をマッピングし、最適な候補者を探す「ソーシングエージェント」
- 社員の燃え尽き防止を目的に、社内異動を提案する「再配置エージェント」
- 退職面談を通じて、離職理由を分析し、採用プロセスに生かす「イグジットエージェント」
これらのAIエージェントを統括する「AIマネジャー」が登場し、リアルタイムでインサイトを提供して、意思決定を支援する。従来のATS(応募者追跡システム)やHRIS(人事情報システム)へのデータ入力は不要となり、AI同士が連携して採用活動を推進する。
また、人間の役割として、「ハイブリッド労働力デザイナー」や「コラボレーションコーチ」など、AIとの協働を促進する新たな職種が登場する。
AIによって人間の能力が拡張され、より柔軟で包摂的な働き方が可能になる。
第3の波:AIが労働者のセーフティネットになる(2030年)
このフェーズでは、「ユニバーサルAIインタビュアー」が登場する。候補者が面接を一度受けるだけで、スキル、志向、希望を把握し、あらゆる業種・職種・企業の中から最適な仕事を提案することが可能となる。
履歴書や応募フォーム、事前スクリーニングといった煩雑なプロセスは不要となり、AIエージェントとの連携によって応募のステップが省略され、即座に面接へと進むことも可能になる。
さらに、レイオフの回避にも貢献する。AIが解雇される前に社員と面談を行い、社内の空きポジションとの適性を分析し、再配置を提案することで、雇用の継続を支援する。
この第3の波は、単なるイノベーションではなく、人間への「思いやり」と「尊厳」を重視するフェーズである。
Tsai氏は、AIの目的は候補者を「ふるいにかける」のではなく、「発見する」ことであり、意図を持って設計されたAIは採用のスピードだけでなく、公平さも実現できると述べた。そして、最終的に判断するのは、AIではなく人間であると強調した。
まとめ AIと人間の協働が描く採用の未来
AIが進化し、採用の現場に変革をもたらしても、最終的な判断や価値の選択は人間の手に委ねられている。Goddard氏が語る「人間的なアプローチ+AIの補完的な活用」と、Tsai氏が示す「AIによる効率と公平性の向上、そして人間による最終判断」は、いずれもhuman in the loop(人間関与型)の重要性を浮き彫りにするものである。
後編では、「AI Showcase」のライブデモの様子を紹介する。
(※)ループ面接とは、Amazon特有の最終選考で、複数の面接官と連続して1対1の面接を行う方式である。「Bar Raiser」と呼ばれる第三者部門の面接官も含まれ、採否に強い影響力を持つ。
TEXT=山根江理子